第309話 天擁樹精霊リュクディゼム

 声のする方へ振り向いてみると、そこには黄色の髪が揺らめいている美女の姿があった。


「誰だ、とは聞かないほうがいいか?」

『そうだね、私としても君ぐらいには推察で来てほしいかな』


 形体は人間のそれと同じ。だが紛れもなく人族ではない。なにせ、足は地面に着くことなく体全体が浮き上がっており、黄色の髪は常に揺れ動いていた。一言でいうならまるで水中にいるように感じられる。


 また美と形容したように、顔つきは優し気な女性の美貌、そして局部に関してはまぎれもなく発達した女性のそれだった。そして衣服だが、これは獣の皮でもなく繊維でもなく、植物の蔦がワンピースの様な形に巻き付けられていた。


「植物に【念話】、人ではないことと場所を踏まえれば答えは出てくる。そうだろうリュクディゼム?」


 ついでに掛けっぱなしのモノクルでリュクディゼムを鑑定してみる。


 ――――――――――

 Name:リュクディゼム

 Race:天擁樹精霊ヘブンツリー

 Lv:***

 状態:精霊

 HP:*3*6*/***67

 MP:**4*1**38*/*1***9


 STR:***

 VIT:****

 DEX:***

 AGI:***

 INT:****


《スキル》

――**――*――――*&―――――*――

《種族スキル》

―¿―――:―――”%――――&⊕―――

《ユニークスキル》

―==――≠――――∻――――∥―

 ――――――――――


(……どういうことだ)


 出来心で行った鑑定の結果は全くの不明だった。


『うん、そのとおりさ。あとそこまでは見せてあげるけどそれ以上探ろうとすればさすがに許さないよ』


 リュクディゼムが愛しい赤子を見るような優しい表情をするが、その表情とは裏腹にモノクルがガタガタと震えだす。


『さて、バアル、あの者らだけど私にくれないか?』


 壊れない様にモノクルをしまっていると、リュクディゼムが問いかけてくる。


「……飼うと言ったが、それはあの場所に住まわせるということか?」


 リュクディゼムが飼うと言っている。となればその場所は雷閃峰の雲の中にあるあの森しかなかった。


『その通りさ、森の管理にも使えて兵士にもできそうだと思ってね』


 蜂は森にとっては利が大きい行動を取ってくれる。そう考えればリュクディゼムが欲しがるのも納得はできる。


 だが


「だめだ」

『どうしてだい?』

「まず聞くが、あの森には蜂の捕食者はいるのか?」

『いないね。だからかい?』

「ああ、遠慮なく繁殖して、ヨク氏族やアマングルに影響を及ぼしたらどうしてくれる?」


 数少なく繁殖力の少ない魔蟲なら共存できる可能性があるだろう。だが先の戦いでの魔蟲の数を考えたら、そうやすやすとは許可が出来ない。


『それなら安心してくれていい』


 リュクディゼムは何も問題がないことを念話で伝えてくる。


「一応聞くがなぜ?」

『まず、あの森に入るにはそれなりの厳しさがかかる。そこにいる魔蟲たちは雲の端だけなら耐えることはできるだろうけど、森にまで来たら命の保障はない。だからこそ、私の実を食べさせる』

「実を、か」

『そう、あの実は雷の力を貸し出す代わりに生殺与奪を握れる。だからこそ森では数の制限を掛けることができる』


 リュクディゼムは森の中で暮らせる蜂の数に限りを付けることで莫大な繁殖を抑えるという。


「だが繁殖をするだけして雲の外へと逃がしてしまったら?そうなれば奴らはより安全なねぐらを手に入れたに過ぎないぞ?」


 課せられた数だけ繁殖して、それを外に逃がしてからまた繁殖してしまえば、数は無限に増え続けるだろう。そうなればより強固な砦を手に入れたことになってしまう。


『それも大丈夫だ。あの子たちの巣には雲の影響を及ぼさない様にする、そして同時に私から渡す実の数に限りを与えれば繁殖しようにもできなくなるよ』

「……渡す実の数が森に受け入れられる数となる。そして巣の内部に雷の影響を及ぼさいようにすれば、実を食べていない蜂が外に出れば自動的に死ぬ。そのため繁殖はリュクディゼムの許可なしには行えない。また雲の外に出て行っても俺たちに迷惑がかかるようならばリュクディゼムが死を与えるわけか」

『そして同時に巣の大きさも変えることは許さない。そうすれば巣の外に出るには私の実が必要になり、そして巣から出る蜂たちのすべての生死を私が握れるということだ』


 つまりはリュクディゼムが徹底的な管理をするということだ。


「だが理解しているか?もし蜂たちが外で問題を起こせばリュクディゼムの問題になることを」

『わかっているよ』

「…………ならこちらからは文句はないが、あちらは飼われることを了承するかどうか」

『するさ、出なければ殺すだけだ』


 リュクディゼムは綺麗な笑みなのだが、何とも物騒な言葉が聞こえた。だがもし魔蟲が飼われることを決断しなければ結局は俺たちの手で駆除されるしかない。


『さて、納得してくれかな?』

「だがどうする?」

『普通に話をするだけさ』


 リュクディゼムは音も立てずに前に進みだす。


 当然、蜂たちはそれに警戒して『母体』を守ろうとするが


『静まりなさい』


 リュクディゼムの言葉で蜂は動きを止めて、戦意を落としていく。


『そこの者前へ』


 今度の念話で『母体』が徐々にだが前に出てくる。


『さて、君たちには選択肢がある、私に飼われるか、殺されるかだ』


 なんとも率直に伝えるなと思っている間もリュクディゼムは蜂に向けて先ほどの条件を述べる。


 そしてすべてを終えれば


『もし受け入れるなら、地に頭を垂れよ』


 ブブブ、ブブ……


 蜂はゆっくりと地面に降り立つと、その頭を地面につけて伏せの姿勢を取る。


『バアル、これで彼らは私の物だ。いいね?』

「ああ、だが、どうやって彼らを連れていく?さすがに今のままであの雲を越えられるとは思えないが?」

『それはこうするだけさ』


 しばらく観察しているとリュクディゼムの服となっている蔦が蠢き始める。そして端の方の蔦が伸びて、それぞれの蜂の目の前に例の実を成していく。


『それが、最後の確認だ。どうする?』


 リュクディゼムの優しそうで怖い問いかけに蜂たちは恐る恐るその実を受け取り、食し始める。


(しかし、魔蟲に念話か)

『なんじゃ?魔蟲には使えんと思っていたのか?』

(いや、アルムから他種族にはとてつもなく使いにくいと聞いていたからな)


 念話を習得した際に相手の波長に合わせることが重要だとアルムから聞いた。それは言い換えれば壊滅的に波長が合わなければ念話はまずできないということでもあった。ウルと最初にあった際に微妙に聞き取りにくかったことがその証明だろう。


(それ以上に絶対的な被食者、捕食者の間での念話はやるだけ無駄だろう?)


 念話を使える空腹なライオンがいるとき、シマウマを襲う場合に懇願や怨念を感じ取れてもなんの得もない。懇願で逃してしまえば飢えが待っており、怨念を受けると下手にメンタルが弱い個体であればそれだけで精神が病む可能性もある。


(そう考えれば共存関係のみの他種族に使うのがいいだろう?)

『まぁ、その通りじゃな』


 魔蟲は獣人・・も捕食していた。そう考えれば俺が念話でコンタクトを取る意味があるとは思えない。


『さて、バアル、私は彼らを連れて帰るよ』

「わかった、このことはヨク氏族の連中に伝えても?」

『いいよ。ただもうあの子たちは私の庇護下にある。その子の様に憎悪が溢れそうなら少し考えてくれると嬉しいけどね』


 リュクディゼムの言葉で横を向いてみると何とも複雑な表情のファルコがいる。


「ファルコ」

「簡単に飲み込めと言うのは無理だ。蜂の魔蟲によってヨク氏族の戦士にも死者が出ている」

『まぁ、絶対に飲み込めと言うつもりはない。あくまで最低限の折り合いはつけてもらうと』

「わかっています。天樹・・様」


 ファルコはリュクディゼムの念話を受け取ると静かに跪き敬意を表する。


『バアル、もし力が借りたいならいつでもいらっしゃい。歓迎するよ』

「ありがとう、リュクディゼム」

『ふふ、では』


 その言葉を最後にリュクディゼは蜂の群れを引き連れて雷閃峰にかかる雲の中へと消えていった。


「あ~俺たちも戻るか?」

「そうだな、ハーストさんにどうなったか説明したいし」


 俺たちは何と言ったらいいかわからない表情になりながら氏族の村へと戻る。
















「いないと思ったが、そういうことか」


 日が暮れるとハースト達が帰ってくる。そして双方ともに話すことがあるため、ハーストの家で酒を飲みながらお互いの事情を説明しあうことになった。


「最後の『母体』だが、それでいいか?」

「ああ、こちらとしては数ばかりの雑魚ばかりで肩透かしを食らったぐらいだからな」


 どうやら囮にするためにした魔蟲は数だけを誇る雑魚だったらしい。


「それとバアルが来た理由は縄張りに関する話だったな」

「ああ……ようやく本題に入れるよ」


 残った『母体』というアクシデントのおかげで本題に入るのが夜となった。


「事前の話だとヨク氏族が使う分を確保できれば残りを縄張りとしていいと聞いているが、その言葉に偽りは?」

「ない、正直なところ持っていたところで腹が満たされるわけでもない。前にも言ったが、俺たちは一生で拳一つ分で十分だ」

「言い換えればヨク氏族全体でもそこまでの量にはならないということだな?」


 こちらの問いかけにハーストは頷く。


「一応聞くが俺がすべての鉱床を縄張りにしたいと言ったら?」

「当然反発が起きるだろうな」

「もし、ヨク氏族であれば自由に採掘を認めるとしたら?」


 するとハーストは難しい顔になる。


「是と言いたいが、すべての土地を所有する時点で長老共の賛同は得られないだろうな」


 キクカ湖を蒸発させたことに対して傍観しているにも関わらず慰謝料として土地を分捕ろうとしたあの長老たちのことを思い出せば、確かにやすやすと賛同は得られないだろう。


「妥当なところで、雷閃峰の山肌にあるすべてを縄張りにするぐらいだな。もちろん雷閃峰には自由に入らせてもらうが」


 飛翔石が取れる6か所の内5か所が雷閃峰の山肌に存在している。そう考えれば十分とも感じられる。


(ほとんどの飛翔石が取れる、か……本音は産出するすべての飛翔石を牛耳りたいところだが、今は技術の独占をしている時点で納得をするか)


 産出地のすべてを牛耳ることは容易ではない。なにせヨク氏族との兼ね合いで最低限の飛翔石はそちらに流さなくてはいけない。また雷閃峰の先にいるヨク氏族の同胞も空を飛んでいるという、ならそちら側に産出地がないとも限らないため、完全な独占とは言い難かった。


「こちらとしては異存はない」

「よし、決まりだ。これから長きに渡り友好が続くように、乾杯」


 ハーストの差し出した器にこちらの盃をぶつけて答えてやる。









 ハーストと話がついた明朝、長老に話を通しに行き、雷閃峰の山肌にある採掘場をすべて縄張りにすることが決まった。ヨク氏族への用事はこれだけなので、その後は飛空艇に乗りリクレガへと戻っていくことになった。

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