第九章 新しき産声

第218話 おまけがついてきた

 ルンベルト地方を抜けてクメニギスへと向かう街道に三者の影がある。


 一人は金色の髪に空色の瞳の特徴を持つ人族ヒューマン。彼はゼブルス王国では名前が通っているゼブルス公爵家嫡男である、バアル・セラ・ゼブルス。


 もう一人は褐色の肌に灰色の髪に黒いまだら模様という独特の特徴を持つ獣人の女性、エナ。


 最後の一人は真っ白い肌を持ち、白銀の髪をしており、目つきは鋭くまさに蛇というにふさわしい風貌の獣人の男であるティタ。


 この三人がそれぞれローブを被りながら街道を進んでいる。


「……しかし、よかったのか?お前の群れならば安全なのだろう?」


 リンが迎えに来たことやロザミアと協力関係になったことで、わざわざ離れて行動する意味が解らないとティタは告げる。


「そうだな……エナ、お前はなぜ、俺がリンと戻らないのかわかるか?」

「さぁな、ただその選択は取らないほうがいいのは鼻でわかる」


 エナはユニークスキルは死の匂い、生の匂い、利の匂い、損の匂いの四つの匂いを嗅ぎ分けられることができる。この特性は何物にも代えがたいものだろう。


「エナ、俺の元で働いてもらうなら、ある程度推察できる頭脳を身に着けてもらうぞ」


 この二人は、様々な出来事の末に俺の元で働くことになっている。もしグロウス王国が奴隷制度を導入していれば、奴隷として手元に置いたのだが、残念ながらグロウス王国はすべての奴隷が違法と定められている。そのため彼らは一応は・・・部下という扱いだ。


「ふぅん、そうだな……味方だけど敵だからか?」

(へぇ、地頭はいい方なのか?)


 エナの鋭い意見に素直に驚く。なにせ俺たちがこうしてリン達と同行しない理由を簡潔に述べるなら、まさにその言葉通りだからだ。


「……どういうことだ?」

「簡単に説明するとな―――」


 現状、俺の立ち位置としてはクメニギスの要救助者である。だが問題はロザミアとのやり取りにあった。ロザミアとは一応は協力してもらっているが、それは場合によっては簡単に覆ってしまう。下手にリン達とくっついて動くと、ロザミアが万が一俺たちを裏切った場合は、一切身動きができないように拘束されてしまう。そうなれば必然的に情報を絞りだされてしまい、今度こそ獣人は大敗することになる。


 そんな最悪が起こりえないようにわざわざリン達とは距離を取っているというわけだ。


「……だが、それでは」

「いいか、ティタ、俺達人族は国家という枠組みで生きている。貴族という国の恩恵を大きく受ける血筋に生まれたら、心情など二の次に動くことも多々ある。もちろんその中には友を裏切るという選択肢もある」


 たとえロザミアが今は協力関係にありたいと思っても、時と場合によってすぐさま俺たちはクメニギスに差し出されることになる。そう言うとティタは何も言えなくなった。











「それでバアル、これからどう動くつもりだ?」


 エナは何をするのかが見当がついていない。


「まずは魔道具が使える場所まで移動する。これがなければ何も始まらない」


 動くにしろ人を使うにしろ、連絡の心臓を担える魔道具の通信圏内に入らなければ、何も始めることができない。


「にしても、もう一度これを付ける羽目になるとはな」

「……本当にな」


 現在の二人の服装は一番最初にあった奴隷の格好をしている。ボロボロの服を着て、何かしらの鉱物で出来た首輪と鎖の無い手錠を嵌めている。


 これは解放した獣人がしていた物をまたつけていた。


「しかし、本当に無効化できているのか?」


 いざとなったときに実は壊れていなくて動けなくなるなんてことはやめてもらいたいと伝える。


「安心しろ、ティタの力ですでに破壊してある」


 エナの力強い言葉にティタは頷く。


「ならばいい」
















 何日もかけて街道を進んでいると、荒野から土壌のいい草原へと景色が変わっていく。


(さて、ここだと……だめか)


