第387話 コロッセオへと

〔~カーシィム視点~〕


「帰してしまってよろしかったのですか?」


 バアル達が退室すると背後にいる護衛の一人が話しかけてくる。


「いい。何もすぐに協力してもらうわけではないからな」

「……ですが、その間にほかの王子にとられでもしたら」

「っふふふ、あはははは」


 私はその言葉を聞いて笑ってしまう。


「か、カーシィム様?」

「ああ、驚かせてすまない。だが、大丈夫だ」


 昨日と今日の彼を見て、生半可な取り込みではまずなびくことがないのは容易に想像がついた。


「しかし、それでは、殿下のプランが」

「何も問題ない。バアルとは必ず・・手を組むことになる。予言と言ってもいい」


 私は笑顔でそう説明するのだが、護衛達は納得しなかった。


(ああ、でも、勿体ない。彼ほど劣情を誘う男はそうそう居ないというのに)


 身を震わせて、頬が染まるのを感じながら、再び会えるその時を私は心待ちにしていた。

















〔~バアル視点~〕


 カーシィムとの会談を終えた後、あと少しで夕暮れとなる時刻、俺は全員を自室に集め、カーシィムにもらっていた物の見分をしていた。ちなみにイグニア陣営とその護衛を除く全員が集まっている。


「で、これがそうなの?」


 クラリスは棒状の香を摘まみながらそういう。


「ああ、ユニコーンリングが効かないみたいだから注意しろ」

「ふぅぅ~~~ん。それで?これを見せて注意しろってことだけ?」

「それもあるが、本題はそこではない。ティタ」


 背後にいるティタを呼び、香の一本を投げ渡す。


「……なんだ?」

「お前なら、これの解毒剤を作れるか」

「……どうだろうな」


 そういうとティタは線香をお菓子のように口に含んだ。


「…………出来る」

(ティタは解毒できる、か)


 何ともユニコーンリングのちぐはぐさを感じながらも、一応は安堵する。


「ちなみにユニコーンリングが効果を発揮しない理由は何だと思う?」

「……さぁ?」


 一応の確認で問いかけてみるが、ティタもよくわかっていないらしい。


「わからないならそれでいい。もし、それぞれに何かあったら、できるだけ早めにティタの元に迎え」


 俺はこの部屋の中にいる女性陣に向けてそう告げる。

 

「でも、バアル、そこまで注意する必要があるのかしら?」

「流通している薬物の基準をグロウス王国基準で考えているのなら、まず痛い目を見るぞ。実際、薬ではないが貞操の危機にあった奴もいるしな」


 全員の視線がクラリスの背後にいるセレナに向く。そこで思い出されるのはロックルとの一件だ。


「え!?でもあれはわざとって言いますか」

「だが、実際にあったことではある」

「まぁ、そう、ですけどぉ」


 何とも釈然としないセレナが言葉を紡ぐが、実際起こっている事なので語尾がどんどん弱くなっていった。


「とは言え、一応の忠告と言うだけだ。もし問題ないというのなら何も言うことは無い。なにせ明日から神前武闘大会が始まる。俺が自由に動けないタイミングがあるからこその注意喚起だ」

「おっし!!ようやくか!!」


 神前武闘大会について言及するとアシラがガッツポーズをして叫ぶ。なお、テンゴとマシラもうれしそうな表情で微笑んでいた。


「楽しみなのはいいが、参加するのはテンゴ、マシラ、アシラのみで、試合出場時以外は護衛を付けるからな」

「「おう」」

「え~~~~!!!」


 テンゴとアシラは納得の声を上げて、マシラは頷く。だが約一名、この判断に不満げな声を上げる者がいた。


「レオネ」

「いや、だってさ~こんな楽しそうな催し物でお預けってさ~~~~」


 レオネがソファに飛び込むとじたばたとする。


「残念ながら今回は、参加させる余地はない」

「ぶぅ~~」

「……縛り上げて、部屋からも出さないようにした方がいいか?」

「大人しくしています!!」


 さすがに本格的に閉じ込められることは我慢ならないらしく、レオネはおとなしく聞き分ける。


「それで、バアル、俺達はどうすればいい?」

「それだが、まず―――」


 それから明日についての説明を行うといい感じ時に時間が過ぎ、晩餐を取ることになった。
















 ネンラールの首都ハルジャールには有名な建物が二つある。一つがネンラール王国を象徴する王城、そしてもう一つが王城と引けを取らない規模で造られている大型コロッセオだった。




