第237話 聖都へと

 それから二人の話では、例の聖騎士長はフィルクの都市である、聖都イノスにいるとのこと。さすがに俺達だけで面会と言うのも無理な話なので、アルスラとリーティーと共にわざわざ聖都まで出向くことになった。














「さて、バアル。君は聖騎士長にどんな交渉を持ちかけるつもりかな?」


 アルスラとリーティーに話を付けた夜、エレイーラの招待で部屋でお茶会らしきものが開かれていた。


「さてな、それよりもエレイーラは動かなくていいのか?」


 俺は俺で動くことになるが、何も全て、俺の思惑通りに行くとは限らない。その時のためにエレイーラは自分の策を張り巡らせる必要があるのだが。


「なに、私もどちらにせよ聖騎士長に会わなければいけなかったからな。そこまで便乗させていただくさ」


 エレイーラの従者が出したお茶をゆっくりと吞む。


「にしても君とだけおしゃべりするのも寂しいもんだね」


 エレイーラの視線は窓の外に見える教会に向けられていた。


 実は俺以外にアルスラとリーティーも招待を受けていたが。


「あの二人は用事があると言っていただろう?」


 アルスラとリーティー両方ともそれなりの地位を持っているがゆえに、気軽に飛び回るなんてことはまずできない。融和派の中で話を通し、聖騎士長に事前の面会の手紙を書いていることだろう。他にもこの町の教会に明日いなくなることを説明し、様々な業務を割り振ったりする手間がかかるはずだ。


 その点、俺はエレイーラに話があったのでちょうどよかった。


「にしても、彼らはいいのかい?」


 エレイーラの言う彼らとはエナ達の事だ。


「ああ、仕方ない」

「いや、仕方ないといっても、下手したら命を取られる可能性もあるだろう?」


 正確には俺達の動きで不審な部分があれば、すぐさまエナ達が処断されることを意味している。


「既にエナとティタは俺の配下だ。俺が人質として使っても何も問題ないだろう」


 エナとティタの扱いは俺に一任されている。もちろんあいつらの命をやるつもりは無いが、人質ぐらいには容赦なく使うつもりだった。


「じゃあ、あのレオネという娘は?」

「あいつは自ら俺達に付いてきた。ならこういった扱いも承知の上だろう」


 なにより、今は時間がない。本当に手っ取り早く動くためならあいつらの命を担保にしてでもという程に。


「しかし、サルカザか」

「何か引っかかるところがあるのか?」

「いや、何度か会ったことがあるが、ごく普通の真面目で有能な男だったはずだが」


 過去にエレイーラがサルカザと会っていてもおかしくない。なにせ片方は王女で、もう片方は枢機卿だった男だ。


「まぁ、今はどうでもいいか」


 エレイーラは些細な事と判断し、思考をいったん放棄する。


「話を戻そう。彼らは今後どうすると?」

「リーティーの話だと、俺達が戻るまでこの町の懲罰房に収監させるらしい」


 いくらクメニギスと言ってもエナ達が気軽には出歩ける土地ではない。だったら、罪人用の檻を用意し、そこに入れておく方が手っ取り早いのだろう。


 懲罰房の看守に話を通しておけば問題もないだろうし、何より俺が裏切った際に簡単には助け出すことができなくなる。もちろんそうすることで俺への信用も増す。


 またライルに関してだが彼は三人の檻の中に一緒に入れておくつもりだ。なにせ毒で縛っている時点で彼はティタと離すことができない。もちろん俺達がいないうちに喋る可能性はあるが、その場合はエナたちが処理してくれるだろう。


(……本当に邪魔だな)


 ここで殺すこともできるが、エレイーラが所望している人材であるので、簡単に殺すことはできない。


(…………)


 一つの疑念が再び頭の中に浮かび上がるが、再び頭の隅へとおいやる。


「それでエレイーラはどんな手段で、聖騎士団を退かせるつもりだ?」

「それは君が失敗してからのお楽しみさ」


 エレイーラはそう言うと朗らかに笑う。とても戦争に関わる事柄を担っているとは思えない笑顔だった。


(まぁ問題ないか、もとより、こっちは一度しか切れないカードだ。場に出した以上最大限の効果を出して使い切った方がいい)


 それからお互いに裏を読み、穏やかにお茶会が終わる。


















 ガシャン!!


