第323話 ヒューマンとエルフ
翌日、陽が昇ってそう時間が経たない頃、一台の馬車がルナイアウルを出て、ノストニア側の交易町へと進んでいた。
本来なら馬車は10台がルナイアウルへと訪れていたが、さすがにノストニアに入るとなればその数で行くことが出来ないため、バアルとリン、クラリス、そしてグエンとその部下二人と人数を最小限に絞り、ノストニアに進んでいた。
「「「「…………」」」」
そんな馬車の中では誰もしゃべることなくただただ静かな空間が生まれていた。バアルとクラリスは静かに冬の朝と呼べる景色を見ていて、リンと静かに目を瞑り、じっとしている。グエンは眺め、と言うよりも警戒する様に外の景色を見渡す。
そんな中、グエンはチラリと外から馬車の中へと向ける。
(ここまで静かで、まったりというか無関心な婚約者同士というのも、また珍しいですね)
グエンは傍から見れば本当に婚約者同士かと疑いたくなるほどの淡白な関係の二人を見てそう思う。
「バアル、暇」
「ならどうしてほしい?」
「面白いことして」
「無茶言うな、これでも読んでいろ」
バアルは『亜空庫』を開き、一つの本を取り出し渡す。
「いいわ妥協してあげる」
「姫君が退屈しないようでよかったですよ」
クラリスは受け取った本を手に取り暇つぶしに読み始める。そしてバアルは先ほどと変わらず外の景色を眺めていた。
(でも、案外いい関係ではあるのよねぇ)
何ともちょうどよくパズルが当てはまるような二人にグエンは妙な納得感を得るのだった。
その後も馬車は進み続けてノストニア側の交易町にたどり着く。
「お待ちしておりました、バアル様」
ノストニアの交易町の茨の門を潜ると一人のエルフが出迎えてくれる。
「ウライトか、久しぶりだな」
出迎えてくれたエルフは現在アルムに忠誠を誓っている赤葉の樹守、イウェル・ウライト・エルカフィエア。ノストニアと正式な国交が始まる前に誘拐犯に薬漬けにされていたエルフの戦士だ。
「はい、去年はバアル様はクメニギスに留学に行きましたからね」
「そうだな」
ウライトとはいい関係が築けていると言っていいため、俺を迎えに来る案内役は毎年ウライトだった。
「どうしますか?今の時間ならこのままエルカフィエアに移動できますが?」
現在の時間は朝と言っていい時間帯だった。ここで一日休息して明日の朝移動するのと、今日移動するのはほとんど同じ結果になるからこその言葉だった。
「俺は移動してもいいと思うがどうする?」
「いいんじゃない。ここで休むのと、一日早くついて城で休むのも結局おんなじことでしょ?なら休みやすい方がいいわ」
予定のズレだけで言えばここで休むか、王城で休むかの違いでしかない。そのためクラリスは休むなら城の方がいいという。
「ではすぐに出発するとしましょう」
それから最低限の挨拶や用事を済ませてウライトの馬車に乗り込み、ノストニアの首都エルカフィエアへと向かい始めることになった。
「何度見ても綺麗なものだな」
交易町を出発してから四日後、あと少しで神包都エルカフィエアへと入るまでの道で、神樹や周囲の樹々が綺麗な花を咲かす光景を眺めていた。
「そうでしょうね」
クラリスは当たり前だと胸を張る。ノストニア出身だからこの光景に誇りを持っているための言動だと分かる。
(しかし、なんでこの季節だけは花が咲き、神樹の実を成すのか)
今の季節は冬の終わり頃、冬に木の実を成す植物が無いわけではないのでこの点は別段おかしくはない。だが春ではなく、この季節に咲かすのは明らかに違和感があった。もちろんノストニアの国の特色と言える環境操作があったとしてもだ。
(……調べることもできないから気にしても仕方ないか)
結局いくら気にしても調べることもできないのでとりあえずは頭の片隅に置いておく。
景色に見とれつつも馬車は進んでおり、エルカフィエアの街に入ってからも止まることなく進み続ける。
そして街の中を進んでいるとノストニアの城が浮かんでいる湖までたどり着き、そこで一度馬車は止まる。
(魔法で作られた橋、か)
視界の先では、城の一部で何かしらの魔法が発動しているのが見える。その光景を見ながらしばらくすると幾何学的な文字が城の方から飛んでくる。幾何学な文字が橋の形を取り始めると次第に白く光り、光の橋が出来上がる。
「では進みます」
ウライトの声で馬車が橋の上を進み始める。
「懐かしい、わね」
一年ぶりの帰郷でクラリスが思わず呟いたのが耳に入る。
馬車が橋を渡り終えると橋は一瞬のうちに姿を消す。
その後、城の入り口まで馬車が進むと、城から数人のエルフが出てくる。
「バアル殿、陛下がお待ちしております」
「そうか、クラリスはどうする?」
「久しぶりに両親にあってくるわ」
「そうか」
と言うことで俺とリンとグエンとその部下二人、そしてクラリスが分かれることになる。
「ではこちらへ」
それから護衛の武装解除を行い、エルフの案内で見慣れた廊下を通り、アルムの元へと向かう。
「大変だったね」
