第367話 よく効く薬

「まずは自己紹介から、私の名前はライハーン。しがない調香師パフューマ―ですぅ」


 ライハーンと名乗った男は、長身であり、健康的な日焼けした肌を持っている。そして染めているのか角刈りの髪は桃色に染めていた。これだけを一見すると、斬新な長身イケメンなのだが、言動が完全にオカマなためか、男からすると警戒の対象となっていた。


「ちなみに薬師でもあるから、正確には調薬香師ドラッグ・パフューマーってことになるわね」

「珍しいな」


 調香師、つまりは香水などの匂いを生業とする者たちのこと。そしてそこから薬学を学び、香りに何らかの薬効を付けられる職種を調薬香師ドラッグ・パフューマーと呼ぶ。


「それで?」

「えっと、私はここでアロマとかを売っているんだけど、どうやらその一つに釣られてしまったらしいのよ」


 聞いてみるとライハーンの売っているアロマの一つに釘付けになっていたらしい。


「それで?護衛を引き離して、そして俺に迷惑をかけてでも一人で来るべきだったと?」

「そうじゃないけど、レオネちゃんが買った物の効果を聞けばそれなりに情状酌量の余地があるわよ」

「へぇ~、じゃあ、これにはどんな効果が含まれている?」

「まぁさっきも言ったけど大部分は強壮剤ね。あとは安眠作用と寝る前に少しだけ興奮できる効能があるわね」

「遠回しに言うな、さっきも言ったが結局は媚薬の一種だろう?」

「そうとも言えるね。だけどそれはかなり軽めの物で、どちらかというと程よく運動した後にぐっすり寝て、気持ちよく起きるための薬よ」

「つまり、健康的になる薬だと?」

「そうよ~」


 ライハーンの言葉を聞いて、レオネに視線を向けると、何度も頷いて答える。


「これが俺を気遣って??のことだとは理解した。だがレオネ、俺がこれを飲むと思うか?」

「??」


 こちらの言葉にレオネは首をかしげる。


「はっきり言うが、この市場で売られている、もっと言えば麻薬に似た品物がそこかしこで売られるような暗い場所で売られている物を飲み食いすると思うか?」

「あら、失礼しちゃう。ここはお薬関係の場所じゃなくて、夜を充実させるための物を売っている場所よ」


 ライハーンは心外だという表情をするのだが、周囲を見てみればいかがわしいか怪しい店しかないのなら、この判断は妥当だろう。


「だとしてもだ。これにどんな成分が入っているかわからない、そして本当にお前が薬師なのかもわからない上で調合した薬を飲むと思うか?」

「まぁ、私は流れ者だから信用はないと思うけど。だとしても今の言葉はひどくない?」

「どこがだ、はっきりとした身分でもなく本当に薬師である証拠もない。そんな状態でどうやってお前を薬師だと信じろと。それにレオネ」

「は、はい!?」


 今度は矛先をレオネに換える。


「ここでは奴隷が普通に売られていると話しただろう。なんでお前は攫われないと思った?」

「それは、その~~」

「俺はできるだけ安全に配慮した状態でお前たちを連れ出している。だが当のお前がその護衛を引き剥がしてどうする?それに―――」


 それからレオネが数年老けた状態になるまで説教を続けた。















「―――アル様、バアル様」


 レオネに説教を続けていると、横からリンの呼ぶ声が聞こえてくる。


「説教もいいのですが、ひとまずは皆さんと合流いたしませんか?戻らなければ、皆さんも心配しているでしょうし」

「……それもそうだな」


 俺がそういうとレオネは助かったという風に気楽な表情をする。


(……懲りてないな)


 ホテルでもう一度本気で説教しようと考えていると


「あぁ~~なるほど、これはレオネちゃんも難儀するわね~」


 ライハーンが何かに気付いた声を上げる。


「でしょ~バアルってこう頭固いから」

「そうね、目の前に据え膳があっても何か裏があるんじゃないかって警戒するタイプね」


 レオネはライハーンに同調してすぐさま調子のいいことを言う。


「ライハーン、忠告するが下手に口を出すな」

「ぅう~、おっかない。それなりに地位が高いんでしょうけど、そんな肩ひじ張っていると人生楽しめないわよ」


 それなりの地位にいることにライハーンも薄々気付いているのあろうが、それでもライハーンは軽口を止めない。


「余計なお世話だ。レオネ戻るぞ」

「あ、少し待ってくれない。ねぇライハーン、さっきのあれ、少し分けてくれない?」

「ええ、いいけど……」


 レオネはライハーンに何かを分けてもらうように頼むが、ライハーンはこちらに視線を向けて確かめる。


「とりあえず物を見せてくれ」

「いいわよ。実はレオネちゃんが釣られた原因でもあるのだけどね」


 ライハーンは露店から一つの香油を持ってくる。


「これは?」

「これはマタタビの香油。効果は主に疲労回復と安眠作用を持っているの。あとこれの原料になっている木の実がネコ科の動物をすごく引き付けるの」

「……これが原因か」


 前世と同じ植物なのかはわからないが、ネコを惹き付けるという点は同じらしい。


「これは長旅をする人に売られている復旅またたび薬ってのを香油にしたものよ。薬ほど劇的には作用してくれないけど、副作用もそこまでないわ。だから程よく長い旅にはこっちを使うの」

「一応聞くが、猫を落ち着かせる薬はあるか?」

「え?あぁ~~」


 ライハーンは先ほどのやり取りでレオネの性格を理解している。その上でどのような事態が起こっているかを理解したような顔になった。


「残念ながらないわね、猫を追い払う香油だったり、逆に誘うやつはあるけど」

「そうか……レオネ戻るぞ」

「ああ、少しだけいいかしら」


 戻ろうとすると今度は、ライハーンが引き留める。だが話の矛先はこちらではなくレオネだった。ライハーンは屈みレオネに視線を合わせながら口を開く。


「レオネちゃん、今回は私だったからいい物の、こんな場所に一人で来ちゃだめよ。この国には奴隷制度があって、公に市民権がない人たちは簡単に奴隷に落とされてしまうの」

「ライハーンなら大丈夫だってわかってたよ?」

「……それでもよ、何がどう変わるかわからない。私は次の瞬間レオネちゃんを攫って、売り飛ばすこともあるかもしれないの。レオネちゃんのいたところはどうかわからないけど、ここは人が人を食い物にする場所でもあるわ。だから本当に気を付けなさい」

「……うん」

「ありがとう、バアルちゃん、もういいわよ」


 ライハーンの言葉を聞き終えると、レオネは神妙な態度になる。


「一応はレオネが世話になった。もしなにか問題があればイムリースへ来い、一度だけ問題に手を貸してやる」


 俺が説教するよりも、よほど効果のあることをしてくれた礼としてそういう。


「あら、期待しちゃうわよ。レオネちゃんも元気でね」

「うん、またね~」


 少し元気になったレオネの挨拶を機に俺達は戻り始める。

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