第195話 カビの生えた掟
「ほれのめ~」
「だから自分で」
「今回はバアルを酔わせるのだ~のめ~」
前回とは逆にレオネが酌してくれるようなのだが、目的が酔い潰すためと聞いて誰が素直に飲むのか。
(しかし……)
「ああ!!足踏みやがってそれで謝っているつもりか、あ゛あ?」
「ごめんつったろ、なんだ喧嘩売ってんのか、なら買うぞ、こいや!!」
「んだと、この!!」
些細なことでつかみ合いに発展して喧嘩になる。幸いそれはヨク氏族とではなく、地の者、つまりはレオンの同胞同士でだから問題もそこまでではない。
(だけど、解決策は必要だよな)
現状、今採っている案が最善策だ、目的もなく全軍で走り回り余計な体力を消耗するのは悪手でもある。
だがその反面不満がたまりやすい。ストレスといってもよく、時間が経てば劣勢になる焦燥感、自身が動けない味気悪さなどがたまっている。
(唯一救いなのが地の者、レオンの軍内でのいさかいだからいいが、これがヨク氏族に飛び火したら笑えない)
なにせ現時点で探索に大きく貢献しているのは後から加わった彼らなのだ。
そんな彼らがそっぽを向いた日にはさらに時間が掛かることになる。
(時間が掛かることだけは避けなければいけない、さて、どうするか)
悩んでいると後ろから影が差す。
「なんか困っている様だな、坊や」
「っと、マシラか、ようやく到着したんだな」
背中をたたいた正体はエブ氏族の護衛でいなくなったマシラだ。
「お久しぶりです、おばさ「レオネ?」マシラお姉さま!!」
おばさんと呼ぼうとした瞬間に聞こえたマシラの声でレオネは青い顔になる。
「それと坊や、あたしがいない間にいろいろと起こったようじゃないか」
「まぁな、で、どこまで把握している?」
「まぁ二体の『母体』を仕留めて、なぜだがヨク氏族が協力してくれているってことだけだな、ほかにもあるなら聞くよ」
「いや、大まかにいえばそれだけだな」
細かく言えばキクカ湖を壊したことや、『王』の個体についても少しだけ分かったぐらいだ。
「ちなみにヨク氏族の代表は誰だ?」
「ハーストだな」
一応はヨク氏族の戦士長だからそれで合っているはず。
「ハースト……ハースト………どこかで聞いたような」
「ヨク氏族の戦士長だからある程度有名じゃないのか?」
「いや、たとえ戦士長でもヨク氏族のことはよくわからん」
ならその線での話ではないのか。
「まぁいいや、とりあえずそのハーストに挨拶したい、案内してくれ」
「了解、レオネ?」
案内を快諾するとレオネの頬が膨れている。
「そうむくれるなレオネ、すぐ返してやるから」
「ぶぅ~~バアルは私が見つけた獲物なのに」
膨れているレオネをマシラがなだめる。その後、落ち着いた二人を連れてレオンの元に向かう。
(お、いた)
レオン達を探すとヨク氏族とみんなの宴会場の中間あたりにいた。
(しかし、珍しい、組み合わせだな)
ハーストとレオンは何かを話し合っているのは何度か見た事があるが、今回はエナとティタそれとアシラとルウが一緒にいた。
「にしてもお前と焚火を囲むなんて何年ぶりだ」
「「「????」」」
近づいて話の内容が聞こえてきたが、その内容の意味が解らなかった。今の言葉だとレオンとハークスはかなり前から交流を持っているように聞こえる。
「ああ、あれから7年たっているんだからな」
「だな、そん時はオレ含めて全員ガキだったからな」
「……そうだね」
「おい、俺はそん時からちゃんとしてたろうが」
「「「「ルウが?ないない」」」」
「……なんなら一番危なっかしかったぞ」
この光景に違和感を覚える。この数日でレオン、エナ、ティタ、アシラ、ルウは全員が親友と言っていい間柄だと分かっていた、けどハーストはその中に違和感もなく混じっていた。
「あ、思い出した」
「何が~?」
「いや、アシラが小さいころに友達ができたと言ってきたことがあったんだ」
「それがハーストか?でもそれおかしくないか?」
天の者、地の者でなれ合いが禁じられているのに数年来の友達だとは。
「ああ、だから名前を聞いてもどこの氏族かも聞いても答えなかったさ、納得がいったよ」
どうやらマシラに話をしたときは名前だけを伝えていたらしい。
「あんたはいいのか?自分の息子が掟破りをしているなんて?」
するとマシラは予測していた反応と違い、笑い始める。
「掟?ああ、あのカビが生えた、変な掟か、そんなもんあたしらに伝わってはいるがうのみにしている奴は限りなくゼロに近いよ」
