第368話 ドワーフ兄弟

 レオネが無事に戻ると、再び安全な範囲で市場の散策が始まる。


「へぇ~何とも面白い話だね」


 それぞれにきちんとノエルの糸を付けたあと、俺はロザミアと共に一歩引いた場所からそれぞれを見守る。


面白い・・・、か。確かにそうだな」


 ロザミアとの会話は先ほどのレオネのことなのだが、その会話の中で一つ気になる部分を見つけ出していた。


「つまり獣人・・なのに、猫を引き寄せるアロマに反応したんだね?」

「ああ」

「つまりは、獣人は【獣化】した獣の習性や特性も持っているという事でいいのかな」

「だとは、思うが…………レオネだからな」


 言葉を紡ぐと同時にクラリスやセレナと面白そうに露店の品物を手に取っているレオネの姿を見る。


「……それもそうだね、天真爛漫と言えるあの子なら変な匂いってことで飛んでいきそうだ」


 レオネのあの行動が、獣人の獣の影響なのか、素なのか正直なところわからない。


『ねぇバアル、少し来てくれない?』

「ほら、お姫様が呼んでいるよ」


 ロザミアと共にレオネのあの行動について話し合っていると、ある露店で何かを覗いているクラリスが声を掛けてくる。


「なんだ?」

「ねぇ、これ見て」


 クラリスが見せたのはイルカ・・・のアクセサリーだった。


「こんな生物見たことある?」

「ちっ、なんだよ男がいたのか」


 クラリスが問いかけてくると同時に、露店の店主であろう人物は舌打ちをする。


「態度が悪い子供・・だな」


 露店はテントの様に張っている天幕と床に引いている敷物だけ、そしてその敷物の上に様々な装飾品が置かれている。


 そしてその露店の見張りをしているのが、緑色のバンダナを巻いている褐色の肌を持つ子供だった。


「いや、俺はこう見えてすでに成人しているぜ」

「それでバアル、これ何の生物か知っている?」

「……これは見たことがな「あれ??これイルカじゃない?」」


 会話にセレナが入ってくると同時に、心の中でため息を吐く。


「お前、これ・・が何か知っているのか?」

「ええ、だからイルカ・・・でしょう?それともほかの何かなの」

「本当に?」

「うん」

「どこで知った?」

「それは………………あ」


 説明しているとセレナは墓穴を掘ったことを理解する。


「俺はロックル。もしよかったらこの後一緒に飲みに行かねぇか、同郷の者・・・・同士、少し話がしたくてな」

「いいけど……」


 セレナはこちらに問題ないかを問いかけてくる視線を送る。


「仕事はしっかりと行え、それが終われば自由にしていい」

「なんだ?そいつ・・・が雇い主か?」

「ちょっ!?」


 セレナはロックルの言い様に慌てる。その理由だが


「おい、お前」


 一人の護衛の騎士が前に出てくる。


「なんだよ」

「市場ということと年齢ということで大目には見ていたが、これ以上無礼な言葉を吐くならば、この場で切り捨てる」


 市場という場所、育ちによる言葉遣いということもあり、ある程度は護衛も我慢してくれている。だが、さすがに。そいつ呼ばわりは無視できない要素だった。


「んだよ、軽く呼んだだけじゃねぇか」

「バアル様、処罰の許可をください。さすがに寛大すぎます」


 ロックルは怒っている騎士に対して、そういうが、騎士はこちらに処罰の許可を求めてくる。


「コンラート、控えろ」

「ですが」

「ロックルと言ったな、これからは口を慎め。無理に敬語を使えとは言わないが、最低限の礼儀は弁えろ」


 ここで最低限の態度を改めない様なら処罰の指示を出すつもりでいた。


「ちっ、偉そうに」

「……コンラート」

「は!!」

「ちょっまっ」


 ここまで言って最低限でも改めるつもりもなさそうなのでコンラートの制止を解く。コンラートは嬉々として剣を抜き、セレナはその事態を見て、慌てる。


「問題になるんじゃないの?」

「だろうな、だがそれがどうした?」


 市場という公衆の面前で舌打ちされて、何のお咎めも与えないなどはさすがに許容できない。しかも今回は身分を隠しているわけでもなく、堂々とゼブルス公爵家嫡男として訪問している。となれば、なぁなぁで済ますこともできなかった。


「マジで抜くのかよ!?」

「覚悟!!」


 コンラートは剣を振り下ろし、ロックルは傍にある短剣を抜いて受け止めようと構える。


 ヒュン

 ギィン!!


