第317話 遺憾な約束
クラリスが出立してから数日後、母上が俺とアルベール、シルヴァの服装選びを大いに楽しむ中、俺はとある用事で王城へと訪れていた。
「では入ってくれ」
「失礼します」
グラスの案内で王城の一室に案内される。一緒に室内に入るのはリンの代わりとして連れてきたノエルだけだ。ほかにも手配した護衛はいるのだ、それらはほかの部屋にて待機させていた。
そして一度グラスが退室してから、しばらくして、再び扉が開かれると立ち上がり臣下の礼を取る。
「よく来たなバアル」
「今回はお時間を割いていただきありがとうございます」
「よい、魔道具についての話なら是非聞きたいところだからな」
豪華ではあるが堅実な雰囲気を出している部屋に入ってきたのはグロウス王国国王だった。
挨拶を交わし終えるとテーブルを挟んで陛下と対面する。
「それで、今回の要件は魔道具と機竜騎士団についてだったな?」
「はい。弟と妹の清めが終われば今度はノストニアの生誕祭に参加するのですが、その時に条件通りに魔道具の作り方を教える予定となっています」
言葉に出すと何とも腹立たしくなるが、この条件があることで飛空艇の製法を陛下にすら隠すことが出来るので複雑な感情を抱く。
「前にもお伝えしましたが、ノストニアにのみ魔道具の作り方を教えるのは様々な不平を招くことになるでしょう。そのため王家にも魔道具の製法をお渡ししたいと思っております」
「それを今この場で渡すと?」
「その通りです」
用意した書類の束をテーブルの上に置く。
「これの写本した物をノストニアに渡すつもりです。ご確認ください」
「これか?それにしても薄く感じるが?」
ページにして100あるかどうかの薄い書類の束だ。普通に考えれば明らかに内容が足りないように思うだろう。
「薄いのには理由があります。そこには魔道具の説明が載せられているのですが、形状や内蔵している機器の作り方と動作のやり方しか載せていません」
俺はフーディに魔道具の作り方を教えると約束はしたが原理の説明を行うとは言っていない。もちろんいずれは原理を調べつくすだろうが、それでも科学がわかるようになるだけ。そしてその行為も時間がたてば
「そして最も重要な部分ですが、市販していない魔道具にも使われている部品や材料に関しては一切の説明を省いております」
合成樹脂やプラスチック、基盤などに関しての情報は全く載せていない。それでいえば錬金術が関わってくる技術については完全に載せていない。
(もちろん中継機などの図面はそこには載せてはいない)
もし分解して違和感を持たれても、ほかの機器に組み込まれるようにしているため、まず気付かないはずだ。付け加えるなら内蔵された機器が分解されると自動的に破損して解析不能になるため、そこも問題はなかった。
(万が一にも解析されて原理を知られれば、もっと最悪なのはその連絡手段が知られて解析されれば目も当てられないからな)
影の騎士団も利用している通信機などの会話内容が外に漏れれば問題だし、何より相手が遠距離でも情報のやり取りができるようになるのは何としても避けたかった。そのため過剰ともいえるほどの仕掛けをしていた。
「話が違うと言われそうだな」
もし扇風機で例えるなら、内部の電力によるモーターとそれぞれの部品の形状を伝えているに過ぎない。当然効率的な素材を教えることはないし、力加減を制御するための制御基板や配線を教えることもない。ほかにも冷蔵であれば冷却器に関しての情報は与えるが、効率的な冷媒やコストを考えた素材などを教えることはないということだ。
