第197話 戦術的敗北

 レオン達が率いる軍団は勢いを保ちながら猛進する。その勢いはまるで一つの城すらを壊す勢いだった。だがバアルの予想通り魔蟲も無策で待ち構えてはいなかった。『母体』は耐久性に優れた魔蟲を数多く用意し、待ち構えていたため、獣人は黒い塊に衝突すると最初はそのままの勢いで『母体』に辿り着くと思えたが、数分もしないうちに見る見る失速していった。その隙を見逃さず、魔蟲は獣人の軍団を分断し始める。勢いが止まった獣人の軍団は縦横から魔蟲の襲撃を食らい散り散りになってしまう。ある者は黒い塊の外に押し出され、ある者は魔蟲の中で取り残された者と協力し戦い、ある者はただひたすら突き進んでいく。


 そんな彼らは誰一人として逃げると言う選択肢が頭の中に存在していなかった。















「おい、囲まれちまったぞ!どうする!」

「そんなもん突破するだけだ!」

「だな!」


 若い獣人三人が軍の離れた場所で孤立してしまった。周囲には百足と蜂が50匹ほどうごめいている。


「っは!お前ら何匹殺せる?俺は40匹はいけるな」

「はぁ?つよがんなよ、せいぜいが10匹だろ俺なら30匹は行けるね」

「お前がか?無理だろ」

「んだと、やってみなけりゃわからんだろ!!」


 三人で背を向けあい鼓舞するが空元気なのは一目瞭然だった。


「じゃあ、競争するぞ!」

「おう!」

「死ぬんじゃねぇぞ!」


 三人はわかっていた、絶対に誰かが死ぬ事になると。だがそれでも彼らはそれがほかの誰かのためになるならと死の恐怖を振り払い魔蟲に攻撃を仕掛けようとする。


 その時


 ガァアアアア!!


 三人に向かって吠える声が聞こえる。


 そして


「もう少しだけ耐えきってください、そうすれば助かります!!」


 頭上から声が聞こえる。上を向くとヨク氏族の戦士につかまっている人物がいた。


「お前は?」

「私はエナ様の部隊の一人です、援軍を要請しましたのでもう少しだけ耐えてください!!」


 声が震えているのが三人にはわかった。もちろんそれは魔蟲を恐れての物だとも知っている。けど少女は恐怖心を何とか抑えて三人が生き延びる選択肢を与えた、それだけでも三人には希望だった。


「ありがとうよ嬢ちゃん」

「でも、戦闘ができないんだろう?なら下がってな」

「そうそう、こういうのは俺たちに任せな!!」


 そう言うと三人は息の合った動きでお互いを庇いあい、何とか助けが来るまで耐えきれた。


「はぁ、はぁ、嬢ちゃんありがとうよ」

「この恩は忘れないぜ」

「そうそう、もしピンチになったら俺たちが駆けつけるから」


 三人はそう言いお礼を言う。


「いえ、私は戦いが得意じゃないのです。なのでこうして皆さんの手伝いをさせてもらっているだけですから」


 そう言うと耳についている装飾品を触る。


「エナ様?こちら救助終わりました。……はい、わかりました、それでは私は行きます。ハクトお願いします」

「任されたエウラ」


 すぐそばで待機していたヨク氏族の戦士、ハクトに声をかけて再び空に舞い上がる。


「……いいな」

「だな」

「今度、探して求婚でもしてみるか」


 三人は救われたことから彼女に恋慕の情を抱くが、助けてくれた少女エウラはこの後ハクトと恋仲になってしまい、失恋することになる。
















「B11、少し進行方向からずれている部隊がいるから、修正させろ。A8、隣のA6のところが少し薄めだ、少し部隊を割いてそっちに合流。D1目の前の敵の数が多いいが大丈夫か?F2、進行速度が少し遅いが、何かあったのか?怪我人なら後ろに下げろ。E4、その班は迂回するように――――――」


 俺はヨク氏族に協力してもらい、空から指示を出していた。通信機も局所的には十分使うことができるので活用している。なお、無線機越しだと【念話】が使えないため、直接的な指示はエナに出してもらっている。


「しかし、かなり変わってきたな?」

「……ああ、ここまでとはな」


 隣で一緒に運ばれているエナとティタが眼前での戦闘を見ている。獣人の勢いはなくなっていたが、部隊は纏まりを見せており、五分の状況まで持ってこれた。


(レオン達は戦闘能力だけは申し分ない、それに誰かが司令塔の役割を担えるのならば魔蟲にも対抗できるようなる)


 俺達が行ったのは、まずはハーストとエナの部隊、ティタの部隊に班を組ませ、無線機を一時支給すること。その後はレオンの指示ということにして周囲にいる獣人を組ませて即席の班を作り出した。


