第196話 話を聞かない脳筋共

 『母体』の居場所を突き止めることができた俺たちは、すぐさま討伐の準備を始める。だがグファ氏族の里を空にするわけにはいかないので怪我人はもちろん、戦士3000人ほどは残しておく。


 その後は各自で集合地点である南西にある岩場まで移動してもらう。今回は速度が重要視されることから、それぞれの最高速度で移動してもらうため、足並みをわざと揃えずに向かう。


 俺と捜索隊は一足先にハーストたちに運んでもらい、岩場へと向かう。










 出立の号令を出した後、約3時間ほどでほとんどの部隊が岩場へと終結した。


「おい、ノイラとエルプス以外は集結したぞ」


 岩場には動きの遅いノイラ、エルプス以外の部隊の集結が遅れるのは致し方がない。そのため今いる人員だけでまずは動く。


「よし、それじゃあさっき言ったようにエナの部隊からは探知が得意な奴と逃げ足が速いやつを30名ほど厳選してくれ」

「あいよ、ルウの方はすでに腕利き200を選別し終えているいつでも動けるぞ」

「動くのは少し待て、今、ハーストを呼んで」


 バサバサバサ


 呼ぶ前にハースト自身がこちらに来てくれたことにより、手間が省けた。


「すまない遅れた」

「いや、いいタイミングだ」


 ちょうどいいタイミングでハーストが戻ってきてくれたので、これからの動きを軽く説明する。


「いいか、これから行うのは空と地上からの同時偵察だ。そしてその際にはどうしても武力の衝突が起こる」

「だろうな」


 もちろんそのことはエナもハーストも承知だ。


「そしてその際に必ず出てくるのが蜂と百足の魔蟲だ」

「わかっている………ああ、だからハーストと同時に偵察か」

「ああ。まず軍全体をいきなり動かすにはリスクが大きすぎる、だから急遽きゅうきょ偵察班を出して状況の確認をする。だがここで問題なのが偵察班ではいくら精鋭を集めたとしてもそこまで武力を持たせられない点だ」


 なにせ大勢で偵察なんてそれこそただの攻撃と変わらない上に、少数の姿をとらえられれば魔蟲はすぐさま迎撃に来るだろう。


 また少数精鋭なら地上からの魔蟲だけならまだ逃げ延びる可能性があるが、空からの追撃が加わるなら生還は絶望的と考えていい。そこでハースト達が必要となる。


「私の部隊を使い、空の勢力には我々の部隊をぶつけて地表は地表でというわけか」

「ああ、もちろんハースト達にも偵察はやってもらう」

「空という隠れる場所がない状態で偵察ができると?しかも既に魔蟲は集結していると聞いているが?」


 ハーストの言う通りだ、すでに拠点を構えているであろう場所に空からの偵察なんてほとんど意味が無い。


 そのことに説明しようとすると、ハースト自身が意図を読み取る。


「役割としては私の部隊が空の勢力をひきつけ動けなくし、その間にエナが『母体』について調査する、これがバアルの案か?」

「ああ、役割が分かったら早々に動いてくれ、時間は有限だ」


 それからは迅速に軍を動かす。


 まず予定通りルウとエナの部隊の偵察班を効率が良いように作り、送り出す。


(仮に『母体』を中心に強固な砦のような築きをしているならむしろ好都合だ。獣人こいつらの性格上、獲物が動かないなら勝手に動いて殲滅していってくれるだろう。だがこれの動きが罠張るための行動だった、ひどいことになる。これがグロウス王国の様に指揮系統がしっかり戦略を学んでいるなら何も問題ない、隊で罠を察知して自己判断でそれを回避できるだろう。だが獣人にそれができると思えない。もちろん獣の勘のようなもので罠を掻い潜れるなら問題ないが、そうでなければ――――――)


