第217話 清算された関係

 エナの価値、それは測りしえない。


 未来という不確定要素だらけの中で何かを感じ取るという絶技を行える人材、価値がわかる連中同士でオークションをしたらおそらく王国すべての金貨が出そろってもおかしくない。


 なにせ自身の利となる行動ばかりとれば、もしくは生の匂いがする行動をとりさえすれば、死ぬ可能性も落ちぶれる可能性もほぼゼロになったようなものだ。











(さて、どうする?)


 この二人がエナの事をどう思っているかは今までの行動を見ていれば理解できる。そんな中での提案だ、どういった行動をとるのかは大体予想がつく。


「やめろ、二人とも」

「「………」」


 今にも【獣化】しそうな二人をエナが止めるとレオンとティタは暗い目でエナを見る。


「はぁ、仕方ねえ」


 エナの気の抜けた声に思わず体が傾きそうになる。普通自分の身柄が交渉に出たら嫌な物だろう、それなのにエナ自身から仕方ないの一言だけで気落ちした雰囲気が出ていない。


「この事態に陥ったのはオレの失態だ」


 エナの言う通り、これはエナのミスだ。


 エナのユニークスキルは智謀を張り巡らせるうえでこの上なく厄介だ。なにせ罠を仕掛ける時、何となくで見破られていたらたまったものではない。


 だか


(それならエナの選択肢がトリガーになるようにすればいい)


 俺が解放されるように行動するときに獣人にも利があるようにし、そして同時に罠を仕掛ける事、これが重要だ。


 今回の場合だと、俺が国に戻り様々な行動で戦争を終結させられるようにだ。だが、これだけではただただエナに都合のいい動きにしかならない。だからいつでも裏切れる選択肢をちらつかせることこそ重要となる。


 俺がクメニギスに戻ることが終結のカギになるが、クメニギスにての行動はエナの行動次第とエナ自身が未来を決めるようにしてやればいい。


 エナが素直に俺を攫った責任を取り、俺の配下となるなら、獣人を救う活動に全力で取り組む。それを拒否すれば配下にならなくて済むがまた戦争に逆戻りの可能性がある、それも俺の協力がないので圧倒的に不利とな状況でだ。


(さてどう出る?)


「バアル一つ聞くが、奴隷という意味合いでも女としての意味合いでもないだろう?」

「ああ」


 グロウス王国では奴隷は禁止だし、エナが言う婚姻、もしくは性関係の要求でもない。


「ただ、ただお前の能力が稀有だから手元で働いてほしいという意味合いだ。期間に換算するとすれば少なくとも最低30年は俺の下で動いてもらうか」


 そう断言するとティタとレオンの【獣化】が解けていった。


「次いでティタお前もだ」

「………俺もか」

「ああ、俺の元で働いてもらうぞ」


 ティタの毒の能力はいくらでも使い道が存在する。


 資源地はすでに協力の報酬としてもらえるとして後は賠償金となる何かだが、はっきり言ってこの蛮国には何があるかわからない。深く探索する時間もないので、ここは人材を貰うことにする。


「そうだな、あとはエナの部隊とティタの部隊、それとレオンとできれば戦闘系の獣人を………とも思ったがそいつらはとりあえずいい。まずはその二人だな」


 これぐらいでは拉致の賠償金には到底足りないだろうから、またあとでいろいろ要求させてもらうとする。後からの要求も容易にできるため、今はこの程度でも何ら問題ない。


 このことを伝えるとレオンは渋い顔になる。


「この二人以外では、何かないのか?」

「今はない」


 飛翔石の資源地は例外として、普通の土地だと管理がまず大変だし、もしかしたらほかに資源地があるかもしれないが、現状は知らないのでこちらも意味がない。食べ物などは貰っても別段意味はなく、残りと言えば稀有な人材ぐらいしか今は価値を見いだせない。


「ここで命を貰うとか言いそうな奴もいるが特段危険性がない以上命まで取ろうとは思えない」


 もちろん無差別に人を襲うなどなら別だが。


「俺の攫ったことに対しての贖罪はエナとティタに労働で返してもらう。構わないな?」

「ああ………こちらとしてもケジメはつけなければいけなかったしな、オレ達が働いて罪を償えってんなら文句はない」


 そう言ってとりあえずは賛成の意を示してくれる。


「でも、なんでこんなまどろっこしいことをしたんだ?」

「どういう意味だ?」

「いやな、素直にエナにケジメは働いて返せって言えば済む話だっただろ?」


(レオン……それを説明しなければいけないのかよ)


