第247話 そろった配役
それからすべての部屋の中をのぞき、様子を確かめるのだが先ほどのレティアほど今の生活に不満を持っている女性はいなかった。
その理由だがやはりというか、予想通りというのか、彼女たちは伯爵が彼女たちを保護して、見初めたと思っているらしい。この場所も奴隷という体裁があるためと思っている。部屋の内装からその言葉に信憑性が持たされており、彼女たちは伯爵の優しさを信じ切っていた。
その点、エトナに疎まれていたからか、それとも伯爵の気まぐれなのか、わからないが、レティアは伯爵の本性をすでに知っていた。
ならば使う者は自ずと決まる。
先ほどと同じ部屋に戻るのだが
「ごめんなさい…………ごめんなさい…………」
レティアはうつむき未だに謝罪の言葉をつぶやいている。
「おい」
「ごめんなさい………ごめんなさい………」
「はぁ~」
話しかけても返答がない。それも光学迷彩を解き完全に見えるはずなのにだ。
明らかに精神がやられていた。ならば効果的な方法を取らせてもらう。
「せっかく
「ごめんな、へ?」
レティアは恋人の名前を出したら謝罪するのを止めて、ようやくこちらを見た。最初は顔を隠し、このような場所にいるのを訝しんでいた。だがマークの名前を出したのが効いたのかとりあえず精神は立て直すことが出来たらしい。
「う、嘘よ。マークは村が襲われたとき、私をかばって」
「信じるかどうかはお前次第だ」
「…………」
こちらの言葉でほんの少しでもそのマークとやらが生きている可能性を信じ始めた。
「あ、あなたは?」
「俺はロキ、お前を助けに来たって言えば信じるか?」
どうやら目の前の女性を使うにはある程度信じ込ませる必要があった。
「あなたが?」
「ああ」
「なぜ?」
「頼まれて」
「誰から?」
「さっき言っただろう?」
「………マークは生きているの?」
「さぁな、お前の言うマークと俺が言うマークが同一人物かはわからないから答えようがない」
かなり危険性の高い嘘を織り交ぜているが、目の前の女性が使えないなら結局は場所を変える必要が出てくるため、問題ない。
「本当に助けてくれるの?」
ようやく彼女自身からその言葉が出て気た。
「ああ。ただその代わりにやってもらいたいことがある」
「………何をしてほしいのですか?」
「何簡単だ。ある場所で、お前がグロウス王国から連れ去れてた国民だということを証明してほしい」
「……………え?」
レティアの表情は明らかに拍子抜けしていた。
「あの、それだけですか?」
「ああ、だが、これは今じゃない」
そう、これはいまではない。ある場所でしっかりと、その行為を果たしてもらわなければ何の意味もなくなる。
「その時になれば連絡する。それまで生き延びろ」
「今すぐ…………連れだしてはくれないのですね」
「ああ、こちらの都合が整ったタイミングでお前を脱出させる。そしてその後、しっかりとグロウス国民であることを証明してほしい」
「どうやって証明すれば………」
今の彼女にすぐに国民だと証明する手はない。だがそれは今すぐなだけであってやりようはいくらでもある。
「お前はあるグロウス王国のとある地方の領主に言い寄られていたのだろう?その領主に証明してもらえるとでもいえば問題ないだろう」
「そうです…………なぜそのことを?」
「何お前が売り出されていた、あの場に俺もいたからな。何よりある程度お前のことは聞かされた」
あのエトナという女性に感じた既視感。目の前の女性がエトナの姉、そして名前がレティア。さらには違法奴隷となれば思い出すのは簡単だった。
この目の前にいる女性はアズリウスの裏オークションに出されていた、あの女性だった。
「あの場で見て見ぬふりを」
「ああ」
「ほかにも同じような人たちがいるのに」
「ああ」
レティアが立ち上がると鉄格子のすぐ近くまで寄ってくる。
「あの、光景を見て何も思わなかったのですか」
涙目になりながら弱弱しい視線でこちらをにらんでくる。
「ああ、あの時は他人だっただろう?なによりあの場にいたからこそ、こうして探し出せるに至った」
「っっっ」
レティアは言いたいことがありすぎて喉を詰まらせていた。
「それよりも気をつけろ」
「何をですか」
「俺はとある事情があって今すぐには助けられない。そして伯爵は今晩も違法奴隷の一人をベッドの上で殺した」
「っ」
ここまで言えば理解できるだろう。今すぐ助けることが出来ないとなると助けるまで生きながらえなければいけないことになる。
「それで聞きたい、伯爵はお前のことをどう扱っている?」
「私の口から出せと?」
「ああ、こちらとしても目的があって動いている。頼まれたとはいえ本来の目的が達成できなければお前を助ける意味はない」
協力者に仕立て上げたはいいものの、事を起こす前に伯爵に壊されたら水の泡と消える。
「彼はどうやら私を無理やり、する、のが、すき、なようで、定期的に、連れていかれます」
「どのくらいの頻度で?」
「7日に一度あるかないかです」
「以前連れていかれたのは?」
「4日前です」
話が本当ならあと三日後にレティアは抱かれることとなる。そしてその時にもし殺されでもしたら、ここで助ける意味がなくなる。
「なら今まで通りにしろ。違和感のない日常を過ごし、長く生きながらえろ」
どのような意図があれまだ生かされている。ただ四年という長い間生かされたため、いつ飽きられてもおかしくないのだが、妹であるエトナといればまだ利用する理由にはなるためもうしばらくは時間が稼げると踏んだ。
