第356話 余計な同行者
「では初めていいぞ」
「お、おっしゃ!!行くぜ!!!!!」
テンゴの言葉で、双方が『獣化』する。ただ『獣化』するには度合いが違った。テンゴは人とゴリラが融合した半獣の形を取るが、アシラは全力で『獣化』したため、完全に熊になっていた。身長はテンゴの頭二つ分ほど高く、太さも3回りほどは大きい。これなら力比べではテンゴに勝てそうに思えるのだが。
「あ、バカが」
エナは完全に熊になったアシラに対してそういった。
「よし、こい」
「ガァアアアアア!!!」
アシラは完全に熊の様な動き始める。
「1」
唐突にレオネが数字を口ずさむ。エナに聞いてみると動き出してからのカウントダウンだとか。
ブン、バン
「2」
アシラが全力で腕を振るうがテンゴはそれを受け止めるように掌底で返す。腕はテンゴの掌底に当たると、まるでゴムボールのような反発力で真上に振り上げられる。
「フン」
「がへぇ!?」
「3」
テンゴのもう片方の腕での掌底が振り上げられたためガードできない位置の腹部に向けて放たれる。
「あ、終わったね」
ズゥゥゥゥン
レオネのあっさりとした言葉に従うように、アシラの体は一切動くことなく、地面に倒れていく。
「うむ、少し硬くなったようだな。重畳重畳」
地に伏したアシラは『獣化』が解けていき、本来の人型に戻る。そしてテンゴはそれを見ながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「だが、少し物足りん。ほかにだれか相手をしてくれないか」
テンゴはそういい、休んでいる獣人達を見回すが、全員がテンゴと視線を合わせないように明後日の方向を向いていた。
「むぅ、つまらん」
「当たり前だろう」
後ろからテンゴの頭を木刀でコツンと殴るのは先ほどまでアルベールと訓練していたはずのマシラだった。
マシラはラジャ氏族長の伴侶。黒い髪を腰まで伸ばしており明らかにテンゴとは釣り合わなそうな美女の姿をしている。身長はマシラの胸元ぐらいあり、その容姿からとても三児の母とは思えないくらい若々しかった。ちなみにバロン、テンゴ、テトに並ぶ実力者でもあった。
「だがな」
「アシラならいくらでも模擬戦してもいい」
ッビク
気絶しているはずのアシラが一瞬だけ痙攣するのは見ていて滑稽だった。
「なにより、テンゴの実力だと本気で遊べそうなのがあたしと………ギリギリ、バアルとリン位だ」
「ほぅ」
テンゴは期待するような視線を俺とリンに送るがそれに応えることは無い。
「残念ながら俺には用事がある、アルベールはどうした」
「ん」
マシラが顎で示した方向を見てみると、ひとりの侍女に膝枕をしてもらいながら目に冷タオルを置いてもらっているアルベールの姿があった。
「…………アルベールの実力はどうだ?」
「秀才の言葉に尽きるな。覚えも早く向上心もある。努力を怠ることさえ悪れなければ天才と肩を並べるほどの実力も得られるだろう」
マシラは多彩な武器を使う。そのためにアルベールの指南を頼んでいた。
「誇張は?」
「一切ない」
「そうか」
マシラの言葉を聞くと俺はゆっくりとアルベールの前にまで足を進める。
アルベールの傍まで来ると、アルベールはこちらに気付き、タオルをどけて、見上げてくる。
「疲れたか?」
「っ!?ま、だ、まだ」
軽く発破をかけるとアルベールは痛みを覚えている体を黙らせて、上半身を起こす。
「気張るのもいいが、体を酷使したら、休め」
アルベールに並ぶように座ると、侍女は立ち上がり、少し離れた場所へと戻っていった。
「最近よく訓練しているそうだな」
「……そうだよ」
「強くなりたいのか?」
「……うん」
アルベールはこちらの問いかけに重く答える。
「なら、この夏、少し遠出しに行かないか?」
「遠出…………ネンラールの神前武闘大会ですか?」
アルベールは少し思案すると、案内先を言当てる。
「なぜそう思った?」