 あとは空から戦況見ながら、逐一指示を与えている。


「A4、無理に突撃している班がいる、ある程度満足したら下げさせろ」


 そして指示の際に使っているのがエナの部隊だ、それぞれに番号を振るとヨク氏族の戦士と組ませてそれぞれの戦場に散ってもいる。あとは無線機で逐一支持を送り、戦略を使用していくのみだ。また空を飛べる蜂と蜻蛉の魔蟲は残ったティタの部隊とハーストの部隊で対処してもらっている。


「C1、後退の指示を出せ、そして50秒数えたら周囲にいるC3、4の部隊が包囲を掛けて殲滅しろ」

『『『了解』』』


 エナの部隊は優秀でタイミングがずれることなく相手を誘引、包囲、撃滅が行われる。戦闘力の高い、レオン、ルウの部隊を基軸に、マシラの耐久力に優れた部隊をタンクの役割に、ノイラとエルプスの部隊を強襲部隊として活用して戦況を進めていく。


(にしても守りに入っているだけあって硬いな)


 空から俯瞰すると魔蟲たちは二体の『母体』を中心に円を囲むようにして、陣形が張られている。


(無意識か、故意なのかは知らんが、陣を敷いたぐらいだと意味はない)


 ただ固まって動かないなら、いくらでもやりようはあった。


 その後も周りを削り取るように作戦を立てて着実に戦力を削いでいっている。


『きゅんきゅです!魔蟲に動きあり』


 緊急と言おうとして噛んでいるほど焦っている声が聞こえる。


(……魔蟲の種類が変わっているな)


 声を出した場所に視線を向けてみると、原因が分かった。今までは剛殻大百足タンクセンチピード労働蜂ワーカービー指揮蜂コンダクトビーだけだったのだが、ほかにも数種類の蟲が出てきていた。


(蜻蛉も蠍もいやがるが、何よりはあいつらだよな)


 動いた魔蟲の名称はわからないが、より攻撃的な体躯とフォルムとしている百足と蜂だ。


(しかしなんでこのタイミングだ?そこまで削れたわけじゃないだろうに)


 今までで削れた戦力は薄皮一枚という程度、なのに隠していた戦力をなぜか出している。疲弊したと判断したにしても早すぎる。


「さて、エナどう思う?」

「…………変だ」


 意見を求めたのだがエナの様子が少しおかしい。


「エナ、エナ、おい」

「!?あ、ああ、なんだ?」

「……どうした?何か気がかりなのか」

「おかしい、死の匂いが消えない」


(消えない?普通は死の匂いに似ている生の匂いの者を近づけると消えるって聞いたが?)


 性能について話すときも、今の状況も嘘をついている様子には見えない。


「どういうことだよ?こりゃ」


 エナも本気で困惑していた。


(しかし、死の匂いか……それが本当ならレオンは窮地に陥りそうなものだが……)


 空から見るにレオン自身が率いている部隊は一番突出とっしゅつしており、絶好調と言える。


「その匂いの出どころはわからないのか?」

「わからん。仮に誰か殺されて死ぬなら、殺す奴から匂いは漂うんだがな…」


 つまり、今はそんな存在がいないとのこと。


 だが、それならおかしい。


(死の匂いが漂ってないならあそこにいる魔蟲共は脅威ではないということになる。仮に死の匂いがあるとしたらあそこしかないはず。ほかにもしあるとしたら今姿を見せていない『王』から、!?)


 ズドン!!!


 最低の事態を考えつくと同時に背後で何かが砕けるような音が轟く。


 音の正体を確かめてみると獣人の軍を挟んだ反対側に飛んでいる俺達すら見下ろすほどの巨躯をもった百足が現れる。


 このタイミングで出てきた理由は一つしか思い当たらない。


「蟲のくせに挟み撃ちか」


 その証拠に『王』が出てきた穴からは強そうな魔蟲が続々と出てきている。


(エナが少し少ない気がすると言っていたが、あれは気のせいじゃなかったということか)


 まずは少しだけ勢力を削った『母体』の群れをあらかじめ守りの耐性で待機させる。その後それに向かってくる獣人に弱く数だけは豊富な魔蟲をぶつけて少しでも疲弊させる。最後に『王』が背後に陣取ると、『王』作った道を手下が移動、それと同時に『母体』も主力を前面に出し、前後から挟み撃ちを行うというところだろう。


(しかし、どうするか)


