第243話 そろい始めた手筈

 『飛雷身』、それは雷となり高速移動することができるアーツだ。これだけ聞くととても便利そうなアーツに感じるが、いくつかの条件が存在している。


 一つ目が距離により魔力の消費量が上昇すること。一度の発動だけでどこまでも飛んでいくということはまずできない。自身の魔力量に応じて跳躍する距離が決まる。


 二つ目に移動先を視認していること。目標を定めるためにはどうしてもその場所を把握している必要がある。たとえ真っ暗な部屋の中で何がどこにあるか把握しているとしても発動することはできない。


 三つ目、最後に移動した先に体を収めるスペースがあること。例えば手のひらサイズの箱を持ち、中をのぞき、その中に飛ぼうとしても元の体の体積が入りきるはずもないため、発動はしない。


 この三つが『飛雷身』を発動する際の条件となる。


 そして今度は飛雷身の利点だが、これは何といってもその速度だった。雷にはいくつか種類があるが、その中で最も遅くても秒速200km/s、時速に換算すると約72万km/hとなる。これは移動中の速度であるため、俺からしたら瞬間移動にしか感じられない。


 さらにはもう一つ、『飛雷身』には隠された能力があり、それが雲に向かって、飛べば雲の中を魔力消費なしで自由に移動できることだ。もし仮に世界中が雲に包まれているのなら、たとえ星の反対側でも10分もかからない程度で到着できてしまう。ただ、それは理想論であり、雲がないのであれば自身の魔力で事足りる距離にしか移動することができない。


 そしてもう一つ、俺は千年魔樹エンシェントトレントを発想の元にし、魔力を自由に供給できる魔道具を開発していた。もちろん魔力は魔道具を伝わって俺まで届くため、魔道具が近くにある場所でしか使えないが、逆に言えば魔道具のある場所では事前に溜めておいた魔力が自由に使い放題となる。


 つまりは―――














 何度も雲から雲へと飛ぶ。まだ数分もたっていないのに、雲の中から見える風景は先ほどとは完全に変わっていた。


 それもそのはず、先ほどまではフロシスからさほど離れていない場所だったのに対して、現在はクメニギスの北部に来ていた。


(あそこがいいか)


 ヒュン


 魔力供給装置“インフィニティ”が使えるギリギリの範囲に降りる。


(周りには誰もいない……な)


 周囲を見渡すが、何の変哲もない森の中でしかなく、人がいる気配はなかった。


(ここから範囲を広げないとな)


 ここで魔導人形“ロキ”を取り出す。そして同時にノートパソコンも取り出す。


『どうなされましたか?』

『こっちの現在地を把握しているな?』

『はい。現在はクメニギス北部エルフェナ男爵領ですね?』


 画面に周囲の簡易地図が表示される。


『その通りだ。それと今ロキを近くに配置した、ロキを自由に動かして、北部から北西そしてフロシスにたどり着くように所持している中継機を配置しろ。もし足りないなら工房にある魔導人形を自由に操作する権限を一時付与する』

『了解しました。現在ロキが所持している超小型中継器の数、計250。大きな街道、町村の周囲に配置するだけなら問題ありません。街道を離れた村でもとお思いならその4倍もの数が必要となります』


 地域全体ではなく、移動するための道と町中で活動するだけであれば事足りるとのこと。


『ではロキには街道や町に中継器を順次設置。その間に輸送型である第三魔導人形を一体使用し、中継器を供給。届き次第、その二体を使用し、再び順次配置しますが、よろしいですか?』


 第三魔導人形は輸送に適した作りとなっていた。


『じゃあ、その手はずで動いてくれ』

『かしこまりました』


 ノートパソコンを『亜空庫』に仕舞うと、何も操作していないのにロキが動き始める。


『それでは始動いたします』


 ロキはゆっくりと礼を取り、その後、自ら歩みを進み始めた。


(これで、俺のやることは終わった。あとは待つのみだな………)


 息を吐くと少しだけ白く色づく、本格的に冬に入り始めていることに少々焦りを感じてしまうが、ここまで来たらあとは待つしかなかった。














 ロキを北部に配置し終えると、その後は北部ではもうやることはないため、再び、レオネ達がいる町へと戻る。


 そして宿に戻ってから5日経つ頃、ついにルナから通信が来ることになった。












『――――――以上が、違法奴隷を所持しているリストになります』


 窓から月明かりが差し込む中、通信機からグロウス王国から攫った奴隷を所持する人物が報告された。


「だいぶ北西部に偏っているな」


 ルナからの報告をノートパソコンに書き込んでいるのだが、主に西、それも北西部分に領地を持つ貴族がリストの半分ほど並んでいた。


『鉱山地帯ですからね。労働用の奴隷を多く持っているためか他よりも隠しやすいのでしょう』


 木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ということなのだろう。それに加えてグロウス王国から遠ければ遠いほど発覚するリスクは少なくなる。


