第186話 奮闘の結果
すべての蜻蛉を回収し終えると拠点であるグファ氏族の里へと帰還するのだが、その際に『母体』の死骸だけは『亜空庫』に仕舞わずにわざわざ運ぶとエナが言い出した。
その理由は。
「「「「「うおぉぉおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
広場に
(『母体』を倒した証をしっかりと知らしめて士気を上げる、か。ありがちだが有効な手だ)
戦場でも敵将の首や死体をさらすことにより相手の戦意を喪失させることはよくある。エナがそのことをしっかりと理解して実行しているかは定かではないが、どちらにしろ士気が上がれば魔蟲への戦意も上がるはずだ。
里が吉報に包まれる中、エナは『母体』を倒したと言うのに微妙な表情をしていた。
「しかし、
「あいつら?」
「いやな、キクカ湖ってのはヨク氏族がよく使っている水場なんだよ」
ヨク氏族は、あの『飛翔石』の採掘場所がある氏族だという話だ。そしてその氏族が主な水源としているのがあのキクカ湖という。
「怒るか?」
「……確実にな」
できれば『飛翔石』を採掘する関係で良好でありたいのだが、おそらくひと悶着あると予想できてしまう。
「まぁ魔蟲のことは奴らも理解しているからそこまでは悪化しな……い、と思っておけ」
「そこは断言してくれ」
ヨク氏族に付いては今頭を悩ませても仕方ないので、休息を取るため、エナとティタと別れて用意された寝床に戻るのだが。
「お帰り~」
「……誰だ?」
日焼けした健康な肌を見せつけるようにしている露出の多い服、腰まで自由に伸ばした赤金色の髪にその頭上にある猫のような耳、腰から生えている同じ毛並みの尻尾、クラリスと同じくらい整った綺麗な顔、年齢もおそらく同じくらいな少女がなぜだか、用意された寝床にいた。
「私はレオネ!!」
「いや、名前を聞いているんじゃなくて、何でここにいるのかを聞いている」
一応すぐに戦闘に入れるように警戒する。正体不明な人物が用意された寝床にいる時点で怪しい。
「おや~警戒しなくてもいいよ~私はお礼を言いに来ただけだから」
「お礼?」
記憶を探るが彼女になんかした覚えはない。
「ほら、昨日の夜に怪我人皆を治してくれたでしょ、私はそのうちの一人なのよ」
(なるほどな)
『慈悲ノ聖光』で治癒した獣人の中の一人なら、彼女の言うお礼に心当たりはある。
「それならエナに言った方がいいと思うぞ」
報酬が無ければ治すつもりなどさらされなかった。そのためある程度の感謝は受け取るがそれ以上はいらない。
ここにいる意味も納得ができたので警戒を解くのだが。
「い~や、直してくれたのは君じゃん、ならお礼はちゃんと言うべき」
そう言うとなぜだか顔を近づけてきて。
ペロ
なぜだか頬ををなめられた。
「……何しているんだ?」
「あれ?普通の子なら照れるのに」
しかも狙っての犯行だと自白した。
「何って私を意識させようと思って」
「……はぁ~」
彼女の言っている意味が理解できずに、頭が痛くなって来た。
「礼は聞いたから、さっさと出てくれないか」
とりあえず戦闘を終えた後なので休息を取るために出て行ってもらうように促すのだが。
「え~私には見せられない何かをするつもり」
そう言うとニマニマと笑いそうな表情をする。
「ただ寝るだけだ、ほら、さっさと出てくれないか」
「なら私が添い寝してあげよっか」
(なぜそうなる?)