 魔道具を取り出し、通信ができるのか確かめるがつながる気配がない。


「にしてもレオネを連れて来なくてよかったのか?」

「??なんでレオネの名が出てくる?」


 急にエナはレオネの名前を出し始めた。


「……あのゴネ具合を見たらな」


 ティタが言うように俺がエナ達を連れてクメニギスに向かおうとすると、どこからともなくレオネが現れて、連れて行ってとごね始めたのは最近では一番印象に残っている。


「雄なら雌に迫られて悪い気はしないだろう?」


 エナの言葉には、そこのところはどうなんだ、という副声が聞こえそうなほど楽しそうにしていた。


「悪い気はしない、だが」

「だが?」

「なぜ、あそこまで俺に興味を持っているのかが全く理解できない」


 レオネのファーストコンタクトは何のことはない、ただ広範囲に治療した中にレオネがいただけだった。それなのに次の日からはかなりの積極性を見せてきた。正直、一目ぼれというレベルを超えているので、ちょっと理解に苦しんでいる。


「……レオネだからな、何を考えているのかわからない」

「だな」


 ティタとエナもレオネの本能だけの行動の原理は読めないという。


「まぁ、嫌われていないだけマジじゃないか、なぁレオネ」

「は?」



「呼ばれて、現れ、にゃははは」




 エナが振り返り、声を出すといつの間にか後ろにはレオネがいた。
















 夜、草原の開けた場所で火を囲む。


「レオネ、なんで来た?」

「ひどい!元はと言えばおいていったバアルが悪いのに!」


 そう言って理不尽な怒りをぶつけてくる。


「はぁ~、よくレオンが許したな」

「ふふん!そこはママ達の力を借りてお兄ぃを説得したのさ~」


 レオンの氏族ではバロンが頂点にいる――のではなく、実はその伴侶であるテトが実質の長だった。そのテトがレオネに協力したとなればレオンもしぶしぶ折れることになるのだろう。


「しかし、よく合流できたな」


 俺達が出るときにはレオネは一緒に来ていなかった。


「まぁね、お兄ぃが案外ごねたから三日遅れて出ることになったのさ」

「三日もか、よく合流できたよ」


 俺達はのんびりと遊覧観光しに来ているわけではない。そのため、それなりの速度で街道を進んでおり、普通の速度でたどり着くことはできない。


「レオネの獣は速度に長けている、私たちがどこにいるかさえわかれば、追いつかれても不思議じゃないさ」


 エナのいう獣とは【獣化】した姿の事を意味する。そしてレオネの【獣化】は狩猟豹チーターの事で、体力の配分さえ間違えなければ追いつくことは容易ことなのだろう。


「レオネ」

「いや」

「何も言ってないのだが?」

「どうせ帰れでしょ?」

「ああ」


 ここから先は俺の領分だ。エナとティタを連れてきたのは俺の部下として使うためだ。だがレオネはその枠組みではない。テト氏族の長の血脈である。捕らえられた場合、下手したら怖いお兄さんが暴走した挙げ句に、一切収拾がつかなくなる可能性もある。もちろん戦士としての実力はある程度備わっているらしいが、それでも諸刃の剣だ。


「……エナ」

「問題は……微妙だ。死の匂いはないし、損の匂いもない」

「ならば」

バアル以外は・・・・・・

「……レオネ」

「な~に?」

「帰れ」

「ひどい!?」


 それからいくら帰る方がいいかを説くが、レオネがそれに首を縦に振ることはなかった。

















 翌朝。


「はぁ~」

「ねぇ、なんかごわごわするんだけど。着替えたい~」


 レオネが仕方なくついてくるので、エナとティタ同様にボロと首輪、手錠を装着している。


「クメニギスに入るには必須だ。それとも帰るか?」

「それはもっといや!」


 ということで仕方なく連れていく。


 昼頃まで歩くと、クメニギスの最西の砦にたどり着く。


「ほぇ~すごいね~」


 レオネがそびえ立つ城壁を見上げて仰け反っている。


(さて、最初の関門をクリアしないとな)


 この世界の砦は魔法という便利な手段があるからか、かなりの規模を誇っている。そしてそうなると当然ながら人が多くなり、発展するわけで城下町と呼べるものが出来上がっていた。


 そして当然町が出来上がっているとなるとそれを守る防衛力が街にいる。そしてその防衛力となるのが門番をはじめとする兵士たちだ。


「次の者!」


 砦には砦自体を囲うように立てられているものと城下町を守るための二種類の城壁が存在している。今並んでいるのは城下町の城壁だ。当然ながらここには商人なども出入りするためにそれなりに並んでいる。