「………はぁ?」
飲み込むのに時間がかかった。なにせ
「どういうことだヨク氏族の奴らはこの掟を重んじてたんだぞ?」
「そりゃな、あいつらからしたら北にも行けないし、何とか生きるにもわざわざあの山から往復しないといけないからな、簡単に言うと嫉妬とやっかみだよ」
その後の話だと、鳥系の獣人は飛ぶために『飛翔石』が必ず必要になることからあの地を離れることはできないので、縄張りは山の近場をいくつか抑えているだけで実際は氏族すべてが貧乏な状態だという。
その点地の者、つまりはレオン達だが生きるために特段必要なものはなく自由に暮らせるし、縄張りも作り放題だ。
まぁ簡潔に言うと『自分たちはいろいろ苦労しているのにあいつらは楽しやがって許さん!!!』という感じらしい。
「だからあたしらは天の者、まぁヨク氏族には何の思い入れもないし恨み言もないのさ」
「けど、あちらは違うってか……………………はぁ~」
これにはため息つきたくなる。
だが種族的にあの土地から離れられないのなら、そんな思いを持っても無理もない。
「お~い、お兄ぃ」
「ん?レオネかそれと……バアルもいるのか」
最近レオンの態度は悪い、ちなみに原因は
「げ!?お袋!?」
「久しぶりだね、わが息子、にしてもなんでそんないやそうな顔をしているんだい?」
「い、いや、そんなことはないぞ」
「そうかい?じゃあ後で腕がなまってないか少し模擬戦しようじゃないか」
マシラは息子であるアシラと触れ合っているのだが、アシラの方はうなだれている。
「なぁあれはどうしたんだ?」
「……マシラさんの教育はとてつもないことで有名だ……それ以上は察しろ」
遠い目をするティタにそれ以上は聞けなかった。
「なにせ最強二大女傑がテトさんとマシラさんだからな」
「ああ、オレも何度かテトさんに手習いしたが血を吐けるだけまだ優しい方だぞ」
「だな、俺もマシラさんの修練を受けたが、本気の修練をすると、全身骨折なんてざらにあったからな」
エナとレオンがしみじみと言う。
(なんかやけに物騒な言葉が聞こえて来たな、というか血を吐けるだけってそれ以上だとどんな目に合うんだよ………)
「お前がハーストか?」
「ああ、アシラのご母堂よ」
マシラはハーストを視線で探り、ハーストは緊張している。
(レオンやアシラからどんな人物か聞いているなら緊張もするか)
「うちの息子は不甲斐ないがよろしく頼むよ」
「こちらこそ、実力者とは仲良くしておきたい」
そう言って二人は握手する。
「穏便でよかったよ」
「本当にな……はぁ~」
俺の言葉に同意するアシラだが、アシラからすれば連れてきたせいで訓練が必要になってしまった。
「そう言えば地図の方はどうなっている?」
「ああ、それはな」
アシラが使用しているテーブルに地図を広げて説明する。
「現状はキクカ湖、湿地帯、岩場の役8割ほど埋まっている。そしておそらく明日にはこの二割も埋まる」
ヨク氏族の空からの探索と座標としての役割、地表はルウとエナの部隊による広範囲の探索により、精密にかつ高速に範囲を広げることができていた。
「そしてこの三つの地域を抜けた先が森となり、その奥に砂漠だな。まぁ軽く見持っても大体1週間ほどで全地域の探索が終わる」
「「「「なるほどな」」」」
「……………」
(お前ら、そんな簡単に俺の言葉にうなずくなよ………)
俺は様々な制限があるからこそ、ここにいるのであった裏切らないとは限らない。なのにレオンたちはそんなことを考えるそぶりもなく信じてしまう。
「言っておくがこれは順調にいったらだからな?」
「もちろん分かっているさ、けどここまで動きがないと逆に不気味だな」
アシラの言葉通り、魔蟲たちの動きが何か不気味だ。『母体』を二体も撃破されておいて、表面上の動きがあまりない。知能がそこまで発展していないならこの事態も納得できるのだが、軍を率いている時点である程度は知能は持っているはずとなる。ならなぜ大きな動きがないのか、それが少々気がかりとなっていた。
「今はできることを続けるだけだな」
「その通りだ、ほれ、お前も飲め」
「ああ、いただくよ」
アシラからもらった酒を受け取り飲み干す。
「あ~あたしのお酒は受け取らなかったのに!」
約一名が何かわめいているが気にせずに宴を続けていく。
吉報があったのは宴から五日経ったときだった。
「それは本当か?」
「ああ、あれは間違いなく残り二体の『母体』だった!!」
既にキクカ湖、湿地帯、岩場の探索を終了しており、その奥の森に部隊を進めていたのだが、ヨク氏族の一人から森の中心に向かう、他とは違う大きな百足と大きな蜂を見たという。
「卵の存在は?」
「もちろんあった!百足は背中に大量の白い卵が見えたし、蜂に関しては周囲の奴らが卵を運んでいるのが見えた!!」
百足の方は『母体』で間違いないだろう。けど蜂に関しては確証としては少し弱い。
だが
「この機を逃すわけにはいかないか………ハーストかファルコを呼んできてくれ」
「わかった!!」
「レオネはだれか中核を担っている奴を呼んできてくれ」
「りょうか~~い」
ヨク氏族の若者はすぐさま飛び立ち、レオネはレオンの家に向かう。
その間に先程の若者から来た情報を整理する。
(まず蜂の『母体』だが、配下に卵と巣の欠片を持たせて大移動している。百足の方も多くの供回りを率いて蜂の『母体』と合流するように移動している、か………『王』の指示か、それとも探索が広がっているのが解って不味い事態になる前に移動したのか……)
両母体もともに少しだけ西に後退するように移動している。
(これだけを考えれば逃げているという様子になるが、なんか引っかかる)
別に今動く必要はない。魔蟲にとって最悪なのはすべての『母体』を討伐されること。大きく動けば場所が割れる可能性が高い。俺達が大規模に偵察を行っていることを考えれば見つかるのは当たり前、なのに蟲共は動い始めた。唯一の繁殖方法である『母体』がいなくなれば、あとは残った個体を討伐すれば俺たちの勝利するにもかかわらずにだ。
(警戒はしておくべきか)
この考えが杞憂で終わればいいのだが、作戦を考える役割としては何重に安全策を張り巡らせたい。
(だが、後手に回りすぎるのも悪手だ、さて、どう配置したもんか………)
頭の中でどう攻めるかのシミュレートを軽く行う。
「おい!『母体』が見つかったのは本当か!!」
最後にルウがいつもの会議室に入ってくる。
「遅い、が、とりあえず座れ」
有無を言わさず椅子に座らせる。
「まず知らせが来たのは昼前だ、いろいろ未確認だが重要そうだから、全員呼び集めた」
会議室の中にはレオン、エナ、ティタ、ルウ、アシラ、ノイラ、エルプス、それとヨク氏族のハーストが席についている。
「まず、敵の居場所だが、岩場や湿地、キクカ湖の向こう側にある森の真ん中だ」
簡素に作った地図を広げて大体の位置を教える。
「敵の詳細だが、まだ母体とは確定していない」
「してないのに儂たちを集めたのか?」
エルプスから不満の声が上がるが、それも想定内だ。
「あくまで確定してないだけで可能性は高い。聞いた話によると百足の群れと蜂の群れが森の中心に移動、そして群れには卵を背負った百足の『母体』と蜂の『母体』らしき存在を発見したんだ」
「卵を持っている時点で『母体』じゃないのか?」
「確定はできない、産卵するところを見れたらそれこそ確定するんだがな……『母体』に偽装しているただの魔蟲という可能性も否定できない」
「あの蟲共にそんな知能があるのか?」
「ないと思いたいんだがな、群れを率いている時点である程度の思考はできるはずだろう?」
そう言うと全員が納得してくれる。
「それで、どうする?総攻撃を仕掛けるか?」
ルウはそう言うが、それは悪手だ。
「無理だ、ルウ、それは絶対にしない方がいい」
「はっ、いつもの
「ああ、しかもとびっきりな」
「っそうかよ」
エナが総攻撃を否定するとルウは遺恨なく引き下がる。
「じゃあどうするってんだ?」
「さぁな、まぁこの中でそれを考えられる頭があるのは」
全員がこちらを向く。もはや予定調和と思えるくらいに動きが揃っていた。
「はぁ、わかった」
この脳金共は素直に従ってはくれるが頭脳能動はしてはくれない。おそらくエナ以外にこの立場を渡すと、ルウの言う通り総攻撃をしかねない。
「まずはこの情報の精査だ、ハースト腕利きだけを集めてこの場所に急行、ルウとエナの部隊もだ。ルウの方は実力者をエナはより探知が得意な者と逃げ足が速いものを厳選してくれ」
「「おう」」
「ほかのやつらは暇な奴を集めて岩場の奥に配置しろ、最悪すぐさま戦闘になってもいいようにだ」
「「「「「了解」」」」」
「ほら、さっさと動くぞ」
最後の言葉と共にそれぞれ動ける手勢を揃え、岩場に集結させるため、各員が動き始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます