第259話 どちらが優勢というのか
〔~バアル視点~〕
「ふぅ~~~~最悪を引き当てた様子だったが、何とか修正できたな」
通信機から会話内容を拾っていたが、まさか、こちらの言葉を碌に聞きもしない人物にあたるとは思わなかった。
『さて、クラーダ第六師団長、なぜ貴様は彼らを弑逆しようとしている?』
『それは……そうです、彼らは交渉の意志などなく、総司令官殿の暗殺を企てていたのです』
『たった三人でか?』
『ええ、そうです』
どうやらクラーダとやらはどうしてもこちらに罪を着せて処分したい腹積もりのようだ。
『お前たちはそのつもりがあるのか?』
『あるわけなかろう。坊やに話を聞いて旗のことを教えてもらったというのに。こちらの要求は停戦交渉するためだけじゃ。断じて戦闘の意志はない』
『ふむ、クラーダ、お前は彼らが総司令官を暗殺するつもりだというのだな?』
『はい』
『そして獣人の老婆よ、おぬしらはただ停戦交渉に来たのだな』
『その通りじゃ』
この場の主導権をエレイーラが握ったことで、話がよく進みそうだった。
『なら話は簡単だな、私が話を聞いてそれを総司令官に伝えればいいな』
『あまりにも危険です!!』
『危険?『
『うぐ、それは』
さすがにエレイーラの口喧嘩には先ほどから聞いていたクラーダでは勝てないのだろう。
『それにこの部屋の厳重さで言えば、彼らに反撃の余地などないだろう。さて、クラーダお前はこれでも危険だと申すか?』
それからエレイーラとクラーダのやり取りが聞こえてくるがすべてがエレイーラ側の優勢で終わった。
また唸るような声が聞こえると、何やら多くの足音が聞こえてくる。
『エレイーラ様、私は彼らを危険視していたことをお忘れないようにお願いいたします』
その後、石畳を叩く音が聞こえてくる。どうやらクラーダは部下を引き連れて、部屋を出ていったらしい。
『さて、まずはこの陰険な場所から移動しようじゃないか』
(ついでにヒントを与えておくか)
エレイーラにもはや手段がないことを伝えるためグレア婆さんに一つの伝言をしてもらう。
〔~グレア婆視点~〕
(ふぅ~肝が冷えたわい)
話が通じない馬鹿に殺されそうになった。あの場では儂もエナもティタも【獣化】ができないため、助けがなければ命を落としていただろう。
「さて、一応確認するが、バアルは元気かい?」
先ほどの嫌な部屋を出て、同じ建物の通路を歩いていると恩人ともいえる彼女が振り向き訪ねてくる。
「まぁのぅ、元気にはしておると思うぞ」
恩人ではあるのだが、クメニギスの王族ということでややぎこちない返答をしてしまう。
「ああ、そう邪険にしないでもらいたいね。私はどちらかという味方に近い。まぁ今はと付くがね」
その後、彼女は儂から視線を外すとついて来ている二人に視線を合わせる。
「まぁ君たちがいるということはもう決めに来ているのかな?」
儂には何を言っているのかよくわかっていない。そしてその時、口の中の物が反応する。
『グレア婆さん、エレイーラに伝言を頼む』
いきなりで驚いたが、すぐに落ち着き、内容を聞く。
「エレイーラ殿」
「なんだ?」
「事前に預かっていた伝言じゃ『被害が出るかどうかはお前次第』」
今伝えられた伝言を伝えると、彼女の綺麗な表情が微かに動く。
「へぇ、となるとやっぱり―――」
彼女は歩みを止めずに何かをつぶやきながら進む。
しばらくたつ頃には人族の姿がちらほらと見えるようになる。そして一つ部屋の前で、彼女は足を止める。
「君たちにはこの部屋で待っていてもらうがいいな?」
「それで交渉ができるのなら」
儂たちは案内された部屋の扉を開ける。
中は先ほどの部屋とは違い、しっかりと机やソファ、そして調度品などが飾られていた。
(どうやら、それなりの扱いをしてくれるようだな)
儂らは中に入り、ゆっくりとソファに座り込む。
「すまないが、私は総司令官に話を通してくる。しばらくここで待っていてくれ」
そしてこの部屋の中には儂らだけが取り残されることとなる
「エナ、この部屋はどうじゃ?」
「何も感じないから問題ない」
エナの言葉から何かが仕掛けられているということはないらしい。
「バア」
『待て、俺の名前を出すのは無しだ』
再度、交渉内容の確認するために、話しかけると件の人物に止められる。
「了解じゃ、それより、交渉内容はあれだけでいいのか?」
『ああ、それと俺の出した手紙を渡すのを忘れるなよ』
バアルから預かった手紙、これがあれば停戦交渉は成りえると聞いている。
(はてさて、どうなることやら)
コンコン
しばらくすると扉が叩かれる音がする。
「入っていいぞい」
「失礼する」
入ってきたのは先ほど別れたエレイーラだった。
「総司令と話がついた、今から移動してもらうつもりだが、いいな?」
「もちろんじゃ」
彼女の言葉で重い腰のを挙げて移動する。
「ようこそ、獣人の使者よ」
案内された部屋は戦場の雰囲気だった。壁際には多くの人族が立ち並んでおり、儂らを囲う様に配置していた。そして人族の中心人物は部屋の中心にある机の前に立っており、その背後に腕利きと思われる兵士が数人立っておった。
(殺されることはないと思うが、まぁよかろう)
儂らは殺伐とした雰囲気の中その中心人物の前まで進む。
(しかし、あのバカ者もいるのか)
壁際に控える者の中には先ほどこちらを殺そうとしていた者もいた。またここまで案内してくれたエレイーラは部屋に備え付けられているソファにて事の成り行きを見守っていた。
「私は総司令官を拝命した、第四魔法師団団長クレイグ・エル・ディゲインという」
「儂は、お前たちの言葉ではグレアという」
お互いの自己紹介が終われば、ともに用意された椅子に座り交渉を始める。
「さて、殿下より、ある程度の要求は知っているが今一度語ってもらうぞ」
「ああ、そのつもりじゃ(何とも戦場とは違う緊張感よのぅ)」
乾き始め唇を濡らし、口を開く。
「まず最初に告げる。儂らが日が暮れるまでに生きて帰らねばそちらが交渉に同意しても無意味になることを覚えておいてほしい」
「そこは安堵しておいてもらいたい。私たちも交渉旗に応えたからにはそちらを無事に返すつもりだ」
「なら安心じゃのぅ。さて本題だが、知っているとは思うが儂らの目的は停戦交渉じゃ」
周囲の反応は、眉をしかめるなどの反応はあったが、驚きの色はなかった。
「ああ、事前の話で知りえている。だがここで聞き返そう、どちらが優位に立っているか理解しているのか?」
「無論だとも」
「ではその交渉に乗る意味はないと理解できているな?」
(どうやら、まだバアルの意図は露呈していないようじゃな)
こちらの手札をまだ悟られていないことに安堵する。
「クッハハハ」
「………何がおかしい?」
わざとらしく笑ったのが、向こうの癪に障ったのか壁際にいる多くの連中の表情が怒り模様となった。
「どうやら、まだ現状を理解していないようだな。お主らはすでに壊滅寸前じゃぞ」
「……そっくりと返させてもらうぞ」
「いや、お主らはわかっておらん。確かにこのまま耐え凌げばいずれ学院とやらが我らに有力な兵器を開発するじゃろう」
「そこまでわかっていて、なぜお前たちが優勢だと思っているのか理解に苦しむ。それに仮にお前たちから攻め込むのは無謀だとも知らないのか?」
「いや、無謀ではない」
「いや、無謀だ。さらにはお前たちが捕らえた例の少年のおかげでゼブルス軍も援軍としてこちらに来ていると知らせが」
カシャン
食器の音が大きく鳴り、話し合いの内容が途切れる。全員がそちらの方角を見てみると、いつの間にかお茶を嗜んでいたエレイーラの姿があった。そして音の正体だが、ティーカップがソーサーにぶつかった音だった。
「そうか、そうか、やはりか、なるほど」
エレイーラは周囲の目にも気にせず何度も何度も納得の言葉をつぶやく。
「どうなされました殿下」
「いや、何でもない、続けてくれ」
エレイーラは近寄ってきた高官の一人の声で呟きが止まる。そしてエレイーラの言葉で交渉は再開される。
「んん、続けるぞ。お前たちが捕らえたバアル・セラ・ゼブルス、彼を助けるべくグロウス王国から8000の援軍がやってくる。これを踏まえなくてもすでに我らの軍は貴様らの数倍の規模を誇る。さて、お前たちの勝機はどこにあるというのか」
クレイグの言葉で周囲から嘲笑が漏れる。
だが極数人だけは青い顔をしていた。
(気づいたものもいるようじゃな)
だが今さらそれに気づいても、もう遅かった。
「まぁ、考察はどうあれ、こちらの提案は三つじゃ。
一つ、まず停戦期間は締結から100日が訪れるまで。
二つ、停戦の意志があるなら明日の朝日が昇り太陽が頂点に来るまでに山脈間の前に総司令官、および副司令官が訪れること。なお、護衛は各々20人まで許容する。
三つ、そしてその停戦がなされた時、バアル・セラ・ゼブルスの返還を約束する。」
儂は事前にバアルに聞き及んでいた条件を告げる。
「それがそちらの主張か?」
「そうじゃ」
「なら今答えようそれは「そ、総司令官殿」……なんだ?」
今ここで交渉を不成立にしようとすると、先ほど青い顔をしていた人族の一人がクレイグに近づくと何かを耳打ちする。
「答えは明日までに出してもらえばいいわい。さて、言いたいことはこれだけじゃ。儂らは帰るとしよう」
「では私が外まで送ろう」
全ては言い終えたと思い、席を立ちあがると、ゆっくりとお茶をしていたエレイーラが立ち上がる。
「それと、クレイグ師団長。こちらの要求を書き記した手紙じゃ」
懐に手を入れ、あらかじめ預かっていた、手紙を机に置く。
「多少の譲歩は聞くつもりじゃが、それはそちらの対応次第じゃな、行くぞ」
儂はエナとティタに告げて、部屋を出ていく。
『上出来とはいえないが合格点だな』
(どうやら役割は十分に果たせたようじゃな)
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