 戦術的な意味合いだと敗北が濃厚だ。あとはどれだけレオンたちが粘れるかということだ。


「エナ、あれがレオンたちの匂いの元凶か?」

「そのようだな、しかもレオン達だけじゃない、オレもティタもハースト達も死の匂いがしている」

「なるほど、じゃあ撤退だ、今すぐ逃げる準備を」

「するな」


 無線機を入れようとするとエナが止める。


「なんでだ、もうこの状況じゃ勝ち目はほとんどないようなものだぞ」


 現に『王』の足元から出てきた魔蟲に背後を突かれて崩れていく戦線が見える。


「ああ、だがな、逆にあいつに死の匂いを充てる存在がいるんだよ」

「……どこにだよ?」


 アレを相手にできる奴なんて知っている限りの人選でも皆無だ。


「もちろん、お前だ」


 エナは当然のように指差し、そう告げるが見当違いも甚だしい。


「馬鹿か、俺がアレを相手にだと?無理に決まっている」


 自身の力量を把握しているからこその言葉だ。


 ユニークスキルの『天雷』『雷霆槍ケラノウス』『飛雷身』『放電スパーク』『真龍化』のどれを使っても攻撃が通る気がしない。


 バベルの『神罰』はかろうじて討伐できそうだが、あれは手間を置かなければ発動できない。『怒リノ鉄槌』で攻撃できそうな気もするが、あまりにも小さすぎる。蟻一匹の攻撃を象が受けて獅子が死に至るかという話だ。『慈悲ノ聖光』はそもそも攻撃手段ではないし、『聖ナル炎雷』も意味はないだろう。


 さて、俺がどうやってあの怪物を倒せるのかというのか。


(エナのユニークスキルが壊れてないと考えて、俺が『王』を倒せる可能性があると……持ちうる限りでありえそうなのが『飛雷身』と『怒リノ鉄槌』でちまちまとけず「馬鹿!!!避けろ!!!」)


 もし勝てる可能性があるならどうやって殺すのかを考えていると『王』が動き出す。


 それも目を離していないのにもうすぐ目の前まで接近してきていた。


(速っ!?『飛雷身』!!)


 何とか視界の隅に空間があり、何もない空中に回避する。


「……すまんな」


 先程までいた位置には羽が舞っている。その羽は先程まで俺を掴んで飛んでいた奴のだ。


 心の中で謝罪し、すぐさまモノクルを取り出す。



 ――――――――――

 Name:

 Race:大岩窟殺戮百足グランドワーム

 Lv:437

 状態:群体

 HP:26427/26427

 MP:21587/21587


 STR:602

 VIT:770

 DEX:197

 AGI:246

 INT:270


《スキル》

【鏖毒蟲牙:37】【岩砕剛顎:241】【金剛削鱗:241】【頑強岩鎧:319】【王威圧:291】【身体強化Ⅲ:457】【駿蛇行:249】【暗視:276】【溶岩遊泳:19】【地盤潜り:242】【振動感知:348】【物理耐性:175】【火炎耐性:97】【暴風耐性:37】【雷耐性:28】

《種族スキル》

【軍共鳴】

【強化脱皮】

【蟲王】

【地盤崩し】

《ユニークスキル》

 ――――――――――


「……見なければよかった」


 山巻大毒蛇バジリスクなみのステータス値を持っている。


(さすがにユニークスキルは持ってはいないが………………完全な防御タイプだな)


 スキル構成から見れば小細工をするんじゃなく真正面からぶつかり合うタイプ、あの重量であの速さで衝突したらほとんどの生物が死ぬ結果となるだろう。


「っと、『飛雷身』」


 自然落下で地面に激突しそうになるので一度地面に降り立つ。


「さて、どうするか」


 エナにはアレに対処できるとお墨付きをもらっているが、どう考えても手に負えない存在だ。


「イピリア、俺がアレをどうにかできると思うか?」

『いや、普通に考えたら無理じゃろ』

「だよな~」


 はるかに長生きしているイピリアに聞いてもこのような答えが返ってくる。


『まぁ条件さえ合えば行けなくもないが』

「条件さえ合えば………いけるのか?」


 その言葉に驚いてイピリアを見ると笑い出す。


『はっはっはっ!!!あの方の力を取り戻したお主ならな。まぁ今の状況では、な』


 そう言ってイピリアは空を見る。空は雲がまばらに存在しているが、概ね晴と言っていい天気だった。


「じゃあ、どうしようもないな」


 今いる位置を考えて北東の方向く。


(恨むなら自分たちを恨んでくれ)


 どうしようもない事態だと判断し、『飛雷身』で逃げようとするのだが


『そうでもないぞ』


 イピリアの一言で動きを止める。


「イピリア?」

『嘘じゃないぞ、少し時間はかかるが確実に奴を葬れるぞ』

「………その方法を聞こうか」


 イピリアは自慢するようにあの怪物を殺す方法を話しだす。

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