第192話 イピリアの古き友

「あれが『雷閃峰』だ」


 翌朝、俺たちは朝食を済ますとハーストとファルコに手伝ってもらい『雷閃峰』に運んでもらっていた。


「しかし、本当に雲に覆われているんだな」


 目の前に見える山は中腹から天辺にかけて分厚い雲で覆われている。それもいつまでも雷鳴が響き渡り、落雷の可能性があるため空から目を背けることができない怖さがある


「ああ、しかもあの雲に触ろうとすれば電撃を食らう羽目になる。だからあの山は歩いて行かないと不可能だ」


 空を飛ぶヨク氏族だからこそ雷の危険を熟知しているため、ギリギリ雲の影響が出ないで場所で降ろしてもらう。


「わっは~~空が見えないね~」

「ああ、下手に近づけば落雷で翼がやられる」


 遅れてレオネとファルコが到着する。


「あ~こりゃやばいね~」


 呑気なレオネを見てみると髪が静電気を帯びておりツンツンになっていた。雲に近づいたせいか静電気が強くなっている証拠だ。


 ファルコも肌に若干の痛みがあるのか、何度か肌をさすっている。


「じゃあ行ってくるが」

「ああ、明日の同じ時間に来よう」


 どうやらハーストはこの山を登るのに時間が掛かると思っているらしい。だが今回に限っては、全く時間は掛からないだろう。


 そのことを伝えるのだがファルコが異論を唱える。


「何言ってんだ?俺やハーストさんでも歩いて2日3日掛かったんだ、お前はそれよりも早く帰ってこれるのかよ」

「そうか、ならまた昼頃来てくれ」

「お前な!」


 ファルコは馬鹿にされていると思っているみたいだがこれは純然たる事実だ。目標が雷に囲まれている山頂にいるなら、早くても一時間は掛からない。


「じゃあ私はこの辺で昼寝しているよ~」


 そう言うとレオネは収まりがいい場所を探して横になる。


「なんだ信じてくれるのか?」

「もっちろ~ん」


 疑いもせずにレオネが同意する。


「まぁいい、一度帰るなりしていいが昼には迎えに来てくれ。『飛雷身』」


 迎えに来る時間だけを伝えると、さっさと山を覆っている雲に飛ぶ。















(それでイピリア、お前の古い友人というのは?)


 雷雲の中を『飛雷身』で移動しながらイピリアに所在を問いかける。


『目的地は同じじゃ、用があるのはその実が成る樹木じゃ』

(樹木が知り合い?)


 ウルの例を見れば植物に意思があってもおかしくはないが、植物と会話できることにどうしても違和感を覚える。


(それにしても……)


 山が雲により覆われていることにより山の形が理解できた。


(山頂には窪みがって、その場所には森と池のようなところがあるのか)


 山頂のすぐ近くに、わざわざ作られたようなとても小さい森が存在していた。


「ここでいいのか?」


 窪みの縁に降り立つと、眼前の森を見据える。だが雲が発生しているのでほどほどにしか周囲が見えない。


『ああ、まぁ奴は動かないからゆっくり行くとしよう、ほれこっちじゃ』


 イピリアは少し先を飛び、先導してくれる。


「………変な場所だよな」


 周囲を見渡すと、常に霧のような雲が立ち込めていて日光を浴びている様子はないのに背が高い樹木が存在している。


 通常、背が高い樹というのは日光を得るために高くなる。だが逆に日光がいらない樹木はそこまで高くない、なにせ隙間からの日光だけでも十分なためわざわざ高くする必要がないからだ。


 また


(それ以前に山の頂上付近には樹なんて生えないはずだがな)


 高山植物は、背丈も草同様ほどのはず。だがここは平地のような感覚に陥るほど植生に違和感を感じる。


(気にはなるが、今は気にしなくていいか)


 不思議な事象は気になるが、魔蟲の問題もあるのでとりあえずは無視して先に進む。


 しばらく歩くと霧の奥から水が見える。最初は大きな水たまりとも思ったが、奥に進めば進むほど広がっていき池や湖の類だと分かる。


「それでここからどこに?」

『こっちじゃな』


 水際まで進むと、どちらかに進めばいいかイピリアが示してくれる。


『あと少しじゃ』


 池の縁を回るように進んでいくと、霧の中に大きな影が見える。


「これは……」

『そうじゃ、こやつじゃ』


 大きな影に向かって歩くとやがて大きな樹が見えてくる。葉は広葉樹のような形を持ち白色となっており、幹は何やら黄色い筋のような模様が入っている。


「これがか」

『馬鹿!!触るな!!』


 バチン


 奇妙な植物だと思い、軽く触ろうとするとはじかれるように電撃が走る。


「っつ!?」


 またこの地に来てからユニークスキルを発動している状態なのに、雷により痛みが走る。雷撃が触れた場所からは若干の焼けた匂いがしていた。


(いままで電撃で痛みなんて感じたことなどないのに)


