第429話 敵地への乗り込み

 ヴァンの口から出てきた言葉に俺は笑みを浮かべる。


「グロウス王国の貴族がお前の境遇を作り上げたと言ったが、詳しく教えてもらおう」

「なんで、俺がお前らの指図なんか聞くもんかよ」


 若さから反抗心からか、ヴァンはこちらの言うことを聞こうとしない。


(はぁ、今は子供の機嫌を取っている時間はない)


 ガッ

「黙れ、お前やお前の家族とやらが助かりたいなら、今は俺の言うことを素直に聞け」


 俺はヴァンの前髪を掴み、見下ろす。


「っ、やっぱりてめぇら貴族はみんな同じだな!!」

「お前が持っている感想はどうでもいい。今お前の目の前にいる奴は、お前やお前の家族を助けることが出来る手段を持つ。別に反抗するのは構わないが、助かりたいなら、助けてほしいならこちらの言葉に従え」


 ギリ


 高圧的に告げると、歯が擦れる音が聞こえる。


「今、ここで決めろ。俺の救いの手を振り払うか、手を取り、全員が安全に暮らせるように取り図ってもらうか」

「っ」


 バシッ


 ヴァンは掴まれている腕を叩き落としてから、立ち上がる。


「なんだ、なんなんだよ!貴族がそんなに偉いのかよ!立場が上なら平民がいくら不幸になろうがきにしないのかよ!!!!」


 ヴァンは思いの丈を込めた怒声のような悲鳴がアルヴァスの店内に響き渡る。


「どうなんだよ!!」

「??それになんて答えてほしい?いい訳か?謝罪か?それとも仕方がないという諦念か?」

「っ」


 ヴァンの叫びに対して、何の感情もなく聞き返す。


「いいか、俺が聞いているのは助かりたいのか、助かりたくないのかだ。それ以外の言葉は今は必要としてない。お前がいくら貴族に不満を持っていようが、殺意を持っていようが、今それらを言い並べても何も変わらない」

「あ……っっ」


 こちらの言葉にヴァンは何も言えなくなる。


「それにな―――」

「にいちゃ」

「にぃ」


 ヴァンの背後から子供たちが足にしがみつく。先ほどのヴァンの叫び声に驚いたのか、子供たちは若干の涙目になっていた。


「…………すまないな、大声出して」


 グリグリ


 ヴァンの謝罪に対して子供たちはヴァンの足に顔を擦り付けて、何度も横に首を振る。


「……約束しろ、今ここにいる子たち、そして捕まっている奴らも無事に解放して安全に暮らせるようにしてくれ…………頼みます」


 ヴァンは子供たちの泣く姿を見て、怨嗟よりも仲間の安全を優先させる決断に傾く。


 そのため、こちらへの条件として仲間の安全の保障を引き合いに出してきた。そして最後には、驚くことに両ひざを突き頭を下げて頼み込んできた。


「バアル様……」

「安心しろ、それぐらいの条件なら容易に叶えることが出来る。じゃあ、ヴァン、お前の過去を教えてもらおうか」

「ああ」


 そこから、ヴァンはゆっくりと話し始めた。グロウス王国で何が起きたのか、どういった経緯でネンラールに来たのか、なぜ脱走したのか。


 それらを一通り聞くが、それはやはり生易しいものではなかった。
















〔~???視点~〕


「こっの!大馬鹿者!!!!!」


 バシッ


 ある一室、二つの影がある中で、一つの影がもう一つの影を扇で叩く。


「……失礼ながら、何か問題がおありですか?」


 叩かれた影は額から血を流しながらも姿勢を崩さない。


「大ありよ!!よりにもよって、このタイミングで―――」


 コンコンコン


 未だに怒りが収まらないのか、まだまだ怒声を上げようとするが、扉がノックされる音で中断される。


「なに!!今は誰も来ないように命じておいたはずですよ!!」

「そ、それが、バアル・セラ・ゼブルス様が来館なされました」

「なっ!?」


 扉の向こうから今最も来訪してもらいたくない人物の来訪が伝えられた。


「主人よ、あの方は他国ながらも大貴族。早急に対応した方がよろしいかと」


 ググググ、ベキッ


 影は憤怒を表すように扇を両手で持つと、怒りを滲ませながらへし折ってしまう。


 そして言葉に従うように部屋を出るのだが、出るまで憤怒の表情は消えなかった。















〔~バアル視点~〕


「本当に大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「いや、こんな少人数でこの屋敷に来るなんて……」


 現在、俺たちはマーモス伯爵邸に訪れていた。そしてその人員だが当然ながら俺、ヴァン、リン、ノエル、エナ、ティタ、テンゴ、マシラそして五名の騎士の計13名という少人数で乗り込んでいた。


「問題ない。表立っての襲撃は九割九分の確率で無いと踏んでいる。その証拠に応接間に通されただろう?」


 現在、俺達は高位の客をもてなす用の部屋に案内されている。部屋の中には豪華な長い椅子と白い石材を削って作りだしたテーブルが存在しており、俺とヴァンは椅子に座り、ほかは背後で護衛の様に佇んでもらっていた。


「それにな、リン、ノエル」

「問題ありません」

「こちらもです」


 二人に声を掛けるとどちらからも何も問題がないと返答が返ってくる。


 この二人にはあらかじめ部屋の中を探知する様に指示してある。リンは足具で、ノエルは糸を張り巡らせることで不意の襲撃を察知するようにだ。


(また、毒物の反応があれば真っ先にティタが反応するだろうから、とりあえずは歓迎している風ではあるな)


 俺達が座っている椅子の前にはテーブルの上にお茶と茶菓子が置いてあるが、さすがに手を付ける気にはなれない。


「なら、相手が真正面から襲撃してきた時はどうするんだ?」

「その時には盛大に暴れてやろう。都市の中、それも貴族の屋敷で大規模な騒ぎがあれば、すぐに誰か飛んでくるだろう」


 俺達はそれまで耐えればいい話だ。


「……そうだな、ここなら燃やしちゃいけない物もねぇし」


 ヴァンは納得の表情を浮かべながらそういう。実際、炎は攻撃性が高い属性なのだが周囲を燃やして広がる特性を持つので、町中や家の中と言った部分は使えない場面が多い。


(しかし、本当に真正面からくるとして、本戦参加者三名がいる中押し切られるか?)


 ヴァンとテンゴ、マシラは本戦に参加しているため実力は保障されている。そしてそれ以外も実力者と言える者たちばかりで、質でも物量でも数時間は確実に耐えられる自身があった。


(まぁそれは相手がどうしても敵対する場合だがな)


 トン


 そんなことを考えていると肩を叩かれる。


(来たか)


 コンコンコン


「バアル様、主がいらっしゃいました。入室してもよろしいでしょうか」

「ああ、入れ」

(さて、どう使ってやろうか)


 心の中で舌なめずりをして、おもちゃを渡される前の気分でいるとゆっくりと扉が開かれて、例の夫人が姿を現すこととなった。

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