第500話 黒狼種

「……どうして今から僕達がニーノに向かう事を知っているんですか?」

「簡単な話だ。お前があの雑用の娘と会話をしているのを聞いていてな」

「拙者達も長らく街を離れていたので、この際に一緒に同行させてもらおうと思っただけでござる」



シノビとクノは自分達が偶然にもナイとヒナの会話を聞いていたと告げ、その時から二人は隠密の技能で姿を隠して自分の様子を伺っていたのかとナイは訝しむ。


だが、二人はニーノの冒険者である事は確かであり、リノ王女の依頼を受けて長らくニーノに離れていたのは事実のはずだった。それならばニーノの冒険者ギルドに連絡に向かいたいという話は嘘ではないかもしれない。



「すいませんけど、こっちは急ぎの用事です。それにうちのビャクも3人は乗せる余裕は……」

「大丈夫だ、我々の足は用意してある」

「足?」

「この子達の事でござる」



クノは口元に指を咥えると、ナイには何も聞こえないがビャクは耳を立てる。やがて草原の方から何かが駆けつける音が鳴り響き、現れたのは黒い毛皮の狼達だった。



「「ウォオオンッ!!」」

「あれは……ビャク?」

「ウォンッ!?」



草原に駆けつけたのはビャクと瓜二つの容姿ではあるが、白い毛皮ではなく、黒い毛皮の狼だった。毛皮の色合いは違うが外見は非常によく似ており、駆けつけた2匹の狼はビャクを見て驚く。



「おおっ、こうしてみると本当にうちのクロとコクとそっくりでござるな」

「当然だ。その狼は白狼種、つまりは黒狼種の亜種だ。似ていて当たり前だろう」

「黒狼種……」



ナイはクロとコクと呼ばれた狼達に視線を向けると、2匹はナイに見つめられて警戒した表情を浮かべ、唸り声を上げる。



「「グルルルッ……!!」」

「ウォンッ!!」

「「クゥンッ……」」

「ちょ、こら駄目でしょビャク……怖がらせたら」



クロとコクは少し前のビャクのように馬と同程度の大きさを誇るが、ビャクと比べたら小さく、主人であるナイを睨みつけた事でビャクが怒鳴ると怖がるようにシノビとクノの後ろに隠れた。


どちらも黒狼種と呼ばれる存在であり、黒狼種の事はナイも噂程度だが聞いた事はあった。白狼種は元々は黒狼種と呼ばれる魔獣の亜種であり、謂わば白狼種の原種と言っても間違いではない。



「この子達が黒狼種、初めて見た」

「昔と比べ、黒狼種も白狼種も大分数を減らした。その理由は人間達のせいだがな」

「どちらの種も美しい毛皮をしているせいで人間からよく狙われるようになったそうでござる」

「「「クゥ〜ンッ?」」」



ビャクは改めてクロとコクに顔を近づけると、2匹とも恐る恐るビャクに鼻先を近づけ、お互いに顔を摺り寄せる。元々は同種なだけはあってお互いの事を敵とは認識していないらしく、あっさりと仲が良くなった。



「ペロペロッ……」

「キャウンッ♪」

「クゥンッ……」



大人の狼が子供を可愛がるようにビャクが舐めてやると2匹はくすぐったそうな表情を浮かべ、その態度を見てナイはビャクが同族(通常種と亜種の違いはあるが)と会えた事に嬉しがっている事を察した。


子供の時に両親を失ってからはビャクは同族と巡り合わず、ずっとナイと共に暮らしてきた。狼型の魔獣とは何度か出会ったが、どれもこれもビャクからすれば仲間とは言えず、ただの同種の敵だと認識していた。


黒狼種のクロとコクはビャクにとっては初めての友達になれるかもしれない存在だと悟り、ナイとしてはビャクとこの2匹を突き放さうとするのが酷に思えた。そんなナイの考えを読み取ったようにシノビとクノは告げる。



「どうでござる?拙者達はこの子達に乗るから足手まといにはならないでござるよ」

「そこの白狼種も俺達の狼の事を気に入ったようだが……」

「……はあっ、分かりました。なら、一緒に行きましょう」

「「「ウォンッ♪」」」



ナイがシノビたちとの同行を認めると狼達は嬉しそうな声を上げ、こうして3人と3匹はニーノへ向けて出発した――






――同時刻、飛行船内ではイリアがマホの治療を行いながら薬の調合を行い、彼女はこの際に魔力回復薬を取り出す。それはにナイに渡した代物であり、彼女は目元を鋭くさせながら薬をしまう。


アルとイーシャンの治療を行う際、イリアが渡した魔力回復薬はナイが落とした代物ではなく、彼女が内密に作っていた別の薬だった。最初の薬の方は本当にナイが落としており、それをイリアが拾い上げて別の薬に取り換えた。



「あの人、面白いですね。貴方が気に入るのも分かりますよ……マホ魔導士」

「…………」



ベッドに横たわるマホは未だに意識が戻らず、そんな彼女にイリアは笑みを浮かべた――




※次の話からはナイ以外の人の視点の閑話を挟みます。

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