第398話 タヌキ仕草
コツ、コツ、コツ
「あの、タヌキが」
貴賓席に戻る途中、俺は人気のない通路でそう愚痴る。
「え?」
だが、その言葉を聞いてリンは驚きの声を上げる。
「どうした?」
「いえ、あの、本当にタヌキがいたわけじゃありませんよね?」
リンの言葉に思わず、何言っているんだこいつ、という視線を送る。
「比喩に決まっているだろう」
「そう、ですよね…………ですが、なぜ、タヌキなどと?」
「…………気付いていないのか?」
「え?」
リンに問いかけてみると、本当に気付いていないという反応をされた。
「タヌキとは性悪や腹黒い人物のことを指すんですよね?」
「ああ、まさにそれだ」
「…………えっと、フシュンさんのことですよね?」
「??他に誰がいる」
こちらの返答にリンとノエルは完全に混乱した表情になる。
「フシュンさんはバアル様に援助を求めて断られただけなのですよね?」
「そう見えたか?」
コクコク×2
どうやらリンとノエルの目では、フシュンは気の毒な人物にしか見えていないらしい。
「アルベールの説明で俺がなぜ、会うと判断したかわかるな?」
「はい、今回ゼブルス家がアジニア皇国に支援することは無いということを証明するため、ですよね?」
「その通りだ」
アルベールが出した答え、それはネンラールから敵対視されている現状を緩和するために、監視がある中でフシュンの申し出を断るという物だった。
(休戦のための使者だが、明確に敵対国の人間だ。警護と銘打っての監視、それが出来なければ裏からの監視を行うのは必然、ならその場を利用するに限る)
俺は現在アジニア皇国で後ろ盾になっていると認識されている。だがゼブルス家からしたら、負債になりそうな縁などを重要視することは無いため、明確に支援する意図はないとネンラールに証明する必要があった。だが、ただそれをネンラールに伝えるだけでは裏から何かしているんじゃないかと邪推されるだけだ。なので、しっかりとした意図をネンラール伝わる形を取らなければならない。そしてそれがフシュンとの接触が良い機会と言えた。
「使者に正式に俺は支援することは無いと告げた。そうなればこちらの言葉が正確にアジニアの皇帝に伝わることになる。それを確認すればネンラールはこちらの言葉に信用性を見出すことになり、俺が確信的な敵とは思わなくなる」
「それはアルベール様から教わりました。ですが、断られたフシュンをどうしてタヌキなどと返答したのですか?」
リンは心底不思議そうにしている。
「簡単だ。フシュンは参っている風の様相をしていたが、おそらくそれはブラフだ」
そういうと二人はキョトンとした顔となる。
「バアル様、何が何だか……」
「リン、思い出せ、カーシィムとの会話を」
「え?………なるほど」
「???」
リンは思い当たる伏しを見つけて納得の声を上げる。ただ、カーシィムと会って居ないノエルには、当然ながらわかりようがなかった。
「カーシィムはアジニア皇国との相性が最悪だと言った。それは言い換えればうまくやれば善戦できることを指している」
実際一年近く戦争を続けているのが証拠と言えるだろう。なにせ対抗できないのならまずここまでもたない。
「なのに、あそこまで弱気な姿勢を見せたことに違和感があると」
リンの言葉に肯定する様に頷く。
「もちろん勝てるとまではいかないが、惨敗とはいいがたいのが実情だろう。実際、カーシィムも『うまく負ける』と言っていたからな」
根本的な国力ではまずネンラールが優勢とみるべきで、そこは変わらないのだろう。だが蹂躙できているかと聞かれれば疑問の声を上げるほどであることも推察できる。
「そしてグロウス王国に支援を求めるのもある意味間違ってはいない。もちろん諸々の事情を踏まえればまず支援は期待できないだろうが」
第二王子がネンラール寄りであることを踏まえれば、仮に圧を掛けると、それは国をさらに二分化しかねないため、行われない確率が高い。
「またそれ以上にネンラールの監視のある会談は、まず失敗することはわかっていたはずだ」
バアル・セラ・ゼブルスの現状とゼブルス家の意向、そしてグロウス王国内でも中立の立場を考えれば、まず支援はないと言える。外務を担っているフシュンがあの状態で本当に成功できると思っているはずがない。
そして、これは推測の域を出ないのだが、おそらく一縷の望みを賭けて、別口でグロウス王国への使者を出していることだろう。
(その場合は失敗しているだろうな。だが支援先は何もグロウス王国だけを頼る必要はない。東方諸国に壁になる代わりにそれなりの援助を頼めばいいだけの話)
