第221話 奴隷への視線

「あいつら諦めていないよ」


 酒場を出るとレオネがそう告げる。


「わかっている。Bランクの傭兵がやられっぱなしで終わるとは思えない」


 もちろん本来ならここで退くのが賢い選択だ。もはや相手に残っている選択肢は直接的な手段しか残っていない。街中であることから秩序は存在して、宿は門のすぐ近くにある。騒ぎがあればすぐさま衛兵が飛んでこれる位置にあるため、先ほどの連中は今は溜飲を無理にでも飲み込まなければいけない。


「それと、レオネ、お前はあの酒場でどう感じていた?」

「……嫌な視線しか感じなかった」


 レオネが酒場で感じていた視線に好意的な物は無く、すべてが負の感情を含んでいた。中には下劣な視線を送っていた人物もいただろう。


 だが、これで理解できたはずだ。


「レオネ、お前達獣人はクメニギスからしたら憎き敵で、使いつぶすのが普通の奴隷という認識だ」


 グロウス王国のような奴隷のいない国の出身者はまだ納得できる扱いをしてくると思うが、奴隷を容認している国ではこれが普通の扱いだ。それも人権も何もなくただ物としてしか生きている戦益奴隷は嬲り殺すために買ってもなにも問題ないくらいな扱いだ。


「レオネ、ここは本当の意味で敵地なんだ。俺がいるからといって気軽い行動は慎め。そうでなければ俺たちの中で誰かが死んでもおかしくない。俺も場合によってはお前を見捨てるし、見殺しにもする。今回はまだ収拾がつくから問題なかったが、それは幸運だったともいえる」

「………うん」


 ここまで実感させ、言い含めておけばレオネのこれからの行動は慎重になるだろう。ついでにその能天気な部分も治ってくれればなおよし。


 宿の部屋に戻ると、エナとティタが一つのベッドに横になっていた。エナは普通の格好だが、ティタは蛇の頭となっていた。また布団のふくらみから言って、ティタは完全に蛇の姿になっている。そのため、そういった行為はないだろう。また男女のアレコレについては何も言うことはないが、ここで盛っているのは勘弁だ。


「寝ているのか?」

「まだ寝てねぇぞ」


 声を掛けるとエナが右腕を上げる。


「それで、解決したか?」

「ああ、ティタの具合は?」

「飯を食って寝ればとりあえずは治るさ」

「……その通りだ」


 ティタも体を起こす。様子を見るに傷はもう問題ないのだろう。


「それよりも腹減った飯をくれ」

「……エナに同意だ」

「そういえば私も~」


 三人は昼から何も食べていないので、空腹を訴えてくる。


「それもそうだな」


 行商ギルドの後に買い込んだ屋台の食べ物を取り出し、机に並べていく。


「人族の食事は変わっているね~」


 レオネはパンを触りながらそうつぶやく。


「そういえば気になっていたが、お前たちは穀物を食べないのか?」


 レオンと共に行動しているとき、穀物を食べた覚えがない。食べたのは肉と果物と野菜だけだった。


「穀物~?」

「これの事だ」


『亜空庫』から麦の袋を取り出す。一応何かあったときのために常備しているが、こんなことで取り出すとは思わなかった。


「う~ん、うちでは使ってないね」

「……これは人族特有の食べ物だ。なぜだか好んで食べられる」

「だな」


 レオネはわかっていなかったが、エナとティタは知っている模様。だが二人の言葉で獣人が穀物を一般的に食べてはいないということが判明した。


(でもそれなら力は……いや、おそらく関係ないのか)


 前世で五大栄養素として知られる炭水化物だが、正確に言えばこれは必須栄養素ではない。炭水化物を正確に言い換えれば、糖質と食物繊維だが、重要視されているのはエネルギーを作り出せる糖質だ。だがこの糖質ですら脂質やアミノ酸からなるタンパク質でも替えが効く。糖質はエネルギーを作り出すのに効率的ではあるが、それが必須と言われれば実はそうではない。


(それに獣人は獣の特徴を模倣できる、それなら)


 肉食の獣の姿をしている獣人ならより肉からエネルギーを摂取しやすくなっており、草食の獣の姿をしている獣人が人間では消化できない植物を消化し栄養として活用できるのなら、別段炭水化物などの穀物が必須とは言えない。もちろんあれば、エネルギー効率はいいだろうが、無くても問題ないだろう。


(それに人の消化器官などが無くなったわけではないのなら、肉食は果物や野菜から、草食ならそのまま肉を食べることもできるはず)


