第422話 獣人の『獣化』
〔~バアル視点~〕
土埃が収まり、最初に見えた光景は、クレーターを作り、黒い大腕につぶされて、まるでステージからアシラがいないように見える光景だ。
「バアル、一つ質問だ」
「なんだ?」
俺は息子が潰されたというのに冷静なマシラの言葉には反応するが、視線だけはステージに固定する。
「アシラを強いと思っているか?」
マシラの問いに一拍ほど考える。
「その答えがいるのか?」
「ああ、是非聞きたい」
マシラの要望に顎に手を当てて少しだけ考える。
「正直に言うと微妙と判断している。確かに身体能力に優れ、技術も持っているが、それだけだと考えている」
アシラの強さ。それはそれなりにしか判断できていない。もちろんゼウラストにいたころにアシラの模擬戦を何度も見ているのだが、感想としては――
「あまりにも愚直すぎる。正面からのぶつかり合いなら、確かに強いだろうが、遠距離、もしくは絡め手の場合は段違いに弱くなると思っている」
アシラの『獣化』は熊の姿になり、そこからパワー重視の格闘へと移るだけだ。それは言ってしまえば『獣化』ではなくても普通の【身体強化】でも足りえてしまう。ほかにも毛による天然装甲や爪と言った天然武器に関しても、使い勝手のいい武器と防具を揃えればいいだけの話となる。結局のところ『獣化』するメリットの部分があまりないように思えてしまう。
(レオンやエナ、ティタ、バロンと比べているのが悪いんだろうが、こればかりはな)
知っている獣人達と比べるとどうしても地味に見えてしまう。
「そうか、そうか、なら一つだけ教えておく。アシラの獣は私のより
「……は?」
マシラの言葉に思わず視線の先を変えてしまう。
「……冗談だろう?」
「いや、本当だ」
こちらの問いにテンゴが答えてくれる。
「さて、そろそろ動くだろう」
こちらが質問する前にマシラが予言する様に言う。
そして
『おぉ、おぉお!!アマガナ選手の黒い巨腕が微かに震えている。これは何が起こっているのか~~』
ググググッ
実況の声で再び、視線をステージに向けると、黒い腕は少しづつ押し返されていく。
もちろんそれを行っているのは――
『い、生きていた!!アシラ選手、あの腕の攻撃を受けて、生還しました!!』
黒い巨大な腕の下から現れたのは、膝立ちになりながら、両の腕で黒い腕を押し返しているアシラだった。
「バアル、さっきの続きだが、お前の言葉は正しい」
「……どの部分だ?」
「『愚直すぎる』という部分だ。そして『正面からのぶつかり合いなら、確かに強いだろうが、遠距離、もしくは絡め手の場合は段違いに弱くなると思っている』も正解だ。だが、バアル」
マシラの声が途切れると同時にアシラが二本の足で立ち――
「
巨大な腕を完全に押し返した。
『おぉ!!!まさか自身の数倍はある巨大な腕を、アシラ選手は跳ね除ける!!そして――』
リティシィの実況を聞きながら、アシラを観察する。出で立ちは先ほどとほとんど変わっていないのだが、パッと見でもわかる部分が一か所存在した。
「ちっ、あのバカ」
「飲まれているな、これは本当に出る必要がありそうだな」
二人がそういうのは、真っ赤に染まったアシラの目を見たからだろう。
(血走る、という表現では生易しいな)
アシラの目は白い部分に赤い筋が出来ているという表現では物足りない。瞳孔まではいかないが、白い部分のすべてが赤く染められているようだった。
そして――
(……理性は、残っているのか?)
ガァアアアアアアアアアアアアア!!!
