第19話 生き残るために戦え
「ギュイイッ!!」
「くっ!?」
背後から聞こえてきた鳴き声に咄嗟にナイは振り返ると、一角兎が飛び込んできた。この時にナイは短剣を逆手に持ち替え、突っ込んできた一角兎を切り裂く。
「ギャウッ!?」
「うわっ!?」
切り裂いた際にナイは転んでしまい、その隙を逃さずに他の一角兎が攻撃を仕掛けようとしたが、それに対してもナイは短剣を反射的に突き刺す。
「うああっ!!」
「ギャインッ!?」
『ギュイイッ……!?』
4匹目の仲間が切り付けられた事で流石に他の一角兎達も警戒心を抱き、不用意に飛び込む真似は止めた。その隙にナイは短剣を一角兎の肉体から引き抜き、改めて身構えた。
立て続けに一角兎を倒したせいで短剣には血がこびり付き、更に刃が少し欠けてしまう。勢いよく飛び込んできた一角兎を斬りつける際にどうやら頑丈な角の部分に触れたらしい。
(まずい、このままだと短剣の方が壊れる……でも、逃げられない!!)
一角兎は完全にナイを取り囲み、逃げる隙を与えない。ナイは短剣を逆手に構えた状態で周囲を見渡し、一角兎の群れの様子を観察する。
「ギュイイッ!!」
「ギュイッ!!」
「くぅっ……このぉっ!!」
威嚇するように鳴き声を上げる一角兎達に対してナイは冷や汗が止まらず、短剣を構えたまま後退る。死角からの攻撃を注意して忙しなく首を動かし、一角兎がいつ襲ってくるのか常に警戒を解かない。
(短剣が壊れたらお終いだ……でも、逃げられない)
一角兎の群れの包囲網から抜け出してもナイの脚力では一角兎は振り切れず、追撃されるのは明白だった。それならば覚悟を決めて戦うしか方法はなく、ナイは全力で迎撃の技能を頼りに戦う。
「うああああっ!!」
『ギュイイイッ!!』
今度は一斉に飛び掛かってきた一角兎に対してナイは短剣を振りかざし、次々と迫りくる一角兎を切り裂く。斬りつける度に短剣の刃が欠けていき、遂には7匹目の一角兎を切り伏せた際に短剣の刃が折れてしまう。
「くぅっ!?」
「ギュイッ!!」
折れた刃の短剣を見てこれでは使い物にならないと思ったナイだったが、ここで彼は倒れている一角兎の死骸に視線を向け、手を伸ばす。
刃が折れても刃元は僅かに残っており、それを利用してナイは倒した一角兎の角の部分を切り裂く。角その物は頑丈なので簡単には斬れないが、角が生えている箇所に刃を食い込ませて引き剥がす。
「うおおっ!!」
「ギュイッ!?」
「ギュイイッ……!!」
折れた短剣の刃でどうにか角を引き剥がすと、それを手にしたナイは角を武器代わりにして身構える。その様子を見た他の一角獣は仲間の死骸から角だけを引き剥がしたナイを警戒する。
一方でナイもやけくそ気味に引き抜いた角であったが、一角獣の角は非常に硬く、しかも先端が鋭いので武器としては悪くはなかった。
「ギュイイッ!!」
「くぅっ……このぉっ!!」
「ギュアアアッ!?」
不用意に突っ込んできた一角兎に対してナイは死骸から剥ぎ取った角を腹部に突き刺すと、一角兎は悲鳴を上げて地面に倒れ込む。一角兎の角は肉体の中で最も硬く、同種の肉体であろうと簡単に貫く。
倒した肉体からナイは折れた短剣の刃元で再び角を引き抜き、次々と襲い掛かる一角兎の肉体に突き刺す。生き残るためには手段は選ばず、ナイは角を手にして戦い続けた。
「はあっ……はあっ……!!」
「ギュイッ……」
「キュイイッ……」
10匹目の一角兎の死骸が地面に横たわる頃、群れの半分以上の仲間を殺された一角兎はナイに対して敵意が消え失せ、まるで獰猛な獣を前にした様に怖気づく。
ナイは全身が一角兎の血に染まり、その手には引き剥がした角と折れた短剣が握りしめられていた。その姿は一か月前に一角兎に怯えていた子供の姿ではなく、一角兎の群れにとっては「死神」のように見えた。
『キュイイッ……』
遂に一角兎の群れはナイに恐怖を抱いて逃走を開始すると、残されたナイはその様子を呆然と眺める。やがて一角兎が見えなくなるとナイはゆっくりと膝を突き、安堵の域を吐いた。
「た、助かった……」
迎撃の技能を覚えていなければナイは生き残る事は出来ず、今頃は一角兎の群れの餌食になっていただろう。彼は握りしめている一角兎の角に視線を向け、黙って手放す。
ナイの周囲には一角兎の死骸がいくつも倒れており、本人は何匹倒したのかも数えていなかった。それほどまで切羽詰まった状況であったと言えるが、どうにかナイは生き延びる事が出来た。
「帰ろう……」
一角兎の群れが引き返してくる前にナイは村の戻ろうとした時、ここで不意に地面に倒れている複数の一角兎の死骸に視線を向け、考え込む。やがてナイは周囲を見渡し、自分を狙う魔物の姿が見えない事を察すると、折れた短剣を死骸に振りかざす――
――アルが山から戻ってくると、家の中にナイがいない事に気付き、彼は不思議に思う。家の留守番を任せていたのだが、外に出て村の子供達と遊んでいるのかと思ったアルは村の中でナイを探していた。
だが、どこの家を尋ねてもナイの姿は見つからず、子供達に聞いてもそもそもナイと遊ぶ事など最近はなかったという。アルはナイが普段から子供達と遊んでいると聞いていたのだが、ここでナイが嘘を吐いていた事を知った。
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