執務室に入るとソファに座り、香りのいい飲み物を片手に呑気に言ってくれるアルムの姿があった。
「どれのことを言っているのかわからないが、軽く言うな」
おそらく去年の出来事全般を指しているのだろうが、そう気安く言われると少しだけ不快だった。
「アルムにとっては他人事だろうが、こっちにとっては大変だ」
「そうだろうね、もし僕がバアルと同じ経験をしたいかと聞かれると」
アルムは否定の意味を示すように軽く笑い首を横に振る。
「とりあえず摘まめるものを用意させるから座りなよ」
アルムの言葉通り対面するソファに座る。リンやグエンと言った護衛はソファの後ろに立ち並び、アルム側も同じように三名の護衛が立ち並んでいた。その間にエルフの侍女が焼き菓子とお茶を用意して退室していく。
「ずいぶんと綺麗な護衛を連れているね」
アルムの視線はリン、ではなくグエンとその部下二人に向けられている。そしてグエン達も容姿端麗と言えるエルフであるアルムの言葉に頬が緩みそうになっていた。
「一応言っておくが、俺はクラリス以外に婚約者はいないし、ましてや側室や愛妾といった者は存在していないからな」
そして先ほどの言葉は俺にだけは違う内容で聞こえていたため、一応の弁明はする必要があった。
「そう?ノストニアでは一夫一妻が基本だけど、グロウス王国の貴族であるバアルがこれに沿う必要はないよ。ましてや根本的に違う存在だから」
ノストニアの夫婦像は基本的に一夫一妻だという。その理由は至極簡単で、エルフ自体の性欲が薄いことを意味する。これはエルフの繁殖能力の低さにも表れている。そして性欲が低ければ、一人の男性が複数人を相手にすることがまず難しいため、基本的に一夫一妻という形が出来上がったという。
だがそれはエルフに限っての話で他種族ではそうとは限らない。アルムの言葉はそのための発言でもあった。
「違う存在、か」
「ああ」
噛みしめるような言葉にアルムが同意する。
なにせエルフの寿命は300年とされている中、人族の寿命は長くても100年ほど、言い換えれば共に老衰することが出来ないことを意味している。
「一応聞くが、過去に
「あるよ。それも双方が満足に人生を終える夫婦もいる記述もある」
アルムのその言葉に少なくない驚きを覚える。
「確かに様々な違う点もあるが、それでも当人たちが納得できるならそれは良い人生だったと言えるんじゃないか」
「それは、そうだが……」
夫婦になり、どちらが早く老い、死ぬ。そんな状況でも十分に満足できる関係の夫婦もいたという。
「ちなみに聞いておきたいが、子供はできたのか?」
「ああ、無事にね」
「どんな風に?ハーフとしてか?」
「出産は人族と同じように行われるよ。ただ生まれてくる子供はそれなりに違いが多いね」
「例えば?」
「身体的特徴は
アルムの答えに納得する。
(生物学的に見れば双方の遺伝子が組み合わさって生まれるから、特徴は様々か)
前世でも異なる人種の両親の場合、子供は双方どちらかの特徴を受け継ぐことになる。肌の色、髪の色や質、身長や体格などなど。そう考えればアルムの言葉にも納得する。もちろん優性遺伝、劣性遺伝などの観点もあるだろうが、前世とは違いそう言うことについて調べられていないため、詳しくは不明だ。
(だとするとエルフは人族の近縁種と言えるのか?)
「それと言いにくいんだけど、そういった子供は差別の対象になりやすいから」
アルムの言葉にほんの少しだけ実感がこもっていた。
「仕方ない、とは、割り切れないな」
前世でもこういった問題はそこかしこで話題となっていた。そう考えればここで同じようなことが起きてもおかしくない。むしろ閉鎖的な場所が多いため前世よりももっとひどい可能性もあった。
「そうだね。だから最悪バアルとクラリスの間に子供を作らないという選択肢も存在している」
「だから一夫一妻にならなくていいということか」
アルムは重く静かに頷く。
「それに、クラリスの手紙ですでに側室候補らしき女性もいるらしいじゃん?」
先ほどの暗い雰囲気ではなく、こちらを小ばかにするような笑みで問いかけてくる。
「何が言いたい?」
「いや、クラリスからある程度の報告は受けているけど……くくっ、バアルが迫られてタジタジになっているのを想像するとなんだか」
おそらく飛ばし文でクラリスから連絡があったんだろうが、その内容には断固抗議をしたい。
「その話はだいぶ違う。それにそろそろ本題に入ってほしいんだが」
これ以上追究すればこちらの機嫌が悪くなることと少々話し合いについての路線がずれすぎたのが理解できたのか、アルムも佇まいを直し、話しを始める。
「そうだね、茶番はここまでとして、本題に入ろう。こちらが聞きたいのは三点アルバングルでのディライに預けた戦力、そして魔道具の製法、最後に例の空飛ぶ船のことだ」
アルムが俺に対して聞きたいことの本質がようやく出てきた。
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