第579話 敵はイゾウだけではない

「イ、イゾウがこっちへ向かってくる……あたしの灰鼠達を殺してここへ来ている」

「何だって!?」

「イゾウ殿が……」

「早く逃げな……あんたじゃ、あいつには勝てないんだよ。ここはあたしが時間を稼ぐ……」

「何を言ってんだい、あんたは!!さっき、あいつを敵に回したら生きていけないと言ったじゃないかい!?」



ネズミの言葉を聞いてテンは怒鳴り付け、彼女を見捨てて自分達が逃げるなど出来るはずがなかった。彼女は退魔刀を手にして周囲を警戒するが、そんな彼女の腕をネズミは掴む。



「ど、どうせあたしも殺すつもりなんだよ……その証拠にあたしの灰鼠達を見つけ次第、殺して近付いている……なら、あたしだってあんな奴の言いなりになるもんかい」

「ネズミ、あんた……」

「早く逃げな……時間はあたしが稼ぐ」



苦し気な表情を浮かべながらもネズミは口元に指を近づけると、口笛を鳴らす。その次の瞬間、廃墟に隠れていた大量の灰鼠が出現し、外へ向けて跳び出す。



『チュチュチュッ!!』

「ぬあっ!?こ、こんなに隠れていたのでござるか!?」

「いったい何をする気だい!?」

「決まってるだろう……イゾウを食い止めるのさ、あんた達はこっちの子に従って早く逃げな……王城まで辿り着ければだって何も出来はしないさ」



力を振り絞ってネズミは自分が操れる灰鼠達をイゾウの元へ送り込み、テンとクノが逃げるまでの時間を稼ごうとする。そんな彼女の行動にテンは歯を食いしばり、とりあえずは彼女を抱き上げる。


ネズミを抱えたテンはこのままではネズミの命が危ういと考え、一緒に連れて行く事を決めた。すぐに医者に見せる必要があり、彼女は王城へ向かう事にした。



「あんたを死なせはしないよ……クノ、他の奴等に連絡を!!」

「承知!!」



クノは犬笛を取り出し、この犬笛を利用すればすぐに他の仲間達に危険が伝わる。彼女は笛を吹こうとした時、何かに勘付いた様に顔を上げた。



「まさか……!?」



上空を見上げると、そこには空中から彼女に目掛けて風魔を構えたイゾウの姿が存在し、彼は手にしていた針を投げつける。それを見たクノは咄嗟に避けようとしたが、この時に犬笛が針によって壊されてしまう。



「しまった!?」

「はああっ!!」

「ちぃっ!!」



犬笛を破壊されて他の人間との連絡手段を失ったクノに対し、空中からイゾウは風魔を振りかざす。それに対してテンは退魔刀を振り払い、空中から襲ってきたイゾウに叩きつける。



「吹っ飛びな!!」

「ぐうっ!?」

「か、かたじけないでござる!!」



ネズミを片腕で抱えた状態でもテンはもう片方の腕だけで退魔刀を振り払い、イゾウを吹き飛ばす。彼は廃墟の外まで吹き飛ばされるが、無事に着地してテンを睨みつけた。


クノは破壊された犬笛を見て悔し気な表情を浮かべ、イゾウと向き合うと両手にクナイを構えた。その一方でネズミは信じられない表情を浮かべ、いくらなんでもイゾウが辿り着くのは早過ぎた。



「そ、そんな馬鹿な……あんた、どうやってあたしの灰鼠達を振り切ったんだい!?」

「あの汚らしい鼠共か……残念だったな、奴等は今頃は痺れ薬で眠っているぞ」

「まさか……忍具!?」



イゾウは懐に手を伸ばすと彼は瓶を取り出し、それをテンたちに投げつける。反射的にテンは瓶を弾き返そうとしたが、すぐにクノがそれを止めた。



「駄目でござる、中身は痺れ薬が入っているかもしれないでござる!!」

「何だって!?」

「無駄だ!!」



咄嗟にテンはクノの言葉を聞いて退魔刀を止めるが、それに対してイゾウは再び針を取り出し、それを空中の小瓶に放つ。


投擲の技能を生かしてイゾウは見事に自身が先に投げた小瓶に的中させ、中身が噴き出す。破壊された小瓶から煙が噴き出し、それを見たクノは口元を抑え込む。



「その煙を吸ったら駄目でござる!!身体が痺れて動けなくなるでござるよ!?」

「くそっ!!」

「あ、あたしを置いていきな……あんた等だけでも逃げるんだよ」

「そんな事、させると思っているのか!?」



風魔を構えたイゾウは風属性の魔石を取り出し、空中に放り込むと見事に魔石を切り裂き、風属性の魔力を吸収する。



「はああっ!!」

「うわっ!?」

「風……まさか!?」

「くっ!?」



風属性の魔石を切り裂く事で風魔に風属性の魔力を吸収させると、イゾウは風魔を振り払う。それだけで突風が発生し、小瓶から噴出していた煙が周囲に拡散した。


テン達は逃げる暇もなく煙に晒され、全員が激しく咳き込む。そして全員が膝を着き、苦し気な表情を浮かべて倒れ込むと、イゾウは勝利を確信した。この煙には吸い込むと身体が麻痺してやがて動けなくなり、この薬を利用してイゾウは先に送り込まれた大量の灰鼠も動けなくさせてここまで辿り着いた。

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