第384話 阿呆は死す

 使者と合流した後は馬車に乗り、カーシィムの所有する別荘へと向かう。別荘はネンラールの王城から程よく離れている場所にあるが、その分広大な土地を用意されており、比例する様に屋敷は広大で優美な姿を取っていた。


「では、こちらへどうぞ」


 俺達は馬車を降りると、使者の案内の元その屋敷内を進んでいく。そして一つの通路へと入ることになるのだが


(??なんだ、この違和感)


 通路は装飾品などは設置しておらず、直接壁に描かれるか材質そのものが模様となっていた。そして天井には模様を照らすためか、小さい穴がいくつも空いており、模様の一部だけを照らし、それも目を楽しませる要素になっていた。


 いくつもある曲がり角や十字路を何度も右に左へと曲がり、時には階段を上がり下がりと進んでいく。


(……やけに庭園が多いな)


 さすがに、同じような模様にも飽きたので通路の節々にある小さな小窓から何種類もの庭園を見学する。


(何の変哲もない庭園だな、整えられていて見ている分には)

 トントン

「……『開口』」

「バアル」


 庭園を見学していると、エナが声を掛けてくる。


「変に見入ると困惑するぞ」


 ピクッ


 エナの言葉に案内人の体が反応する。


「何かお気づきに?」

「ああ、似たような経験をしたことがあるんでな」

「それはそれは。ですが、おそらくはカーシィム様からご説明があるので内密にお願いいたします」


 使者であるがそういう。


(見入るな、か…………ああ、そういう目的か)


 これまで、見た光景と今感じている違和感を繋ぎ合わせて、ようやく二人の言葉の意味が理解できた。


「あとどれくらい掛かりそうだ?」

「……そこまでかかりませんと」


 使者に問いかけるとほんの少しの溜息の後に、そういう。


 そして通路を何度も曲がり、数分かけて歩くとようやく、大きな扉が見えてきた。


「では、お入りください」


 そういうと使者は扉の横で佇む。


「入らないのか?」

「私は案内のみを仰せつかっておりますので」


 そういうと目を瞑り、これ以上言うことは無いと表す。


 そして、扉を押し開こうとしたその時


「入る前に忠告を、気を付けて・・・・・ください」


 忠告の声が聞こえてくるが、扉を丁度押したタイミングなので、扉が乗せられた力によってそのまま開いていく。


 そして扉が十分開ききった瞬間に、目の前には二筋の銀光が輝き、二つの影が背後から飛び出す。


 ギィン

「何のつもりでしょうか」

「お、そんな細い剣で受け止められるとは思わなかった」


 リンは自身の刀で俺めがけて振るわれた肉厚な剣を受け止める。


 ドン

「がはっ!?」

「ちっ、少し切られたか」


 もう一つの銀光は、俺に届く前に半分獣化したエナに腹を蹴られて吹き飛んでいく。


 パチパチパチ


 その様子を見ていると、部屋の中から拍手が聞こえてくる。


「おぉ、まさに鎧袖一触だな」

「呼ばれたから来たが……どうやら、歓迎されていないようだな」


 部屋の中はずいぶん威圧的と表現する物だった。ほとんどが赤色で染められており、柱や壁に金色の装飾が飾られている。そして部屋の両脇やいくつもある柱に背を預けている護衛らしき存在達がいた。


(文字通り高みの見物か)


