第441話 貴族への幻想

 コツコツコツ


「何か言いたいことがあるなら、素直に言え」


 俺は貴賓席に帰る最中、不貞腐れているヴァンに声を掛ける。


「……なんで、あの豚を放っておくんだよ。あいつがいる限り、俺みたいなやつが増えるんだぞ!」

「そうだな」

「そうだな!?いいのかよ!このまま犠牲者が出ても!!」


 ヴァンが叫ぶので足を止めて、ヴァンの前に立つ。


「じゃあ、お前はどうしたい?俺にあの行動を止めてほしいのか?」

「っっ、貴族なんだろう!なら平民を助けろよ!」


 ヴァンのその言葉に思わず苦笑する。


「だから、助けただろう。お前を・・・

「それ以外は見捨てていいってのか!!」


 ヴァンは俺を見上げて吠える。


「俺は全能じゃない、当然助けられる奴と助けられない奴がいる。そのことすらわからないのか?」

「だけど、俺みたいのがいるってわかっただろう!!ならそうならないように動いてくれよ!!」


 俺はヴァンの言葉を聞くと、大きくため息を吐く。


「どうやって?」

「どうやってって……それは…………」

「わからないだろう?そして言わせてもらうと、俺はこの国の貴族ではないため、動くにしても限界がある」

「だから見捨てるのか?」

「見捨てるではなく、見捨てざるを得ないだけだ」

「同じことあろう!!!」

「いや、明確な違いがある」


 俺はそういうとヴァンに一歩近づき、見下ろす。


「ヴァン、お前は俺を奉仕者と認識しているな。まるで貴族は平民の奴隷であるように」

「な!?そんな訳が」

「まぁ、そこは言い。だがな俺が守る義務を負っているのはゼブルス領に住んでいる民とグロウス王国の国民に対してだけだ。だから、俺はお前を助けた、見捨てられたグロウス王国の国民をな、けどそれ以外は、はっきり言うがどうでもいい・・・・・・


 そう断言してやるとヴァンは絶句する。


「なら、ほかの国の連中が不幸人なってもいいのかよ!」

「俺の庇護する民が幸せになるのならな」

「っっ」


 パシッ


 ヴァンの思わずと言った拳を掌で受け止める。


「はっきり言わせてもらうが、お前はグロウス王国の民だから助かっただけだ。もし仮にお前がネンラールの民だったとしたら、俺は助けられない。お前の家族であるカイルもフィルも、ほかのチビ共も結局はネンラールの民だ。そいつらをこの国の貴族がどうしようが、俺には何もできない」

「っっ」

「いいか、お前は貴族を幻想的に見すぎている。俺達も人間で、守るものには順位がある。お前が俺よりもお前の家族を優先する様にな」


 そう告げると受け止めた掌からどんどん圧が抜けていく。


「…………俺だから助かったのか」

「そうだ。お前が違法奴隷だから助けられた。もしお前がネンラールの民で奴隷ならば、ネンラールの法で奴隷が認められている以上、俺は何も動けない」

「カイルとフィルはどうなる?」

「お前が傍に居たことで、保護することは可能だろう」

「そう、か」

「そのほかの子供たちもお前がいることで助けることが出来る」

「……」


 現状を正しく告げると、ヴァンは何も言わずに拳を引っ込める。


「すまん、無理を言った」

「いや、いい、お前の不満もわからないでもないからな」


 俺は再び、歩みを進め始める。


(子供だからか、まだまだ青いな)


 いくら背伸びしているとはいえ、ヴァンはまだまだ12という齢、これからのことを考えると十分成長する余地はあるだろうと思っているとヴァンが口を開く。


「なぁ、なら、貴族は誰が守るんだ?」


 ヴァンの問いかけに、そちらに顔を向けて告げる。


「誰も守らない。だから自分たちで身を守らなければならないし、力を付けなければいけない」

「そうなのか?」

「ああ。平民からは税を集めて私腹を肥やしていると思われ憎まれる、政敵には邪魔だからと何度も暗殺者を送られる、そして国も都合が悪くなれば力が弱い貴族ならすぐさま切り捨てるだろう」