 この樹木から放たれる雷撃はユニークスキルの耐性すら貫けることになる。


『言わんこっちゃない、その腕痺れているじゃろ?』

「……ああ」


 右腕に力が入らないし、今もジンジンと痛みが響いている。


『まぁ無理もない、この雷はあの方・・・のだからな』

「……おい、イピリア」


 何やら知っている様子のイピリアは問いかけを無視して樹に近づく。


『起きろ、リュクディゼム』


 イピリアの声に答えるように樹皮の黄色い亀裂が輝き始める。


『イピリアか?にしては存在感が小さくない?』


 念話で女性らしき声が聞こえてくる。


『なんだ寝てたのか?墓守の役割はどうした?』

『ちゃんとやっているよ、にしても君のその姿は何だ?そこまで弱くなっているなんてオオトカゲからヤモリにでもなったの?』

『うっさいわ、こっちにもいろいろあるんじゃ』

『はっはっはっ、その姿だと怖くもないよ。それに私の一撃でくたばるんじゃない?』

『なんだと、儂の後に生まれたくせして』

『確かに生まれた時から少し前までは私の方が弱かったけど、今の状態で勝てると思うの?』

『おうさ』


 イピリアと樹木の間に雷電が走る。それはまるでお互いがそれほどの力を持っているか誇示するかのようにだ。


『これだけ?』

『もちろん、これだけじゃないさ、なにせこいつが儂の宿主だからな』


 2つの視線がこちらに向くのがわかる。


『???普通の人族の子…………ぶっ!?おい、イピリア!!こいつって!!』

『ああ』


 対立する空気は霧散し、イピリアはどうだという態度をとり、樹木は死んだ者を見たような雰囲気になる。


『どうだ、やるか?こいつの本気ならお前に勝ち目はないぞ?』


(おい、さっき触れただけでも攻撃を受けた、しかも意識がない状態でだ)


 眠った状態でこちらの耐性を貫通する雷撃を放った。これは意識が覚醒している状態で戦闘になったら勝ち目なんてないほどの力の差があることを示している。


 だがこちらの思考とは裏腹に話は進んでいた。


『アレが使えるなら勝ち目はないね』

『おうよ、使えることも確認したからな、謝るのは今のうちだぞい』

『そうね…君、イピリアとの契約なんか破棄して私と組まない』

『おい!!』


(…………どういうことだ?)


 先ほどと打って変わって樹は戦いを避けるような言動をとる。実力で考えるなら俺なんてリュクディゼムと呼ばれたこの樹に勝てるとは思えない。それでなぜこちらを上だと思っているのか。


「おい、イピリア、用件が済んだら、さっさと実を取って帰りたいんだが」

『おや、君の言う実とはこれのことか?』


 樹木の枝が不自然に動き、金色の実をつけた枝が目の前に降ろされる。


「おそらくだが」


 事前に金色の実だとは聞いていたから、これだと思うが。


『でも、君がこれを食べても意味が無いよ?』

「そうなのか?」


 ハーストに聞いた話だと雷に耐性ができるのと帯電する能力が備わるらしい。だがどうやら効果はそれだけではないらしい。


『ええ、むしろ私と繋がってしまうからね』

「詳しく説明してくれないか?」

『リュクディゼムの実は確かに雷の耐性と力が少しだけ身に付く、ただデメリットでこいつに五感がフィードバックされることになるぞ』


 メリットもあればデメリットも生じてしまうとのこと。デメリットは感じた事すべてがリュクディゼムに筒向けになってしまうらしい。


『そうそう、それに雷の力を暴走させて殺すこともできるから、生殺与奪も私が握ることになるからね』

「食う気がしなくなった」


 当然だろう、誰が好んで命を差し出すというのか。


 リュクディゼムとヨク氏族は共存関係が出来上がっていることによりこの実をを食している。だが、俺みたいのが食べるにはあまりにも利点が少なすぎる。


『まぁ食うフリでもしてればいいだろう、さてリュクディゼム、何か変わったことはないか?』

『ないね、いつも通り平和な日常だよ』

『それはよかった』


 イピリアの口ぶりからしたら、この場所が無事で安心しているように感じる。


『それでイピリア、ここに来たのはこれだけ?』

『なわけないじゃろ、あの方の鱗を一枚もらいに来たんじゃ』

『あ~なるほどね』


 二人の間は納得している様子だが、俺には分からない。


『下手に触らないでよ』

『わかっているわい、あそこで下手に動いたら儂でも消滅するわい』

『ならいいわ』


 そう言うと何かが動く音がする。


『ほれ、こっちじゃ』


 イピリアが樹に沿うように移動すると大きなうろが見つかった。


『ほらこっちじゃこっちじゃ、あっ、ちなみに入るときは『真龍化』を発動した状態でいなければいけんぞ』

「いや、それだと長期間は無理だが?」


 なにせ一秒で10MPだ、フルで稼働させても約10分が限界だ。


『問題ない、というかまだ気づいていないのか……………』


 返答に呆れた声が聞こえてくる。


『ほれいくぞ』

「おい、説明はないのか」

『中で説明してやるわい』


 そう言うとイピリアは先んじて中に入る。











 樹の洞は広く、ある程度進むと地下に進む洞窟があった。


「まさか、ここか?」

『そうじゃ、この先にあの方がいる、それと』

「明るいな」


 壁には薄く黄色に輝く結晶がいたるところにあり、道灯りとなっている。


『まぁな、ここは魔力が豊富にあるからのぅ』


 イピリアは顕現している。その際に俺の魔力を消費してないのでここはそれほどまでに魔力が濃い場所なのだろう。


(なんだろう、心地いい……のか?)


 そしてなぜかわからないが自然と体が暖かくなるのがわかった。


(それにそこまで魔力が減ってない?なぜだ?)


 本来なら既に600MPほど削れているはずなのだが、いまはせいぜいが100MPほどだった。


『不思議か?』

「まぁな」


 洞窟を進みながらイピリアが隣に来る。


『ふっふ、お主はその力をただの強化にしか使っていないからのぅ、わからんのも無理はないわい』

「ソウデスネ………じゃあ『真龍化』にはどんな力が備わっている?」

『それはのぅ、っと着いたようじゃな』


 答えをさぁ聞こうというタイミングで洞窟の奥から強い黄金色の光が漏れ出ているのが見えた。

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