『それに鉱山で働かされている奴隷はいつ死んでもおかしくありませんからね、証拠隠滅するのはたやすいことなのでしょう』

「だな」


 鉱山で落石や毒ガスで命を落とす奴隷は数知れない。もし不祥事が発覚しそうになっても、違法奴隷を葬り去り、鉱山の事故で死んだとすれば真実は闇の中へと消えることだろう。


「ちなみに、エルフの奴隷を持っているやつはいたか?」

『申し訳ありません。こちらではそれらは確認が取れませんでした』


 ルナは申し訳なさそうにする。グロウス王国の違法奴隷ならほかの人族の奴隷と共に運送できたりするため、比較的にたどりやすいのだろう。だがエルフとなると問題のリスクは跳ね上がるために、ほかの奴隷と一緒にといった形はとることができない。行うとしても少数精鋭が、非合法のルートを通って運送しているはず。そしてそこまでのルートを影の騎士団が詳しく把握しているとは思えなかった。


「しかし、意外に数が多いな」

『………はい』


 ルナからの報告では貴族の名前、領地の場所、そしてグロウス王国の違法奴隷の大まかな人数を報告してもらったのだが、その数が優に百を超えていた。


『特に北西部で三番目に大きな鉱脈を持つディゲシュ伯爵は無類の女好き。見目麗しい女性がいたら違法奴隷でも買い漁ることでしょう』


 ルナの声からは明確な嫌悪の感情が感じられた。


(ここまでの情報があれば十分か)


 情報は詳しいに越したことはないが、現段階でも十分に行動に移すことができる。


『報告は以上となります』

「ああ、ご苦労様」

『はい、ではほかに何かあれば連絡ください』


 そういって通信が切られる。


「さて」


 通信機をいったん横に置き、今度はノートパソコンを操作する。


(現時点で北西部の主要な町には中継機を配置し終えた。あとは北西部から西に向けて配置するだけか)


 それが終われば、次の段階に入れる。


 ブブブ


 通信機に反応があったので応答する。


『バアルかい?』

「アルムか、どうした?」

『無事にこっちは大樹と話が付いたよ』


 どうやらアルムは人族を嫌っている大樹を一時的に味方につけることに成功したとのこと。


「なるほど」

『それで、2000の軍を派遣する話だったよね?あれの規模が少し膨らんでね、大体3000程になるかな』


 これにはいい意味で驚く。


「つまりは大樹の連中も、クメニギスの奴隷制度の崩壊を望んでいるわけか」

『だね、そうすれば少しは人攫いの数も減るだろうし、うまくいけばクメニギスの勢力をだいぶ削ぐことができると思っているようだよ。それに加えて、ノストニアの軍が人族と大規模に戦争して、エルフに人族の醜悪さを大々的に広める腹積もりらしいね』


 大樹には大樹の思惑があるみたいだが、こちらとしては願ってもない事態だ。


『それでね、軍をどう動かしてほしいのかを聞こうと思ってさ』


 アルムは俺がどのようなプランで動いているのかを知ってるが、それでもこういった点は綿密な話し合いが必要だ。


「そうだな……キビクア領にてゼブルス家の軍と合流してもらたい」


 ノストニアの軍が単体でクメニギスに入るには少々危険すぎる。なのでグロウス王国国内でゼブルス家の軍と合流してもらい、その中に組み込んだ方が問題が起きづらいだろう。


(父上の仕事がまた増えるかな)


 脳裏に嘆いている父上の姿が浮かび上がるが、無事に事態が終わった際に得られる利益で勘弁してもらおう。


『すぐに動いた方がいいかな?』

「いや、こちらで誘導する隊をルナイアウルに送り込む。その部隊の先導に従って軍を動かしてほしい」

『わかったよ。じゃあこっちの交易町にて軍を配置しておくから、迎えに来て』

「了解。それとだが」

『わかっている。軍の指揮官は僕が手配するし、君と僕の意図を教えておく。それに君の意見をできるだけ聞き入れるようにも指示しておくさ』


 軍の指揮権をアルムの意図を理解していない連中に渡すのは危険だと釘を刺そうとしたが、アルムはすでにその危険性を理解していた。


「すまんな」

『いいさ、こちらとしても理があるし、なにより義弟の身が心配だからね』


 しらじらしい言葉に思わずお互いに笑ってしまう。


「それともう一つ軍とは別にエルフを手配してもらいたい」

『例の計画用かい?』

「そうだ」

『数は?』

「一部隊丸々だな」


 アルムはどのようなことをするのかを理解しているためになぜと聞き返すことはなかった。


「場所はおいおい説明するから、すぐに動かせるようにしておいてほしい。それも速度に自信のある連中で頼む」

『わかったよ』


 こうして、ノストニアの軍隊が動き出し始めた。

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