 そう考えればいい所だけを取って組み合わせたような生物と成れる。


「へぇ~じゃあ、道中でみた、あれが畑なんだ?」

「ああ、人族は様々な物を自らの手で育てて食うのさ」

「ふ~ん、なんだかまどろっこしいね、何か食べたければ森にでも入って採ってくればいいのに」


 考え事をしている間にエナがレオネに気になることを教えている。


「お前達獣人は畑とか畜産はやらないのか?」


 先ほどのレオネの言葉で引っかかる部分があった。


「ん?ああ、あのわざわざ土を掘り返すアレ?やらないよ~森に行けばとりあえずは食べるものはあるしね」

「だが食料が足りなくなったらどうするんだ?」


 人がわざわざ畑を作るのは飢えを回避するためでもある。森からの採取だけでは全員に食料が行き渡らなく時もあるはずだ。例えば災害で山が崩れたり、土地が干上がったり、そんな状態になれば食うのにも困るはずだ。


 その疑問を三人にぶつける。


「う~ん、肉が取れなくなれば果物を食べるね。果物すらなければ、草食の人たちに協力してもらって乳でも出してもらって飢えをしのいだ時もあるね」

「レオネ、それだと説明が微妙だ。オレたちは全員、まず人族とあまり食べるものは変わらない。だが、オレ達は現れた獣によって少し喰い方に違いが出てくる」

「………肉食なら肉だけ食えばとりあえずは生きていける、草食なら草だけでも生きていける。だからその土地が死なない限りはどちらかに手伝ってもらい、飢えをしのぐ」


 ある意味では納得の答えだ。


 獣のいい部分を模倣することができる。聞いている限りだと人の体で生成不可能な栄養素も自身で賄えるほどなのだろう。


「土地が死んだら、氏族は移動するね~」

「それでも次のいい縄張りが無ければ、氏族は様々な場所に散ることになる」


 生きていける土地でなくなれば氏族は終わる単純明快な、答えだった。


 そんなことを話していれば食事が終わる。そして次に話すのはこれからの行動による。


「さて、ここでの用は済んだ、明日から東に向かって動く。異論はあるか?」

「了解だ」

「は~い」

「……わかった」


 三人から合意が出たので方針は俺に一任される。


 食事が終わると、窓から見える空には星が綺麗に煌いている。


 既にやることはなく明日に備えて俺たちは寝ることにするのだが。


「むふふ~~」

「……はぁ~」


 この部屋にある二つのベッドにはエナとティタ、俺とレオネという組み合わせで使用している。さすがにこんな状況で男女のアレコレがあるわけもなくただ純粋に睡眠をするのだが。今の季節は夏の終わりごろ、つまりはまだ気温は高い。そんななか、一つのベッドで引っ付かれると少々寝づらい。


『おうおう、他の者が見たらうらやましそうにするであろうな』

(うるさい、イピリア)


 俺が眠れないのを察してか、イピリアの声がする。


『しかし、お主は本当にそういったことには興味を示さないのぅ。普通そのくらいの歳であれば異性に興味を持つのが当たり前のはずじゃが、不能か?』

(余計なお世話だ)


 そう言った欲がないわけではないが、こんな忙しい現状ではそういった欲が出てくる前に対応に追われる。


『そういうものかのぅ』

(それより、イピリア、何かあったのか?)

『いや、特に何もお主が眠れそうになさそうだから話し相手になってやろうかとな』

(要らんお世話だ)


 実はイピリアには眠っているときに警戒をさせている。もちろんそれは寝込みを襲われないようにするため。


『しかし、警戒しすぎじゃないかのぉ?こやつらも既に敵対するなんてことは考えんと思うが』


 イピリアの言うこいつらは今同室にいる三人の事を指す。


(こいつらが再び毒を使って俺を脅すのも可能性としてはゼロではない)


 しっかりとした理性があればここで毒を盛れば、俺の協力はもう見込めないというのがわかるはずだが、毒を使い再び俺に何かを要求するのもなくはない。それこそ獣人が絶体絶命の危機に陥ったときに損得勘定なしで俺を従わせる場合も考えうる。


「うぅうん~」


 寝苦しくなったのかレオネがひとりでに離れていく。そして布団だけを持っていき、床で寝始めた。


『気のいい奴らではないか。それを疑うなんて、お主は本当にひどい奴じゃの』

(一度、毒で縛られてからその言葉を使え)


 イピリアは獣人を気のいい奴らと称する。これに異論はなく、獣人はどこまで言っても善の性分らしく、知っている獣人は裏切り、騙すなんてこととは無縁だった。もちろん例外はいるだろうが、おそらくはそんな奴がいれば仲間内で勝手に矯正されているのだろう。


(いい意味で浄化作用が氏族全体で適用されているのだろうな)

『しかし、お主、これからどうするつもりじゃ?儂はこの状態をどうこうできるとは思えないが?』

(……国はな利益が出ない行動はしないのさ、逆に損失となるなら尚更な)


 頭を使っていると程よく瞼が重くなってくる。


(しかし……この場面で切れるカードがあるのは………好都合…だっ、た………な―――)


 思考が途切れて、意識が沈んでいく。

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