第312話 街壁拡張するお仕事

「ようやく帰ってきたな」


 コックピットの窓から外を見下ろすと見慣れたゼウラストの街並みが一望できた。


「そうですね、しかし人の数が多すぎませんか?」


 リンも俺の横で下を見下ろしているが、同時に何かしらの違和感を捉えているらしい。


(人が多い、か。俺には距離が遠くて見えないが……いろんなことがあったから人が多くてもおかしくはないな)


 ここ最近で起こったことを考えれば人が増えても何もおかしくない。


「それよりも、頼んでいたことを終えたかどうかが心配だ」

「さすがに私でもその状態は確認できません」

「いや、謝ることじゃない。さすがにこの上空からわかるとは思っていないからな」


 窓際から離れてコックピットに座り直すと望遠機能を使い地上の状態を確認する。


(不格好だが完成しているな)


 映像にはゼウラストの屋敷が映し出されている。


「工房の隣にあのような場がありましたか?」

「いや、即席で造らせた」


 工房の横には四方100メートルほど均されただけの地面が広がっていた。


「母上を説得するのに苦労したよ」

「ですよね……私の記憶が正しければあそこには大規模な花壇があったはずですが?」


 リンの記憶通り、広場のあった場所の元は花壇や庭と言った場所だった。


「今回は実用的に使える場所が欲しかった手前、全部を壊して飛空艇を停める場所にした」

「エリーゼ様はお怒りになられたでしょうね……」

「本当なら綺麗に整備されていた庭や花壇が存在していたが、こちらの都合で全部壊して作り替えたからな」


 本来なら郊外に作るべきだったのだが、本格的な基地が完成するまでは秘匿性を高くするために人目につきづらい屋敷内に一時的な停留場を作らせてもらった。


(一応は本格的な基地が出来たらまた広場を潰して、母上好みの庭園を造ることで納得してもらったが……条件が家のではなく俺の財ですべて賄うことだからな)


 母上のことだから相当の金を使い自分好みに豪勢なものを作るだろう。それこそ豪邸一軒どころか数軒建つほどの金額を使ってだ。


(まぁ、当分はそのままだろうな。新たな街壁・・・・・が出来上がるまでは)


 基地が出来たらとあるが、現状、ゼウラストに大規模な基地を作れるほどの土地は存在していない。


 だがそのままと言うこともできない。そのために新たに広い場所を確保しなければいけなかった。そしてその最有力の候補が都市の拡張だった。


(どちらにしろ、新たに壁を作る必要があったからな好都合だったな)


 街壁は確かに外からの敵に対しての身を守るためになる。だがその反面、壁の中の土地が限られてしまう。


 今回の様に大規模な土地が必要になる時は困窮する事態になってしまう。


(発展すると同時に手狭になってきているから、いい機会ではあるか)


