第98話 街の危機

「――ん?」

「会長、どうかしましたか?」

「いや、ナイに呼ばれたような気がしたんだが……気のせいか」



陽光教会を後にしたドルトンは待たせていた自分の馬車に乗り込もうとした時、後ろからナイの声が聞こえた気がした。だが、振り返っても彼の姿は見当たらず、そもそもナイが教会の外に出られるはずがない。


ドルトンはもう一度戻ろうかと考えたが、これ以上に仕事に遅れるわけにもいかず、馬車に乗り込む。今日は別の街の商人と商談の予定があるため、これ以上に街に長居は出来なかった。



「会長、お疲れの様なら馬車で休んでいてください。昨日は碌に眠っていないんでしょう?」

「そうだな……全く、儂も年を取ったな。これでは先は長くないかもしれんな」

「また縁起でもない事を……」

「ははは、冗談じゃ。あの事を放っておいて先に逝くわけにはいかん。アルのためにも、ナイは儂が……何じゃ、あれは?」

「煙……火事でしょうか?物騒ですね」



馬車が街の城門に向かう途中、ドルトンは城壁の方から上がっている煙に気付く。最初は火事でも起きたのかと思ったが、煙は街中の建物ではなく、城壁の方から上がっている事に気付いた彼はすぐに煙の正体が「狼煙」だと知る。



「あれは……狼煙か!!城壁の方で何か起きたようだぞ!!」

「狼煙!?そんな馬鹿な、いったい何が……」

「分からん!!分からんが、嫌な予感がする!!すぐに屋敷に引き返すぞ!!」

「は、はい!!」



城壁から上がっている狼煙を確認したドルトンは嫌な予感を覚え、御者の男に注意する。今回の遠征はドルトンの商団の護衛は先に城壁の方に待機させており、この馬車にはドルトンと御者の男しか乗り込んでいない。


狼煙が上がっている事から城壁の方で問題が起きたのは間違いなく、危機を察知したドルトンは自分の屋敷に引き返す様に指示を出す。しかし、直後に街道の方から大勢の一般人が押し寄せ、人込みに巻き込まれてしまう。



「ひいいっ!!」

「に、逃げろぉっ!!」

「助けてくれぇっ!!」



大勢の街の住民が街道を駆け抜け、そのせいでドルトン達が乗っている馬車は人込みに囲まれて思う様に動けず、御者の男は慌てて怒鳴り散らす。



「うわっ!?ど、退け!!走れないだろうが!!」

「ヒヒンッ!?」

「これはいったい……何が起きたというのだ!?」



馬車は城壁の近くにまで辿り着いており、ドルトンはここで自分の荷物の中から片眼鏡を取り出し、それを装着して城壁の様子を伺う。


彼が取り出したのはただの片眼鏡ではなく、眼鏡型の魔道具だった。正式名称は「遠眼鏡えんがんきょう(とおめがね、ではない)」と呼ばれ、この眼鏡を掛けると単眼望遠鏡のように遠くの風景を確認出来る優れ物だった。



「あ、あれは……馬鹿な!?」

「か、会長!!いったい何が起きたんですか!?」

「逃げるぞ、馬車は置いていけ!!」



ドルトンは城壁の様子を確認すると顔色を変え、彼は馬車から下りると御者の男にも逃げる様に促す。貴重な馬車を置いて逃げる事を提案したドルトンに御者の男は信じられない表情を浮かべるが、そんな彼にドルトンは怒鳴りつける。



「何をしておる!!ここに残れば死ぬぞ!!」

「で、ですけど馬車を置いていくなんて……それに商品も載せているんですよ!?」

「馬車など後で買い直せばいい!!今は一刻も早く、安全な場所に避難しなければ……いかん、来るぞ!!」

「えっ!?」



城壁の方角から近付いてくるを耳にしたドルトンは血相を変え、御者の男の腕を掴むと、逃げる様に促す。御者の男は訳が分からないままに馬車から下りようとした時、何処からか矢が撃ち込まれ、馬車を引く馬の胸に的中した。



「ヒヒィンッ!?」

「うわぁっ!?」

「しまった!?早く飛び降りろ!!そうしなければ……!!」



馬が矢に撃たれた瞬間に暴れ始め、御者の男が降りる前に勝手に動き出す。それを見たドルトンは飛び降りる様に指示を出すが、御者の男は慌てて馬を落ち着かせようとした。



「どう、どう!!落ち着け、落ち着くんだ……うわぁっ!?」

「ヒヒンッ!!」

「早く降りろ!!死んでしまうぞ!!」



馬を何とか落ち着かせようと御者の男は手綱を引くが、胸元に矢を撃ち込まれた馬は暴れ狂い、最終的には近くの建物に突っ込んでしまう。


馬車は建物に衝突して横転してしまい、御者の男も倒れ込む。彼は苦痛の表情を浮かべながらもなんとか立ち上がろうとしたが、不意に自分の前に人影がある事に気付く。



「た、助けて……助けて下さっ……!?」

「いかん、逃げろっ!!早く立て、殺されるぞ!!」



馬車から放り出された時に男は負傷し、もう立ち上がる事も出来なかった。そのために彼は自分の前の人影を見て誰かが来てくれたと思って手を伸ばすが、彼が触れたのは人間の皮膚とは思えないざらざらとした触感の緑色の皮膚だった。



「グギギッ……!!」

「ギギィッ……」

「ギャギャッ!!」

「ひいっ……!?」



御者の男の前に立っていたのは街の住民ではなく、人間のように武装したホブゴブリンと、その周りを取り囲むゴブリンの集団が視界に映し出された。

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