第187話 止まる攻勢
「レオン!!レオン!!大丈夫なの!!」
「ああ……すまんな」
扉の外からのぞいてみると、レオンの部屋でムールがレオンに抱き着きながら泣いている。夫が重傷を負っているなら、当然の反応なのだが。
「どうする?」ボソッ
「もう少しこのままにしてやるか」ボソッ
「……だな」ボソッ
扉の外まで聞こえてくる会話に俺達は少しだけはそっとしておくことにした。
「おい、もういいぞ」
入口の横で待機していると中からレオンの声が聞こえる。どうやら俺たちに気付いていたようだ。
エナに視線で問うと肩をすくめて仕方ないと主張する。
部屋の中に入るとレオンに腕枕してもらっているムールの姿が目に入る。寝ているわけではないようで、ただレオンに甘えているらしい。
「すまんな、ムールに話が合ったんだろう?」
「ああ」
「ムール」
「わかっているわよ」
ムールはエナに視線を定める。
「で、何が聞きたいの?」
「そっちの現状を詳しく。特にどのくらいの人員が削られたかをな」
「レオンの部隊がだいたい死亡300重傷者400軽傷者700、ルウは死亡400重傷者350軽傷者700」
死亡はもちろんのこと重傷者もすぐに戦線復帰はできないので1450人が戦闘不能に陥ったと考えていいだろう。
総数が12350人、昨日のうちに全員が復帰できたと考え、この数で問題ないとすると……大体十パーセントが今回で削られたわけだ。
(全体の一割で『母体』の二体を屠ることができた、結果は上々。だが今後の動き次第では……)
産卵数は半減になったが、成長速度は変わらない。あちらはどんどん増えていくのにこちらはけがをすればしばらくは復帰に時間がかかる。
今後も短期的に動けるのならば最良の結果ではある、だが、長期的に考えれば少々劣勢なのは変わらない。
「お~い、アシラ様たちが帰ってきたぞ!!!」
そとから声が響いてくる。
「じゃあ、オレ達は話を聞いてくる」
「俺も、っと」
レオンは立ち上がろうとするがふらふらと体が揺れる。
「駄目よ」
ムールはすぐさま駆け寄りレオンを支える。
「レオン、俺の『慈悲ノ聖光』は傷を修復はできても流れていった体液とかは回復できない」
つまりは過剰出血により貧血の症状が出る。もっと詳しく言うなら体がしっかりと体液を作り終えるまでは動くことすらつらい状態が続くことになる。
「どうすれば治る?」
「食って寝てを繰り返せば自然に」
怪我は治ったためしっかりと休息を取ることで回復することを伝えるのだが、そう言うとなおのこと立ち上がろうとする。
「ではアシラたちの様子を見てから何か腹に入れよう」
そう言うとムールに肩を借りながら、アシラたちに合流しようと外に出る。
広場に出ると、アシラはこちらに気付き近づいてくるのだが。
「おいおい、なんでふらついていやがるんだ?」
アシラはムールに支えられているレオンを見て不思議がっている。
「それはな―――」
エナが一通りの説明を行う。
その後、ノイラとエルプスも加わるのだが、そろそろ日暮れなことに加えて、レオンの療養のため食事にする。
「なるほどのぅ、ではレオンのところはかなりの打撃を受けたのか?」
「ああ、けど無事に蠍の『母体』は倒せたさ」
いつもの9人が集まり、食事をとりながら並べられた二つの『母体』を見る。
「それで、アシラたちのところはどうだったんだ?」
「いつも通り雑魚しか出てこなかったさ、損害もほぼない」
数十名が蜂の毒を受けたようだが命に危険はないらしい。今後に問題ないかを確認し終わると、話題は『王』についてに変わる。
「しかし、『王』が現れたのか、どう攻めるつもりだ?」
「二体の『母体』を殺すことができたんだ、これで奴らの繁殖速度は半減したとみていい。下手に増援が出てくる前に叩いちまうのがいいさ」
「具体的にはどうするつもりじゃ?」
エルプスの問いかけに困ったレオンはエナを見てくる。
「どう考えるバアル?」
(ここで聞くのかよ)
レオンの視線を受けたエナがバトンタッチの要領でこちらに視線を向けてくる。
(普通なら部外者に意見は聞かないと思うが……)
とりあえず話をまとめる。
「まず今回は作戦通り発見済みの『母体』を殺すことができた。となると次はさらなる捜索が必要になる」