 街壁を新しく作り、ゼウラストの土地をさらに広げる。そうすれば新たな倉庫や商店、民家、安全な畑、それに新たに作る機竜騎士団の基地が作れるようになる。


『降下を始めますがよろしいですか?』

「ああ、始めてくれ」


 返事をすると飛空艇が徐々に高度を落としていく。


「それで、レオネのことはどう説明しますか?」

「……勝手についてきたとしか言い訳できない」


 本当に言葉通りの意味だった。


「具合は大丈夫そうか?」

「まだ具合は悪いそうです」


 レオネはこの三日間、ずっと用意した船室でずっと唸っていた。


「急速な体温低下による低体温症、急速に酸素の薄い場所に移動したために起こる高山病、それにおそらくは気圧差による体調不良も起こっている、か」


 この三つの症状により、レオネは今までに見たことがないほど体力を消耗していた。


「今はぐったりとしているらしいですが、それだけだと。一応はご飯も食べられている様子らしいので問題ないとこのことです」

「そうか……エナにレオネとノエルの翻訳を頼んだのは問題だと思うか?」

「大丈夫でしょう。ノエルもエナの能力のことを知っていますので」


 リンとノエルは俺と共にエナの自白を聞いている。ならばエナの能力への対策もすでに知っていた。そのため操られるということはほぼあり得ないと思っていい。


「一つ質問ですが、レオネをどう扱うつもりですか?」

「……客人扱いにするしかないだろう。バロンの娘つまりはアルバングルの姫と呼べる、さすがにエナの様に戦力としてはカウントできない人物だ」


 レオネの扱いはかなり頭を悩ませる。なにせ本人に自覚が無くてもバロンの娘であり、グロウス王国へと来た全権大使であるレオンの妹だ。


「とりあえずは一か月間はエナからフェウス言語の習得で忙殺してもらうしかない」

「……」


 リンはこの言葉を聞くと何とも不安そうな表情を浮かべる。


「言いたいことはわかる。リクレガの時のように勝手についてくるかもしれない、だろう?」

「その通りです。明確には勉強を嫌って勝手に飛び出す可能性ですが」


 同じような事ですとリンは付け加えてからため息を吐く。











 それから10分もしないうちに即席で造られた広場に降り立ち、ようやく帰宅することが出来た。














「……帰ってきてくれてうれしいが、同時に嫌だと思うのはおかしいと思うか?」


 飛空艇が工房の横に降り立つと着陸場に父上がやってくるのだが、掛けられた最初の言葉がこれだった。


「あの、ご当主様?」

「いや、いいんだリン。と言うよりも真に受ける必要はない」

「えっと……」

「リン、バアルの言う通りだよ。これはバアルが持ってきた仕事の量に辟易しているだけだ」


 父も先ほどの辛口を冗談だと言い、笑う。


「さて、詳しい話はいまここで?」

「いや、執務室で頼む」

「どうします?慰め役に母上でも呼びますか?」

「それは魅力的だね」


 その後は屋敷の警備員に飛空艇の貨物室にある荷物をすべて倉庫に運ばせ、レオネを客室の一室移送してからエナとノエルに介護を任せた後、ようやく父上のいる執務室に移動する。











「さて、一応聞くが……この先で私を殺す予定はないよな?」

「仕事でですか?」


 執務室では父上のジョークで、言った本人である父上と俺、そして事の顛末を聞くためと父上を慰める役である母上がほほ笑む。


「冗談はさておき、今回のアルバングルでの要件は終わりました。詳細は必要ですか?」

「ああ」

「では、簡潔に―――」


 それから派遣したゼブルス軍のこと、補給した物資と必要になりそうな物資のこと、食料事情、人員派遣と人員の帰還について、リクレガでの街造り、貨幣の導入、防衛状況、兵士たちの待遇、その他グロウス王国からの要求、素材の査定について、そして手に入れた鉱物資源地についてを細かに話す。


「ふむ、今いる場所が……」

「リクレガです」

「そうそう、リクレガが飛空艇でしか行き来できない以上、私たちが出来ることはそう多くないな」

「でしょうね。現状だけで言えば本格的な輸送に使えるのがケートス一機しかありません」

「さらに人員もいない。新たな分野なためどんな人物も初心者となってしまうから教育も必要だろう。もちろん飛空艇自体の量産も行わなければいけない」


 リクレガへ様々な物資や人員を送り込みたいのだが、送り込むための設備がまだ整っていない。


「そのため当分は様々なものを兼業しながら徐々に進めておくしかないでしょう。差し当たってはリクレガに送り込む人員の絞り込みからやるべきかと」

「そうだな物はとりあえず向こうの素材で代用してもらい、食料も向こうでの調達がせいぜい。本格的な交易を始めようとしても土台すらできていない。ならばある程度、街造りのための人員を送り、向こうとこちらで少しづつ発展させるしかないな」

「でしょうね」


 リクレガに物資や人を送るには飛ばすための飛空艇が足りない。飛空艇を増やせば、それを扱うための人員も、もちろん足りない。そして人員を作ろうとしても一からの教育のため時間が必要となる。


(どちらにせよ、大規模な行動はまだできないな)


「まぁ、私たちが過労死しないことを祈ろう」

「そうですね」


 それからは物資の手配、人員の手配、機竜騎士団の基地建設、ゼウラストの街の拡張の必要性を話し合う。


「そういえば、二人の清めとノストニアの生誕祭はどうする?」

「当然出ますよ」

「だが、両方ともこの今月に行われるぞ?」


 今年でアルベールとシルヴァは10歳となった。となれば俺がやったようにあの二人にも神光教から清めを受けてもらうことになる。


「そうは言ってもだな、清めと言っても当日だけではない、その後のパーティーもある。何より清め関係の催事が終わるころだと生誕祭までは残り4日しかない。普通に考えて無理だろう?馬車で飛ばしても最低一週間は掛かるし、さすがに飛空艇をノストニアに飛ばすわけにもいかない」

「ええ、ですが私にしかできない方法を使えば全く問題ありません」

「……ああ、そうか」


 この言葉でようやく父上もこちらの考えを理解できた様子。


「なるほど、だがそうなると清めとは別に先にクラリスとその護衛を送る必要があるな」


 生誕祭にはさすがにひとりでは行けない。なにせノストニアの姫と呼べるクラリスを置いていくことは、彼女の身に何かがあったと思わせる要因になりかねない。それに生誕祭に俺が行く際はクラリスを毎回連れて行っていた。今回だけ連れて行かない理由がない。


(重病になった、もしくは大怪我をしたならともかく健康体で本人は喜んで帰国しているとなれば国に残す必要性はない)