「うぅぅうぅぅ~~~」

「泣くな。ここから先はさすがにお前達には大人しくしてもらわなければいけない」


 翌朝、リーティーの取引通りエナ達を懲罰房に送り込むのだが。当然の様に不満の声を上げるレオネ。


「別にいいじゃん、一緒に行ったって~~」


 レオネは檻にへばりついているのだがエナはベッドに獣化したティタを敷き、寝やすいようにしていた。


「うぅぅバアルぅぅ」

「はぁ~無理な物は無理だ。別段お前たちに罰が与えられるわけじゃないからいいだろう?」


 あくまでエナ達がここにいるのは監視のためだ。当然ながら看守による体罰もあり得ない。証拠に反撃できるように枷を付けてはいない。


 看守もわざわざ猛獣がいる檻の中には入りたくないだろう。


「うぅ、じゃあせめて、毎食お肉にしてぇ~あと毛布もいっぱい頂戴」

「はぁ~」


 それで文句がないならと看守に毛布と毎食肉料理を届けるようにと金を渡し、手配する。
















 懲罰房の建物を出るとすぐ近くに用意されている馬車に乗り込む。


「遅かったな」

「すまない、一名駄々をこねてな、その対処に手間取った」


 そう言うとエレイーラはそれは仕方ないと肩をすくめる。


 馬車には俺、エレイーラの従者に加えて、リーティーとアルスラもいた。


「出発しますがよろしいですか?」

「ああ出してくれ」


 エレイーラの声でゆっくりと馬車は進みだす。


「さて、名無し殿。一応聞くが、サルカザの魔具の受け渡しはいつになりそうだ?」

「それは戦争が終わった後だな」


 そう言うとリーティーが眉を顰める。


「なぜだ?私たち、融和派は聖騎士長との面会の場を整えればいいだけなのだろう?」


 余計な時間稼ぎは許さないと言う。


「簡単だ。今は手持ちがないだけだ」


 正直に教えてやると、さらに怪訝な雰囲気を漂わせる。


「疑いたくはないのだが、名無し殿がサルカザを倒した証拠を示してもらいたい」


 リーティーの目は俺が本当に約束を守るのかを推し量っていた。


「そうだな、サルカザの姿は完全に骨だったよ」

「………」

「そしてその姿の理由はそいつが持っていた『死の王冠』の効果だった」


 盗まれた魔具を言い当てると先ほどの怪訝な雰囲気が消える。


「なるほど、その情報を知っているということは本当に倒したらしいな」

「ああ、無尽蔵と呼べる魔力には手を焼いたがな」

「ではその『死の王冠』と『豊穣の儀式杖』を返してもらえるのだな」


 リーティーはサルカザがその二点を盗んだことを知っているようだが。


 だが


「『豊穣の儀式杖』?なんだそれは?」

「ん?」


 俺が聞き返すとリーティーは不思議そうな声を上げる。


「サルカザが盗んでいった魔具は二点ある。それが『死の王冠』と『豊穣の儀式杖』だ。持ってないはずがないのだが………」

「いや、サルカザを倒した時に奴が身に着けていたの・・・・・・・・は王冠だけだったが?」




『豊穣の儀式杖』それは、魔力の量次第で杖を中心とした土地を豊穣に導いてくれる魔具だ。当然農産地であるゼブルス領で使えばどれほど効果があるのかは図りしえない。しかも魔力は魔道具により無尽蔵とも呼べるほど集まってくるため、ゼブルス領すべてが豊穣の地に変わっていると言ってもいい。


 そんな便利な魔具を返還はするつもりはない。



「そんな………本当にサルカザは持っていなかったか?」

「ああ、サルカザは持って・・・いなかった・・・・・な」


 この言葉に嘘はない。


「そう……か、では王冠だけでも返還を頼めるか」

「ああ、それが条件だからな」


 リーティーは王冠は戻ってくると知って安堵の顔をするが、すぐさまではどこに消えたのかと考え始める。











 馬車は聖都イノスへと向かい始めて五日立つ頃。ようやく聖都イノスが見えてきた。


「やっぱり真っ白だな」


 聖都イノスは道中の町や都市と同様に真っ白の建物しかなかった。


「あれが教皇のお住まいになるフテラ大聖堂だ」


 リーティーが示すのは、聖都イノスの中で突出して大きい建物だった。


 形としては聖堂と言うよりも城に近い。また大聖堂の周りには城を囲うように9つの搭が立ち並んでいる。


「クメルスの魔法搭みたいだね」


 エレイーラの漏らした声に同意する。


 そして聖都なのだが、この世界では珍しく外壁がない。


 この世界では前世の動物とは比べ物にならないほど凶悪な魔物が存在している。ゼウラストやクメルスでもそうだが、それに備えるための防壁を作るのは当たり前の事だった。なにせ一匹の魔物が村を滅ぼすなんてことは珍しい事例じゃない。そのためには大なり小なり魔物を遠ざけるための措置が必要だった。


「どうやって罪人の判別を行っている?」


 当然ながら外壁の役割はそれだけではない。この世界で脅威なのは魔物だけではない、前世では考えられないが人一人で建物を全壊させるほどの力を持つ者は多く存在している。かくいう俺も条件さえそろえば難しくはない。


 もしそれが悪人だった場合、被害は甚大となるだろう。そのため、人の選別も町の入り口で行わなければいけなかった。


 だが見る限り聖都にはどの方向からでも自由に出入りできてしまう。


「大丈夫だ。悪人がこの聖都に入ることはまずない」


 リーティーは断言する。


(なんか引っかかる言い方だな)


 その方法を語るのではなく、絶対的にそうだと言う自信がリーティーからあふれていた。









 回答のような、回答のようではない答えにもやもやとしながら馬車は聖都の中に進んでいく。

















「ここを使ってほしい」


 リーティーの案内で聖都の中を進み、たどり着いたのは庭付きの豪邸だった。


「ここは私の家だ、今は私以外誰もいないから好きなように過ごしてほしい」


 荷物は全てエレイーラの従者に任せて馬車を降りる。またリーティーの先導で館の中に入る。


「………誰もいない?」

「ああ」


 リーティーの後に続いて、建物に入ると綺麗ではあるのだが人の気配はなかった。


「二階に空き部屋があるから好きに使ってくれ」


 リーティーに続いて二階に上がると、いくつか部屋があるが中はやや埃が溜まっていた。


「……すまないな」

「……使う前に掃除が必要だな」


 リーティーはこの状態を忘れていたのか小さな声で謝罪する。


「お任せください、お三方の部屋は私が綺麗にしておきます」

「うむ、頼んだ」


 この状態を見て、エレイーラの侍女が声を上げてくれた。そして三人とは俺の部屋、エレイーラの部屋、アルスラの部屋の事を指している。


「一応、定期的には掃除しているつもりなのだが」

「別に問題ないですよ」


 その後、侍女はリーティーに道具の場所を聞くと、早速掃除に取り掛かった。

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