第190話 ヨク氏族の老獪共

 翌朝。


「ふぁ~~よく寝た~」


 レオネはそういいながら俺の寝床から出てくる・・・・


「いや~ごめんね、場所借りちゃって」

「おかげで外で寝ることになったがな」


 俺はレオネを寝床に寝かした後、家の外で横になり寝ていた。当然満足に休息が取れたかと聞かれれば否と答えるしかない。


「けど大丈夫?今日はヨク氏族と一緒に行くんだよ?」

「…………」


 昨日の絡み具合を覚えているのなら普通はこの言葉は出ないと思うのだが。


「あ、ほら、来たみたいだよ」


 こちらの事をさほども気にすることはないレオネの指さす方向を見ると空に何名かの人影があった。


 とりあえずレオネと門の外に向かう。











「待っていたぞ、人族の子」


 門の目の前ではハーストを中心にした十人規模の集団が何やらピリピリとした雰囲気を放っていた。


「バアルだ、それでどう移動する?」

「我々が抱えていこう、それで、そいつもか?」


 全員の視線がレオネに向く。


「そうそう、伴侶として当たり前なのさ」

「伴侶にした覚えなんてない」


 息をするように嘘を吐くレオネ。冗談の類だとは思うのだが、訂正してもすぐにおどけてしまうため、最低限の否定だけで諦めている。


 ちなみに今のレオネの言葉で後ろから突き刺さるような視線が強くなった。


「バアル、頼むぞ」


 後ろにいるレオンから声を掛けられる。


「了解だ、そっちも事前通り、『王』と『母体』の捜索を続けてくれよ」

「もちろんだ、間引きもやっておく」


 事前に指示した通りレオン達にはこのまま捜索と殲滅をメインに動いてもらう。俺がヨク氏族の元にいる間も魔蟲は続々と増え続けるため、少しでも数を減らし今後の戦闘に支障のない程度で動いてもらう。


「では、行くぞ」


 ハーストたちがを広げて空に舞い上がる。


「おい、俺はどうすればいい?」

「両腕を上げろ」


 とりあえず言われた通り、両腕を上げる。すると鳥足で二の腕を掴まれ、徐々に宙に上がっていく。


(まるで鷹につかまったウサギの気分だな)


「うぉ~~すご~~~」


 もう一人は純粋に空を楽しんでいる。


(落下したら死ぬのに能天気だな)


 『飛雷身』で落下を防げる自分とは違い、対策がないであろう人物は普通怖がると思うが。


「意外だな、もっと怖がると思ったのだが」


 ハーストも同意見らしい。


「まぁな、空に飛びあがったことは何度もあるからな」


 自慢ではないがスカイダイイングをした経験は豊富だ。それに一年前は資料を作るため、領地内を駆けまわる時、ほとんど空にいたこともあったぐらいだ。


「それよりもその樹のことを詳しく教えてくれ」

「よかろう」









 まずヨク氏族はウルブント山脈の南側に居を構えている。もっと言えばキクカ湖から北に行った場所にある。


 そしてそこに里がある理由だが、例の雷雲を纏った山頂、『雷閃峰』にあった。


 まず『雷閃峰』そこはウルブント山脈の真ん中の部分に存在していて、南北に分かれる境目になっている。


 そしてなぜ南北で分かれることになるかというと、その『雷閃峰』には必ず分厚い雲が存在しており、その雲には触れるだけで感電してしまうらしく、耐性がない鳥の獣人には雲を突っ切ることはできないことにある。


 またその雲なのだが決して晴れることはなく、峰の全貌を見た者はいないと言われている。そしてその雲が存在しているがゆえにヨク氏族は南側に唯一取り残された鳥の獣人の里らしい。


 そして肝心の試練の内容だと、その雷雲を無事に突破し山脈近くに生えている不思議な樹木に辿り着くことにあるという。


 だが


(近づくだけで感電するほどの雷雲か、イピリア、どう思う?)

『まぁお主なら苦も無く抜けられるであろうな』


 イピリアの予想に概ね同意だ。『轟雷の天龍』は雷系のユニークスキルで当然耐性も備わっている。


『あ~一ついいかのぅ?』

(どうした?)


