第483話 ロックルの預け先

「意外だな」

「なにがじゃ?」

「粗暴そうに見えて、しっかりと作法はできている」


 本戦五日目の夜、カーシィムとの会合のためにレストランにて食事をしているのだが、その際に同じテーブルについているドイトリがしっかりとテーブルマナーに従っていることに驚く。


「……ふむ」


 またカーシィムはそんな会話をしている俺を見て、何かに気付く。


「儂はドワーフで一番強いと言ってもいい立場にいる。となるとそれなりにいい身分の奴らとも会う機会が有るのでな、その時のためにしごかれたんじゃ」


 ドイトリほどの実力者ともなれば様々な問題に対処させられる、その時に高い位の人物と会う必要があり、その際に身に着けたという。


「弟もか?」


 俺の視線は同じくドイトリの隣にいるロックルに向かう。そこにはドイトリ同様に綺麗な作法で食事を行っているロックルがいた。


「ああ……言いたくはないが人族の美女と会う機会が有ると言って、焚きつけたわい」

「その一言だけで、すべての理由になりそうだな」


 ドイトリの言葉にとても納得する。ロックルほどその理由で動かせる人物はそういないだろう。


「…………」チラッ


 だが、当のロックルはこちらの会話に加わることなく、時折カーシィムに視線を向ける。


 その理由だが――


(あいつ、狙ってやっているだろう)


 俺もカーシィムに視線を向ける。そこにはクヴィエラとユライアという美女を控えさせ、さらには中性的な衣装をきて、一見するだけじゃ、背が高く髪が短い女性にしか見えないカーシィムがいた。


 その後、しばらくして食事の大部分が終わる頃、ようやく場が動き出す。


「さて、ほどほどに腹も収まる頃だろう。そろそろ本題に入ろうか」


 カーシィムは指先をナプキンで拭き、グラスに手を伸ばしながら話を始める。


「そうだな」


 スッ


 こちらも使い終わったナイフとフォークを置いて話し合う姿勢を取る。


「なにから話し合おうか」

「軽いものから済ませるのはどうだ?」


 俺は視線をロックルに向けるとカーシィム、そしてドイトリもそちらに向く。


「ん、んん、俺がなにか?」


 急に全員の視線が向いたことにロックルは軽く喉を詰まらせながら答える。


「いや、以前言っていた美人を紹介するという約束だ」

「あ~~あれか」


 ロックルはこちらの言葉を聞くとカーシィムに視線を向ける。


「いや、まぁ、そうだな」

(……殿下だから遠慮しているのか、それともカーシィムがありなのか、やや困る反応だな)


 ロックルはやや躊躇した反応を示すが、それがどの部類の反応なのかわからない。


「と、話題を振っておいて、なんだが、俺は紹介するだけだ。後は二人で話を進めてほしい」

「そうだね、では後で話をしよう、ロックル君」

「は、はい」


 カーシィムから柔らかい笑顔を向けられるとロックルは詰まった反応をする。


「なるほどの、だから先にカーシィムに聞いてみろ、か」

「どうした、ドイトリ?」

「いや……殿下頼みがあるのですが」

「なんだ?」

「今晩、ロックルを預かってほしいのです」


 ドイトリの言葉にカーシィムはこちらに視線を向ける。


「…………バアルの元ではだめなのか?」


 カーシィムは少しの間顎に手を添えて考え込み、こちらに問うてくる。


「理由は弟を襲撃から守りたいと言うもの。となればまず襲撃が起こるだろうホテルに置いておくよりも、関係ない殿下の元に置いておくほうが確かでしょう」

「だが、イムリースは戦力増強があったはず、それを考えれば、十分だろう」

「いや、確率が0%と1%では雲泥の差があります。ドイトリの気持ちを汲めば殿下の元で預けられている方が安全でしょう。さらに言えばドイトリがこちらのホテルに居てもらえばそちらに目は行きにくいと考えます」

「襲撃者がドイトリの弱点としてロックルを狙うとは考えないのか?」

「無いでしょう。なにせ一回目二回目共にロックルが狙われている気配はないのです。そう考えればそこまでおかしな話ではないかと。何よりこの後ロックルと話をするなら、預かってもらう方が好都合かと」


 ピクッ


 反論する部分が無くなったのか、カーシィムは一瞬眉を動かす。そしてしばらくの間、視線がぶつかり合う。


「ふぅ、そういう事情なら預かろう」

「感謝します殿下」


 カーシィムの言葉にドイトリは頭を下げて謝辞を述べる。


「で、バアル」

「ああ、リンこっちに来てくれ。そしてロックル」

「……なん、ですか」

「ここから先の話は聞くな」

「なんでだよ」

「冗談抜きで、身の振り方ひとつで死ぬ世界に足を突っ込むぞ」

「……アニキはどうすんだ?」


 本当に危険なことが分かったのか、ロックルは身を竦めながらも兄に問いかける。


「ロックル、もとより儂はこちら側にいるんじゃ。だが、お前が危険な目に会う必要はない」

「わかった」


 ドイトリが真剣な表情で告げると、ロックルも理解したのか、テーブルを離れて、やや離れた位置にあるソファに座り込む。


「リン、遮断」

「わかりました」


 ロックルが離れたのを確認すると、リンに風の障壁を張ってもらい、外部に音が漏れないようにする。


「ようやく本題に入れる、と言ったところか」


 準備が整うと、カーシィムはグラスを掴みながらそういう。


「ああ、今朝の言葉、まさか忘れたわけではないな?」

「もちろん、それじゃあ――」

「すまんが、待ってくれ」


 今朝の続きをこの場で行おうとすると、ドイトリから待ってほしいと声が飛ぶ。


「なんだ?」

「一応、聞きたい、なぜ、儂がこの場に呼ばれたのかを」


 ドイトリは確証を得ようとこちらに問いかけてくる。


「なるほど、やはり・・・か」

「何がじゃ?」

「いや、混乱する前に聞いておこう。ドイトリ、お前が襲撃犯を雇ったの・・・・・・・か?」


 ドン!!


 質問の後に大理石でできたテーブルにひびが入る。


「バアル様、よもや儂が暗殺などという戦士の恥を行っていると?」

「その様子だと、どうやら、無関係…………いや正確には知らないようにしている・・・・・・・だけか」

「…………」


 こちらの言葉にドイトリはテーブルに叩きつけた拳を引き、背もたれに体重を預けてから腕を組む。


「そういうということはこう思っておるんじゃな、今回の襲撃に儂の同胞が関わっている・・・・・・と」


 俺はドイトリの言葉に軽く笑い、そしてドイトリの言葉を訂正する


「思っているのではない。今回の襲撃の首謀者は確実にドワーフが関係しているのは、確定・・している」

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