 もちろん、その分実りはいいことや、替えが効きにくいポジションになればそうそう切り捨てられることは無いことは伏せておく。


 その後はヴァンは何も言わなくなり、静かに後ろをついてくるだけとなった。


 そして貴賓席にたどり着き、扉を開けるのだが


 ワァアアアアアアアアアアアア

「なら恩は返す。俺が、あんたを――」


 後ろでヴァンの声が聞こえたような気がしたが、それはグラウンドから聞こえる歓声にかき消されたのだった。














 貴賓席に入ると、護衛は再びそれぞれの持ち場に戻り、俺も自分の席に戻る。


「遅かったじゃない。オーギュストとの会話がそんなに弾んだのかしら?」

「……すでに戦っているじゃないか」


 席に戻ると隣にいるクラリスがからかってくるが、すでにステージ上には三回戦目のオーギュストとゼディが戦っていた。


「にしても似たような能力だな」

「そうよ」


 ステージの上では砂場のステージに座り込んだゼディが大量の木の根を生み出してオーギュストへと向けていた。それに対してオーギュストはいつも通り不動のまま、触手を大量に生み出して、ゼディと同じように触手を伸ばして木の根に対抗していた。


「なかなか勝負がつきそうにないな」

「本当だよね~~」


 オーギュストの黒い触手やゼディが出した木の根の破片が次々にステージに降り注ぐのを見ながらそういうと、レオネが後ろから圧し掛かってくる。


「バアルはどちらが勝つと思う?」

「さぁな、だが」

「だが?」

「いや、何でもない」


 口を噤んだが、ウェンティやダンテと同じ『代行者』であるオーギュストが負けるビジョンが見えなかった。実際、今までの行動もウォーミングアップの一環に思えてならなかった。


「バアル様、観戦の最中申し訳ないのですが、知りえた情報を共有してもらえませんか?」


 オーギュストの試合を観戦しているとユリアがそう告げる。


「ああ、そうだな。まず――」


 それから説明する。オーギュストから昨夜の襲撃者の正体が『黒き陽』という組織の可能性が高いことを。


 すると、ユリアの反応は劇的だった。


「『黒き陽』……本当に実在するなんて、でも、そうね……うん、なるほど」


 ユリアは『黒き陽』については驚くが、その後、なにやら不思議な反応を見せていた。


「何か心当たりがあるのか?」

「イグニア様……申し訳ないですが、あまりに不確定なため」

「ちっ、なら、ある程度分かるようになったら説明しろ」

「はい」


 イグニアが問いかけるとユリアは、戸惑いながら回答を避ける。


「こちらとしては、何が起こってもいい様に仮説でもいいから説明してもらいたいが?」

「申し訳ありません。先ほども言いましたが、あまりにも不確定すぎるので」


 だが、ユリアは口を閉ざす。


「なら、確認だ、その情報を隠す理由が自己利益のためではないと、俺、そしてイグニア殿下に告げることはできるか?」

「はい、ユリア・セラ・グラキエスの名に誓い、自己利益ではないと誓いましょう」


 俺だけなら、まだしもイグニアにも宣誓したことにより、どうやら、本当に利己的な理由で情報を伏せてるわけではないらしい。


「なら、信用しよう」

「ご理解していただきありがとうございます」


 ひとまずは信用すると告げるとユリアは頭を下げて感謝を述べる。


「……」


 またその様子をみて、イグニアは面白くなさそうな表情をしていたことを後で騎士の一人から報告を貰うことになる。







 情報の受け渡しが終わると、全員が眼前に広がるステージに視線を向ける。ステージでは相も変わらずオーギュストとゼディがお互いを物量で押しのけようとしている光景が広がっていたのだが、次の瞬間、戦況に変化が起こった。

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