 イピリアが何かを伝えようとしているが言いづらそうにしている。その様子は見たことがなくかなり珍しい光景だった。


『実はその場所に古い友人がいるのだ、少し寄り道してもらいたい』

(……短時間なら問題ないぞ)


 おそらくはそこまで苦労はないので少し寄り道するくらいは問題ないだろう。


「そら、見えてきたぞ」


 頭上から声がして前を見てみると雲を優に越す高い山脈が見えてきた。


「あれが例の『雷閃峰』だ」

「……確かに雲がかかっているな」


 山はフードを被せてあるように分厚い雲に包まれていた。


「あそこがヨク氏族の里だ」


『雷閃峰』の一つ手前の山の中腹に人の手で作られた里が存在していた。周囲には岩肌しかないため、上空からとても見やすい。


「それじゃあ、降りるぞ」


 その言葉と共に少しづつ降下していく。













「わっは~~すごいね~~~」


 ヨク氏族の里に降り立つとレオネは初めてヨク氏族の里を見て興奮している。


 里はレオンやアシラの里とは違ってやたらと簡素な造りの建物が多かった。


「俺達は小さい物ならともかく大きい者はまず運べないからな」


 こちらの視線でどんなことを考えているかを察したハーストが説明してくれる。


(土台に石を使って、屋根の部分には藁、壁は何枚も獣の革を張り付けて壁代わりにしているか、ゲルに似ているな)


 いくら空を飛べるといっても大量の木材を運ぶのはさすがに一苦労だ。しかもここは岩山で周囲には建築に仕えそうな木材を取れる場所がない。その点、石と藁、獣の皮であれば軽いのでそこまでの労力を必要としないため、必然的にこのような形になったとのこと。


「早速案内を」

「ハーストさん!!なんで地の者を連れてきているのですか!!」


 ハーストが早速山に案内しようとすると一人の若者がやってくる。


「ファルコか、別に地の者を連れてきたわけではない、本命はこの人族の子、バアルだ」

「同じことです!!地の者といる時点で掟破りではないのですか!!!」


 どうやらファルコという、獣人は真面目な性格らしく、掟破りだと主張している。


「別にそのものは地の者に属しているわけではない、あくまでそこの小娘は監視だ、そうだろう?」

「え~ちが、グムっ」

「その通りだ、俺はお前らで言う地の者に属してはいない」


 監視じゃないと言おうとしたレオネの口を手で塞ぎ、ハーストの考えに乗る。


「ですが、いくら長とはいえ、部外者を引き入れるなど」

「それについては後程話す、ひとまずは空いている家をこの二人に貸してやってくれ」

「…わかりました」


 ファルコは思うところがあるのか、こちらを少しにらみながら、飛び去っていく。


「それでは早速試練といいたいが、そのまえに里の重要な奴らには話を通す必要がある、ついてきてくれ」


 ハーストは部下に誰かを呼んでくるように命令すると、他よりも大きな建物に案内される。


「待って居ったぞハースト、そして人族の子、地の者」


 大きな建物の中にはしわがれ声の老人が数人座っていた。


「さて、話を聞かせてもらおうか、ハースト」

「ええ、そのために長老方を呼び集めた」


 中に入るとハーストの隣に勧められ、話し合いが始まる。


「それでハーストよ、地の者から慰謝料として何をぶんどった?」

「なにせ湖一つが消えたんだ、それなりの土地をもらわんと割が合わん」

「そうだな、どうだろう、グファ氏族の保有地をいくつか献上させよう」

「そうしよう、そうしよう」


 老人たちは目の色変えてどの土地をもらおうか話し合っている。


(バカなのか?)


