第6話『ラースの決断(裏)』
――センカ視点(三か月前)
「決めたぞ。ボルスタイン」
そんなラース様の宣言に、センカも含めたその場に居る全員がビクリと身を震わせました。
センカを抱きしめてくれているルゼルスさんも、いつもの余裕そうな態度を潜めています。
「ラース……あなた、早まった決断をしていないでしょうね?」
「ラース様?」
何かを決断したというラース様。
だけど、今のラース様はなぜかとても悲しそうです。
付き合いの長いセンカからしてみれば、ラース様が無理をしているのが丸わかりでした。
でも、とても真剣な顔をラース様がしていたので、センカは口を挟むことが出来ません。
ラース様はセンカやルゼルスさんと視線を合わせることなく、この世界を救う理不尽すぎる選択肢を提示してきたボルスタインさんと向き合いました。
「ほぉう……。数日は思い悩むと思っていたが、随分と決断が早い。さすがは主というべきかな?」
「御託は良い。俺は――」
そうして、ラース様はボルスタインさん含め、その場に居る全員に自分の考えを伝えました。
そう――
「俺は――ここに居るみんなを除いた全員を滅ぼす。そうすれば俺はルゼルスやセンカ達と一緒に居られる。そうだろ? ボルスタイン」
そんな悲痛な覚悟を示したんです。
「ククククク。やはり主は素晴らしい。自身の望みを秤にかけ大罪を犯す事すら
「いいからさっさと答えろよ」
「――失礼した。あぁ、その認識で間違っていないとも。全てを滅ぼした時こそ、主は自身の愛する者達と平和に暮らせる事だろう。人々の怨嗟が残りし地で永遠に暮らすと言うのもなかなかに悲劇的でありましょうな。ふふふふふふふふふふ」
「それ以外の方法は――」
「無い。そう断言しても良いでしょう。主人公達がその身を捧げてこの世界を支えてくれるのなら彼らの犠牲のみで主の望みし平穏を得られるでしょうが、残念ながら彼らにはそれぞれ帰りたいと願う故郷がある。その身を犠牲にする事などありますまい」
「……だよな。ならやっぱりそれしかない」
それしかない。
ラース様は自分に言い聞かせるようにして何度かそう呟きました。
「ラース……」
ルゼルスさんが悲し気な瞳をラース様に向けます。
かつて、この世界を自分たち好みの物にしようと楽し気にしていたラース様とルゼルスさん。
理想郷を創ると……そう誓ったラース様とルゼルスさん。
だけど、それはもう叶いません。
ラース様は自らこの世界の人たちを滅ぼすと……そんな恐ろしい決断をせざるを得なくなっちゃったんですから。
その背景を知るだけに、センカもルゼルスさんも口を挟めません。
恐ろしい決断を下したラース様。
そんなラース様はしばらく一人で思案顔をした後、パンと手を打ち鳴らし。
「だが、万が一という事はある。全てを滅ぼすとこっちが決めた以上、十中八九主人公側は邪魔しに来るだろう。その決戦で負けた場合の事も話したい。進んで負けるつもりはないが、そうやすやすと主人公達に勝てるとは思わないからな」
そんな後ろ向きな話を始めました。
ラース様は周りの反応など気にもせずに続けます。
「主人公と戦う決戦の場はあの異空間。世界の外と神様達が行ってた場所だ。あそこならどれだけ暴れても問題ないだろうしな。ボルスタインには前回同様、あの場所に俺達を送ってほしい。頼めるか?」
「無論だとも。既にこの世界の神たちと私は協力関係の間柄にあるようなもの。前回もそうだったが、今回も
「造作もない……か。なら、もう一つ頼まれごとをしてくれないか? 俺が考えていることは伝わってるんだろ?」
ボルスタインさんは人の心を読み取れるラスボスさんです。
だからこそラース様は言葉にしなくても伝わってるんだろうと、頼まれごととやらの内容を言葉にせず伝えようとしますが――
「残念ながら、既に主の力は私の及ぶところではない。力を持つ者の思考はどうにも読みづらいのだ。――簡潔に言えば、私には主が何を考えているか分からない。いまの私では想像する事しかできないな」