今回の作戦は討伐する目標の場所がある程度絞れていたから実行した作戦であって、もしそれがなかったらできもしなかっただろう。
「じゃあどうする?前みたいに雑魚をちまちま潰していくか?」
それは悪手だ、いくら繁殖速度が半減したとはいえ、こちらが消耗していく間にすぐさま魔蟲は繁殖していく、長期的にはこちらがどんどん不利なる。
獣人には魔法という文化が根付いていないため便利な回復魔法などを使うことができない。となればさらに消耗すべきではない。
ないのだが。
(現状これしかないよな)
結局、つぶすべき目標が正確にわかっていない時点で短期に持ち込むのは難しい。
よって
「まず捜索が得意な獣人を除いてはローテーションを組んで駆除をしてもらう」
「じゃあ、捜索が得意な奴らは?」
「そいつらは実力者と組んでもらってほかの『母体』と『王』について調べてもらう」
そう言うと全員が不思議がる。
「なんで『王』もだ?そいつは発見しただろう?」
「発見は、だろ。今はどこにいるのか知っているのか?どこをねぐらにしているのか知っているか?」
そう言うと全員が黙る。
「まずは『王』と『母体』を探すことに集中する」
二体の『母体』を倒し終えたのだから繁殖スピードはある程度落ちる、だがそれが有利には働くのは短期でだ。こちらは怪我をすれば癒すのに時間がかかり、死者なんてもってのほかだ。あちらは数日で成虫になるがこっちは子供が戦えるには年月が必要になる。どちらが有利なんてわかりきっているだろう。
「だから何としてでも短期決戦に持ち込む必要がある」
ここまで説明すれば全員が理解できただろう。
そして本題に入る。
「それで、捜索が得意となるとルウの部隊か?」
「ああ、と言いたいが…………エナの部隊には負ける」
ルウは本当に悔しそうな顔をながら告げる。
「そうだな、二体の『母体』を見つけたのはオレの部隊だしな」
エナの部隊は斥候と呼べる構成している。その実力は『母体』を見つけ出した実績が物語っている。
「なるほど……エナの部隊1人とルウの部隊3人で動いてもらおうと思っているが可能か?」
エナの部隊が疎まれている、そのことで仲間割れの可能性があるのか危惧するが。
「ああ、いくらなんでもこんな時期にいがみ合わないさ」
「そうさな」
ルウとエナの言葉でそれが杞憂だと判明。捜索隊を組んでもらうことに決まった。
「次に駆除の部隊だがレオン、アシラ、ノイラの部隊から出てもらう」
「わしの部隊はいいのか?」
「エルプスの部隊は戦闘力としては一品だが移動には難があるだろう?」
「まぁのう」
今回はエルプスは待機してもらい、ほかの部隊で駆除をお願いする。
「ここで一つ注意しておくぞ、重傷を負いそうなら帰還させろ、ただの駆除で大けがして戦線に復帰できないじゃあ笑えない」
「「「わかった」」」
消極的だが策を教えて、それぞれで部隊を指揮してもらう。
レオンに関してはムールが変わりに指揮することになった。
(一応方針は示したが、あとは時間との勝負だな)
魔蟲の増殖する速度は半分になったが、怪我を回復させる時間が長いことには変わりはない。『慈悲ノ聖光』で回復させるといっても俺の魔力量しだいとなると、必ずガス欠がやってくるし、いつ戦闘になるかもわからないのである程度温存もしておきたかった。
(ここは多少の損害を出しても探索を行い、短期で決戦を付けなければな………………にしてもルンベルト地方ではどうなっているのか)
戦力の事を考えていると、ふと、ルンベルト地方の事が気になる。
〔~リン視点~〕
「ようこそいらした。私はレシュゲル・エル・サラスファス、第七魔法師団長だ」
「こちらは特殊大隊、お飾り総隊長のロザミア・エル・ヴェヌアーボです。よろしく」
私たちは現在、マナレイ学園を出てルンベルト駐屯所に来ていた。そして駐屯地の責任者であるレシュゲル・エル・サラスファスさんに報告に来ていた。
「命令書を読んだが、バアルというのは金髪に空色の眼をした少年であっているか?」
「ええ、グロウス王国からの留学生で結構な家の出でして、国際問題になりかねない存在ですね」
ロザミアがそう断言するとレシュゲルは少々うろたえる。だがすぐに気を持ち直し、姿勢を正す。
「了解した。それでロザミア殿の大隊なのですが」
「こちらとしては王家直属の独立部隊としての扱いをお願いしたいのですが」