「そうすれば………またマークに会えるのですね?」
レティアは期待が見え隠れする瞳でこちらを見返してくる。
「さっきも言ったが、信じるか信じないかはお前次第だ」
「はい、わかりました」
最後にレティアは最初の弱弱しい声ではなくしっかりと芯のこもった声で返答してきた。
それからできるだけの情報をレティアから聞き出すと、城の中で隠れられる場所を探し、そこでロキを停止する。
「ふぅ~」
端末を外し、深く息を吐きだす。
(これで、標的は決まった。あとは嵌めるための確証をあいつに与えるだけだな)
本当ならあの場からレティアを連れ去ってもよかった。だがそれでは先々で調べ事が始まる際に言い逃れできてしまう部分が出てきてしまうのでしっかりと物的証拠を出させる必要があった。
「そして次に」
今度は通信機である人物に連絡する。
『どうしたんだい、急に?すでに軍ならそっちに派遣しているよ?』
「それはわかっている。今回の要件は以前頼んでいた、それとは別件のやつだ」
『ああ、以前言っていた足の速い部隊だっけ?』
「そうだ」
ここまでの会話でわかるように今連絡しているのはアルムだ。
『手配は終わっているよ。あとは僕の言葉一つで、動かせるさ』
すでに動く準備は完了しており、あとは指令一つでどのようにでも動かせるという。
「ならちょうどいい、その部隊をディゲシュ伯爵領に送ってもらいたい」
『ディゲシュ………ああ、クメニギスの北西部のあそこか』
なかなか名前が出てこなかったようだが、アルムがすべての地域を把握しているわけではないので仕方がない。
「そこで、少々派手に動いてもらいたくてな」
『例のやり方で?』
「ああ」
おそらく通話の先のアルムも、今通信している俺も笑みを浮かべていることだろう。
「了解、すぐに送るよ」
『連絡方法だけど』
「そっちは飛ばし文で連絡して、到着したらこの通信機で連絡でいいだろう?」
今ノストニア側にある通信機はアルムに渡したもの一つだけだ。それを派遣する部隊に渡しすのは少々危険なため、元からある通信方法で向こうと連絡を取ってもらう方がいい。
『了解したよ』
そして通信が切られる。そして今度は通信先を変えようとするのだが
「ねぇ、何やっているの~~」
ベッドのすぐそばでレオネの声がする。
「お前こそ、何やっている?」
レオネはベッドのすぐそばの床で自室の布団などを引いてくつろいでいた。
「何となく?」
「………お前、またやったのか?」
扉の方を見てみると、鍵が開けられていた。
「まぁね、何となくいろいろやっていれば勝手に開くしね」
そういい、【獣化】した手を見せてくる。その手の先には引っ搔くことに長けた、長い爪があった。
「はぁ~壊さなくなっただけまだましか」
本当に最初では力づくで鍵を壊してから侵入していた。それと比べればまだ進歩した方だろう。
(ただ、こちらの方向に進歩してもな)
今度レオンにあった際は本当にレオネを何とかするように伝えようと思うほどだった。
「で、どう?私はそろそろ終わりそうな気がするんだけど?」
「何を根拠に?」
「勘だね~~」
そういって床に寝そべるレオネ。
(勘、か)
第六感というやつなのだろうが、この世界ではその感覚は馬鹿にできなかった。実際はエナもユニークスキルにて明らかにそれに似た類であり、ルナも【危機感知】という通常の五感では感じえない何かを持っている。
(それに加えてレオネは【獣化】先にそれらしい文字が並んでいたからな)
エナほどではないがそれなりの勘とやらを持つのだろう。
「レオネ、ある程度は許容するが」
「わかっているよ~最後の一線は越えないから」
レオネの返答には目を細める。ある程度は寛容でいるつもりなのだが、この返答でレオネはそれを理解していてこうした行動をとっていることになる。
「それに本当に私がバアルに攻撃を仕掛けると思う?」
「場合によってはな」
「が~~ん」
俺が即答したことに対して大げさにリアクションを取る。だが実際俺が獣人の敵となれば攻撃してくるだろう。
「レオネ」
「あ~やめやめ、真剣な話はエナ姐ぇに持って行って。私はおちゃらけた話しか興味ないから」
本気で釘を刺そうとするのだが、レオネは回避する。以前フロシスで起こした件を本当に覚えているのかと問いただしたい。
「はぁ~レオネ」
「は~い、お邪魔虫は退室しま~す」
本当に機嫌が悪くなったのが理解できたらしく、レオネは引いてある布団を抱えて部屋の外に出ていく。
「………イピリア」
その後姿を見送ると俺に宿っている精霊の名前を呼ぶ。
『問題ないじゃろ?何より、お主は疑いすぎじゃ』
イピリアは何の悪びれもなく表に出てくる。本当は何度も苦情を入れているのだが、最近ではイピリアもレオネならいいだろうと判断し、接近してきても反応してくれない。
『しかし、本当のところどうなんじゃ?』
「何がだ?」
『この戦争は終わりそうか?』
「ああ、手はずが整えば必ず」
(俺を助けるためにルンベルト地方に向かうのはゼブルス家の軍隊5000、ノストニアの軍3000の計8000。それに加えて近衛騎士団が申し訳ない程度、もしこれらが公にクメニギスに敵対する理由ができたとしたらどうなるだろうか)
この一手が無事に終われば、あとはクメニギスの詰みとなる。そしてこの描きかけている絵を理解すればエレイーラも動いてくれることとなるだろう。
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