「……本当に大丈夫なのか?」

「ああ、お前たちが口を閉ざしていればとりあえずはどうにでもなる」


 三人が何もしゃべらなければ、と言いくるめることは簡単だ。


「次の者!」


 順番となったので進む。


 門の中間あたりにやってくると机と書類を並べている兵士たちの元へと案内される。


「所属と名前を」

「マナレイ学院の生徒のバアルと言います」

「ほぅ、若いのに大したもんだ」


 マナレイ学院の生徒ということで好印象を受けているようだ。また撤退時にリンに確認を取った結果、マナレイ学院の不祥事が広まらない様に俺の事はこの都市を持つ貴族ならともかく、末端までは情報が届いていないことは確認済みだった。


「ありがとうございます。これも私に教育を受けさせてくれた両親のおかげです」

「はは、いい両親に育てられたようだな。俺にも倅がいるんだが、やんちゃすぎて勉強なんてしようともしない、どうすれば君みたいになれると思う?」


 予想外に話に食いついてきた。


「その問いに答えてもいいのですが」

「ああ、すまない。ここでのことはナイショにしてくれ、俺がどやされちまう」


 そう言うと俺の調書を取っている兵士は一回咳払いをする。


「それでこの町に来た目的は?」

「実は研究所の要件でルンベルト地方から獣人の奴隷の受け取りをしていまして、今はルンベルト地方からちょうどクメルスに帰る途中です」


 実はこの言い訳が一番信憑性を持たせやすい。商人ならなんで馬車がないこと、冒険者なら低ランクなのに奴隷を持っている事、村人ならここに来た明確な理由があること、軍人なら軍の所属を聞かれること、貴族ならなんで従者やそういった類がいないのかということ、粗を探そうとしたらいくらでも出てきてしまう。その中で一番言い訳に使えそうな名目が、俺がマナレイ学院の生徒でレオネ達を実験体ということにすることだった。


「研究のか?それならクメルスにある奴隷商だとだめなのか?」


 奴隷商がいるのにわざわざここまで獣人を受け取りに来たことを疑問に思う壮年の兵士。


「これは内密でお願いします」


 手招きをして兵士と顔を近づける。


「ルンベルト地方で戦争が起こっているのは御存じですか?」

「ああ、結構順調に進んでいるって聞いていたんだが?」


 軍は情報統制を敷いているようで撤退したことは伝わっていないようだ。


「実はその順調に進撃している要因の一つが、マナレイ学院が生み出したとある魔道具のおかげなんですよ」

「ほぉ~そうなのか」

「ええ、ですが、実はその魔道具の影響を受けない特殊な獣人がいるようなのです。マナレイ学院としてはこれを見逃すことができないので、それらの個体を実験のサンプルとして取り寄せる必要があったのです」

「はぁ~なるほどな」


 兵士は納得の表情を見せる。そんな兵士に向かって一層低い声を出して。


「ただ、少々相談なのですが」

「??」

「これらを理由にしないでほしいのです」

「おいおいおい」


 もちろん業務としては不正となってしまう。当然ながら兵士ならばこの反応が妥当だ。


「一応聞くが、理由は?」

「マナレイ学院が総力を挙げて作った魔道具に不備があった。そんな外聞が悪いことが噂として出回ると困るのです。もちろんマナレイ学院の学院長であるローエン様や赫赫たるお方たちの命令でもあるので、下手にこのことが噂となってしまえばどうなるか、お分かりですか」

「……了解だ。じゃあお前は旅人でそいつらはお前が買った護衛ってことにしておくぞ」

「ご理解いただきありがとうございます」


 うまく兵士が保身に走ってくれて助かる。これでマナレイ学院が不信感を感じ、後から調べようとしても事実は見つからなくなる。もちろん目の前の兵士がこっそりと、報告する可能性もあるが、それでも調書さえされなければいくらでも逃げ道はあった。


「よし、これにて調書は終了だ。入町税としてクメニギス銀貨一枚いただくぞ」


 腰につけている袋に手を入れて、『亜空庫』を発動させ、そこからクメルスで使っていたクメニギス貨幣を取り出す。


「それじゃあ、頑張れよ」


 兵士は騙されていると知らずに笑顔で送り出してくれる。

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