「まず兄さんの多忙さを知っているから、普通のピクニックとか、軽いレジャーってわけがない。なら考えられるのは仕事を放ってでも遠出する必要のある理由だと思う。そしてこの時期に兄さんが価値を見出しそうな催し物は神前武闘大会が一番だったから」
俺の後ろからリンが驚き、身じろぎしている音が聞こえる。
「神前武闘大会とこの季節となればイグニア殿下から招待されたと思う。けどいつも行かなかったから、今回は仕事として行くんだよね?」
「正解だ」
「それと僕を誘った理由はエルド殿下への理由ってところ?」
「それは正解の一部だな」
父上からの条件であったエルドへの良いわけだが、弟のために参加するとなれば表向きは参加しても何も問題はない。
「では、ほかの正解は?」
「俺の息抜きであり仕事、そしてお前のためだ」
「僕のため?」
「そうだ、ここでただマシラと訓練するのもいいが、ネンラールに参加する戦士たちを見て、どのような戦い方があるかを学ばせるためだ」
ここでアルベールに俺との仲を深める意図があることは教えない。先ほども片鱗を見せたと思うが、アルベールは決してバカではない。こちらの意図を理解するほどの洞察力は持ち合わせている。そしてだからこそ真意を読み取らせてはいけなかった。
(父上も俺もアルベールが性格がねじ曲がらないようにとは言えないからな)
「すっっっごく、面白そうな話をしているね~~」
言葉が聞こえるとともに右肩に重さを感じる。少しだけ顔を傾けると、レオネが背中に圧し掛かり、右肩に顎を乗せていた。
「どこがだ」
「その神前武闘大会ってのにビビビって尻尾がきているよ~~」
レオネの期待を膨らませた視線を見て、何ともめんどくさい予感がしていた。
その後、訓練場から屋敷の一室に場所を移して再度、話を進めのだが。
「なぜ、お前たちがいる」
「ん~~?そんなの面白そうだからに決まっているじゃん!」
部屋にいるのは俺と護衛のリン、ノエル、エナ、ティタ、そして婚約者であるクラリスと世話役のセレナ、弟であるアルベールとその執事となったカルス、妹のシルヴァとその侍女になったカリン。
そして獣人の客人であるレオネ、アシラ、マシラ、テンゴがこの部屋にいた。
「レオネの言葉は置いておいて、武闘大会という言葉には惹かれているのは事実だ」
「そうだな」
レオネの言葉がないとしてもこの場所にいたであろうと、マシラとアシラは言う。
「それは参加したいという意味でいいか?」
「武闘大会ってのが国を挙げての腕試しって認識なら、そうだ」
テンゴが満足そうに即答するが、こちらは頭痛がする思いだった。
「正直なところ、グロウス王国内を自由に歩かせることですら、多くのリスクが付きまとうというのに、国外など論外に決まっているだろう」
「なら、私も?」
クラリスが問いかけてくるが。
「むしろ、エルフであるクラリスの方が危ない」
「そう?価値で考えれば、私とそう変わらないと思うけど」
クラリスは、獣人という希少性から考えて、エルフと同等の価値だと言うがそんなわけがない。
付加価値だけで言えば、クラリスはノストニアの正真正銘の王族なのだ。当然その身柄を確保する理由は十分にある。
(それにクラリス自身だけでも危険だ)
クラリスは見目麗しいエルフである上にユニークスキルを持っている。それだけではなく、王族しか持たない桃色の髪に、女性として十分に発達したゆえの魅力を感じさせている。もし一言でいえば完璧な美女と言ったところだろう。言いたくはないが美しいことは十分な価値なのだ。
「あの国の文化を知ったら、意味が分かるさ」
「??戦士たちの国って聞いたけど」
今度はセレナが疑問を呈してくる。
セレナはプラチナブロンドの髪を持つ、小柄な女性だ。綺麗というよりもかわいらしい容姿を持ち、年上の侍女たちから可愛がられている存在だ。そして最も重要である、俺と同じ転生者だった。
「聞こえを良くするならな、だが裏を返せば力を誇示する国ということだ」