 そして最奥には、いくらかの階段を上った先に獣の毛皮で作られた座に座っているカーシィムの姿があった。


「そんなことは無い。だが、やはりこれぐらいの襲撃は跳ね除けるかどうかぐらいは確かめておきたくてな」

「なるほど、こんなことを・・・・・・しなければ・・・・・力量を図れないのならおっしゃっていただければよかったのですが」


 カーシィムに人を見抜く力はない、と侮蔑めいた称賛を口にすると、敵味方の護衛全員が色めき立つ。


「ははは、そうだな。だがやはり実際に目で見ないと納得できない部分がある。こればかりは直に確かめた方が間違いがない」


 あちらの護衛は数にして数倍にもかかわらず拮抗する圧の中、カーシィムは口を開けて笑い出す。


「さて、力量を見抜くだけならば、用は済んだ。これで用件は終わりなら、帰らせてもらうが?」

「それは、困る。気を害したのなら謝罪をするつもりだ」


 対応できるとは言え、勝手に力試しに襲撃されたのだ、当然気分がいいわけがない。


 だが、あちらはそのことを理解しているため、温和な雰囲気で謝罪しようとするが


「おいおい、ビビってんのかよ」


 部屋の中にいる一人が、声を上げる。


「アラージャ、黙りなさい!」

「うるせぇ!腰巾着!わざわざ呼び出したのに、いざ来てみればこっちが優勢だと見てけつまくっているだけじゃねぇか」


 アラージャと言われた男はまるで盗賊の様だった。しっかり筋肉の乗った太い体に、ぼさぼさに生やした髭、紙はバンダナをしているためわからないが、背にある人の丈ほどある大剣に腰に巻いているベルトにはポーチと様々な短剣が備え付けられていた。


 そしてそんな男が部屋の隅からこちらに寄ってくる。


 その様子を見て、呆れながらカーシィムに視線を向ける。その意味はまだ続けるか?だった。


 すぐさまクヴィエラが動きカーシィムに耳打ちするのだが、それの前に事態が変わる。


「どうした?さっきまでの威勢はどこ行った。それともビビッて漏らしたか?」


 俺が向き合わないからか、アラージャは勘違いを始める。そして同時に目の前の人物の処遇が決まった。


「……カーシィム、どうやら相容れないようだな」

「はぁ?ははは、なんだ威勢だけは良――」

「『飛雷身』」

「おまt――」


 カーシィムの後ろにいるクヴィエラが何か言おうとするが、もう遅かった。


 バチッ

 ガシッ


「!?」

「死ね」


 アラージャの眼前に移動すると、顔を鷲掴みし、ほんの少し持ち上げると、全力で後頭部を床に叩きつける。


「がっ!?っっってめ」

「丈夫だな、『天雷』」


 後頭部の半分が地面に埋まった状態でも生きているので鷲掴みにした掌から手加減なしで『天雷』を放つ。


 ドオ゛オ゛オ゛ン―――


 落雷の様な音と閃光が響き渡るとアラージャの手足はピンと伸びる。


 ―――バチバチバチッ、ドサッ


 数秒もすると、放電特有の音と何かが崩れ落ちた音が聞こえてきた。


(口は禍の元、か……さて)


 掌から放たれる天雷を一身に浴びた結果、アラージャは白目をむき倒れる。掌をどかすと眼球が蒸発しており、顔の前面に酷い火傷の跡が残っていた。そしてアラージャが完全に倒れ伏せたことを機に全員がこちらを警戒する。


 そしてカーシィムの方を見て


『飛雷身』

「「「っ!?」」」


 カーシィムの斜め後ろに飛ぶと、カーシィムの肩に触れる。


「脅しのつもりですか?!」


 こちらに気付き、タクトの様な杖を向けているクヴィエラがおびえた表情をしながら問いかけてくる。


「答えによっては、先ほどのアラージャの行為は指示をしていた部分か?」

「いや、私が指示を出したのは扉を開けた時の二人だけだ。アラージャの動きは完全に逸脱した行動だ」

「なるほど、ではこちらの行動の是非は?」

「さて、どうしたものか」


 こちらの問いかけに割り込むようにクヴィエラが答える。


「お待ちください!!アラージャの行動は完全にこちらに非なる物であり、他国とはいえ高位の人物を蔑称していました。となればこのような結末になっても致し方がないかと」

「殿下の返答はどうでしょうか?」

「クヴィエラに同意だ。アラージャは処罰されるべき行いをして処罰された、ただそれだけだ」


 その言葉を聞くと、カーシィムの肩から手を離し、目の前に回り込む。


「なら、敵意を向けている連中は殿下の意思に反していると判断しても?」


 俺はカーシィムの護衛全員を睥睨しながら言う。


「その通りだ。これ以上の蛮行は私が許さぬ。各々、それを理解しろ」


 肯定の言葉は俺に向けて、そして次の言葉はカーシィムの護衛に告げられる。


(まだ、若干敵意を感じるが)

「で、では!!会談用の別室を用意しておりますので、殿下と共にそちらへ」


 未だに部屋の中に戦意が渦巻いていたのだが、クヴィエラのとりなしでひとまずはこの場は収まることになった。

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