 その後は知らせが来るまで様々な状況を予想して頭を捻り続ける。









「伝令!!でんれーーーい!!」


 地図とにらみ合いをしているとヨク氏族の一人が、飛んでくる。


「何の報告だ?」

「はい!!森の奥の『母体』についてであります!ハースト様、およびエナ様のお言葉では両方とも『母体』に間違いないそうです」

「………ほかには何か報告はあるか?」


『母体』の確認の報告はありがたいが、それ以外の報告も欲しい。具体的に言えば魔蟲共の動きについてだ。


「そう言えばエナ様が一言、すこし数が少ない気がすると」

「数が少ない?」


 その言葉を頭に置き、地図を見返す。


(仮に何かしらの戦力を出しているとするなら俺ならどうする)


 魔蟲側に立って考える。


(魔蟲の生態はわからないが通常、ここで少数の勢力を出すなら斥候と考えるのが普通だ。けどそれなら魔蟲は何を知りたい?それともそう言った意図はなくただ餌を確保するための戦力なのか?)


 生態についてはほとんど知らない状態なので正確な予測などできない。


(気のせいって可能性もあるからな…………となると少しの損失を覚悟して作戦を組み立てる必要が出てくるか。それに『王』の存在が気がかりだな)


 いくら考えても気になる部分が出てくる。


「それともう一つ、魔蟲は我々を追い払うことはしても追ってきたりはしてこなかったそうです」

「追い払うことはしても、か。了解だ、エナとハーストに戻るように伝えてくれ」

「わかりました」


 ヨク氏族の若者にそう指示を出すと同時にエナ達が戻ってくるのを待つ。











 捜索隊を出し、一時間ほどするとノイラとエルプスの部隊も到着し、全戦力が終結した。


「よし全員集まったな」


 一足先に呼び戻したエナとハーストも帰還し終わり、主要メンバーが集結し終わる。


「それで、バアル、どうなんだ?『母体』だったか?」

「結論を急ぐな、ルウ、それも全部話してやる」


 とりあえずメモを取り出しながら説明する。


「まずヨク氏族が見つけてくれた二体だが『母体』でほぼ間違いない、そうだなエナ?」

「ああ、オレの眼でも確認したが間違いなくあれは『母体』だった」


 エナの言葉を聞くとこの場にいる全員が納得する。


「では決まりだな、出立の準備をするぞ」

「待てよレオン、それだけなら伝言だけで済んだ話だ。バアルがここに呼んだのには理由があるだろう?」


 レオンが立ち上がるが、それをアシラが諌める。


「その通りだ」


 うなずいてやると立ち上がったレオンが再び座り込む。


「まず気になった点が二つある、一つは偵察からの報告で規模がわずかに少ないということ、二つ目は魔蟲が防御に力を入れていることだ。また報告では魔蟲は追い払うような行動はしても追ってくるような行動はしていないと聞いた」

「バアル、俺達はあまり頭がよくない、だから簡潔に言ってくれ」


 アシラに全員がうなづく。


「はぁ~了解、一言でいえば魔蟲共は何かをしているような気がする。つまりは罠を張っている可能性があるということだ」

「あいつらにそんな知能があるとは思えないんだがな」

「知能がないのなら、何で偵察班を追いかけない?普通のやつなら獲物を見たら追いかけるだろう?」


 たしかに、という声が上がる。


「で、何が言いたい?仮に罠があったとしても食い破るだけだ」

(………そういうと思ったよ)


 ノイラの言葉にエナ以外の全員がうなづくのを見て改めて思う、獣人はまっすぐなのだ、それも病気的なほどに。唯一のエナが少し軍議に付いての見識を持つぐらいだ。


「(姑息な手を使わない、信条を曲げない、約束は守るってか……扱いやすいと言えば扱いやすいのだがな)じゃあ一つだけ約束しろ、合図が出たらすぐさま撤退しろ」

「お主の言葉で即座にか?」


 最年長だけあって、少しは疑利深くなっているエルプスが俺を疑う。


「せめて最大限警戒しろ、これでいいか?」

「まぁよかろう」


 これだけは約束させることができた。


「全員、森まで進むぞ!」


 懸念を伝え終わるとレオンの声でようやく全軍が『母体』のいる森に向けて出撃する。













 岩場から全軍が移動し森の奥へと進む。


「あれか?」

「そうだ」


 少し高い丘から森の奥を覗いてみると、黒い何かが渦を巻いている様子が見えた。


「さて、方針だが」

「いらん、標的さえわかれば後は俺たちがやる、行くぞお前ら!!!!」

「「「「「「おう!!」」」」」」


 傍にいるレオンに戦闘の方針を伝えようとするが、当の本人が咆哮を上げるとそれに釣られてほかの全員が咆哮を上げ始める。


(はぁ~…………ん?)


