第316話 女性専用護衛部隊

 ハグハグハグ


 ウルの後を追ってみると、執事や侍女などの使用人が寝泊まりしている建物にたどり着く。


「う~ん、よしよし、今日も元気に食べるのね~」


 建物の横でウルがさらに乗せられた山盛りの食べ物にがっついていた。


「おい、その体型でさらに食べるつもりか?」

「バ、バアル様!?」


 ルウに食事を用意した、侍女がこちらを見て驚く。


「一応聞くが君がウルの食事を」

「は、はい!?申し訳ありません!!」


 こちらを見て侍女はおびえ始める。


「一応確聞いておく、謝る理由はなんだ?」

「じ、実は――」


 それから侍女は滑舌が悪くなるほど早口になり、歌い出す。













「つまり、こういうことか。君、え~と」

「アナ・リュフレアと言います。アンリエッタさんの紹介で雇われました」


 アンリエッタはウルがこの屋敷に来るために雇われた侍女らしい。


(間者の可能性もあるが、そこはアンリエッタの紹介であるため、ある程度は信用できる)


 それにラクファス子爵家は侍女と執事の人材育成に長けている。そして同時にラクファス家は王家から絶大な支持を得ている。


(王家公認の執事侍女の育成担当の家柄、それがラクファス家だからな)


 もちろんラクファス家の者を雇うことで情報が王家へと流れるリスクも存在するが、同時に王家に監視を付けられても問題ないと忠誠心を示すことでもあった。またほかにも王家公認なだけあり、国外の間者がラクファス家の中に入り込むこともないため、ラクファス家によって教育された使用人はまず安全と言えた。なにせ自分の領地で使用人を育ててもいいが、それでは浅い教育しかできないためどこからかの間者が入り込む可能性が存在していた。リスクとメリットを考えると間者に成りえる存在よりも、王家に忠誠心があると証明でき、間者にならない使用人の方がいいに決まっていた。


「アナだな。それで君は、一年前にアンリエッタにウルの世話を任された」

「はい、昔家で犬を飼っていましたので」

「それで、君はウルを世話していた、だが」


 本人を除いてすべての視線が下に下がる。


「肝心のウルをこうしてしまったと」

「はい、もちろん犬を飼っていた経験から、食事の量に運動もさせるつもりでいたのですが」

「ウルの希望で食事の量は予定よりも大きくなり、運動もなく昼寝ばかりしたせいでこうなったと」

「……はい」


 これが普通の飼い犬なら彼女、アナもこんな事態にはならなかっただろう。だがウルは念話で自らの意思を伝えることが出来る。となれば様々なことに文句を言い、制限を緩めさせてだらけ切ったらしい。


「ウルは戦闘の訓練に使われると聞いて最初の段階からやや多くの食事量にしていたのも問題でした」


 アナの言うこともあながち間違いではない。もとよりウルがここに来たのはリンとの連携目的だった。だがそれは俺がマナレイ学院に留学することで意味が無くなってしまった。


「(それにウル自身が怠けたのが一番大きいだろうな)とりあえずアンリエッタにこのことを釈明してからウルの体型を元に戻すように尽力しろ。そうすれば今回のことは不問にする」


 もちろんアナの失態であることに変わりはない。もしこれがゼブルス家全員から愛される愛犬であれば彼女は即座に解雇だろう。だが今回はウルと意思疎通できるという点と、ウル自身が怠惰であることを許容してしまったために起きた事態だ。そのため上司に報告して叱られることと挽回を機会を設けることで終わらせる。