アジニア皇国のさらに先にある国々もネンラールを恐れているはず。そのため、ネンラールの盾になることを条件に援助を求めればそれなりに受けてもらえるだろう。なにせ支援する国は盾になってもらうだけではなく、ネンラールを疲弊させることはもちろん、アジニア皇国だって勝手に弱ってくれるわけなのだから。
ここまで説明すれば二人もこちらの言いたいことが理解していた。
「そのうえで考えるべきは、まず間違いなく失敗する会談を
「確かに謎ですね」
善戦できており、ブラフを張るならば通常は強気に見せるのが普通だ。勝ちの手があると思わせて、相手を躊躇わせるなら理解が出来る。また、もしこれが援助してくれている国に向けてなら、負けそうだと弱気な姿勢を見せて、次はお前たちが戦うことになるとちらつかせ、より多くの援助を求めたりもできる。
だが戦争している国に対して、弱気な姿勢を見せることは、寄り攻め込んでくれと言っているようなものだった。
(むしろ攻め込ませることで罠に掛けようということなら、もしくはそれがあると思わせているのなら考えられるが……ネンラールに弱気な姿勢を見せれば奴らは好機とみて攻め込んでくることになるだろう。そうなれば結局、アジニアでの戦争となり、被害が大きくなるばかりだが……)
なぜ弱気な姿勢を見せているのかが、どうしても理解できない。思慮深い人間になら、攻めることを躊躇わせることもできるだろうが、血気盛んに攻め込もうとしているネンラールにはそう通じない。
仮にゲリラ戦を考えているのなら、あまり意味はないと思ってしまう。まずネンラールの目的はアジニア皇国の征服と言っていい。これは前世の近代化した戦い、つまり、いかに相手の軍事施設、政府施設を効率よく叩き、反撃能力を消失させたのちに支配下に置くという局所的な戦いの様なものではない。標的はアジニア皇国全体と言えるため、局所的な守りはあまり意味が無い。もし、ゲリラ戦法で劇的な損害を負えば、次は徐々に侵略し、少しずつアジニア皇国を飲み込んでいく方針に切り替えるだろう。それこそ少し進めば堡塁を造り、進めば造りという、ほんの少しづつ進み、ゲリラ戦法を取らせないため手段をとっても何もおかしくない。
また市街地においても、そして自然の中でもそうなのだが、銃という特性上、的は固まってもらった方が殲滅しやすい。なのに国内に入れて、敵勢力が分散してしまえば銃による殲滅力は落ちる。またゲリラ戦になれば少数の部隊ならともかく銃での殲滅力はまず限定されてしまう。また何よりネンラールもゲリラ戦の対策をしてくるはずで、当然、効力は落ちることになる。ほかにも籠城戦、軍が伸びきったところで補給路の断絶を狙っているとも考えられるが、ネンラールもそれらを考え付かないとは思えなかった。
そしてフシュンもそれらを理解していないとは思えないため何か狙いがあるのだろう。ただ、何が狙いであるかと問われると、それを明確に答えることはできなかった。
(こちらが断ることを前提を把握している。つまりは何かしらの狙いをつけてうまく利用されたか)
一見するとお互いを利用し合ったようにも見えるのだが、こちらとしては結果を読み切られていたため利用されたと言える。そのため、俺はタヌキと形容していた。
「まぁ、どんな狙いがあろうとこちらとしてはどうでもいい」
「そうなのですか?」
「ああ、あちらの思惑はわからないが、今回はこちらはネンラールに潔白だと証明したいという希望から会談しただけだ。それがフシュンの狙いが戦争の布石だとしても、戦争に関わらない身としてはどうでもいい」
結局のところ、アジニア皇国が勝てばよし、負ければネンラールにそれなりに被害をというぐらいの希望しかなかった。
「何より、ある筋の話だと、すでに東方諸国からそれなりに物資を受け取っているようだしな」
「……そうなのですか?」
「ああ、数年前の種が芽を出したというやつだ」
俺、というよりもキラから入っていた情報なのだが、一年ほど前、戦争が始まってからそう経ってない頃に
(まぁ、物資のみで減った人員は補給されていないみたいだが)
ごく少数の義勇兵はいるらしいが、国から公の派兵はされていないことは把握している。そのため減った人員は国内からの徴兵でなければ補給できない。当然長続きすればするほど人が減ることになるだろう。
(戦争が終わったときにどうなっているか見ものだ)
気にはするが、最終的どちらについていても問題ないと判断していると、人気のある通路に出る。
「もし、片鱗があるなら見せてもらいたいものだな。ユート」
異世界からの転生者ということで楽しみに思いながら、人込みに紛れて、部屋に戻っていく。
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