戦士という聞こえだけは良いが、言い換えれば暴力を振るう者という意味でもある。
「なら余計に行ってみたくなったな」
「……おい」
獣人の中で良識を持っているだろうマシラでさえそう言い放った。
「バアル、
「…………試合に出る気満々だな」
普段は口数少ないテンゴですらそういい始める。気のせいではなく、本当に頭痛がし始めた。
「えっと、兄さん」
「どうした?」
「マシラ師匠たちも参加させるべきでは?」
「それはなぜだ?」
アルベールの言葉に獣人達は期待の視線を送っている。
「えっと、先ほどのエルド殿下への理由ですが、僕だけでは不十分だと思うからです。エルド殿下は僕を使いイグニア殿下と密会をしていたと思ってもおかしくありません」
「疑われはするだろうな」
言い訳はできるが、疑うことはできるという状態になる。
「なので、理由を僕ではなくマシラ師匠たちにするべきです」
「……どんな具合に?」
「ユリアさんがこの屋敷に来たことで、マシラ師匠たちは神前武闘大会のことを聞いた。そして兄さんに熱望して、仕方なくという形であればいいと思います」
「……」
横目でマシラ達を見てみると、アルベールの提案に満足そうにしていた。だが――
(…………獣人を他国に向かわせる発言をしてどうする)
来賓を国外に出す意味を理解できないのはアルベールの経験不足が否めない。
「……だから――」
「バアル、もし貴方が参加するなら、私は絶対に参加するわよ」
再び獣人組を説得しようとすると、今度はクラリスがそう答え始めた。
「……なぜ?」
「私は人族の生活文化を見て確かめる役割があるから。バアルとの婚約はその目的でもあるのよ」
思わず両目を片手で覆い、天井を見上げることになった。
「むしろ、こちらから聞きたいのだけど、なんでバアルは私やマシラ達が行くことを渋るの?」
クラリスの言葉に獣人達、正確に言えばエナとティタ以外が頷く。
「それに危険があったとしても万全の備えをしていけばいい話でしょ?それともほかに理由があるの?」
「その危険が、一番問題だろう?」
「それは招待されたバアルも同じでしょう?正直言ってバアルが向こうで危険な目に合う事とノストニアの姫である私が危険な目に合う事、ネンラールからしたらどちらにしてもごめん被る事態よね?」
「……だろうな」
クラリスの言いたいことが見えてきて、いやな気分になる。
「ネンラールも面倒ごとを嫌っているなら、向こうでも万全の態勢を整えるでしょう?」
「……だから?」
「一応聞くけど、護衛の数は制限された?」
「今回はイグニア殿下も行くことになっている、軍事行為とみなされない数であればなにも問題ない」
「そうね、招待されたバアルや今この屋敷にいるユリアは一国の王子を守るために用意された護衛に囲まれる。そこにいれば安全と思っているわよね?」
クラリスの問いかけには答えたくないのだが、周囲の反応から答えなければいけないだろう。
「安全だと判断しなければ、護衛の数は増えているだろうな」
「そこに私やほか数名が参加しても危険になることは無いと?」
「…………ないだろうな」
実際、イグニアを守るための護衛達は様々な事態に対応することを前提としている。その中にはイグニアのほかにも10名ほどの客人が居ても問題ない様に教育されているはずだった。
「付け加えるなら、ゼブルス家からも護衛を出すでしょ?そこまでしてもまだ、危険云々を言い張る気?」
ここまでくれば腹をくくるしかなかった。
「……連れていくなら、絶対に単独行動をしない事、そして離れて行動する際に俺に報告して護衛を付けられることを条件に出すが飲めるか?」
「おう!!ただ試合には参加させてほしいぞ!」
テンゴの声を最後にこちらの条件に異論はないらしい。
こうして方向性は大体決まったのなら、あとは様々条件を詰めていくのみとなった。
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