「クラリスには事情を説明して先にノストニアに先行してもらうことにします」

「そうだな……あ~、クラリスで思い出したのだが………その~~」


 クラリスから何かを連想したらしいのだが、父上は言葉に出し渋っている。


(父上が言葉にするのを躊躇う話題なんてあったか?………ああ)


 脳裏に一つ、いや一人が思い浮かぶ。


「一応、言っておきますが、連れてきた少女、レオネは勝手についてきただけなので変な思惑は一切ないです」


 そういうと両親は何とも微妙な表情をする。


「けど、バアルが飛空艇に乗せているから……少しは気に入っているんじゃないか?」

「そう、よねぇ?」


 両親はお互いを見あいながら確かめるように言葉を出す。


「本人はこっちに来たいと飛空艇に張り付き、駄々をこねていました」

「え~と?」

「このままじゃ飛行自体が不可能だったため、ノエルの糸にて拘束しました」

「えぇ~」

「その後、無事に飛行してリクレガから飛び立ちましたが、どうやら周囲の力を借りて飛び上がり、上昇中の飛空艇にもう一度張り付いてきました。そして上空での後遺症を考えて飛空艇内に招き入れ、その後に置いていった際の暴挙の可能性と仕方なく連れていくことによる俺の労力を考えまして、この結果になりました」


 もしレオネを置きにリクレガに降り立っても周囲の力を借りて上昇中に再び迫ってくるのは目に見えている。ほかにも眠らせたり麻痺させたりで置いてくることもできたが、それをするとレオネの性格上、自力でクメニギスを経由してやってくる可能性があったため仕方なく連れてきていた。


「一応聞くが手は出したか?」

「出してません」


 そう断言すると両親がややがっかりした反応を示す。


「(……叔父上からの話は本当のようだな)致し方なく連れてきたレオネですが、彼女は現獣王であるバロンの娘です」

「それでか」


 父上も手を出すことの意味が理解できたらしい。


「俺が手を出した際にゼブルス家と獣王バロンとの間に縁が出来てしまいます。安易に縁を結ぶには問題かと」

「いきなり婚姻もなくはないが、今は時間が掛けられる状況のため、それなりにお互いの事情が見えてきてからの婚姻の方がリスクが少ないということだな」


 もし仮にお互いの縁を結びたくて、俺とレオネが結婚することになったとしよう。その場合はゼブルス家とアルバングルとで縁が出来てしまうことを意味する。現状を踏まえると、それでいい気もしなくはないが、後々アルバングルとグロウス王国との関係が悪化しそうな事情が見つかった際にはその結婚がゼブルス家の足枷となりかねない。そのことを踏まえると同時に現在は火急に縁を結ぶ必要もないため、ある程度お互いの事情が見透かすことが出来るまではしなくてもいいという判断だ。


(よほどのことがない限りは文句はないとは思うが、時間があるから早急に話を進める必要もないか)


 現状を見て、アルバングルとは付き合うべき関係性、もっといいかえればカモにできる存在として見える。飛翔石の鉱床に広大なアルバングルから取れる資源、またリクレガの利権はほとんどがゼブルス家が所有したと言っていいため、いきなりの結婚もありと言えばありだ。


 だがその反面、早急に縁を繋ぐ理由がないことを意味する。すでにある程度利権が手に入る算段がついているなら無理をすることはないからだ。


(アルバングルが掌を返すことは今のところまずない。そして国内の貴族はすでに獣人に接触できないため、そこもゼブルス家がすべてを掌握していると言っていい)


 だからこそ急ぐ意味もなかった。


「一応聞くが向こうはバアルに追いつくために力を貸したんだな?」

「はい。ただ国を挙げて縁繋ぎ、というよりもごく個人的な感情の応援だと思いますが」


 俺達を送り出した面々にそういった思考ができる連中がいるとは思えな。もしかしたらあるのだろうが、むしろあの面子ならレオネ個人に力を貸したとみるべきだった。


「うぅ~ん、そうか~」

「それにもう一つ重要な点が」

「なんかあったか??」

「件のレオネが俺に恋慕の様なものを抱いている前提での話となっていましたが、それではない可能性も十分にあります」


 実際、なぜレオネが俺の元に居ようとしているかが全くの不明だった。なにせ本人からは俺の傍の方が心地いいと言った言動しか聞いていない。それだけで恋慕の情にまで発展させるのは無理があった。


「グロウス王国をどうしても見てみたくて、もしくは死んでもいいから旅をしてみたいという思想で付いてきた可能性もなくはないです」

「……うぅ~ん、そうか」


 父上は何とももどかしそうな表情で頷く。


「それでは今後のことですが―――」


 それから日が暮れるまで再びアルバングルへと飛び立つまでの日程と仕事に関してを細かく話し合うことになった。

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