「そうでしょうか?こちらはもともと市販している魔道具のみの製法を教えるだけ、つまりは市販されていない魔道具にも使われている技術は教えないということでもあります」
まるっきり言葉遊びだが、すでにエレイーラが奴隷制度の改革に乗り出している。今更ノストニアが抜けたところで何の支障もなかった。
「そして次に機竜騎士団ことなのですが、これは魔道具の製法を教えるのに多少関わってきます」
「と言うと?」
「実は生誕祭から帰ってくれば本格的に機竜騎士団の団員の募集に掛かります」
この言葉で陛下の眉がピクリと動く。
「その際に飛空艇を扱うため、団員を大まかに二種類に分けようと思っております」
「船を扱う者と造り、直す者だな?」
陛下の言葉に深くうなずく。
「現段階ですが、機竜騎士団の団員には二つに分かれてもらうつもりです。一つが機空士、もう一つが機工士です」
前者は飛空艇を動かすための技術を身に着けて実際に飛空艇を飛ばす役職、後者は飛空艇の構造を理解して修理や製造、そして飛空している時に何かあった際に修理を行えるようにする役職。
(さすがにすべてをオートパイロットにやらせるのは問題が大きすぎる。空で何が不具合を起こすかわからないためどこかしらで人の手が必要だ。もちろん補助システムは付けるが)
最初は全てをオートパイロットで制御しようとも思ったが断念した。なにせ前世でも懸念されていたシステムトラブルや事故不可避時の緊急判断なども理由に挙げられるが、この世界では魔物や魔法による阻害、前世でも見たことが無い異常気象で飛行困難に陥る可能性も十分に考えられたからだ。もちろん操縦に役立つ補助システムは導入するがそれでも人の意思決定部分には課題が多すぎるため人の手を入れざるを得なかった。
「前者は飛行訓練を行うだけで済むのですが」
「機工士とやらは修理を担当するため機械について詳しくないといけないわけか」
陛下の言う通り、本格的に運用するとなるとどうしても隠し通せない部分が多くなる。さすがに飛翔石やその周囲で稼働してる機械については、機密事項にして非公開にするつもりだが、やはりそれ以外に関しての情報は隠し通すことが出来なくなる。となれば機密事項のみを秘密にしてほかは仕方ないとあきらめるしかなかった。
「それと同時に募集する団員は第一条件に信用できる者の中でのみ募集を掛けるつもりです」
「だが、絶対に裏切る可能性がない者もいない、と。それとなれば」
「はい、ある程度の漏洩は起こるでしょう。そうなればもはや漏れる部分に関しては隠す意味もありません」
王家とノストニアに魔道具の製法を流すが、それと同時に機竜騎士団の機工士に魔道具についての知識を入れ込み育て上げる。
もし王家とノストニアに製法を教えなくても、自然と時間が経てば機工士の人たちは数を増していく。そうなれば知っている者の母数が増え、誰かから情報が発信されて魔道具の製法は公然の秘密となる。そうなれば隠すこと自体が何の意味もなくなる。
「だが、それだと、バアルの魔道具停止という手札が消えるぞ?」
「かもしれませんね、ですがイドラ商会の値段で魔道具を売ることが出来るでしょうか?」
大げさな例えだが、何かしらの魔道具のプラスチック部分を銀や金、ダイヤモンドで作るとして、その値段はイドラ商会の値段と同じになるだろうか?高価な素材でなくても炭や水から簡単に作れるプラスチックより優れるコストパフォーマンスをもつ素材があるのだろうか?
