第38話『修行の成果-2』


 ――スタンビーク東南の森


 今回、俺がギルドから指定された場所はスタンビーク東南のキルネアンジュの森と呼ばれる所だった。

 

 Bランク以下の魔物のみ現れ、かつスタンビークの領地内で最も広大な森。

 修行を終えた俺とセンカにとってうってつけの場所と言えるだろう。


「さて、センカ。俺は憑依召喚をするからしばらく影に隠れていてくれ」


 センカには既に俺のラスボス召喚について説明済みだ。

 ギルドにしたようなふわっとした説明ではなく、そもそもラスボスとはなんなのかという所から詳しく説明した。

 俺が召喚できるであろうラスボスの特徴と、その力に関しても彼女には説明済みだ。


 おかげで数時間くらい説明に時間を使ってしまったが、センカは嫌な顔一つせず俺の話をきちんと聞いてくれた。

 意外と彼女は聞き上手なのかもしれない。


 センカは俺の話を特に疑うことなく信じてくれていた。


 ただ、なぜかは分からないがその後、俺がルゼルス関連の話をするとそっぽを向くようになってしまった。

 俺が虚空に向かって語り掛けたりすると頬を膨らませたりしてむくれるのだ。


 なんで?


『本当に分かってない所が凄いわよね……』


 感心しているっぽいルゼルス。

 分かってないって何の話だ? 


 などとルゼルスとの脳内会話を楽しんでいると――


「むぅぅぅぅぅ。分・か・り・ま・し・たっ。センカは引っ込んでるので後は二人で仲良くしてください。ふんっ――」


 そう言って音もなく俺の影に潜るセンカ。

 あれ? なんでセンカは怒ってたんだ?

 森に来て早々、影に隠れてもらう事は事前に言っておいたはずだし、その時も特に不満そうではなかったのに……。


『前途多難というやつね。でも、面白いからそのまま続けていていいわよ? クスクス』


 怒るセンカとは対照的にクスクスと笑うルゼルス。

 最近ではこの流れが恒例のイベントと化してしまっている。


 今の口ぶりからも察せるが、ルゼルスはセンカが怒っている理由に心当たりがあるらしいのだが、決して俺にその理由を教えてくれない。


 少し前に『女心は複雑なのだからラースが理解する必要はないわ。それに、その方が面白いし』とまで言われてしまった。


 まぁ、コミュ力がそこまで高くない俺がちまたで複雑だと有名な女心を理解するなんて確かに不可能な事かもしれないが……。



「こっちは全然面白くないっての……。まぁ、いいや。それじゃあ――やるか」


 俺も修行の成果を見せるとしよう(初お披露目の観客はセンカしか居ないけど)。




「憑依召喚。対象は――ウルウェイ・オルゼレヴ」


『イメージクリア。召喚対象――ウルウェイ・オルゼレヴ。

 憑依召喚を実行――――――成功。

MPを100消費し、24時間の間、不屈の魔人、ウルウェイ・オルゼレヴを肉体を依り代に召喚します』



 そうして――――――ウルウェイが俺の肉体に召喚される――――――



「――――――ふぅ。召喚完了」



 憑依召喚の後、俺は……俺のままだった。


 俺は修行の末、俺という精神を保ったままラスボスであるウルウェイ・オルゼレヴを憑依召喚することが出来るようになったのだ。

 

 俺の精神力がウルウェイを上回った――訳ではない。

 これは、ウルウェイと拳を交えて俺という人間を彼に認めさせた結果だ。


 その結果、ウルウェイは『己の信念に反することを貴様がせぬ限り、己は貴様の力となろう。必要な時は呼ぶがいい。憑依召喚の時も己の精神は休眠させておくとしよう。その方が貴様にとっては都合が良かろう?』と俺に協力してくれる姿勢を見せてくれたのだ。


『結果、ラースはかのラスボス。ウルウェイ・オルゼレヴの力を自分の意志で振るうことができる。偉大な一歩ね。これでウルウェイ・オルゼレヴをリスクなしで呼び出せる』


 ルゼルスの解説に俺はその通りだと頷く。

 ただ、補足する点が一点だけ。


「ああ。俺自身がウルウェイの信念に反することをすればその限りではないけど、元々そんな事をするつもりはないしな。俺、ウルウェイの信念は行き過ぎだとは思ってるけど真っすぐでカッコイイと思ってるし」


