第223話 三体の獣

〔~エナ視点~〕


(本当に鬱陶しい)


「『四連速射』」


 速攻で放たれた矢がまっすぐに飛んでくる。


「ふっ」


 だが、匂いでどこ逃げればいいのかがわかるため、今のところ矢は喰らっていない。だが厄介なの放たれる矢ではない。確かに威力もあり速度もある、だがそれだけだ。今も追いかけている・・・・・・・矢よりは対処簡単だろう。


「ふん」


 腕を【獣化】し、追いかけてくる爪で矢を打ち落とそうとすると、矢が自らの意識があるように攻撃範囲外に逃げていく。さらには、ほかの矢が同時に死角から襲い掛かっているため、逃げの一手になるしかない。


(しかも、この矢なんか嫌な匂いがする)


 さらにはこの矢から死の匂いが微かに漂ってきているため、受けることもできない。それも一つではない、すべての矢がうっすらとだ。


「は!獣が!!」


 弓使いは狙いを絞ると、鋭い矢を何度も放つ。


(………近寄れねぇな)


 矢の速度はかなりの物で、一定距離内ではまず避けるのは無理。となればギリギリ避けられる場所で相手の攻撃の合間を使って攻撃を仕掛けるしかないが、追いかけてくる矢がそれを許してくれない。弓使いが矢を放ち終わり、また構えるまでの時間で接近しようとしても追いかけてくる矢が邪魔をする。そのほんの少しの時間でも弓使いは矢をつがえ終えてしまう。そうなれば範囲内にいる時点で矢はほぼ必ず当たるだろう。


(はぁ、バアルも手伝う気はなさそうだし)


 視線を一度バアルに向けてみるが、少しだけ視線が合っても、すぐに視線がティタやレオネの方に向かう。


(相変わらず変な考えしているな)


 この場面で助けようとはせずに私たちの事を見定めている。戦っている仲間がいるのに手助けしない。そんなこと私たち獣人なら絶対にしない。


(やっぱ使わないとダメか)


 自身に死の匂いを当てるのが矢であるように、弓使いに死の匂いを当てる物がすぐ近くにあった。


(仕方ない)


 本来なら物に頼ることはあまりしないのだが、決め手がないのならやるしかねい。


 まず弓使いが弓を引き絞ると同時に避けられるギリギリの範囲に寄る。そして放たれた矢を避けて、弓使いに迫る。当然ながらそうなれば追尾してきている矢が回り込み、死角から襲い掛かる。


(今だな)


 腕に魔力を流し、ある物に向ける。そして思いっ切り土を踏みしめ、走り出す。


 本来なここでは追尾する矢の対処に回る必要があった。これは走る速度が矢よりも遅いため、弓使いにたどり着く前に自身が矢に射抜かれてしまうからだ。ただ、ここでの問題は矢に追いつかれてしまうからに尽きる。言い換えれば矢が当たる前に弓使いにたどり着きさえすれば、殺すことはできてしまうわけだ。


「っ!?」


 弓使いはこの事態を想定していなかったのか、急いで短剣を取り出そうとするが。


「おせぇよ」


 短剣を取り出す前にエナの爪が首に食い込み、引き裂かれる。


 弓使いは両手で首を押さえるが、傷が深すぎるため意味がない。次第に体の力が抜けていき倒れていく。矢も操作する本人がいないためなのかそれぞれが自然落下をはじめ、地面に刺さる。


「ふぅ、ハースト、助かったぞ」


 腕に付けているあの腕輪をさすりながら古き友に礼を言う。


(さて、ティタとレオネはどんな感じだ)


 不利ならば加勢しようと思ったが、どうやら二人とも戦闘が終わりかけていた。







〔~ティタ視点~〕


「オラオラオラオラ!!!!!」


 大剣が唸りを上げて、まるで重さが無いように振り回される。それも刃の部分が薄く青く光り、一撃一撃がかなりの重さを持っていた。おそらくはアーツと呼ばれるものの効果だと推測できる。


(……なるほど)


【獣化】した腕で大剣の腹を触り、剣の腹を撫でるようにして軌道をずらす。


(……人族の剣の腕はこんなものか)


 過去に一度、マシラさんが人族の剣を学んだ見て覚えたことを試したいと言っていろいろな戦士に戦いを挑んだことがあった。もちろん正確な剣ではなく、ちょうどいい木の枝を整えた木剣だったが、それでも目の前の人族よりも剣筋は速く、重かった。それに比べれば今の状態なんて苦でもない。


「どうした!!!本気を出すならだせよ!!」


 目の前の男が何かを喚いているが残念ながら人族の言語は理解できないため、獣が弱く吠えている様にしか感じなかった。


(……にしても面白いものだな)


 言葉の矛先は目の前の人族に対してではない、その振るわれている武器にだ。


(……人族は自身よりも固い物を自身の爪や牙に見立てて戦う、か)