 コンラートの剣が振り下ろされると、横から何かが投げられて、振り下ろされる剣とぶつかる。


「っ!?」

「へ!?」


 振り下ろされた剣は何かにぶつかると、強い衝撃を受けて上に跳ね上げられ、飛んできたなにかは露店の敷物に刺さる。


「これは……」


 敷物に突き刺さったのは片手斧、いわゆるトマホークと言われる武器だった。


 ドスドス


「ごらぁーーーーー!!!わしの弟に何してるんじゃ!!!!」


 鈍い足音が聞こえてくると護衛全員が警戒のために声のする方を向く。するとこちらに近づいてくる小さくて大きい影があった。


「ドイトリのアニキ!!」

「無事か!!ロックル!!」


 ロックルとの会話から先ほど何かを投げた人物はドイトリと言われた彼で間違いない。だがロックルとは違い、誰も同じ身長を持つドイトリを子供だとは思わなかった。


「……ドワーフ・・・・か」


 ドイトリと呼ばれた男性は、身長はロックルと同じで、せいぜいが三頭身から四頭身という子供じみた体格をしている。だがその反面、その顔は厳つく、大量の髭を生やし、それを三つに結んでいた。また四肢の一つ一つが異常な筋肉に寄り、丸太の様な太さを保っている。


「お主、異国の貴族か。身分を傘にやっていいことと悪いことが――」

「そうだ、そうだ!そのいけすかねぇ奴をぼこぼこにしちまえアニキ」


 ドイトリがロックルを背後にかばうように位置取り、腰に巻いているベルトからトマホークと盾を引き抜き構えるが、背後の声で動きが止まる。


「…………一つ問いたい……こやつの口の悪さが原因か?」


 ドイトリが問いかけるとコンラートが答える。


「そうだ、いくら異国の地とは言え、バアル様にそいつ呼ばわりしたことを見過ごすことはできない」

「……すぐに斬りかかったか?それとも警告をしてこいつが……聞かなかったか?」

「警告はした、だがその返答は舌打ちだった」


 スチャ


 コンラートの言葉を聞くとドイトリは盾とトマホークを仕舞いだす。


「あ゛?どうしたアニキ?」

「……お前はなんで剣を向けられていた?」

「あ~~なんか言葉遣いが云々って―――」


 ロックルが正直に言うと、ドイトリは大きく息を吸い込む。


「この、バカ弟が!!!!」

「ガハッ」


 ドイトリの声と共にとてつもない鈍い音が響き渡る。


「ってーー!!!何すんだ馬鹿アニキ!!」

「じゃかぁしぃ!!お前を連れてくるとき行ったよな!!この大会の時はいろんな国で様々な異国のお偉いが来ると!!」

「だから何だってんだ!!」

「何度も口酸っぱくしていったよな!!大人しくできないなら連れてかねぇってよ!!あれはこういったことを起こすなって意味なんだよ!!!!」


 ロックルがドイトリの胸ぐらをつかみかかるが、力の差が違うのか、逆にドイトリに胸ぐらをつかまれて、前後に激しく揺さぶられる。


「どうせまた人族の女性に言い寄っていたんだろう!!里ではモテたのに何が不満なんじゃ!!」

「うるせぇ!!ドワーフの女は女児の様な体系、それもドラム缶並みに太い奴しかいねぇじゃねぇか!!そんなんそそられるか!!」

「それの何が悪いんじゃ!というかそれがいいんじゃろうがい!!」

「うるせぇ、俺はもっと美人な子と遊びてぇんだよ!!」


 それから二人はお互いに殴り合いまで発展する。


 会話の節々からわかるに本能に忠実な転生者らしい。


「その異常性癖をどうにかせい!!」

「うるせぇ!!こちとらこの体になって不便なんだよ!!」

「またあの、妄言か!!」

「嘆きてぇのはこっちなんだよ!!前世では女に困らなかったのに!!」


 それも言動から少し女癖が悪いことも理解できた。


「バアル様、両方とも処罰いたしますか?」


 二人の様子を見て護衛が剣を下ろす中、コンラートが耳打ちしてくる。


「そろそろ、止めろ」


 二人を放置しておくといつまでも話が進まないので一度二人を止める。


「ん?おお、すまんのぅ、話を止めて。どうやらこっちの無礼が原因らしいな」

「こっちが嘘ついているとは思わないのか?」

「思わない、というよりも似たようなことを、この馬鹿は何度もやっている」


 それからドイトリは愚痴る様に説明をする。


 弟であるロックルはドワーフではなく人族に惹かれるという。だが当の本人はドワーフ、それもせいぜいが精通する前の子供にしか見えない。当然そんなロックルと恋人になろうとする女性はいなかった(正確にはいるだろうが、まだ出会えていない)。そしてその鬱憤が恋人がいる男への悪態として表れているという。