アシラの瞳に知性の色は見られなく。また返答代わりなのか大きな雄たけびをコロッセオ内に響き渡らせた。
そして――
ドッドッ
『アシラ選手!果敢に攻め込む~~~!しかし、アレは、大丈夫なのでしょうか、私はアレを見てもどうしても問題がないとは断言できない!!』
アシラは四足歩行となり、アマガナへと攻め込むのだが、その様子は普通ではなかった。
「ちっ、本当に獣だな」
無作為に突撃してくるアシラに対して、アマガナは掌をアシラに向ける。その掌には棘付きの盾が描かれており、次の瞬間出てくるのは刺青通りの棘のついた黒い盾だった。
「まず説明するとだな、アシラの『獣化』には三つの特徴がある。一つ目がアレだ」
マシラが指さす先には、まさに盾にぶつかろうとしているアシラの姿があった。
「“砥毛熊”の皮膚は特別製だ。まず生半可な攻撃は通さない」
ギィン
マシラのその声で金属音が聞こえてくる。もちろん金属音の出所はあの二人であり、音の正体は盾と
盾の棘は全く全く機能せず、盾とアシラがぶつかっただけで金属音が鳴ったのだった。
「そして二つ目の特徴だが、テンゴ以上の体力、力、タフさを得られること」
「うおっ!?」
マシラの言葉の後にアマガナの驚く声が聞こえてくる。その理由は明確、アマガナの体が浮き上がり、後方遠くに吹き飛ばされたからに他ならない。
「だが、それなら疑問がある。なぜリョウマの時は刀で斬り傷が出来た?」
あの勢いで突進したにも関わらず、アシラに傷は見受けられない。だが予選とき、アシラはリョウマを筆頭に複数人から切り傷を受けている。それを考えれば、今回だけ異様に固くなったことのせつめいがつかない。
「答えは簡単だ。あいつが未熟なだけさ」
「未熟だと?」
思わず問い返す。なにせ理由が未熟というアシラには不似合いな言葉だったからだ。
「本当にそう思っているのか?」
「ああ、人族であるバアルにはわからないだろうが、アシラはレオンやエナ、ティタ、下手すればレオネにすら劣るほど『獣化』が下手くそなんだよ」
「……は?」
その言葉に反応が遅れる。
それもそうだろう、ゼブルス家の騎士と比較しても見劣りしない実力の持ち主がアシラだ。神前武闘大会の本戦に出場出来ているのが、実力の裏付けと言ってもいい。
そんな彼が獣人の真骨頂と言える『獣化』が下手くそだと言われてもにわかには信じ難かった。
「まず、『獣化』はバアルが思っているような代物ではない。それと聞くが、獣人の中でアシラは理性的な方だと思わないか?」
「急に何の話だ?……まぁ、獣人の中では自制が聞いている方だと思うが」
急に話題が転換されて、少困惑するが、何か理由があると判断してそのまま答える。
(言われてみれば、アシラは理性的な方ではあるな)
レオネの様な奔放さもなく、調子のよさも、強さにおごった様子もない。かといって弱者を下に見ることもなく、言葉を平等に受け入れている。
一言で言えばしっかりと理性を持ち、考えていると言えた。
「では、逆に聞くが、獣人は本能で動いている奴らが多いイメージはなかったか?」
「ある」
次の問いには即座に応える。なにせ手を焼かされている猫娘がすぐ近くにいるのだから。
「しかし、今ここでその話をするということは関係してるのだな」
あからさまに話題を逸らされれば誰だって関連していることが想像できる。
「その通りだ。『獣化』はなにも姿だけを変えているわけじゃない、何を感じ、どう考えるかまで影響されることになる。あたしらの中で本能で動く連中が多いのはこういう点が影響しているからこそさ」
こんなところでそんな話を聞くことは想わなかったため、多少驚くが、その部分は一端頭の端に入れておく。
「獣人の奔放さについては理解できた。そして何となく意図は読めてきたが、そろそろ決定的な言葉をくれ」
そういうとマシラは肩を竦めて、なんてこともない様に告げる。
「あたしらは本能で『獣化』を使う。だが本能を理性で抑え込んでいるうちは『獣化』は全力を発揮できなくなるのさ」
「……なるほど」
アシラは獣人の中でも理性が強い。そして『獣化』は本能が力のカギとなる。
この二つが出そろえば未熟と表現した理由も合点がいった。
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