第75話 アルと赤毛熊の因縁

「やああっ!!」

「ナイ!?」

「駄目だ、止めろっ!!」



赤毛熊に向けてナイは接近すると、剛力を発動させた状態で旋斧を振りかざす。彼の行為はあくまでもアルとゴマンを守るためであり、まずは敵の注意を引くために攻撃を仕掛けた。


しかし、その行動は完全に裏目に出てしまい、旋斧を振りかざしたナイに対して赤毛熊は焦った様子もなく、左腕の爪で弾き返す。



「ガァアッ!!」

「うわぁっ!?」

「うわっ!?」

「くそっ……化物がっ!!」



ナイの渾身の攻撃を赤毛熊は弾き返し、押し飛ばされたナイは後ろに立っていたゴマンも巻き込んで倒れ込む。力の差があまりにも開きすぎており、とてもではないが勝負にならない。


ホブゴブリン程度ならば一撃で葬れるほどの威力を引き出せる「剛力」の技能でも赤毛熊には通じず、せいぜい赤毛熊の程度だった。



(強すぎる……オークやホブゴブリンなんかと比べ物にならない!?)



これまでにナイが倒してきた魔物がなんだったのかと思えるほどに赤毛熊は強大な力を要しており、このままでは殺されてしまう。


赤毛熊は自分に攻撃を仕掛けてきたナイを標的に定め、倒れ込んだナイを襲おうと右腕を振りかざし、圧倒的な力で叩き込もうとした。



「ウガァッ!!」

「くぅっ……!?」

「ひいいっ!!や、止めろぉっ!!」



だが、ここでナイと共に倒れていたゴマンが背中に装備していた盾を構えると、この時に盾と赤毛熊の右腕が衝突した瞬間、強烈な衝撃波が発生して赤毛熊の巨体が倒れ込む。



「アガァッ!?」

「うわぁっ!?」

「うおっ……その盾、持って来たのか!?」

「盾……!?」



どうやらゴマンは自分の家の家宝である「魔法金属の大盾」を持ち込んでいたらしく、赤毛熊の攻撃すらも弾き返す事に成功した。赤毛熊の強烈な一撃さえも跳ね返す程の性能を誇り、この攻撃で赤毛熊は後ろ向きに倒れ込む。



(倒れた、今なら足を狙える!!)



赤毛熊が倒れている間にナイは旋斧を握りしめ、赤毛熊が体勢を整える前に仕留めるために走り出す。赤毛熊は慌てて立ち上がろうとしたが、その前にナイは旋斧を放つ。



「うああっ!!」

「ガアアッ!?」

「おおっ!!やったのか!?」



旋斧の刃が赤毛熊の左足に的中し、血が滲む。だが、切り付けたナイは信じられない表情を浮かべ、確かに刃を叩き込んだはずだが頑丈な毛皮と想像以上の肉の硬さに切り裂く事が出来なかった。


ホブゴブリンも鉄のような皮膚を持つが、赤毛熊の場合は更に上回り、分厚い毛皮の下はまるで鋼鉄の塊のような筋肉をしていた。旋斧ですらも表面を斬りつけるのが精いっぱいであり、とてもではないがナイの筋力では切り裂けない。



(硬すぎる……本当に生き物なのか!?)



赤毛熊の肉体はオークとは異なり、どちらも毛皮で全身が覆われているが、オークの場合は脂肪分が多いのに対して赤毛熊の場合は余分な脂肪分はなく、まるで筋肉の鎧に覆われているように感じられた。



(駄目だ、斬れない……僕じゃ勝てないのか……!?)



頼りの旋斧と剛力さえも通じない事にナイは冷や汗が止まらず、恐怖に苛まれる。今まではどんな敵であろうとほんの少しでも勝機があれば諦めずに戦えた。しかし、今回の相手はどんな方法を使っても勝ち目が見いだせない。


左足を斬りつけられたにも関わらずに赤毛熊は気にした風もなく立ち上がると、改めてナイを見下ろす。その姿にナイは震えて動けず、もう心が折れかけていた。そんな彼を見て赤毛熊は憤怒の表情を浮かべて牙を向けた。



「ガアアアッ!!」

「ひっ……」

「ナイ、避けろっ!!」



赤毛熊の牙がナイの頭部に噛みつこうとした瞬間、アルが大声を上げた。その声に反応してナイは咄嗟に後ろに転ぶと、彼は背中に抱えていた特注のボーガンを取り出す。



「喰らいやがれっ!!」

「ウガァアアアッ!?」



ボーガンから放たれた矢が見事に赤毛熊の片目に的中し、あまりの激痛に赤毛熊は悲鳴を上げる。その様子を見てアルはナイを救えた事に安堵するが、すぐに彼はナイとゴマンに怒鳴り散らす。



「ナイ、ゴマン!!逃げろっ!!お前達は逃げるんだ!!」

「じ、爺ちゃん!?」

「な、何を言ってるんだよ!?」

「こいつは俺が食い止める!!お前達は逃げろ、生き残れ!!」

「ガアアッ……!!」



アルは矢筒から新しい矢を引き抜き、ボーガンに装填して今度は赤毛熊の背中に突き刺す。どうやらアルのボーガンは赤毛熊に損傷を与えられるようだが、二度も攻撃を受けた赤毛熊は標的の対象をナイからアルへと切り替える。


恐ろしい形相を浮かべながら赤毛熊はアルに身体を向け、その様子を見たアルは冷や汗を流しながらも義足に手を伸ばす。実を言えばアルはこの赤毛熊と因縁があり、彼の足を奪ったのはこの目の前に立つ赤毛熊だった――

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