第493話 最終日二回戦目

「あら、意外に早かったわね」


 リョウマとオルドに依頼を頼み終え、貴賓席に戻ってくるとクラリスが意外そうな顔でそう告げる。


「護衛依頼の確認と追加人員がいたぐらいで、特に予定外な話など無いからな。それよりも……」


 視線を貴賓席の一角に向ける。そこには一人で・・・長椅子に寝そべってるテンゴの姿があった。


「マシラはすでに出たのか」

「はい、どうやら一回戦と二回戦は後の三回戦目と四回戦目に支障をきたさないように速いスパンで行うそうです」


 背後にいるリンが詳しく説明してくれる。


「そうか、しかし、マシラとドイトリか、どちらが勝つと思う?」

「十中八九、マシラおばさんだと思うけど?」


 チャリーン


 レオネの言葉で視界の隅にいたセレナの目がそんな擬音を立てた。


「あの、これをマシラ選手に賭けてもらえますか」

「はい、かしこまりました」


 セレナはすぐさま壁際にいる侍女に腰に下げている金貨が入っている袋を出す。


「セレナ、少しは残しておけよ」

「わかっていますよ~~~」


 セレナは問題ないみたいな表情でこちらに返答する。


(痛い目を見れば元に戻るのだろうがな)


 ワァアアアアアアアアアアアアア


 そんなことを考えていると、コロッセオ内に歓声が響く。









『さて、本日は二回戦目が少し早い時間に設定されてますが、遅れてきている奴はいないですよね?』

 ウォォオオオオオオオオ!!


 リティシィの問いかけ一つだと言うのに観客は盛り上がる。


『それでは入場してもらいましょう!!“剛武”ドイトリ選手!!“武芸百般”マシラ選手!!』


 ワァアアアアアアアアアアアアア


 リティシィの声で二人が入場する。一人はテンゴ同様一回戦から格好が変わっていないマシラ。そしてもう一人が鈍い鉛色の全身鎧に包まれ、二回戦目で使用した自身の背丈よりも大きい片口型の槌を持つドイトリだった。


「……なるほど、ある程度は見られているわけか」


 テンゴはグラウンドに入場したドイトリの姿を見て、何やら呟く。


「え?えっと、それって……」

「言いたくはないが、マシラが不利だ」


 サァー、という擬音が正しいぐらいに問いかけたセレナの顔色が悪くなる。


「いくら賭けた?」

「……7割ほど」


 興味本位で聞くと、セレナは所持金の7割をそのままマシラに突っ込んだらしい。


「で、ですが、それは不利というだけで負けるとは」

「……どうだろうな」


 まさかのテンゴの不安そうな声を聞くとセレナはもはや絶望の表情しかできなくなっていた。


『それでは~~~~~はっじめ~~~!!!』

「っっ、頑張ってーーマシラさん!!!」


 始まりの合図とともに貴賓席にはセレナの悲鳴の様な声援が響いていた。

















「しゃ!!」

「ふん!!」


 開始の合図が鳴ると二人とも即座に動き出す。マシラは身を低くして、ドイトリに向かって前進し、ドイトリは槌を大きく振りかぶり構える。


『これは!攻めのマシラ選手と待ちのドイトリ選手の駆け引きです!!勝敗はどちらに!!』


 リティシィの言う通り、これは相手との読み合いだった。マシラは攻撃するために接近しなければいけないが、ドイトリの重い一撃を受けて無傷ではいられない。そしてドイトリは読み合わせなければいい様に攻撃を食らう羽目になるだろう。


「ふっ!!」


 だが、マシラは臆することなく、ドイトリへと近づいていく。だがそれは直線的に近づいていくというよりも円を描きながら少しづつ近づいていた。


「……」

 ギリッギリッ


 テンゴはできるだけ体勢を動かさず、マシラの動きをとらえ続ける。


「……こうだな」

「むっ!?」


 マシラが何かの算段を付けると一直線で一気に距離を詰めていく。


「舐めるな!!!」


 ドイトリは直線で近づいてくるアシラの動きを読み、一気に槌を振り下ろす。


 ドォオン!!


 槌は今まで溜めた分威力が増したのか、砂場に衝突するとドイトリ前方の砂場を大きくえぐり吹き飛ばす。


『っっ!!ドイトリ選手の強撃が炸裂する!!っっだがーー』

「おしいな」

「くっ!?」


 パシッ


 ドイトリは背後からマシラの声が聞こえてくると、右手を放し、顔の右側に備える。すると次の瞬間、右の甲に衝撃を受ける。


『ドイトリ選手の横に回り込んでいたマシラ選手がドイトリ選手に裏拳を放つが、あっさりと受け止められる!!ですが、どうやってあの槌を避けたのでしょうか?え、―――』


 リティシィを浮かべているとすぐ傍に居る戦士のような人物が耳打ちする。


『え~~どうやら、マシラ選手は槌が振り下ろされる瞬間に斜め前に棍を突き刺して、それを足場にすることで急激な方向転換を図ったようです』


 リティシィの説明で判明したのは、マシラは直線で移動していると、持っている棍を斜め前の砂場に差し込む。そしてそれを足場にして一気に反対側の斜め前に進み、槌の直撃を交わしたとのこと。またその言葉を証明する様に、ステージに端に銀色の棍が転がっていた。


 そしてそんなリティシィの実況中もステージでは動きがあった。


「おぉ、間に合った」

「それは少々、甘く見すぎじゃろう!!」


 ブン!!


