第15話『殴り合い』
「らぁっ――」
俺とヴァレルの殴り合い。
互いの実力は幸か不幸か拮抗状態にあり、勝負が早々に着く事はなかった。
基本スペックではラスボス達の能力を上乗せしまくった俺の方が上なのだろうが、時々体がうまく動かないタイミングがあり、その際に鋭い拳やら蹴りを貰ってしまっている。
反対に、俺の打撃もヴァレルにはいくらか
そんな拮抗状態。
「てめぇらはぁっ! 何のために戦ってるんだぁ!?」
そうして拳を振り上げながら、ヴァレルが問いを投げてくる。
「愛する民の為。平和の為、俺は戦ってる。その為ならどんな命令にも従ってやらぁっ。その為に我らが女王の嬢ちゃんはてめぇらに助力を願ったってのにそれを無下にしやがって……。言い方やら条件は確かに悪かったが、それでもこうして敵対する意味はなんだ!?」
そうして振り下ろされるヴァレルの拳。
俺はそれを――頬にまともに受けた。
そして――
「何をふざけた事を……言ってんだヴァレェェェルッ」
力いっぱい握りしめた拳を同じようにヴァレルに返してやる。
「お前が誰かの為に戦ってるのは痛いほどに分かってる。なにせ、お前はそういう主人公だからな。だが、それをこっちにまで強制してくるんじゃねぇよっ。あの女王に敵対する理由だと? 色々あるが、そんなもん決まってんだろっ。あの女王がどこからどう見てもクソ野郎だからだよっ。否定できるのか? 出来るのならしてみろよ主人公様ぁぁぁっ」
「ぐっがぁぁぁぁっ」
俺の拳を受けて呻き声を上げるヴァレル。
そんなヴァレルに、俺は続けて蹴りを叩きこみながら、
「自分の召喚した主人公にぜーんぶ放り投げて、しかも自分が召喚した主人公が傷ついても顔色一つ変えず、批難しかしない。こんなヒステリック女王がクソ野郎以外のなんだってんだ? そもそも、主人公であるコウの事を手放したくないからって永続召喚しないってのは我がままが過ぎるだろうよっ」
そうして蹴りを叩きこみながらあの女王に対する不満を爆発させる俺だが……その蹴りを受け止められる。
そうして、ぐるっと振り回すかのようにヴァレルは俺の足をがっしり掴み、
「うるっせぇなぁっ。それでも嬢ちゃんは民を守ってる。問題こそあれ、悪人ではねぇんだよぉっ」
そう叫びながら俺の体を投げ飛ばすヴァレル。
そのまま追撃を仕掛けてくる。
「ぢぃっ――」
そんな拳と蹴りの応酬。
お互いが手抜きなど一切せず、自身の全てを相手に叩きつける。
この勝負――体か心。そのどちらかでも屈した瞬間に敗北するだろう。
ゆえに、譲れない。
否。そもそも譲るつもりなど最初から微塵もないっ!
「悪人じゃないなら何をしてもいいのか? そんな訳がないだろっ! そもそも、あの女はどう見ても民を守ろうなんて考えてないぞっ。自分の利益になるから結果的に魔人種を守ってるだけ。それはあの女と繋がってるお前が一番分かってるんじゃないのか?」
「それは――」
言葉に詰まるヴァレル。
そんなヴァレルに、俺は続けて、
「そもそもヴァレルさんよぉっ。お前、信吾やコウに対して何も思わないのか!? 利用するだけ利用され、倒されるまで戦っても無理やり蘇らせられる信吾。そして、妹との再会を拒まれるコウ。あの女、最低でも二人の主人公を不幸にしてるんだぞ。命を賭けてまで戦った主人公がそれじゃああまりにも報われないだろうがっ!!」
ああ、そうさ。
主人公は己の命を賭して、何かを成し遂げた偉人だ。
ラスボスと違ってそこに高尚な理由がない場合も多いが、彼らは彼らなりに譲れない物があって、そのために戦ってきたんだ。
その果てがあんなヒステリック女王にいいように使われるなんて……そんなのは絶対に間違っているっ!