「はぁ、はっきり言うぞ、今この状況の主導権を握っているのは誰だ?」

「バアルだろうが」


 エナは不機嫌そうな表情でこちら見てくる。


「そう、俺が今すべてを握っている、もちろんお前らを潰す選択肢もな」

「ああ、本当にイラつくよ」


 エナがイラついているいる理由はここにある。


 なにせこいつらと敵対することになったら封魔結晶の数をクメニギスに報告すればいいだけで、再びあの劣勢に逆戻りとなる。そうさせないためにエナ達はあの手この手で俺を押さえつけなければいけない。


「現状、この戦争を終結させる一番の可能性は俺、だから俺は攫ったことや毒を注入したことに対しての誠意を求めている」


 説明するのすらめんどくさくなりそうだ。


「おお、そうなのか、じゃあ何か欲しいものはあるか?ああ、もちろん人以外でだ」

「………………」


 思わず額に手を当てる。


「レオン、お前は人族との交渉に出るな」

「?元から交渉事はムールがやっているぞ?」


 レオンの表情を見るに無理難題以外はなんでも受け入れてくれそうだった。


(……ゆすろうと思ったが、その必要すらなかったかもな)


 言えば何でも用意してくれそうな勢いだ。これじゃあ何のために主導権を握ったのかがわからなくなりそうになる。


 俺が獣人に協力しているのは見出した資源地も特殊な鉱石である飛翔石が採れることから欲したことや、エナとティタも俺を攫った罰という点で俺の元でこき使うことができ、さらに言えばクメニギスを撃退することで仮想敵国の国力増加の妨げる事ができるなどの理由があるからだ。


 では逆にクメニギスに協力したらどうなるか、下手すれば何も利益を得られない他に薬で何とか延命できるだろうが、その間に解毒方法が見つからなければそこでジエンドとなる。


 天秤がどちらに傾くかなどわかりきったことだ。


 ではなぜ主導権を握ったか、それはレオンに対してではない、俺が主導権を握った先はエナがいる。


「レオンはわかっていないようだが、エナは俺が主導権を握っていなかったら解毒するつもりはなかった」


 エナは俺の命を握ることで俺が裏切るという選択肢をさせないようにしていた。それこそ魔蟲の時みたいに主導権を握り、餌をチラつかせり戦わせることもできていた。もちろん逃げたりは歯向かう選択肢もあったが、そんなときは多少被害が出ても俺が毒で死んでそれだけだ。


 だがクメニギスとの戦争を終わらせる過程で主導権が握れるなら訳が違う。


 なにせ魔蟲とは違い、今回は獣人全体に関わる選択だ、俺が拗ねればすぐさま戦争は再開してしまう。下手したら数年ですべての獣人がクメニギスの奴隷となる可能性もある。なのでそうさせまいと俺を解毒するのは明白だった。


「さて一応話は終わった。次にこれから建設的な話をしようか」


 話題を切り替えてこれからのことを話しだす。




















 撤退を始めてから五日目。


 数日前とは違い、数万という軍勢を収容し手狭に感じているルンベルト駐屯地の一角にてロザミアとレシュゲルが握手を交わしている。


「それではロザミア殿頼みましたぞ」

「ええもし、バアル君を見かけたら、どうにか救出の方をお願いします」


 ロザミアは封魔結晶を持ち帰るという大事な任務を向けてマナレイ学院に帰還する日だった。


「マナレイ学院は総力を挙げて打開策を作り出すよう努めます」

「期待させてもらおう」


 ロザミアはレシュゲルと会話を交わし終えると、馬車に乗り込みルンベルト駐屯地を後にする。












 ルンベルト駐屯地を出て数時間たった頃、ロザミアは傍らに座っているリンに話しかける。


「バアルを待たなくて、本当にいいのかい?」


 その言葉に行きとは違い、安心した様子のリンが答える。


「どうやらバアル様はご自身で帰還するとのことなので」

「例の魔道具で聞いたの?」

「はい」


 中央ルートには置き残した魔道具があり、さらにはルンベルト駐屯地からいくつかの魔道具を置いていく予定なので、通話をしようと思えばどこからでもつながる。


「私はいいんだけどね、けど例の不思議な果実はいつ貰えるのかな?」

「それはすべてが終わってからとのことです」

「まぁ仕方ないね」


 そう言い、彼女らはマナレイ学院へと馬車を走らせる。













 救出部隊の馬車の遥か後方に襤褸を着込んだ三人が街道を進んでいるとも知らずに。

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