つまり指揮権は渡さないと言っている。
「ふむ……いいでしょう。ただし、行動によっては救援を求められても見捨てることもあるとご理解ください」
返答に勝手に動くのは勝手だが、自分の始末は自分でつけろとレシュゲルは告げる。
「もちろん、余力がある場合は援護をしますが、こちらの命令に従わないのであれば保証しかねます」
当然と言えば当然だ、戦争をしている最中勝手な行動をとった部隊を見捨てるのは仕方がない。
お互いの現状を確かめ終わると、ロザミアが話を変える。
「それとマナレイ学園から援助がなされています」
「援助?」
そう言うと扉が開きロザミアの部下が木箱を運ぶ。
「これは?」
箱の中にはいくつもの杖が入っていた。
「秘密兵器ですよ、対獣人専用のね」
ロザミアの表情からは自信があふれ出ていた。
コンコン
「誰だ?」
「フィルク聖法国の聖騎士アベルクナです」
レシュゲルが視線でロザミアに同意を求めると、ロザミアは頷き返す。
「入ってくれ」
「失礼します」
入ってきたのは真っ白い鎧に身を包み、灰色の髪を後ろに流している女性だ。
「この度、援軍として聖騎士隊500名を連れてまいりましたので、ご報告に」
そう言うと私たちに目を向ける。
「込み入ったお話であるならば退室しますが」
「いや、問題ない、いいよな?」
「ええ、こちらとしても周知にしておきたいので」
話し合いにアベルクナが加わる。
「まず、軍全体の規模はクメニギスの魔導師団が第四から第七までの4万人」
「それとフィルク聖法国の騎士団、総勢2万」
蛮国への侵略は計6万人で行われていた。開拓地を広げるだけなら過剰戦力なのだが、相手は蛮国、つまりは獣人の国。戦力は少ないよりは多い方が断然いい。
「では現在の軍の体系をお知らせしておきます」
まずルンベルト駐屯地はウェルス山脈とミシェル山脈の手前に設置されており、どのルートにでも伝令を飛ばせる場所に設置されている。目的としては伝令と物資の集積地としてで、そこまで人員は配置しておらず両国合わせて大体2000ほどしかいない。
「そして大部分の軍勢はすでにそれぞれのルートに進行しております」
まずは東の砂地ルート、ここはクメニギスが5000、フィルクが2000が歩を進めており。
「だが砂地にいる魔物が厄介でそこまで距離を取れていないと報告が来ている」
砂地に潜む毒蛇の魔物や砂の中を自由に泳ぐサメ、砂を固めて弾丸のように吐き出す蠍などなど。これらは何を言っても砂の中に潜んでおり容易には見つけられない。なので退路を断たれないように移動するとそれなりに鈍足となる。
「次に西のルートだが、これは論外だ」
こちらは二国合わせて500と少人数で進んでいるが道幅が少なく落下の危険性が高いため大人数を進ませることはできない、そして強風によりさらに危険度は増している。それゆえにここに期待している指揮官はまずいない。
「最後に最も安全な中央ルートだが、順調とは言わないが着実に進んでいる」
少し前に一度大きく押し返されたが再び、少しづづ進んでいるらしい。
「何か質問は?」
「一ついいですか?」
ロザミアが手を挙げる。
「なぜあなたはここにいるんですか?」
質問の意図が私にはわからなかった。だがロザミアにははっきりと違和感を覚えていたらしく、そのことを質問する。
「師団長は何もデスクワークが特出して得意でもなれる地位ではありません、長としての実力を持っているはずです。なのになぜこんな後方にいるのですか」
「……それは簡単さ、私は今のところ魔力を使うことができないのさ」
「へ?」
ロザミアがこういうのも無理はない、私も魔力が使えなくなるなんて初めて聞いた。
「少し失礼します」
アベルクナさんはレシュゲルの腕を取ると魔法を発動させる。
「『白キ浄化』」
淡い光がレシュゲルさんを包むのだが。
「どうですか?」
「……駄目ですね」
「そうですか…お力になれずすみません」
「いえいえ、その気持ちだけで十分です」
アベルクナさんの魔法でも効果は表れなかった。
しかし
「あの、私もいいですか?」
状態異常なら『浄化』で回復できるかもしれないと思い、腕輪に魔力を流して、発動してみると―――
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