「
召喚された主人公にだって感情はある。
いや、感情があるどころの話ですらない。彼らはその想い一つで奇跡を為した者達だ。
そんな奴らを道具扱いなど、主人公の事を馬鹿にしているとしか思えない。
だから――
「誰かの為だとか民の為だとか……お前が言う事は正しい。正しいけど、違うだろ! 目を覚ませよ馬鹿野郎。お前はそんな利口な主人公じゃねぇだろ? 自分の正しいと思った道をただ突き進む破天荒だけど誇り高き主人公。それが俺の知ってる主人公『ヴァレル・ザ・ドライヴ』だ。なぁ、違うのかよ元帝国軍第十三特務部隊団長様よぉっ。今のお前は胸を張って祖国である帝国や皇帝陛下に自分の行いが正しいって言えるのか? その肩書に恥じない行いをしていると言えるのかぁっ!?」
「こ……のっ――」
明らかにヴァレルの動きが鈍る。
そこに畳みかけるようにして、拳を振るい、
「俺がお前らを解放してやるっ。俺なんかにいいようにやられてるヴァレル・ザ・ドライヴなんて居て貰っても迷惑だっ。あっちで打ち倒したはずのラスボスにやられてる主人公達だってそうだ。お前らは、縛られて輝くような存在じゃない。自分の心のままに、思うように動いて奇跡を掴むのがお前ら主人公だ。だからこそ……あの女を一発ぶん殴ってお前らを解放してやるっ。だから……その邪魔をするんじゃねぇよっ!!」
「ぐっ……おぉ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴァレルの体を射抜く俺の渾身の掌打。
苦悶の声を上げながら、ヴァレルはその身を地に沈ませた――
「なっ――何をやっていますのヴァレル!? 召喚士相手の
いいですかヴァレル。そこの薄汚いラスボス召喚士の言う事など全て戯れ言。あなたの信じる祖国も皇帝も全てまやかし。その全てが虚像なのですから、そこに誇りも何もあるわけがないでしょう? そんなに誇りが欲しいのなら、このわたくしを守る事こそ誇りとして死ぬまで戦いなさいっ」
そんなヴァレルに罵倒を浴びせる女王ペルシー。
そんなペルシーに俺は――
「ざけんなっ!!」
我慢など出来る訳もなく、怒鳴った。
「全てがまやかしだと? お前、それでも主人公召喚士か? 俺はラスボスに憧れ、お前は主人公に憧れたからこそこの
「な……何を馬鹿な事を。わたくしはヒロインを助ける主人公の姿に胸を打たれただけですわ。そもそも、まやかしなのは間違いないでしょう? あなたやわたくしが呼び出した人物はどれもアニメやゲームの――」
「まやかしなんかじゃないっ!!」
俺はペルシーの言葉を遮るようにして、断言する。
アニメやゲームの世界がまやかし? ああ、多分その通りだろうさ。
だが、それだけで済ませられる訳がない。
なぜなら――
「ここにその世界を生きた奴らが居る。奴らにとってその記憶は本物だっ!」
そう――ここにその世界を実際に生きてきたやつらが居る。
ルゼルスもウルウェイも、そして目の前でぐったりしているヴァレルだってそうだ。
それぞれが自分の世界で必死に生きて、戦っていた。
それは紛れもない本物だ。
創作だからといって、偽物だなんて呼んでいい物じゃない。
「こいつらにとってあの世界は本物だっ。そして、こうして異世界があるんだ。創作の世界が実際に存在しないなんてどうして言い切れる!? そもそも、お前だって知ってるだろう!?」
「何を――」
「この世に絶対なんてない。全ての物事に可能性はある。それが極小だろうが、あり得ないなんて事は絶対にあり得ない。それこそが主人公『セバーヌ』の持ち味……そうだろ!?」
「ふっ。何を言うのかと思えば……。それも所詮創作上のセリフではないですか。もういいですわ。死ぬまで時間を稼いでおきなさいヴァレル。こうなっては仕方ありません。あまり出したくはありませんでしたがコウ、マサキのいずれかで時間を稼ぎます。その後、やられたあなたを再召喚して一気にラスボス召喚士を叩きます。いいですね?」
「くっ――」
ここに来て新たな主人公召喚だと?
しかし、その二人ならばまだ話して分かり合えそうな気もする。だからこそペルシーはその二人の召喚を渋っていたのかもしれない。
しかし、万が一という事もある。
もしコウ、マサキ、ヴァレルの三人が共闘して俺に向かってきたら……いくらなんでも俺に勝ち目があるとは思えない。
そうはさせるかと、俺は懐に手を入れて何かを探しているらしいヴァレルが道を塞ぐよりも早く召喚士である女王をどうにかしようと一歩を踏み出し――
「――良くねえよ。ヤダね。俺は降りるぜ? もう付き合ってらんねえよ」
そう言ってシュボッという音と共に火を点けるヴァレル。
彼は倒れたまま煙草にその火を灯し、それを吸いながらペルシーの命令に反抗した。どうやら、ヴァレルが懐に手を入れていたのは単純に煙草を吸う為だったらしい。
つまり……あいつはもう俺の邪魔をする気はない?
「……なんですって?」
ヴァレルを睨むペルシー。
それを見て『やれやれ』と肩を竦めながらヴァレルは心中を
「なんでもクソもねぇよ。そこの坊主……いや、坊主は失礼だな。そこの戦士ラースは嬢ちゃんなんかよりよっぽど俺達主人公の事を分かってやがる。それだけじゃねえ。敵対してる俺達を解放しようなんて言う馬鹿野郎だ。そんな馬鹿が俺は大好きでな。これ以上やり合う気にはどうやってもなれねぇよ」
「なっ――何を馬鹿な事を!? あなたは主人公でしょう? それならヒロインであるわたくしを死守するべきですわっ」
「玉座に座って命令を飛ばすだけのヒロインなんざ俺は知らねえよ。それも俺ら主人公を使い捨てるヒロインなんざこっちから願い下げだ。嬢ちゃんの想いは俺にも伝わってくるし、気持ちは分からないでもないが……さすがに度が過ぎたな。そろそろ目を覚ます時間だと思うぜ?」
「そんな――くっ、ランダ――ひっ――」
そうしてランダム召喚を唱えようとするペルシー。
だが、既に彼女を守る者はもう居ない。
とりあえず、その召喚を止める為にもほっぺた引っ叩いてやる。
そうしてペルシーの眼前まで詰め寄るが、それだけでこの女王は恐怖に顔を引きつらせて召喚をキャンセルしていた。
それでも、この手は止まらない。
今も別空間で戦っている懲らしめるという意味でも、俺はこの女を引っ叩く。
「ラース」
そうして手を振り上げる俺の名をヴァレルが呼ぶ。
「さっきもちらっと言ったが嬢ちゃんは悪人って訳じゃねえ。そこんとこ含め、任せた――」
手を上げてそう俺に頼んでくるヴァレル。
それはまるで、誇り高きヴァレルという英雄に一人の男として認められたようで――
「任せろ」
ラスボスを愛している俺だが、少しだけ胸が暖かくなってしまった。
そうして俺は、振りかぶった腕でペルシーの横っ面を軽く引っ叩くのだった。
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