 それだけで獣に渡り合える力を手に入れられた。それは俺達獣人からしてみれば、かなり興味深いものだった。


「はははは!!」

「……もういい」


 いちいち大声を上げる獣がうるさくなってきたので黙らせる。


 バギッ

「は?」


 剣の腹を強く叩くとまるで薄い岩でも砕くような音が聞こえる。大剣使いは剣を振り回すのをやめ、真ん中で折れた大剣をじっと見つめる。


「なにをした?」


 言っていることはわからないが、表情で何を考えているのか理解できた。


「……誰が言うか馬鹿が」

「あ゛なんつっているのかわからねぇが、今、バカにしやがったな」


 どうやらある程度、こちらの意図が伝わっているのか、男が額に青筋を浮かべる。


「ゆるさねぇぞ。『怒気』」


 また、何かしらのアーツを使ったのか、肌が薄く赤く染められていく。


(……相変わらずバカだな)


 様子から察するにこれは自身を強化する類のアーツ。だがそれだけであるならば、何の障害でもない。


「あ゛!!!」


 半ばか折れた剣を振り上げて、今日一番の威力で振り下ろす。


「……じゃあな」

「っ!?」


 振り下ろされた大剣の腹を軽く触り、軌道を横に逸らす。振り下ろされて無防備になった瞬間に指先を首元に付きつける。


「なめてんのか!!」


 グラ


 剣から手を放し素手で殴りかかってこようとするが不自然に体が傾き、そして地面に激突する。


「な……が」

「……お前には即効性の猛毒を使わせてもらった。肌に触れただけでも即死するやつをな」


 大剣の男はしぶといようで、なんとすぐには死なない様子。


「……一応教えておいてやろう。お前の剣を折ったのは俺の腕に鉄すら溶かす酸をしたたらせていたからだ」


 そうすれば剣を逸らしているだけでいずれは剣自体が弱くなり、あのように少し力を加えるだけで折れてくれる。


「……もう少し注意していれば結果は違った……もう聞いていないか」


 既に大剣の男の息はなくなっていた。


(……さて、エナは無事か?)


 すぐさまエナに視線を向けるが、そちらはすでに終わっていた。


(……あとはレオネだけか)









〔~レオネ視点~〕


 いつも通り半分ほど【獣化】を発動し、一番戦いやすい形態になる。


(う~ん、なんかやりにく~い)


 戦いが始まり何度も近寄ろうとすると、不思議な何かが飛んできて、近づけさせてくれない。また近寄ったら近寄ったで、剣と盾を駆使してすぐに距離を取らせられる。


 なにより


「ふ!」

「ふしゃ!!」


 近づいてからの攻防だが、相手が防御に徹してなかなか攻め切れない。さらに言えば少しでも攻撃の手が緩めばすぐさま距離を取り、先ほどの何かが飛んでくる。


 ピュイン


「ん?こっちかな?」

「っ!?」


 何か嫌な予感がしたので、すぐさま距離を取る。相手はその様子を見て悔しそうにしている。


(何かしたいのかな?)


 何かしらの策を立てているようだが、私は相手の考えを読み取ることはできない。


(これがバアルとかマシラ姐ぇならわかるのかな?)


 そんなことを考えながら再び膠着状態に陥る。


「『雷爪らいそう』」


【獣化】させた手に力に籠めて、爪に雷を纏わせる。


「しゃぁ!」


 体をしならせ、爪を振るうがそれは盾で防がれる。


(なんで、雷が効かないんだろう?)


 この爪は防がれたとしても触れた瞬間に雷が走るはずなのだが、目の前の男には効いていなかった。


「『フォインレイ』」

「?!」


 距離を取りながら宙を突かれる。その剣先からまた何かが飛んでくるので横に躱す。


「ちっ、他がまずいな」


 男が視線を逸らすので釣られてその先を見ると、攻勢にでた二人がいた。


「なら」


 男は大きく息を吸い込むと、構えを変える。先ほどまでは盾を前に出し、後ろで剣を突きを構えにしていたのに対して、今は剣を下段に構え、盾の方を腕を後ろに回し、半身になる。


 ピュイン


 何か嫌な予感がしたので、即座に距離を取る。だが相手はそれすら読んでいる様子で、私の後ろに飛ぶことも考慮して前に詰めてきた。


 それを見てさらに後ろに避けるが、それでも相手は剣を振るう。だが既にその剣の範囲は見切っていて、肌スレスレで避けることができる。


「『刃形変換』」

「!?」


 振るわれた剣が途中から薄く光り形を変える。先ほどまではショートソードというほどの長さだったが、光が収まった後の剣はロングソードと呼べるほど伸びていた。


 ショートソードをスレスレで避けることが仇となり、このままでは右肩から切り裂かれるようになってしまう。


「っ!?【獣化】!!!」


 全力で切り裂かれる部位を強化し、【獣化】を使う。


「ちっ」


 剣は【獣化】した際に現れる毛に阻まれて威力を落とす。その結果、剣は軽く肩に食い込むだけで済んだ。


「くっ、はぁはぁはぁ」


 すぐに同じように【獣化】した腕で剣を掴みこれ以上食い込まないようにする。


「『刃形変換』」


 だが、剣は再び薄く光ると、手の平にあった堅い感触が無くなる。


「な!?」


 相手の手元を見てみると、今度はダガー並みの長さになった剣がそこにあった。


 剣の長さを調節することで手からの拘束を解いたようだ。


「さっさと死ね『スパイラルエッジ』」


 今度はダガー自体に嫌な気配を感じ、すぐさま肩を押さえながら距離を取る。


 だが相手も踏み出し、前に詰めてくる。それと同時にショートソードの長さに変換し、さらに間合いを詰めてくる。


(アレはまずいね)


 刃先から嫌な気配しか感じていない。


「しかたない、付け焼刃だけど」


 詰めてくる相手に向けて、右手を伸ばす。


(借りるね)


 今、一番憬れている力を頭に浮かべる。


「『偽・天雷』」

「っ!?」


 空気が弾ける音がすると、右手から相手に向かって雷が迸る。


(やっぱり、まだ再現は無理か~)


 私の【獣化】は雷を操れる。となれば同じような技を使うこともできなくはない。


 ただ


「こけおどしか?」


 不意は付け足し、相手も技に警戒して距離を取ったことで追撃は逃れることはできた。


 だた肝心のダメージに関しては本当に微々たるものだった。


「あいつと同じ技?違うな弱すぎる」


 相手も違和感を覚えているのだろう。


 なにせバアルと同じ技とはいいがたい。仮にバアルの『天雷』を大樹と表現するなら、私のは小枝程度でしかない。


(どうしよ、このままだったら敗けるかな?)


 現状を考えると、私の方が弱い。もちろん手段がないわけではないが、できれば、アレは使いたくない。


「はぁ~」


 けどこのままではどちらにしろ敗けてしまう。それもバアルの目の前でだ。


(仕方ない、いい所見せるか~)


 右肩を押さえていた左手を放し、ブラつかせる。


 そして一度【獣化】を解く。


「なにをしているが知らんが、倒すことにかわりはない」


 相手が再びこちらに詰めてくる。


 ッビリ


「死ね『フォインレイ』、!?」


 再び宙を突くがその先には、もう私はいない。


 ッビリ


「っ!!」


 ガン


 私を見失っている相手の横で両手を組み、振り下ろす。だが戦闘慣れしているのか、混乱せずに冷静に私の居場所を見つけ盾で防がれてしまった。


「この!!」


 すぐさま衝撃を流すように盾を動かし、カウンターでショートソードを振るうが、そんな遅い・・・・・攻撃当たるわけがない。


「がはっ!?」


 振るわれた剣の真下を潜りそのまま胴体に掌底を当てる。相手は衝撃により吹き飛ばされて地面を転がる。


「なん、なんなんだ、それは」


 相手は思わず声を上げる。


 なにせ、私の今の状態は普通ではない。赤金色の毛並みはすべて逆立ち、体中のいたるところで放電が行われている。


 私の【獣化】の元になった迅雷狩猟豹は異常なほどの速度を誇る獣だ。そしてその原因は体中を駆け巡る、この雷が原因だった。


(早くしないと、これ痛いんだよね~)


 ただ迅雷狩猟豹には致命的な弱点があり、長時間使用すると雷が身を焦がし始めてしまう。現在も少し力を入れればその部位は異常な力が出るが、その代わりに激痛が走る。


(本当に、この体は扱いにくい)


 足に力を力を入れると太ももから足先まで雷が走る。


 それだけで足に激痛が走るが


「っ!?」

「遅いよ~」


 高速で移動し、瞬時に相手の背後を取り、爪で攻撃を仕掛ける。


 ギィン!


「およ?」

「舐めるな」


 経験により予想できていたのか、後ろに回した剣で爪が防がれる。さらにはすぐに斬り返してくる。


 だが


「なら反対の腕を貰うよ」

「なっ」


 剣を振るったその先には既に私はいない。いるのは再び相手の背後だった。


 そこから肩と盾を握っている腕の手首を掴む。


「なにを!?」

「ふっ」


 固定された状態の腕の肘に向かって全力で膝蹴りを行う。


 メキャ


「゛~~~~~!!!!」


 人体から出てはいけない音がすると、声にもならない叫び声をあげる。


 嫌な音が鳴った腕も自由に揺れているだけで、動く気配はない。


 だが戦闘に関わる者だからか剣だけは放さずにいた。


「どう?まだやる?」


 相手から視線を外せば、既に相手を倒したエナ姉ぇとティタの姿が見える。


「……命は保証してくれるんだろうな?」


 言葉は通じてないはずなのに意味が理解できた。


「もちろん」


 理解しているかどうかわからないがそう返答すると男は剣を地面に刺し、膝をつく。


 こうして人族の国内にて初めての戦いは終わった。

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