第386話 英雄の教育

「では、お聞きしますが、ネンラールではどのように教育力を振り分けると思いますか?」

「……魔法以外に関して、それも武術に重点を置いて、だと思うが」


 一応の回答をするが、事前知識も少ないため正解とは程遠いことは理解していた。


「いえ、答えですが――」

「英雄を生み出すためにはどうするべきだと思う?」


 クヴィエラが答えを言おうとする前にカーシィムが口を挟む。


「ここまで来て、また回りくどい表現をしようと?」

「いや、これが答えだよ」

「はい。カーシィム様の言う通りです」


 カーシィムの言葉をクヴィエラが肯定する。


「先ほどの答えになるのですが、ネンラールではその100人に教育力を振り分ける前に、一番強い一名を選別・・いたします」


 ここまで言えばどのようにするのかは想像がつく。


「……殺し合わせるのか?」

「もちろんすべてではありませんが。ですが、それなりの場所はそのような方法を取っていると聞き及んでおります」


(前世よりも過激な競争社会、というところだろう)


 前世も似ているような仕組みは存在しているが、殺し合わせるまでは存在していない。そしてクヴィエラの口ぶりだと、弱者はどうなってもいいという意志すら感じられる。


「そして最初のアジニア皇国との銃との相性ですが」

「何となく想像は付く」


 そして同時にネンラールからしたら欲しい技術だろうとも納得する。


「ご想像通りです。まず、銃ですが、これは一定以上強くないと、正面からの戦ではまず、負けます。そして」

「ネンラールは教育上切り捨てる99人には生来以上の強さを与えるつもりはない、と?」


 クヴィエラは頷き肯定を示す。


(一パーセントは生き残るだろうが、残る99%は死ぬ。それが長引いている原因か)


 確かに一パーセントが銃を持つ部隊を蹴散らせればいいが、アジニア皇国もバカではない。同じ力量の者を揃えて、策を弄して、雑魚を蹴散らしながらぶつけてくるだろう。


 そうすれば国力差で100倍あったとしても物資次第でいくらでも継戦が可能だった。


「そして銃は多少訓練するだけで手軽に一定の戦力を与えられる。先ほどの例に出たネンラールが切り捨てる99人にその銃を配備できれば」

「大幅に武力を強化できるだろうな」


 頭の中で、そうならない様にするための策と、そうなった際の対策を模索し始める。


「だから聞きたかった。バアルは勝ってほしいのか負けてほしいのかを」

「問い返すが、それを聞いてどうする?」


 そういうとカーシィムは肩を竦めて答える。


「正直に言うと、手伝ってほしかった。バアル、いやグロウス王国からしたらネンラールの勝利はあまり歓迎されてないと考えた。俗にいう利害の一致だ。それにアジニア皇国の外交官、フシュンと面識があるからな」

「なぜフシュンの名が?」


 こちらが聞き返すと、カーシィムとクヴィエラ、その他の護衛達が不思議そうな顔をする。


「なんだ、知らなかったのか。我が国とアジニア皇国は一時的な休戦協定を結んだ」


 この情報に思わず眉を顰める。


「……一応聞くが、その理由は?」

「簡単だ。兵士たちが神前武闘大会に出たがるからな」


 その言葉を聞いて、さらに眉を顰める。


「……まさか、そんな理由で」

「バアルからしたら、そうだろうな。だが我が国からしたらそこまでおかしくない」

「というと?」

「簡単だ。神前武闘大会の優勝者には陛下に直接願いを告げることが出来る。例えば、貴族にしてくれや、ある制度を改変してほしいと言ったな」


 思わずまさかと口を開きかける。だが、その前にカーシィムが口を開く。


「もちろん直接叶えるわけではない。例えば、貴族になりたいと願った奴は、軍を用意させて、敵国の土地を取れたら貴族にしてやる。ほかにも制度の場合は、専門家を集めて、変えられる部分や変えられない部分を協議して、すり合わせていく。そして国として優勝者として、納得する形に変えていく」

(……それならば、可能、か)


 直接的に願いをかなえるわけではなく、そのチャンスを与えると言った形なのだろう。


「それで、どうだ?我が国が上手く負けるように手伝ってみないか?」


 もう一度確かめるように問いかけてくるのだが、答えはすでに決まっている。


「残念ながら、その話には乗れない」

「……そうか、本当に残念だ」


 こちらの答えに、カーシィムは背もたれに上半身を預けて天井を見上げる。


「ほかに話はあるか?ないなら、帰らせてもらうが」

「なら、感謝を一つ。アラージャを始末・・してくれて助かった」


 カーシィムの口から出た言葉に側近であるクヴィエラとユライアが驚きの表情を浮かべる。


「それはどういう意味だ?手間を省てくれたことに対してではないだろう?」


 そういうとカーシィムは蠱惑的な笑みを作り、口を開く。


「簡単だ。アラージャは第一王子の間者ということだ」

「!?それは本当ですか」


 思っていない言葉が出てきて、クヴィエラが反応する。


「経緯を聞きたいか?」

「興味がない」


 なぜアラージャが第一王子の間者なのか、そしてなぜカーシィムの近くにこれたのか、疑問に思うところはあるが、これらはネンラールの、もっと言えば俺とは関わりが薄い後継者争いのため、興味がなかった。