 ウルウェイが俺に協力してくれる条件は、『彼の信念に反する事を俺がしない』事。これ一つだ。


 ウルウェイの信念とは、即ち正義だ。

 弱き民は助ける事。強者が相手でも、後ろに守るべき者が居るなら絶対に退かない。

 そんな男らしい信念でのみ、彼は動いている。


 だからこそ俺はあの魔人が好きなのだ。

 




「ぎ、ギギィッ――」

「ん?」



 憑依召喚をして、自身の身体の調子を確かめようと手を開閉しながら歩いていると前方から魔物が襲い掛かってきた。


 こいつは……ウルギ。狼型の魔物だ。

 攻撃力はそれほどでもなく、魔法も使わない魔物だが、動きが素早く捉えづらい。

 単体ではCランク程度の魔物なのだが、群れで行動することもあるらしく、その場合の脅威度はBランク上位となる。


「面白い。試し切りにはもってこいだ」


 俺はスタンビークの武器屋で購入した剣を引き抜き、構える。

 憑依召喚でステータスが軒並み上がっているからか、その動きはとても滑らかだ。

 手にしている剣も、かなり軽く感じる。


「行くぞっ!」

「ウォォォォォォン」


 そうして俺は向かってきたウルギに対し、すれ違いざま一閃する。


 ウルギは動きが素早く捉えづらいと聞いたが……遅い。

 今の俺の目には、素早いと聞いていたその動きがスローにしか感じられない。


 俺が繰り出した刃はウルギの胴体を捉え、何の抵抗もなく真っ二つにする。


「ウォ……」


 息絶えるウルギ。

 俺は息を吐いて、今の戦闘を振り返る。


「なんというか……呆気なかったな」


『当然よ。一体誰の力をその身に宿していると思っているの?』


 言われてみてそれもそうかと苦笑する。

 今、この身はあのウルウェイ・オルゼレヴの力を十分の一程度ではあるが宿しているのだ。Cランクの魔物程度に遅れを取る訳がない。


 そうして今の自分の力を確認していると――


「「「ウォォォォォォン」」」


 いくつもの鳴き声が森に響く。

 鳴き声は徐々に多くなり、そしてその発生源がここに集まってきている。


 その声を聞いて、慌てた様子で影からセンカが飛び出てきた。


「ラ、ラース様……。魔物……沢山。に、逃げないと……」


 怯えた様子で周囲を見るセンカ。

 そこには続々と先ほど倒したウルギが集まってきていた。


 俺は怯えるセンカの頭を優しく撫でる。



「大丈夫だ。あんな雑魚に俺が負けるわけないだろう? センカは引き続き、俺の影に潜っていてくれ」

「……ラース様……センカを一人にしない?」


 涙ぐむセンカ。そういえばセンカに俺の力を説明したはいいが、実際に見せた事はなかったか。

 なら、いい機会だ。


「ああ、センカは俺のパートナーだからな。絶対に一人にしない。だから影の中で見ててくれ。ああ、事前に伝えてた通り、もし俺の言動とか様子がおかしくなったらセンカは一人で逃げろよ?」

「………………分かりました」


 不承不承といった感じで再び影に潜るセンカ。

 うーん。だいぶ懐かれている感じがするなぁ。


『男冥利に尽きるじゃない。良かったわね』


「茶化さないでくれよ」


『いいじゃない。ほら、この子たちからも好かれているみたいだし。人気者ね、ラース』


「好かれている……ねぇ。そもそもこいつら、メスなのか?」




 俺の目の前には既に十数匹くらい集まっているウルギの群れ。

 こいつらに好かれているというのは――


「まぁ、嬉しいからいいか。そっちから襲い掛かってきてくれるのなら手間が省けるってもんだ」


 そうして笑みを浮かべ、俺は十数匹のウルギの群れに対し真正面から突っ込むのだった。

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