第336話 工場区

「ここが工場区か……なんか、今までと雰囲気が違うね」

「当然さ、何しろここは国中の鍛冶師が集まっている場所だからね。王国兵の装備もここで作り出されているんだ」

「へえっ……」



工場区の8割は鍛冶屋である事が判明し、この地区に暮らしている鍛冶師の殆どが小髭族だった。人間よりも鍛冶技術が優れている彼等が集まって作り出されたのが工場区であり、そして工場区の中心に闘技場が存在する。


どうして闘技場が工場区に存在するのかというと、闘技場では激しい戦闘が繰り広げられるため、生半可な装備では命を落とす危険性もある。だからこそ参加者は良質な装備を求めるため、工場区の鍛冶師を頼るのが当たり前だった。



「闘技場が出来上がってからは工場区を利用する人間も一気に増えたそうだよ。闘技場で試合に出場する前に装備を整えるため、あるいは試合で破損した装備を修復するために鍛冶師に頼るんだ。だから工場区が闘技場を作り出すのに一番都合がいい場所なんだ」

「え、そういう理由で作り出されたの?」

「実際に闘技場の周囲に経営している鍛冶屋の殆どは超一流揃いだよ。ちなみに僕も工場区にいる鍛冶師から色々と技術を学ばせてもらっているよ」



アルトの身に付けた魔道具を改造する技術は工場区の鍛冶師から学んだ技術らしく、鍛冶師から指導を受けたり、時には彼等が働く姿を見学して技術を学んでいたという。


この工場区にはアルトもよく足を運んでおり、彼は鍛冶師に憧れている一面があった。いつか自分の手で伝説の魔道具に匹敵する代物を作り出したいという夢を持っている。



「さあ、あそこが闘技場だよ」

「あれが……闘技場!?」

「大きいだろう、この国で二番目の建物の大きさを誇るんだ」



馬車の窓からアルトは闘技場を指し示すと、ナイはそれを見て非常に驚く。闘技場は地球の古代ローマのコロッセオを想像させる形状をしており、まだ距離が離れているというのに闘技場の観客の歓声が聞こえてきた。


流石に王城よりは規模は小さいが、それで近くで見ると圧倒されるほどの大きさを誇り、この場所に腕自慢の武芸者が集まり、人や魔物を相手に試合を行っている。こんな場所で自分も戦うという事にナイは不安を抱くが、ここでアルトは思い出したように尋ねる。



「そうだ、ナイ君。試合に出場する時はこれを身に着けるんだ」

「え?なにこれ……仮面とマント?」

「一般人の間でも君の存在は有名になりつつあるからね。変装の必要があるんだ、素顔で出るわけにもいかないだろう?」



アルトが取り出したのは目元を覆い隠す仮面と黒色のマントであり、この二つを装備して戦うように促す。ナイは既に一般人の間でも有名な存在であるため、少しでも変装して正体を気付かれない様にする必要があった。


闘技場では大勢の観客の前で戦うため、確かに正体を気付かれると色々と都合が悪い。アルトの言う通りにナイは装備を身に着けると、ついでに彼は旋斧と反魔の盾にも細工を施す。



「君の旋斧と反魔の盾も目立ってしまうからね。色を付けて少しでも誤魔化そう」

「色を付ける?」

「塗装するだけだよ。大丈夫、お湯を浴びせれば簡単に消える特殊塗装を施すだけだから」



独特な形状をしている旋斧を見られると例の噂の少年だと気付かれる恐れもあるため、アルトは気休めて程度だが武器と防具にも黒色の塗料を塗りつけ、偽装を行う。


ナイは漆黒の剣と盾、それにマントと仮面を身に付けた状態で戦う事になり、名前の方も本名で戦うのはまずいと判断され、偽名で登録する事にした。



「君の名前はそうだな……黒で統一された装備という事でクロノと名付けよう」

「クロノ……なんか安易な名前だね」

「覚えやすくていいじゃないか。ほら、それじゃあ行こうか」



アルトは帽子を被ると自分も目立たない様に気を付け、ナイと共に馬車を降りて闘技場の受付へと向かう。受付の前では人だかりが出来ており、並ぶんで待つだけでも時間が掛かりそうだった。



「うわぁっ……凄い人数だけど、こんなに大勢の人が参加するの?」

「いや、彼等全員が参加者というわけでもないよ。ほら、小髭族もちらほら見えるだろう?彼等は自分の店を売り込むためにここへ来ているのさ」

「おう、そこの変な格好をした兄ちゃん!!どうだい、試合に参加する前にうちの店に寄っていかないかい!?」

「いやいや、そいつよりもうちの店の方が良い武器を取り扱っているぜ!!」

「何だとてめえっ!!」



並んでいる最中にも鍛冶師と思われる小髭族の男性たちが騒ぎ出し、取っ組み合いの喧嘩を行う。すぐに闘技場の警護を行う兵士が駆けつけ、抑えつける。



「こら、止めろ!!ここで喧嘩するなら出禁にするぞ!!」

「くそっ、この髭野郎!!」

「髭はお前もだろうがっ!!」

「ナイ君、放っておけ。ああいうのはここではよくある事なんだ」

「良くある事なんだ……」



争い合う小髭族を見てナイは冷や汗を流し、改めて自分がとんでもない場所に訪れた事を知る。その一方で列は進み、遂にナイ達の番まで回ってきた。

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