「以前武具を求めてきた商人ともぶつかって、問題が大きくなっていたというのに、この馬鹿は懲りずに……どうしたら許してもらえる?」


 ドイトリは頭が痛いという風に眉間を抑える。


「こちらとしても事を荒立てるつもりはない。この場で先ほどの悪態を謝罪するなら水に流そう」

「という事じゃ」

「へぇへぇ、すんませんしたぁ~」


 ロックルの明らかに馬鹿にした謝罪を聞くと、護衛達が剣を抜き始める。


 だがその前に動き出す奴がいた。


「……ロックル」

「がっ!?」


 ドイトリはロックルの頭を鷲掴みすると、そのまま地面に押し当てる。


「以前言ったよな?言葉には誠意を込めろと、それがドワーフの心情だと。なのにお前はなんだ、いつもヘラヘラとしやがって。その態度がいつも俺をいらだたせる」

「ぐっがっ、何すんだアニキ!!」

「もう一度謝罪をしろ。それもしっかりと謝意を込めてだ、それが出来なければ同胞のよしみだ、苦しませずに殺してやる」


 ドイトリの堪忍袋の緒が切れたのか、本気の怒気を放ちながらそういう。


「ちょっやりすぎじゃ」

「やりすぎ、か。お主、貴族の従者のわりに甘いのう。ここで本当に謝らなければどちらにせよ殺される。ならば兄として、同じドワーフの矜持として殺した方がまだよかろう」


 セレナが思わずそういうが、こちらとしてはドイトリの言葉のほうに賛同する。


「ふざけた、こと、言ってんじゃ、がっ!?」


 ガゴン


 何かしらの戯言を言おうとするとロックルの顔がさらに地面にめり込んでいく。


「大丈夫じゃ、痛いのは一瞬で済む」

「っっっ~~~なめた口きいてすんませんでした!!」


 ドイトリの本気を感じ取ったのか、ロックルは謝罪の言葉を口に出した。


「ふぅ~~~……これで許してもらえるか?」

「……一応は納得しよう」


 半ば強制的な謝罪だったが、最初の様に明らかに謝る気のない謝罪ではなかったのでこちらはよしとする。


 そしてドイトリは肉親の弟に手を掛けるのを回避できて、大きく安堵の息を吐いた。


「っ~痛かったぜ」

「ロックル」

「わかっているよ…………本当に言葉遣いだけで俺は殺される所だったんだな」

「たくっ、何度も何度も教えたはずなのだが」


 ロックルもドイトリの本気さで自分が本当に死にかけていることに気付いたのだろう。


 だがそういった実感がないのは前世の記憶のせいでもあるのだろう。なにせセレナも似たような状態に陥っていた時期があったほどだ。


「馬鹿な弟が、買い物に水を差してすまない。もし欲しい物が有ったら言ってくれ格安で売ろう。まぁここにある物を作ったのはロックルなんじゃがな」

「そこは例に漏れずか」


 ロックルの容姿は局所的な部分を除けばドワーフではなく人族の子供に似ている。だが彼はまぎれもなくドワーフであるためこういった部分は得意なのだろう。


 その後、女性陣は様々なアクセサリーを見物する。ただ、護衛達の全員がロックルを警戒した動きを見せていたため、ロックルも下手に声を掛けることはできなくなっていた。


 そして俺はドイトリと共にそんな光景を見ていた。


「すまんな、バカな弟のせいで楽しい気分を害して」

「一応の謝罪は受け取ったから問題ない」

「いや、一応・・じゃダメなのじゃ」


 ドイトリはそういい、緊張した面持ちをする。


「それにしても兄弟にしては似ていないな、義理か?」

「いや、しっかりと同じ両親から生まれた兄弟じゃ。ただ、ロックルの趣向がおかしくての、筋肉を必要以上に付けたくない、ひげを生やしたくないとのたまってな」

「……なるほど」


 前世での理想体型を考えれば、ロックルがドワーフ体型になるのを嫌うのはおかしい話ではないだろう。それも女好きなら、なおのことスタイルを気にしているのだろう。


「そのせいでドワーフの仕事と言える採掘や鍛冶仕事を一切せずに、小さい物をいじくりまわしているばっかりじゃった。だがそのおかげでロックルは器用になり、小物に関しては儂らの中でも指折りの職人になったわい」


 そのことが誇らしいのかドイトリは嬉しそうな表情をする。


「そういやぁ、バアル様たちがこの国に来たのはやはり大会が目的かのぅ?」

「そうだ」


 大まかに言えば大会自体が目的ではないのだが、それをここで言う必要はなかった。


「ふむ、誰か参加するのか?」

「ああ、あの三人が参加したいらしい」


 俺は顎でテンゴ、マシラ、アシラを指す。


「なるほど、手ごわそうじゃ」

「ドイトリもか」


 ドイトリの口ぶりから、彼も参加するらしい。


「まぁ、のぅ、ドワーフとしての代表に選ばれた以上は負けてやるつもりはないぞ」

「それはあいつらに言ってくれ」

「わははは、違いないわい」


 その後は各々が存分に楽しみ、程よく夕暮れ時になるとホテルへと戻る。

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