第491話 最終日一回戦目決着

「なら、有利なのはテンゴなのか?」


 ステージ上でぶつかり合っている二人を見ながらアシラに問いかける。


「その通りだ。接近戦だけ・・ならテンゴに分がある」

「だけ、か」

「ああ」


 マシラに問いかけ直しながら、ステージを見る。


(確かに、今のオーギュストは接近戦で相手の土俵に上っている。確かに触手が弱点になりえるなら、その考えもおかしくないが――)


 脳裏に五年前、戦った時のことを思い出す。


(俺の時はむしろ距離を取っていた。それを考えれば取れないこともないだろうに――)


 なぜ、オーギュストがテンゴと殴り合っているのか、なぜ遠距離の攻撃を行わないかという疑問が浮かび上がる中、ステージでは変化が起こっていた。











「ふん!!」


 パン!!


 テンゴが掌底をオーギュストに向けて放つ。オーギュストは体勢を崩しているのか、すぐさま避けることが出来ずにいる。だがノーガードはまずいと思ったのか、胸の前で両腕を犠牲にして胴体を守る。


 ドッ、ゴッゴッ、ザザ


 テンゴの膂力と、自ら後ろに飛んだ成果、オーギュストは10メートルほど砂の上を転がっていく。


「ふ、ふふ、ははは」


 転がった先でオーギュストが笑い出すと、体を伸ばしたまま、起き上がるという妙技を見せる。


「どうした?頭でもイカれたか?」

「いやいや、そうではないである」


 そういうとオーギュストは弾け飛んだことで無くなった、肘から先を見せる。すると毎回のように黒いゾルが腕をかたどり、元通りとなる。


「いつ見ても気味わりぃな」

「それは失礼したのである。だがこれはワガハイの仕様なので納得してもらうしかないのである……さて」


 完全に体が元通りに戻ると、オーギュストは構えを取るのではなく、最初の時の様に後ろで腕を組み姿勢を正す。


「あ?」

『オーギュスト選手、今度は姿勢を正した!!これは、接近戦はもう終わりだという意志表明でしょうか?』


 オーギュストの体勢にテンゴもリティシィも観客も困惑の反応を示す。


「感謝と同時に謝罪をするのである。今はまだテンゴ殿と殴り合っても勝ち目はないと分かったのである。なので――」

「構わん。というより、俺としては勝つために全力を尽くしてくれた方がうれしいがな」

「……もう一度言うが感謝するである。ではここからはワガハイの流儀でやらせてもらうである」

「はは、こいや!!!」


 ドドド


 オーギュストの言葉に返答すると、テンゴは巨体に見舞わない速度で接近を始める。


「では――」


 テンゴが接近しているのにも関わらずオーギュストは姿勢を正している。だが、体の一部だけは先ほどとは違った部分があった。


「『悪魔の威光デモンズ・レイ』」

「っ!?」


 オーギュストの角が赤く輝くと、角の間に赤い球体を作り出し、そこから赤い光線を放った。


 ピシュン!!


 光線は急いで回避したテンゴの体スレスレを通り過ぎ、そのまま砂場へと当たり、大量の砂ぼこりを撒き散らす。


「くっ」

「続けていくである」


 そこからはオーギュストの独壇場となる。平坦な砂場ということもあり、遮蔽物は存在していないため、テンゴは丸見えの状態、つまりは速度にさえついていければ格好の獲物と言えた。


 もちろん、テンゴも応戦した。砂ぼこりを巻き上げて、壁や目眩ましにしたりするが、オーギュストは慌てずに距離を取り、光線を放ったまま、頭を動かして周囲を薙ぎ払う。そして巻き上げられた砂ぼこりでは紙切れも同然で光線を防ぐことはできなかった。


「…………」


 ダッ


 そしてオーギュストの周りを何周かするとテンゴは意を決した表情でオーギュストへと向かって行く。


「『悪魔の威光デモンズ・レイ』」

「ふぅっ!!」


 光線がテンゴへと迫る。だが、テンゴは体をほんの少しだけずらし、体を掠めながら前進を続ける。


「無茶である」


 オーギュストは光線を放出しながら顔を動かして、テンゴに当てようとするのだが――


『えぇぇええ!?なんで、テンゴ選手はあの光線に当たらないのですか!?』


 テンゴは光線が体に触れようとすると、まるでどう動くのかがわかっているように、回避しながら前へ進んでいく。


「……ふむ、では――」


 テンゴに当たらないと判断すると、オーギュストはようやくただ姿勢を崩す。その姿勢は前方からの衝撃に備えるように膝を屈め、尻尾を後ろに突き立て支えとしていた。そして光線を一度止めると、角の間にある赤い球体を口の前に持ってくる。そして次の瞬間、口を開くと、球体が膨張を始める。


悪魔の灼息デモンズ・バーン


 次の瞬間、球体から光線が放たれるのだが、それは放物線状に広がっていき、オーギュストの前方のほとんどを埋め尽くしてしまう。


「―――、――――――、―――『獣―」


 また接近しているテンゴなのだが、あまりにも広範囲に放たれた光線をよける間もなくそのまま飲み込まれていく。


『な、な、な、す、ステージの半分が飲み込まれてしまいました!?ここまで大規模な術を見たことがあるでしょうか!?私は見たことがありません!!!!!』


 ステージの半分以上が赤い光で満たされている光景に、リティシィもそして観客も大いに沸き上がる。


「―――、ふむ、これで、終わりではない」


 次第に光線が収束し、最後は細い線となり消えてなくなると同時にオーギュストが前見ながらそう告げる。オーギュストの視線の先には大きくえぐられた砂場の上にしっかりと立ち、頭を守る様に顔の前で腕をクロスしている大きな影があった。


 ぐるぅ、ぶほぉ~~~


「なるほど、それが、テンゴ殿の本性であるか」


 視線の先にいたのは試合が終わっていないことから当然テンゴなのだが、その姿が違っていた。五日目の一回戦で見た、黒い体毛を持ち、口の端から鋭い牙を見せるゴリラの姿、身長は3メートルほどで握りこぶしだけで成人の胴と同じ大きさになるほど、肩から先が発達している部分は同じなのだが、体の各所にひし形の肉球の様な部位が存在していた。


「オォオオオオオオオ!!!!」


 テンゴは空を見上げて咆哮を上げると、このコロッセオ内にいる全員が、あまりの声量に耳を塞いだ。


「なるほど、真の獣であるな」

「――」


 パァン!!


 オーギュストが何事もない様に呟いた瞬間、テンゴの視線がオーギュストに向き、次の瞬間にはテンゴの姿は掻き消えて、オーギュストのすぐ真横にまで近づいていた。


「っっ、ふざけた身体能力である!!」

「オオオ!!」


 テンゴの拳をオーギュストは両腕を犠牲にすることで距離を取る。


 グッ

「『怨念の掴み手ゴーストハンド』!!」


 衝撃で二人の距離が出来るのだが、次の瞬間、テンゴの足に力がこもるのを察すると、オーギュストはすぐさまアーツを発動させて、テンゴの足元から白い亡者の腕を生み出す。


「??ふん!!」


 だが、次の瞬間にテンゴは足踏みする、それだけで砂が大きく波打ち、生み出された腕も消えていく。


「ふむ、これは」


 パァン!!


「――――、今は・・無理であるな」

 グチャ!


 オーギュストはすぐ横にまで移動してきたテンゴの拳に寄り、潰されるのだった。

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