答えは一つ、絶対に否だ。
(俺は錬金術により周囲のごみ同然の素材からプラスチックを作り出せるが、そのほかはおそらくは丈夫な鋼材、そうでなくてもそれなりに値段が掛かる素材を作ることになる。品質も値段も新たに参入する商会には絶対に追いつくことはできないだろう)
そう考えればいまだにイドラ商会は魔道具の商売でトップを独走し続けるだろう。
(それに情報は隠している間は価値が生まれるがいずれは風化してただのごみとなる日が来る。それならば腐敗し始めると同時に高いうちに売るのが得策だ)
フーディに魔道具の要求を飲まされて一瞬頭に来たが、エナに諭されてよくよく考えてみれば渡りに船でもあった。なにせ飛空艇を作る際に家臣であれ部下であれ、飛空艇を扱わせるなら必然的に魔道具の情報を与えてしまい、原理や構造も知られてしまうだろう。
「付け加えるなら陛下はイドラ商会を重宝してくれます」
「……なるほど」
俺は言葉を出すと同時にグラスへと視線を向ける。その意味することはグラスのもう一つ顔だった。
「なるほど、これにバアルから支給された
「はい、市販されている魔道具のみですから」
もはや影の騎士団の必需品となっている通信機は陛下に渡した書類に載せていない。さらに言えば機空士に教えることもない項目であった。
「影の騎士団の威を保ちたいなら私がイドラ商会を優遇し積極的に広めていく必要があるわけだな」
「ご配慮ありがとうございます」
そう、陛下は影の騎士団の力を保ち続けたいならイドラ商会の魔道具を広めるようにして勢力圏を拡大した方が得策だった。
「転んでもただでは起きないな」
「ええ、ただで起きては怪我しただけで損ですから。敵を転ばせる反動で起き上がることが出来るならやるべきです」
俺が苦笑を漏らすと、陛下は笑顔になる。
「それで機竜騎士団ではひとまず50人ほどの募集を掛けるつもりですが、そのうちの二名は陛下とグラス殿の推薦で選んでもらいたいのです」
数少ない募集枠を渡すのには訳がある。王家に枠を渡すことによりこちらの手の内を見せても問題ないと伝えることが出来る。それに付け加えるなら機竜騎士団内情を知らないことで強制的な監査を行われるより、ある程度大っぴらにした方が変に勘繰られずに済む。
「ただその際に条件があります」
「アズバン家、ひいては北側の貴族にその枠を渡すな、か?」
「はい。仮に渡されてもこちらで行う試験で容赦なく落とします」
さすがに現状でアズバン家や北部の貴族連中に飛空艇という機密だらけの組織に入れるわけにはいけなかった。
(俺と個人的ないざこざもあるが、それ以前に魔道具の件でゼブルス家とアズバン家が関係は悪化した。そんな状況で機密だらけの機竜騎士団に入れることはできない。それに外交を生業とする北部の貴族から飛空艇の情報が漏れる可能性を考えれば、入団させるわけにはいかないからな)
「君にこういうのもアレだが、私情に駆られての言葉だったらさすがに諫めることになるぞ?」
「ご安心ください、グラス殿。個人的に思うところはあってもそれを持ち込むことはありません」
「ならばいいが、笑顔で容赦なく落とすとか言うべきではないぞ」
グラスに言われて、自身の顔に触れてみると確かに頬が上がり笑顔になっていた。
「その顔では私怨だと思われても仕方がないぞ」
「これは申し訳ありません」
顔を引き締め直し、真剣な表情になる。
「……まぁ、いい、それでバアル殿からの話は以上か?」
「はい」
「ならば、今度はこちらの話題になるがいいか?」
こちらからの話が終わったので次は陛下側からの話題に移る。
「実は問題解決に尽力してくれたレティア・ウェゼナがバアルに是非面会したいと言っているのだ」
「レティアが?なぜ?」
「話の内容はバアルに直接話したいとのことだ」
レティアが何の要件で面会したいのか見当がつかなかった。
「それと同時に現在リクレガにいる違法奴隷の件も聞きたい。いつ頃こちらに移すつもりだ?」
「それは落ち着いたらと思っていますが…………生き証人が必要とあれば最短で予定を組みましょうか?」
「是非頼む。証人と像がセットになっていることがクメニギスに対しての証拠となる。できればすぐそばで管理したい」
王家からしたら防衛状況が不明なリクレガの土地に証人を置いておくよりも手元で管理したいという事らしい。
「わかりました。次のリクレガとの往復で証人となりうる全員を輸送いたします」
「頼むぞ」
それから細かなことを話し終えると、部屋を退室する。
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