第99話 ドルトンの逃走

「な、何で……どうしてゴブリンがここに……ふがっ!?」

「グギィイッ!!」



御者の男はホブゴブリンに顔面を掴まれ、そのまま力ずくで持ち上げられる。男は必死に振りほどこうとするが、ホブゴブリンの力は碌にレベルも上げていない人間では対抗できず、そのまま顔面を圧迫される。


必死に男は抵抗するが、ホブゴブリンの指は男の頭に食い込み、血が流れる。やがて頭蓋骨が砕ける音が鳴り響き、男は白目を剥いて動かなくなると、ホブゴブリンは地面に放り込む。



『ギャギャギャッ!!』



ホブゴブリンが男を殺した姿を見ると他のゴブリン達が騒ぎ始め、その様子を見ていたドルトンは横転した馬車の陰に隠れ、歯を食いしばる。男を救えなかった事に悔しく思う一方、今はどうやってこの状況下から逃げ出す事を考える。



(奴らめ、遂に村だけではなく街まで狙ってきたか……城壁を突破した辺り、相当な数のゴブリンとホブゴブリンが入り込んできたはず)



ここ最近はゴブリンの被害が多発している事はドルトンも聞いているが、まさか村だけではなく、警備が厳重な街にさえもゴブリンの群れが攻めてきた事に動揺を隠せない。しかも外見から察するにゴブリン達は武装していた。


ナイの村を襲ったホブゴブリン達も武装しているという話は聞いていたが、最近はこの地方に現れるゴブリン達は武器や防具を身に付ける知恵を得ており、そのせいでゴブリンによる被害が増加しているという噂はドルトンの耳にも届いていた。しかし、まさか街にまで襲いに来るゴブリンの群れが現れるなど予想も出来なかった。



(ここからすぐに逃げなければ……しかし、何処に向かえばいい?)



一刻も早く、この場から逃げ出さなければならない事はドルトンも理解しているが、何処に逃げ込むのかが問題であった。最初に真っ先に思いついたのはこの街の冒険者ギルドであり、魔物退治の専門家である冒険者が集まっている場所なら一番安全だろう。


しかし、冒険者ギルドはこの街の北側に存在し、現在のドルトンは南側の方にいるため、ギルドに向かうにしても距離が遠すぎた。ならばドルトンが取るべき行動は1つしかなく、彼は陽光教会へ引き返す事にした。



(教会は悪しき魔物は近づけぬはず……それにあそこにはナイもいる。あの子の力があれば……)



教会のような神聖な場所には大抵の魔物は近づけず、教会へ引き返す事が出来れば魔物達も襲ってこないはずだった。ドルトンは引き返す事を決めると、ホブゴブリンとゴブリンの群れに気付かれる前に路地裏を利用て移動を行う。



(見つかる前に逃げなければ……しかし、城壁の兵士達は何をしておる!?)



街には魔物から街を守るために兵士が配置されているはずだが、現状では城壁は突破され、街中に魔物の侵入を許してしまっている。その事にドルトンは疑問を抱き、城壁の方から上がる狼煙を確認しようとすると、ここで彼は新たな事実を知る。



「こ、これは……!?」



この街を取り囲む城壁は東西南北に城門が存在するのだが、その4つの城門から狼煙が上がっている事にドルトンはここで初めて知る。どうやら魔物のの侵入を許したのは南門だけではなく、他の城壁の方でも魔物が侵入してきたらしい。


これでは街中が大騒ぎになっていてもおかしくはなく、四方の門から魔物が侵入しているのであれば住民達は危険に晒され、安全な場所は限られている。ドルトンは四方から上がる狼煙を見て自分の人生の中でも一番の危機を迎えていると悟る。



(何故、こんな事に……)



どうして急に街に魔物が襲撃を仕掛けてきたのか、その理由はいくら考えてもドルトンには分からない。だが、今は一刻も早く安全な場所に引き返す方が先決であり、彼は教会へ向かおうとした時、ここで近くの建物の屋根から鳴き声が響く。



「ギギィッ!!」

「ギギギッ……!!」

「ギャギャッ!!」

「ぐっ……もう、ここまで来たか!?」



ドルトンは屋根の上を見上げると、そこにはゴブリンの姿が存在し、ホブゴブリンと違って軽装なゴブリン達は屋根の上を移動する個体もいた。その様子を見てドルトンは急いで逃げようとするが、そんな彼をゴブリン達は追跡を行う――

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