妻になんて言おう。

もり ひろ

妻になんて言おう。

 妻になんて言おう。

 食卓を挟んで向かいに座る彼女の機嫌がずいぶんと良い。夕飯の準備をしながら、鼻歌を奏でる姿なんて、初めて見た。

 その理由は、おそらくあれだ。

 トイレに置いてあった箱。

 その中身はなかったけれど、尿をかけるだけで確かめることができる、あれの箱。中身がなかったということは、今日使ったということだ。その結果がどうだったのかは、彼女のご機嫌を見れば大体の予想がつく。

 この後に待ち受けるであろう事柄が脳裏を駆け巡る。妊婦のケアがちゃんとできるか。出産に立ち会えるか。夜泣きに耐えられるか。最初の言葉はパパかママか。さらに成長が進んだら、金もかかる。塾に行くかもしれない。大学の学費ってどんなもんなんだろう。

 自分にできるのだろうかと思うだけで、食事の味が遠のく。満足感や満腹感なしに、食べ終わってしまった。

 お互いに食べ終わったところで、彼女が姿勢を正した。

「あのね、わたしね」

 ほら、来た。ついに確信に迫る。改まって言われなくても、答えは知っている。いったい、どんな反応を示すのが正解なのだろうか。

「赤ちゃんができたみたい」

 彼女の嬉しそうな顔を見て、絞り出した言葉は「おめでとう」だった。

 

 不倫相手を妊娠させてしまった俺は、妻になんて言おう。

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妻になんて言おう。 もり ひろ @mori_hero

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