 思わず額に手を当てて空を仰ぎたくなる。だが、そうもいかずに無謀とでもいえるレオンを止めようとすると、獣人全てが紅いオーラのようなものを纏い始めた。


「全軍突撃!!!!」

「は!?おい待て、お」


 ドドドドドドドドドドド


 オーラのようなものに気を取られると、止める暇もなくすべての獣人が黒い塊に突っ走っていった。


「゛~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!」


 思わず言ってはいけない言葉を羅列しそうになる。


「それで、我々はどうする?」

「そうそう、オレの部隊は交戦には向かない、ティタの部隊は戦えはするが数が少なすぎる」


 唯一残ったのがハーストのヨク氏族戦士団500人、エナの探索に特化した部隊100人、ティタの毒を扱う部隊50人が素直に指示に従ってくれる。だがそれ以外はすべてレオンの号令で突撃してしまった。


「はいは~い、私もいるよ!!」


 残った人数にレオネ一人追加。


(…………こちらとしても獣人の勢力が削れるなら玉砕してくれるのは助かるが、この後はクメニギスとの戦争も控えていると分かっているのか?)


 レオンたちは本能が赴くまま敵に突貫していった。


(レオン達に何の価値もなければ容赦なくティタとエナを拉致して逃げ出すのにな)


 確かに現状協力関係ではあるが、それは命の危険と飛翔石の資源地という報酬があるから、だけではない。


 それに加えて接近戦やとてつもないタフネスを持つ獣人達といまだに芳醇な資源が眠っているこの土地をクメニギスにやるには少々高い果実だと分かっているからこそわざわざ獣人に協力している。もしクメニギスがこれらを手に入れた場合、国力差はグロウス王国だけでは覆せないほどとなってしまう。それを阻止するのも理由の一つだった。


 それに加えて今獣人と最も友好的な関係となっているのはおそらく俺だろう。見方によっては俺を攫って無理やり言うことを聞かせているようにも見えるが、逆に考えればいまだ人族とまともに交流を持ってない獣人と友好関係を結ぶチャンスが訪れていたことになる。そしてそれは生かされ、魔蟲の件が無事に終われば、獣人の中でも俺の言葉はある程度の関係を持つことになる。


(無事に終われば、ゼブルス家は飛翔石という未知の資源地を手に入れられる。また獣人から俺を切ることはまずないと踏んでいいだろうな………それに今回の件に関しても命の危険にさらされている手前生半可な賠償では済ます気はさらさらない)


 過去の遺恨よりも未来の莫大な利益、天秤に掛けるならバカでない限り後者に傾くだろう。また友好関係が本格的に始まってからでも俺を攫った件について謝罪と賠償を求めることもできるだろう。


 また俺を使いつぶそうとしても今後の事を考えるならまずそんなことはしない。なにせクメニギスの問題を解決するのには、俺の立場を使うのが一番だ。もちろん使い終わった後、用済みに消されることもない。


 今は絵に描いた餅だが、実現してしまえば、ゼブルス家は周辺国家でも無視できない家となるだろう。


 もし魔蟲の件が終わり、クメニギスとの戦争も終結させることができれば、どれほどの利益を独占できるのか想像に難くない。


 だがそれは勝利した場合の話だ。


「仮にだ、仮にだ!!あいつらが罠を用意してたらどうするんだよ!!!!!」

「おぉお~~」


 今すぐ突撃していっているレオンに向かって『雷霆槍ケラノウス』をぶち込みたくなる。


 ここで魔蟲のみに傾注するなら話は分かる、だがこの後にクメニギスとの対決が控えているなら下手に戦力を消耗するのは愚策だった。当然、衝動に任せての突撃など最悪だ。


「おい、バアル」

「なんだよエナ、あいつらが作戦とかを必要としない時点で俺はいらないだろう?」


 エナの抗議する声に対して、岩場に腰掛けると『亜空庫』から焼き鳥を取り出すことで返答する。


「あ、私にもちょ~だい!」

「ほら」


 もう一本取り出し、レオネにも分けてやる。


「おい、バアル」

「だからなんだ」


 この状況でやれることなんてほぼないようなものだ。


「とりあえず、お前も行くんだ」

「なんでだ?」

「そうしないとレオンたちが危険な目に合う」


 もはやどうにでもなれという意気込みの返答に、エナは真剣な目でそう告げる。


「もっと詳しく話せ、そうでなければ」


 言外でなければ、協力しないと伝える。


「はぁ~了解だ」


 そう言うとエネは目の前に座り込む。


「オレの鼻が特別なのはお前もわかっているだろう」

「ある程度はな」


 どう特別なのか詳細は知らないが、第六感に属する能力であることは推察がついている。


「俺の鼻は四つの匂いをかぎ分ける、まず一つは―――」


 説明では、エナのユニークスキルで嗅ぎ分けられるのは死の匂い、生の匂い、利の匂い、損の匂いの四つの匂いだという。


 そして効果は字の通りで、自身と組するものが死にそうな時、生き残る確率があるとき、自身の利益になるとき、損しそうになる時に匂いがするという物。


(それでか)


 この説明を聞き、頭の中で蔓延っている疑問が一つ解けた。


 俺が獣人側だと、俺自身を攫う意味がどうしても見いだせなかった。そしてその答えがまさにそれだった。


(俺に利の匂いを感じたから攫った訳だな…………それに俺を頑なに解毒しない理由も)


 正直なところエナのその鼻は交渉を生業にする人物からしたら最悪もいい所だろう。なにせ話の裏に隠してある意図がエナにはバレバレなのだから。それに加えて、根拠が無くても正解に導ける時点で、ユニークスキルとしては破格の性能としか思えない。


「正直、オレも詳しくはわからん、だが先程までレオン達には死の匂いはなかった」

「その匂いがし始めた、か?」

「ああ、理由はおそらく」


 エナの視線は真正面から俺を見る。


「俺ね………信憑性は?」

「エナ姉ぇの鼻ならテス氏族の皆認めているよ~」


 レオネの言葉を信じるとするなら、すでにある程度は裏付けされていることになる。


「一つ聞く、今はどんな匂いになっている?」


 仮に話を信じるならエナは今どんな匂いになっているのか。


「バアル、お前からは生と利の匂いがする。レオン達だが離れていくほどどんどん死の匂いが漂ってきているな」

「…………一つ聞く、なんで俺が行けばレオンたちが助かると思っている?」


 普通に考えればレオンの元に行けばオレも危険になるはずだ。


「匂いはすべて同じではない、ある死の匂いには似たような生の匂いがある」

「それで?」

「死の匂いに似たような生の匂いをぶつけることで死の匂いから生の匂いに代わる」

「その生の匂いが俺なのか?」


 エナは強く頷く。


「はぁ~(まだまだ分からないだらけの力だが、契約上俺は獣人に与する方が得策に変わりがない、そしてこの場面で対多数の戦力を失うとなれば)やはり行くしかないか」

「よし、決まりだ。で、どう動く」

「少し待て」


『亜空庫』からいざという時に作っておいたとある魔道具を取り出す。


「これをにつけろ」

「これをか?」


 取り出したのはイヤリング型無線機だ。


「まず、これの使い方だが―――」


 ここにいる全員に軽くレクチャーする。


 そして全員が準備し終わるとそれぞれに指示をだし、動く準備を整える。

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