第100話 ナイの治療

――同時刻、陽光教会の方でも異変が起きていた。教会の元には大勢の住民が訪れ、彼等は神聖な教会ならば魔物は近づけないため、この場所に避難してきた。



「助けてくれ!!魔物が街の中に入ってきたんだ!!」

「どうか神の慈悲を!!」

「金なら払う、だから中に入れてくれ!!」

「お、落ち着きなさい!!皆様、どうか興奮しないで!!」



教会に押し寄せてきた人々に対して修道女達が対応するが、そのあまりの数の多さに彼女達も対処しきれず、仕方なく司教のヨウが集まってきた人間達に話す。



「皆様、落ち着いて下さい。不安を抱く気持ちは分かります、しかし冷静さを失えば取り返しのつかない事態に陥ります。どうか気をしっかりと持って下さい」

「いいから早く中に入れてくれよ!!」

「教会の中なら魔物に襲われないんだろう?」

「勿論、中には入れます。しかし、余分な荷物は置いてきてください。中に入る際は最低限の荷物だけを……そうしなければ中に入れる事は許可できません」



避難してきた住民の中には大荷物を抱える者も多く、荷物ごと建物の中に避難させればすぐに大勢の人間を収容できない。そう判断したヨウは荷物を置いていくように告げると、ここで偉そうな男が現れた。



「荷物を置いていけだと!?貴様、儂を誰だと思っている!!」

「これは領主様……どうして貴方もこちらに?このような状況では貴方が先頭に立って問題を解決するべき状況ではないのですか?」

「な、何だと!!貴様、私を誰だと思っている!!貴族だぞ!!」



この街は貴族が領主を務めており、貴族の男は領主でありながら真っ先に自分の家の荷物を纏め、陽光教会へ避難に赴いた。彼は自分が貴族である事を強く主張し、中に避難させるように命じるが、ヨウはそんな事では動じない。



「貴方が貴族であろうと領主であろうと関係ありません。神の前ではどんな人間であろうと等しき存在です。身分など関係ありません、避難したいというのであれば余分な荷物は放棄して下さい」

「き、貴様!!私がどれだけ教会に寄付をしてきたと思って……」

「いくら文句を言われようと私の意志は変わりません。さあ、避難したいのであれば余分な荷物は外へおいて来て下さい」

「ぐぐぐっ……!!」



領主である貴族の男は悔し気な表情を浮かべるが、ヨウの意志は固く、決して相手が貴族であろうと引かない。そんな彼女の態度を見て他の者達も持って来た荷物を教会の外へ放り出し、教会内へと避難を行う。


教会の中に避難させる人間の数は限られており、特に女子供は優先して教会の内部へ避難させる。魔物にやられた怪我人も運び込まれ、修道女は治療を行う。



「ヨウ様、思っていた以上に負傷者の数が多いです。我々だけでは治療は間に合いません!!」

「仕方ありません、負傷者の中でも命に関わる大怪我を負った者を優先して治療するしかありません。確かナイが育てている花壇には薬草も生えていたはず……それを利用してすぐに薬を作りましょう」

「分かりました、すぐに準備いたします!!」



ヨウの指示の元、修道女達は迅速に行動し、怪我人の治療を行う。この時にナイも手伝わされ、彼も回復魔法や薬を使って怪我人の治療を行う。



「大丈夫ですか?すぐに治しますからね!!」

「ああ、すまない……」

「た、助けてくれ……」

「痛い、痛いよぉっ……」



教会に運び込まれた負傷者の殆どは一般人であり、その殆どが重傷者であった。ナイは回復魔法を施し、治療を手伝う。



「もう大丈夫ですからね、すぐに治しますから……聖なる光よ、この者の傷を癒したまえ、ヒール!!」

「くうっ……い、痛みが引いていく?」

「凄いな君……こんなに若いのに回復魔法が使えるのか」

「ありがとう、本当にありがとう……」



ナイが覚えているのは回復魔法の基礎の「ヒール」と呼ばれる魔法だが、ナイの掌から放たれた光を浴びた途端、怪我人の傷口が塞がり始める。


回復魔法は使用者の体内に宿る聖属性の魔力を他者に送り込み、その魔力を受けた人間は肉体の再生機能が強化され、怪我が治る仕組みである。もっと高度な回復魔法ならば失われた人体だろうと再生もできるが、現在のナイの場合はそこまでの領域には達していない。



(怪我人の数が多い……もっと早く治さないと!!)



ナイは両手を利用して同時に二人の怪我人の治療を行い、この行為を見ていた他の修道女は驚く。本来、回復魔法は魔力の消耗が激しく、治療の際は一人に施すのが基本である。だが、ナイの場合は同時に二人の治療を行い、更に次々と新しい負傷者の治療を行う。



「落ち着いて下さい、もう大丈夫ですからね」

「ううっ……すまない」

「楽になってきたよ……」



負傷者の治療を行う度にナイは礼を告げられ、その言葉を聞いてナイは自分が他の人間の役に立っていると思うと、少しだけ嬉しかった。自分は誰も救えず、役に立たないと思っていたナイだが、この状況で彼の心境に変化が起き始めた。

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