 ドイトリはマシラの裏拳を受け止めた右腕を強引に振るい強制的に距離を取らせる。


 トッ


「いや、なめていないぜ。なにせ――」


 軽快にマシラは距離を取ると、ニヤリと笑う。その理由は視線の先にあった。


 ダラン!!


『!?え!?あれってユライア選手と同じ技じゃ!?』


 リティシィの驚く通り、ドイトリは全く力が入った風ではなくただただ垂れ下がっていた。


「……なるほど一日でものにできるとは……才能とは恐ろしい」


 ドイトリは会話をしながら自身の右腕に視線を向けて少しでも動くかどうかを試した。


「ああ、どうやら、あたしに備えてきたみたいだから、備えがない部分を狙わないといけなかったからな」


 アシラはドイトリの鎧に視線を向けてそう告げる。

















(マシラの攻撃は基本的に連撃に重きを置いている。それは一撃の威力が小さいと言う事。なら一定の攻撃なら防げる鎧を着るのは当然だろう)


 俺は水を飲みながら、マシラとドイトリのやり取りを見ている。そしてマシラの言う備えという部分も理解できた。


「なぁ~んだ、マシラさんの方が優勢じゃない」


 背後でこれなら安心とばかりにセレナは安堵の息を吐く。


「……」

「バアル、何か懸念点でもある?」

「いや……今は無いな」


 クラリスの問いかけに応えずにテーブルに置いてある水を飲みながらステージを見る。


(ここまで有利に移るならテンゴは不安視しないはずだろう、それに―――)


 考え事をしていると、ステージ上では動き出す。そのため、思考を一度止めて、そのまま観戦を続けるのだった。












 パァン!!


「ぐっ!?」

「これで左でも動かないだろう」


 ザッ


 ドイトリは槌を地面に落とす。そして残った左腕も垂れ下がるのみとなった。


『っっ、片腕の攻撃など見切っているとばかりに、マシラ選手は攻撃を潜り抜ける!!そして、無事な左腕に触れる!!これでドイトリ選手は両腕を防がれてしまった。これは……』


 リティシィは声には出さないが、これで勝敗はついたと言いたいのがコロッセオ内にいる誰もが理解した。


「ふっ、甘いのぅ。何のために頑丈な鎧を選んだと思っている?これで防ぎ続ければ、いずれ――」

「させると思うか」


 ドイトリは両腕が使えない状態でも防御の姿勢で時間を稼ごうとする。その目的は両腕が使えるようになる時間を稼ぐことだった。だが、それを許すマシラではなかった。


「借りるぜ」


 ドン!!


 マシラはドイトリの心臓の上の鎧を掌打する。その結果、ドイトリは砂場の上を引きずられるだけで、ほかは何もないはずだったのだが。


「がはっ!?、っこれは」

「なんで、あたしが旦那の真似ができないと思った?」


 ドイトリは吹き飛ばされた先で、口から血を吐く。


『っっマシラ選手!!あの、鎧の上からでみ有効打を与えられる……やはり……』

「そうさ、ね!!」


 マシラは追撃とばかりに軽く跳躍すると、そのままドイトリの左肩に踵落としを決める。


 メキャ


「ぐっ!?」

「嬲る趣味は無い。降参しな」

「誰がするか」


 ドイトリは片膝をつき項垂れる。だが頭上からかかる声には応えず、未だに戦意の尽きない目をしていた。


「そうか、なら」

 ゴン!!


 マシラは遠慮なく、ドイトリの顔面に掌底を当てて、ドイトリの体を揺さぶる。


「それじゃあ仕舞にしようか」


 ドイトリの体がぐらつく中、全力で足を振り抜き、ドイトリの首筋に鋭い蹴りを見舞おうとする。


 これで勝敗が着く。誰もがそう思う中――


「気を、抜いたな・・・・?」

「っっ!?」


 マシラの蹴りが繰り出される中、ドイトリは何かを呟き、急展開を見せる。


「『身機一転』!!」


 一瞬のうちに、鎧に白と緑の幾何学模様が浮き出るとドイトリは動かないはずの腕を動かす。


 ドン!!

 ズザザッ!!


 そして自身の顔面に打ち込まれる蹴りを両腕で防ぎ、同時に掴む・・


「てめぇ!」

「力比べなら負けんぞ?」


 そして次の瞬間、ドイトリは片腕だけ足を掴み、もう片方を遠くに落ちている槌の方向に向ける。


「『磁器拾い』」


 ドイトリが新たなアーツを使用すると、遠くに落ちている槌が少しづつ動き出し、最終的にはドイトリの掌に吸い込まれていく。


「っこの!!」


 その間、マシラは片足を掴まれながらもドイトリに攻撃を加える。ただ、その際に疑問だったのはいくら攻撃してもドイトリの体の動きが止まることは無かったことだ。


 ガシッ

「夫人には悪いが、歯ぁ食いしばれぃ!!」

「っっ……くそっ」


 槌がドイトリの手の中に納まると、片腕とはいえ、力に定評があるドワーフの腕力でアシラに振るわれる。それも片足を掴まれて動けない状態となれば、当然、避けることなどできず―――

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