ラース様が力をつけすぎたせいで、ボルスタインさんにもラース様のお心の内を察することが出来なくなっているみたいです。
ラース様は一瞬センカの方をチラリと見ながら「そうか」とだけ言って、ボルスタインさんに読み取らせようとしたのだと思われる『頼まれごと』とやらの内容を明かします。
「異空間での戦いで一定以上傷ついた側は強制退場。そうして世界を支える側に回る……なんてルール設定はお前の力で出来るか?」
「ふむ……面白い試みではあるが難しいと言う他ありますまい。本人がそうなる事を望んでいる場合に限り可能……とだけ答えておこう」
「――さすがにそこまで上手くはいかないか。なら、負けを認めて自分がそうなる事を望んだ側を世界を支える側に回す……そういう事はお前の力で可能か?」
「対象が抵抗しないのであれば造作もない。――だが、いいのかね? その条件付けであれば主人公側には当てはまる事はありますまい。ここに居るラスボス達ならば敗北した場合に限り受け入れるでしょうが……」
「――それでいい」
世界を支える側。
ラース様が言うには、それはラース様達が激戦を繰り広げたあの光が捻じれ曲がったような変な空間に一生閉じ込められ、肉体もないまま世界の行く末を気が遠くなる程長い間見守ると言う苦行だそうです。
「主人公達に負けたなら仕方ない。もちろん負けるつもりはないし、絶対に負けたくないとは思う。でも、相手は主人公だ。負ける可能性も十二分にある。だから、そうなった時は……諦めてこの世界を支える側で居ようと思うんだよ。そうすれば意識だけの存在になってしまうとはいえ、俺はずっとラスボス達と一緒に居られる……そんな解釈も出来るしな。
――もちろん、ルゼルスやみんながそれを望んでくれるなら……だけど」
そう言って、ラース様はどこか迷子になった子供のように周りに居る私たちの様子を窺います。
最初にルゼルスさんの名前が出てくるあたり、少し複雑で『やっぱり』という心境にさせられました。けど――
そんなラース様に、いの一番にセンカが応えました。
「ラース様の望むままにされるといいと思います。それがどんな道であれ、ラース様が強くそう望まれたならセンカはそれに付き従うだけです」
無茶はして欲しくない。
傷ついて欲しくない。
それでも……ラース様が強くそう望まれたならセンカにそれを阻む術はありません。
それに、今回は止むに止まれぬ事情あっての事。
代案が出せるのならばいざ知らず、それも持たないセンカがラース様の決断を止めるなんて事、出来る訳がありません。
「センカ……」
「あ、でもすぐに決戦って訳じゃないですよね? センカはまだボルスタインさんの事を知りませんけど、それでも本当にこの世界が放っておいたら滅んじゃうのか調べたいなって――」
「あ、それについては俺からも異論はない。ボルスタインを信じ切れないのは俺も同じだしな」
そんなボルスタインさん批判に当のボルスタインさんが口を出したりして、場に流れていた空気がほんの少しだけ緩やかなものになり――
「あぁ、でもペルシー達には後で敵対宣言するぞ? そうしないとこの事を知られちまうからな」
気軽に、ですけどあまり洒落にならない事を言うラース様。
センカは首をかしげ。
「え? なんでですか? ペルシーさん達と協力して他に手がないか模索すればいいんじゃ……」
「いいんだよ。どうせいくら力を尽くしても他の方法なんて見つからないだろうしな。それに……」
「それに?」
しばらく間を取ったラース様がぼそりと。
「最後に結局どっちかが散らなきゃいけないなら……手に手を取って仲良くなんてしない方が良いだろ」
まるで色々な物を諦めてしまったみたいに……そんな呟きを残すのでした――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます