第507話 バアルへの対策

『おぉ~~なんか起こっている~~』

『そうね』


 『神罰』の光の柱が観客席から見えているらしく、興味津々と言ったレオネの声が聞こえてきた。


「終わったと思うか?」


 光の柱の中にいるため、視界が全て白で染められている中、イピリアに問いかける。


『まだじゃろう。あれぐらいで終わるのなら話が早いのじゃがな』

「だろうな」


 イピリアから予想通りの答えが返ってくる。なにせ、消費した魔力が戻ってきていない。それはつまるところ、まだ試合が終わっていないことを示していた。


 そのまま終わったと思わず、警戒を解かないでいると、『神罰』が収まったのか、徐々に視界が戻っていく。そして最初に見えたのは、ステージの上でうずくまっている黒い物体だった。


「しぶといな」


 視線の先では片膝をつき、出来るだけ丸めた体を守るため傘の様に翼を重ね合わせているオーギュストの姿がある。


「ふふ、仕方ないのである。あっさりと終わったらワガハイが自分を殺したくなるのであるゆえ」


 オーギュストは徐々に立ち上がろうとするが、ふらつき、明らかに本調子でないのが見て取れた。そしてその重症さを示しているように、体のあちこちが崩れ落ちていた。


『畳みかけるべきだと思うか?』

『じゃろうな、【神罰】は精霊でも下手をすれば消滅するほどのもの。儂はお主と共にいるため、問題ないが、直で喰らった悪魔が絶えていることにむしろ驚くわい』


 イピリアに相談すると、なにやらいろいろと気になる言葉が出てくるが、ひとまずは目の前の敵に集中する。


「ふふふ、やはり、今のままでは厳しいのであるな」

「なら、降参するか?」

「いや、この劣勢であっても、戦いとは面白いものであるな……故に」


 オーギュストは好物をじっくりと堪能するような表情で返答する。そして、次の瞬間には自身の手の前によく見る魔法『亜空庫』が出現する。


「少々、無理を――」


『飛雷身』


 オーギュストが『亜空庫』に手を入れた瞬間、オーギュストの斜め後ろに飛び、バベルを振るう。


「っっ」

「無粋だとでもいうか?」


 バベルは『亜空庫』に手を入れているオーギュストの右腕を肩から斬り飛ばす。


 シュル


 そして反撃とばかりに尻尾が蠢き、こちらを打ち払う。さすがに攻撃したばかり避けることが出来ずに腹に喰らうことになるが、軽く吹き飛ばされたわりにダメージは全くと言っていいほどなかった。


「そうは言わないが、もう少し手心を加えてもいいのではないか?」

「本気で言っているのか?」

「いや、もちろん冗談であるよ」


 オーギュストはその証拠とばかりに地面に落ちた、右腕を指し示す。


 バシュ

「ちっ『放電スパーク』」


 視線を落ちた右腕に向けるとその瞬間、右腕は細長い触手を何十にも生み出し、こちらに向けてくる。


 さすがに見ているだけにはいかないため、即座に『放電スパーク』で右腕もろとも焼き尽くす。


『奴から目を逸らすな!!』


 だが、『放電スパーク』を発動した瞬間にイピリアの忠告が飛んでくる。


「っ!?」

「もう遅いのである」


 急いで視線を戻すが、その間に、オーギュストの左手の上には黄色い角が存在していた。


「『融魔ゆうま・雷殻之背角』」


 そして次の瞬間には角は掌に沈む。


(何が起きるかわからないが)


『飛雷身』


 再び、オーギュストの右後ろに飛ぶと、全力でバベルを横なぎに振るう。


「ただの刃ではな『鋭利なる剣尾』」


 オーギュストは尻尾を剣にすると、そのままバベルを受け止めて、自ら吹き飛ばされる。


(堅い、鉄槌を使わないと尻尾は破壊できないのか)


 最初に『怒りの鉄槌』で簡単に破壊で来たため、素でも十分と考えたのだがどうやら威力が足りないらしい。


『バアル、見ろ』


 イピリアの声で思考を止めて、オーギュストを見る。


「体が、変化したのか」

「さよう、勝ち筋が見えたので、最適化させてもらったのである」


 吹き飛ばされた先でのオーギュストの体は変わっていた。太くなったと思った四肢や胴は今度は細くなっている。ただそれでは最初に戻ったとしか言えない。大きく変わったのは背中と頭部、そして肘から手、膝から足にかけてだった。背は翼が無くなり、そこには剣竜類の様な骨盤、それも根本から穂先に掛けて黄色くなっているモノが存在しており、頭部は二本の角が無くなり、額に剣の様な一本の角が出来ていた。また手や足に関してだが、まるで鋭利な鎧を着ているように変化しており、手や足でも十分な斬撃が出来るほどだった。


「観察は終えたであるか、では」


 オーギュストは尾をうまく使っているのか、もはや倒れるであろうという程前のめりになりながらかけてくる。


「『天雷』」

「無駄である」


 手を翳し、牽制目的で『天雷』を放つがオーギュストは問題ないとばかりに突っ込んでくる。


(さっきもそうだが『天雷』は意味が薄いな)


 どうやったかはわからないが、どうやらオーギュストは雷に対する耐性を用意してきたらしい。


「それとバアル殿、これからは雷は使わないようにした方がいいのである」

「何を」


 言っていると言おうとすると、オーギュストは数段階速度が上がった。それこそ、リンや俺の全力状態での移動速度だった。


「ふっ」


 そしてオーギュストが目の前まで移動してくると速度をそのまま載せた蹴りが行われる。


 ドン!!


 蹴りをバベルを盾にすることで防ぐと、オーギュストはそのままは蹴りとは逆回転をすると、今度は尻尾による斬撃を放ってくる。


【衝鳴】


 ***!!!


 イピリアが尻尾に向かって一鳴きすると、尻尾はまるで何かに邪魔されたかのように失速する。


 そして速度が落ちた尻尾を躱すと同時に全力でバベルを振り抜く。


 トッ

 ギィン


 バベルはオーギュストの腕でガードされるが、同時に後ろに飛んだことに寄り、衝撃を殺され、まともなダメージが与えられなかった。


「ふむ、中々、うまくいっているのである」

「そうか?俺には最初の策の方がよかったようにも見えるが?」


 『神罰』を使う前と後では前の方が厄介だと言う印象が強い。


「そうであるか、だが、やはりバアル殿を倒すとなればこっちの方が勝算が高そうなのである」

「近接戦がか?」


 こちらの言葉にオーギュストはしっかりと頷く。


「なら、始める前に教えろ、なぜそう思っている?」

「教えると思うのであるか?」

「どうせ、これで最後だ。今更言っても問題ないだろう」

「……いいであろう」


 こちらの言葉を聞き入れるとオーギュストは臨戦態勢のまま口を開き始める。


「バアル殿は遠距離から近距離まで幅広く対応でき、さらには『飛雷身』という距離を存在させない移動技も持っているのである。それゆえにワガハイはまずは『飛雷身』を封じるために動きたのである」

「それが、『広域の闇ワイドダーク』だと?」

「そうである。ここで疑問が浮かぶのであろう?なぜ『広域の闇ワイドダーク』で対策が取れるのかと」


 オーギュストの言葉に外野が頷いているのが視線の端に入る。


「バアル殿はわからないであろうが、ワガハイも魔力を見る目を持つのである。そしてそれによれば、『飛雷身』は発動する前に一度、目から魔力の線が伸びているのが見えるのである。それゆえ発動条件が透けて見えるのである」

「見ることが前提だと気づいていたわけか」


 こちらの言葉で頷く。


「そのため『広域の闇ワイドダーク』で身動き取れないようにしてから倒そうと思ったのであるが、予想以上に反応が早くて苦労したのである。だが、戦っている間に気付いたのである。バアル殿は最初の一撃こそ、技量を持っているが、二撃目からの技量が劣ると」

「だから、真正面から戦えると」

「そうである、なにせ――」


『飛雷身』


 オーギュストが何かを説明しようとする前に、オーギュストの斜め後ろに飛び、バベルを振るう。


「そう、速度こそ速く、移動した瞬間に攻撃されれば」


 トッ、ブン


 オーギュストは続きを口にしながら横なぎに迫るバベルに手を触れると、そこで一回転しながら、尻尾による強打を放ってくる。


「っっ」


 尻尾が迫ってくるのを視認するとバベルから一度手を放し、片腕でガードするが、衝撃で軽くステージの上を引きずられることとなった。


「大抵は対処できないであるが、移動する方向とタイミングがつかめれば後手の先を取ることも可能である」

「最初のうちに、対処できていなかったのはブラフか」

「いや、そうでもないである。あの時は制約で体が動かし難い状態だった故、純粋に避けにくかったのである」

「なら、おしゃべりついでに教えてくれ、なぜ『天雷』を突破できた?」


 『天雷』は雷を放つ、それだけを聞けば普通に感じるだろうが、普通の生物であればもろに受ければ大きなダメージを負うことになる。


「少々バアル殿用に体をいじったのである。そのおかげで雷に関しては耐性を得ているのである」

「なるほど」


 オーギュストは俺に合わせて耐性を備えてきたという。


『ええ、メタ装備を用意してきたってこと?』

『メタってなに?』

『メタっていうのはね―――』


 オーギュストの説明が聞こえたのか、セレナのそんな声が聞こえてくる。


「さて、ここからは長くなるが、お付き合い願うのである」


 オーギュストは言うことは言い切ったと戦意を高めるのだった。

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