 なぜ土地がもらえると思っているのか全く見当がつかないうえに、自分たちが上だとなぜだか認識している。下手すれば魔蟲以前によく持続とぶつかり合う可能性すらある。


「どうだハースト、何ならグファ氏族の土地すべてをもらおうと思うのだが」

「いい加減にしろ!!!」


 暢気に賠償の話をしている老人たちにハーストは激怒する。


「今回の魔蟲カボインセクトの襲撃はいつも通りとは思うな!!!」

「……どういうことだ」


 一番年老いている人物の問いにハーストは答えていく。


 今回の魔蟲の襲撃と共に人族の軍が攻めてきたこと、また魔蟲の規模が通常の数倍あったこと。それゆえに戦力を割かれてうまく魔蟲に対処ができなくなり、どんどん劣勢になっていったことをすべて話す。


「…………」

「これ以上、放っていけばいずれ地の者達は負ける、そうなれば縄張り云々うんぬんなんて言ってられない、我々も対処するべきだ」

「おい、ハースト、掟を忘れたのか?」


 やたらと切り傷がある老人がハークスに問いかける。


「もちろん覚えている、だが言い換えれば掟に反してなければ我々も対処するということだろう?」

「「「「おい」」」」


 全員から突っ込まれるのも無理はないだろう。だが事情を知ればヨク氏族の大半がハーストの肩を持つだろう。


「具体的にはどうするつもりだ?」

「このバアルに雷閃峰に挑んでもらう」


 ハーストがそう告げると全員の表情が引き締まる。


「空の加護を与えるのか?」

「ああ、氏族にいれるとまではいかないが、戦友として迎え入れれば問題ないだろう」

「そして戦友が戦っているから手を貸すと?」

「ああ、別に地の者と共闘しようとしているのではない、戦友が危険になっているから助けるだけだ」


 戦友となった俺が戦っているならば助ける、そこに地の者、レオンたちが居たとしても共闘したわけではないと言い張る。


 この考えを聞き長老たちは考え込む。


「人族の子、名は?」

「バアルだ」

「ではバアル、お主からしたら地の者は勝つと思うか?」


 全員の視線がこちらに向く。


「どんな手段を使ってもいいなら、という条件なら、な」


 キクカ湖のような状態になってもいいならと遠回しに伝える。


「そうか………皆もどう思う?」


 最年長を中心に話し合いを始める。


「聞いてもいいのか?」

「問題ない、なにせここから帰るには我々が運ぶ必要があるのだからな」


 内情が筒抜けになるが帰る手段が俺達にはないと考えているようで、俺たちを残したまま話し合いが始まる。


 それからは地の者を見捨てる意見、傍観する意見、ハーストに賛同する意見にいっそ地の者とは別に魔蟲に攻撃を仕掛ける意見と分かれる。


「まず地の者を見捨てる選択肢はない、何故なら平地には我々の狩場もあるのだ、そこで狩りができないとなれば飢えるのは我々だ」

「弱るのを待つのも悪手だ、なにせ弱ればキクカ湖のようなことを起こす可能性がある、これも狩場が減る要因になる」

「あとはハーストの考えと地の者を無視して魔蟲に攻撃を仕掛けることだな」

「我々だけで魔蟲と戦うのは無理だ、なにせ数が少なすぎる」

「そうだな、地の者は様々な氏族が一丸となって戦っているから対抗できているわけだ。我々の氏族の数では到底足りん」

「いっそ、逃げるのはどうだ?」

「どこへ?北に行こうにも女子供を置いて行くわけにもいかんだろう」


 ここまでくれば、考えはある程度絞れる。


「ハースト、非常にしゃくだがお主の考えに乗ろうと思う」


 一つの氏族としての選択としては正しい。


 なにせヨク氏族だけでは魔蟲に対抗できないし、逃げることも雷閃峰により北側にはいくことが困難。たとえ行けたとしても、向こうでの生活基盤が不安定になるリスクが生じてしまう。


 傍観したとしても、レオンたちが負ければ下手すれば次は自分たち、良くても狩場がすべて魔蟲に占領されることになる。


 また、キクカ湖と同じ状況がいくつも出来上がる可能性があり、狩場が減るのも許容できない。となればハーストの案を飲み、早々に魔蟲を討伐すれば丸く収まる。


「ではバアルよ、明朝すぐに『雷閃峰』に向かってくれ」


 一応は良識があるのか、老人たちは決断し、ハーストの思惑通りに事が進む。

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