「寛大なご処置に感謝いたします」


 何の気もなしに用意された食事にがっついているウルはこれからスパルタなメニューを強いられるだろうが、それは知ったことではなかった。


 その後は昼食を済ませると、自室に戻り書類仕事に加えて方々への手紙を書くことで丸一日が過ぎていった。


















「それじゃあ、気を付けろよ」

「わかっているわよ」


 ウルの様子を見た次の日、王都ゼブルス邸の玄関には10台ほどの馬車が立ち並んでいた。今日からクラリスだけ生誕祭のために北上する必要があったからだ。


「それにしても、私の周りには女性の騎士が多いわね」


 クラリスが乗る馬車の前後三台では女性の騎士が出立のために武具の点検や荷物を積み込んでいた。


「これぐらいの配慮は当然だろう?」


 普段のクラリスからは想像しにくいだろうが、ああ見えても一国の姫なのだ。当然多くの男性騎士に囲まれることはあまりよろしい事態とは言えない。そのためにクラリスなどの他国の要人やゼブルス家の女性を守るために女性専用の護衛部隊が用意されていた。


「バアル様、こちらはいつでも出発が出来ます」

「グエンか、道中は頼んだぞ」

「はい、ご不安があるようであればクラリス様に近づく男性すべてを切り伏せて見せましょう」


 出発の準備完了を告げに来たのは女性専用部隊の隊長グエン・セラ・イズマイル。女性らしさを失わないほどの短さの茶髪にゼブルス家が騎士に支給している鎧を着こんでいる。またその相貌はリンやクラリスほどではないが整っていた。


「いや、そこまでしなくていい」


 何度も母上やシルヴァの護衛を行ってもらっているため、十分信用することができていた。


「彼女は護衛であり、監視?」

「もちろん護衛でもあり監視でもある」


 理解があるクラリスなら無いとは思うが、不貞の可能性が完全には排除できないため、こういう女性の護衛部隊が必要だった。


「信頼はしてもらえていないのね」

「信用はしているさ、だがさすがに何があるかわからないから用心しているにすぎない」

「そう、案外束縛が強いのね、でもそれならリンがわざわざバアルから離れる必要はないんじゃない?」


 クラリスがグエンから視線を外して、すぐ傍に居るリンに視線を向ける。


「リンはノストニアまではクラリスの護衛として付ける」

「そして合流すれば今度はノストニア内でのバアルの護衛として動くわけね」


 クラリスの言葉通りだ。予定ではあらかじめクラリスとリン、そして護衛集団で先にルナイアウルに向かってもらう。そしてアルベールとシルヴァの『清め』が終われば『飛雷身』ですぐさまそちらに合流する手はずだ。


(国内と国外どちらにリンを付けるかと聞かれると当然国外だからな)


 王都であれば影の騎士団の影響もあり暗殺される危険性は低い。だがノストニアとなるとそうはいかない。


 そして今回の『清め』と『生誕祭』の往来で『飛雷身』を使用するため、移動するときに一緒に移動することはできない。そのため、両方で護衛を準備するとなると同じ人物で周囲を固めることはできないことに加えて、ある程度先に動かしておく必要があった。


「それでリンがいない間、バアルの護衛は誰が務めるの?」

「まず確実にノエルを傍に置く。そして追加で騎士数名を連れて行く。それぐらいの護衛が居れば十分動くことが出来る」

「だけどアレを使えばその必要もないんじゃないの?」


 クラリスの言うアレは飛空艇のことだ。もちろんそれを使えばかなりの時間短縮となりもしかしたら『飛雷身』を使わずとも行き来が出来るかもしれない。


 だが


「アレは今のところアルバングル以外に飛ばすことは無い」


 これからゼブルス家の、ひいてはグロウス王国の主力となる飛空艇を気軽に外に出すことはできない。万が一ノストニアに仕組みを知られることに比べたら、それこそ魔道具の製法流出など些細な事だった。


「そう、じゃあリンを借りていくわね」


 そういうとクラリスはリンを連れて馬車に乗り込む。


「グエン、出発して頂戴」

「……わかりました」


 クラリスの言葉に従っていいのかどうかグエンが視線で問いかけてくるので頷いて許可を出す。


「もう一度言うが道中気を付けろよ」

「バアルも、暗殺なんかされたらあんたの墓の前で笑うわよ」


 その言葉を最後に馬車が動き始め、ノストニアとの交易町ルナイアウルへと進み始めた。

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