「カーシィム様、不都合がないのでしたら、ご説明していただきたい」

「そうだぜ、仲間だと思っていたのに裏切り者とわかれば話は別だ」


 だが、事情を知らないカーシィムの護衛達は主人に説明を求めた。


「なに、ごく簡単な話だ。私の知り合いには多くの高級娼婦がいる。その者の一人が第一王子の宴会に招かれた際に、そこにアラージャが居ただけのこと」

「な、何かの間違いだろう?ほら第一王子の動向を知るために出席したのかもしれないし」


 ユライアは仲間が裏切っていたことが信じられないのか、声を上げる。


「ユライア、私だってバカではない。決定的な証拠が出てこなければ裏切り者とは断定しない」


 つまりは誰が見てもわかるほどの証拠が見つかったのだろう。


「っっっっだが、それなら、あたしらに行ってくれても…………」

「ユライア、聞き分けてくれ。お前たちの本文は私を守ること。裏切り者を調べるのはまた別の者の役目だ」

「……わかった。だがそこら辺の采配はカーシィム様とクヴィエラに任せる」


 ユライアはそういうと不貞腐れるように壁に背を預け、胡坐をかき、目を瞑る。


 そしてユライアとは変わって、カーシィムの傍に居るクヴィエラが申し訳なさそうな表情をする。


「申し訳ありませ。こういった点は私が真っ先に気付かなければいけかったのに」

「構わない。クヴィエラの役割はまた別だからな」

「ありがとうございます。それと戻り次第、疑わしきものを洗い出し、精査を―――」

「その必要はない」

「え?ですが」

「その前に、どうする?聞いていくか?」


 クヴィエラに説明する前にこちらに視線が向けられる。


「聞かせてくれるなら、聞くが」

「では話そう」


 こちらの言葉になんてこともない様にカーシィムは答える。


「とは言うが、実際は何とも簡単な話だ。まず、私の手の者だが、私の元に来るまでは大まかに分けて二つある。一つが私が実力を見出した者、そしてもう一つが自ら・・私の元に来た者たち」

「それはまた」


 カーシィムの部下は何も降って湧いたわけではない。しかるべき方法と契約を結び、この場にいる。


 だが、問題はこの場に来る際の経緯だった。


「バアルの予想通りだ。見出した者は絶対とはいかないが、まず裏切らないだろう。だが自ら私の元に来ようとした者は違う」


 カーシィムは一度話を切ると深く座り直して、話を始める。


「まず前提を話しておくが、私の派閥はそれなりに大きいが、ただそれだけだ。第一王子の様な武力を誇ってもなければ、第二王子の権力、第三王子の様な資本力もない。そしてそんな私の元に来るとなれば、基本的に兄達のところからあぶれている者たちなのさ」


 実力はあるが、コネが足りなかったり、はたまた中途半端な実力しか持たない者が、第一から第三に雇われようとしてから、次に第五、カーシィムの元に来ると言う。


「正直に告げれば、外れの枠が多い。だがごくまれに有能なものが流れてくるのだが――」

「言い換えれば、王子たちと接触した後となる、か」

「そう、落ちたと偽って、間者が紛れ込もうとしてくる。だから、そういった者には一際注意している」


 カーシィムはそういうが。


「だが、アラージャが入り込めている時点で、案外送り込みやすいと思うが?」

「正直に言うと、アラージャはあからさますぎた。だから逆に懐に入れて、泳がせていた」


 カーシィムは苦笑すると、だがただの馬鹿だったみたいだが、と愚痴をこぼす。


「こういった話はするべきではないと思うが、話してくれただけ胸襟を開いていると思っておこう」

「問題ない。というよりも、兄達がだめならというところで私に来る者が多すぎる。この話が広まればそれなりに数は減るだろう。あと、バアルになら本当に胸襟を開くが?」


 カーシィムは面白そうな笑みで胸元の服を摘まむ。


「話は以上か?」

「つれないな。話は以上だ」

「では、退室させてもらおう」

「ああ、少し待ってくれ」


 立ち上がろうとすると、カーシィムは護衛の一人に指示を出して、ある箱を持ってこさせる。


「これは?」

「高揚の香だ。昨日なぜか・・・、館内に混じっていてな、もしよかったらついでに、な」

(…………やっぱりあの時に、使われていたか)


 昨日の夜、イーゼが居なくなったあたりから、使われたものだと推察が付いた。だが、同時に追求することはできない。誰に被害が出たわけでもないし、何より違う香を使ったと言われてたら、こちらは確かめようがなかった。


「……一応聞くが、効果は?」

「媚薬に近い物だ。ただ一つ違う点があるとすれば対象へ好意を抑えきれなくなる症状が確認されている」

「っ!?」


 背後で何やら呻き声が聞こえるが、気にしないでおく。


「ありがたく受け取っておこう」

「お?受け取るとは思わなかったが」

「まぁな、今後の対策を講じる材料にはなるだろう」


 昨日の夜、確かにリンはユニコーンリングを付けていた。だがそれでも香の影響を受けたと考えれば、何らかの抜け道がある。それを調べるために現物がある方がやりやすかった。


「じゃあ、今度こそ、要件がないなら、俺達は帰らせてもらうが」

「ああ、またな」


『亜空庫』に物を仕舞ながらそういうと、カーシィムに気安くまたと告げられる。


(もう少し、引き留められると思ったが……話に乗り気ではないのを理解しているからか?)


 だが、こちらとしては火中の栗を拾うような話に乗るつもりはなかった。そのことを理解したのかカーシィムの追及は深くはなかった。


 そして部屋の出口の前まで移動するのだが


「そういえば、神前武闘大会に参加する者が君の元にいるらしいな」

「ああ、いるが?」

「今回はいろいろと豊作らしい。是非楽しんでいってくれ」

「では、期待しておこう」


 掛けられた声にそう返して、カーシィムとの会談は終了となった。

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