 カーシィムとの会談を終えた翌日の神前武闘大会当日、俺達はネンラールの王城の近くに建てられている大型コロッセオへと向かう。


「これはまた、にぎわっているわね」

「だね、こういう時は貴族でよかったと思うよ」


 クラリスは馬車の窓から見える群衆を見ており、ロザミアが馬車が止められずに進んでいる事実に皮肉を言う。


「むむむ~~」

「どうしたレオネ」

「マシラおばさん、強い人がちらほらといる」


 また外を見ながら唸っているレオネとマシラの姿があった。


「レオネ、今更参加したいとか言い出さないな?」

「いや~それを言ったら本当に部屋に閉じ込められるでしょう?」


 レオネの言葉に頷き返す。


「ノエル、レオネの糸は何があっても解除するなよ」

「わかっています」

「うぅ~~」


 一応、ノエルに念を押すと、レオネが耳を垂らして、悲しそうな表情をする。


「あの、少し厳しすぎませんか?」

「なら、セレナ、お前がレオネの行動の責任を取るか?」

「う、それは……」


 レオネが可哀そうな姿を見てセレナがそういうが、これは必要だからしている事だった。


「バアル様、そろそろ」

「わかった」


 コロッセオの影に入ると、外から声が掛けられる。


「それじゃあ、移動するぞ」

「「「「はい」」」」

「「「おう」」」


 馬車を降りると、整列している集団が目の前にいた。


「ようこそいらっしゃいました、バアル・セラ・ゼブルス様」


 そのうちに一人が頭を下げると周囲の全員が頭を下げる。


「神前武闘大会の案内人に命じられました、アギラ・サザ・フィアと申します」


 頭を下げたのは、ネンラールの役人の服装に褐色の肌、黒髪と、何とも目立たない相貌の男だった。


「今回は世話になる」

「もちろんです。それではお部屋へとご案内いたします」

「頼むぞ」

「では、こちらへ」








 それからアギラの先導でコロッセオ内に入っていく。


 メンバーは俺、リン、ノエル、エナ、ティタ、クラリス、セレナ、レオネ、ロザミア、マシラ、テンゴ、アシラ、アルベール、カルスの14名に加えて、護衛騎士30程の計44名という大所帯での移動となった。


 だが、コロッセオ内の通路はそんな大所帯が十分に通れるように作られており、さらにすれ違う者たちの中にはこれ以上の人数で移動している者たちも存在していた。


「イグニア殿下は先に来ているか?」

「いえ、ご到着はもう少し後になると伺っております」


 現在、イグニア達とは別行動をとっている。なにせ、彼らの基盤はここネンラールと深くつながっている。歓待やあいさつ回りを考えれば、この三日間は忙しく動くなるのは普通と言えた。


(まぁ、いないならいないで好都合だがな)


 ユリアから受けたら依頼により、今日の開会式から閉会式までは神前武闘大会に顔を出す必要がある。正確には今日より神前武闘大会の最終日まではユリアやイグニアの希望に沿った行動をするつもりだが、当の本人たちがいないならこちらで自由に動くことが出来る。


「こちらになります」


 しばらくアギラの先導で進むと、一つの部屋へと案内される。


 ガチャ

「なるほど、いい席だな」

「ありがとうございます」


 扉を開けるとまず目に入るのがコロッセオの全体と楕円形のグラウンドだった。視線をグラウンドから少し上げれば一般席とでも呼べる席に続々と入ってきている観客たちが見て取る。


 そして部屋はグラウンドに沿うようにやや曲がった形となっている。また貴賓席でもあるため、椅子やソファは最高級であり、さらには一般席とグラウンドを完全に見下ろすことが出来るようになっていた。また座席は良い様に日陰に入っており、夏にもかかわらず温度も快適だった。


「何かあれば、この部屋の専用侍女にお申し付けください」


 アギラの言葉でこの部屋の壁際で静かにしている侍女が頭を下げる。


「ああ、了解した」

「では、時間までお寛ぎください」


 アギラは再び頭を下げて、部屋を退室していく。


「さて、何か軽めに摘まめるものと果実水を人数分用意してもらえるか」

「かしこまりました」


 アギラが退室すると、早速とばかりに注文を行う。


「おいおい、こんなところに居ていいのか?」

「問題ない。今すぐ動く必要もないからな」


 席に座りながら、アシラの言葉に答える。


「アシラ、昨日の話が本当なら急ぐ必要ねぇだろう」

「だな、あたしにも何か貰えるか」


 テンゴとアシラは昨日の内容をしっかりと覚えているのか、慌てることなく席に着く。


「兄さん、楽しみですね」

「ああ、と言っても本番はまだまだ先だがな」


 隣に座るアルベールに返事をしながら、あとは時刻になるまで待つこととなった。

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