意図がよくわからず、こちらが混乱するばかりだ。
「………………もういい」
応答するのもつかれるのでそのまま横になる。さすがにこちらを害する気はないのは理解できたので、イピリアに危険がある場合だけを頼み、休息を取り始める。
(やっぱ一気に魔力を使うと少しだるいな)
短時間で急激に魔力を使用すると少しだけ、けだるくなる。
ゴソゴソ
「…何しているんだ」
「私も寝ようと思って~」
「……俺の腕でか」
なぜだか俺の腕を掴み、それを枕にして横で寝ようとしている。腕を抜こうとすると力強くつかまれ固定される。
「いいじゃんいいじゃん、母さんたちなんて場所を競い合っているんだから」
「………」
もう何を言っても無駄だと理解したため、おとなしく腕一本だけ犠牲にすることにした。
(イピリア)
『わかっておる、こやつが命を狙った場合はすぐに対応してやるわい。もちろん毒の類もな』
いかに近距離でもイピリアが見張ってくれれば対応はできるだろう。
「にしても昼間っからこんな美人と昼寝とは贅沢だな~」
「俺の声に似せて言うな」
だが彼女の言う通り、今の時刻は太陽が真上を少し通り過ぎた当り、つまりまだ昼間といえば昼間だ。
(今回に関しては相性が抜群だったことが幸いしたな)
ここまで早く殲滅し終えたのは相性の差が大きかった。
俺ならば姿さえ見えていれば、そこだけを刈り取れる。ましてや空にいるともなると、姿はより発見し易く、狩り易い。
おそらく戦場にいた場合は瞬時に大将の元に移動してその首を刈り取ることも可能だろう、もちろん見えていればという言葉がつくが。
(さっさと寝て、魔力回復に努めるか)
真っ昼間から眠るため惰眠とも昼寝とも取れるが、どちらにしろ回復するために眠りに落ちる。
トントン
トントン
「…なんだ?」
ノックされる要領で体を叩かれると、意識が浮き上がる。
「おい、お前は誰と寝ているんだ?」
「……」
眼を開くとエナの声が聞こえてくる。
外を見てみると茜色に染まっており、あと少しで夕闇と呼ぶ時間になるだろう。
「で、何の用だ?」
「レオンが帰ってきた、そのことを教えようとしたんだが」
エナとティタの視線が隣に向く。つられて視線を向けると、涎を垂らしながら気持ちよさそうに寝ているレオネの姿が見えた。
「なんか、知らない間にレオネと寝ているし」
「なんだ知っているのか?」
「……後々大変になるな」
「だな」
ティタの言葉が何か不吉な事を予言めいている。
「それより、レオンが帰ってきた、話を聞きに行くぞ」
腕枕されている左手を無理やり引き抜いて、立ち上がる。
(やっぱ痺れている)
左手に力が入らないので出来るだけ刺激を与えないようにして立ち上がる。
「……大丈夫か?」
「問題ない」
レオナを置いて外に出るのだが。
「……死ぬなよ」
「?どういうことだ?」
ティタは問いには答えずにそのまま前を歩いて行く。
「大きいな」
広場には体長10メートルはありそうな蠍が置かれている。蜻蛉の『母体』と並べるように置いてあることからこれが蠍の『母体』なのだろう。
(焦げているのか)
その蠍を観察する。蠍の尻尾は途中で引きちぎられており、足は折られ、何より決定的なのが肥大した鋏の甲殻が真っ黒に焦げており機能しなかったのがわかる。
「それで、レオンは?」
話を聞くために統率したレオンの所在を聞いてみると。
「今はビューラのところで治療を受けていますよ」
「治療?怪我したのか?」
「らしいぞ」
どうやら今回の戦闘で大きな傷を負ったようで、今は治療を受けているとのこと。一応、怪我に付いて近くにいた人に話を聞いてみるのだが、どうやら居残り組は詳細を知らないみたいだ。
ガシッ
「おい、仕事だ」
別の連中から話を聞き終わったエナは俺の襟首を掴み問答無用で診療所に連れていく。
『慈悲ノ聖光』にてほとんどの怪我人がいなくなった建物なのだが、またほとんどの部屋から血の匂いが漂っていた。
「ぐぅうううううううう」
そんな中の一室で、血まみれのレオンがうなされていた。
「ほら、さっさと治せ」
エナによってレオンの前に無理やり出される。
「いや、あのな……はぁ」
仕方なくレオンの様子を見ると、左わき腹をかなり抉られていた。それも下手すれば致命傷にまで発達するほどだ。ほかにも左腕の骨折も目立つことから重点的に左に攻撃を受けたのだろう。
(これほどの大けがならそれなりの対価を)
「これは命令だ、交渉なんてことはできねぇぞ」
こちらの意図を見透かしたのか低く、下手すればうなりだしそうな声で忠告される。
「……わかった」
何かしらの要求をしようかとも思ったが、この様子だと、下手な要求を出せばめんどくさいことになりそうだった。なにより、別段俺が治癒しなくても時間さえかければ治せてしまうので要求もそこまで大きいものは求めることはできない。ならここは無償で行い、心証をよくした方がまだいいだろう。
「『慈悲ノ聖光』」
バベルを取り出し、
レオンに光を浴びせると、とりあえずは傷口がふさがり、ひとまずは安定して見せる。
「で、なんでレオンがこうなっている?」
「それがな―――」
エナの聞いた話だと、レオンとルウの部隊は無事に蠍の『母体』と接触したらしい。
過程でも今回は全体に効率よく戦力を配置しているせいか、増援は少なく、順調に追い詰めることができたとのこと。
「で、順調でこれか?」
レオンの状態を見てそう言えるなら獣人はかなりぶっ飛んでいると判断せざるを得ない。
「ああ、とあるイレギュラーが無ければな」
「イレギュラーだと?」
「『王』の個体が出現したらしい」
レオンとルウは『母体』をあと一歩のところまで追いつめると、それが姿を現した。
「話している奴らの言葉を信じると、山ほどの大きさの百足だとよ」
体長は森の奥まで続いており胴回りは今回の蠍の『母体』もすっぽりと入ってしまうほどの大きさを誇る百足の『王』。
そんな『王』が現れると『母体』を庇う様に立ち回るのが見て取れたとのこと。
「だが、そんな巨体だと、今まで見つからなかったというのは不自然だろう?」
「……そうでもない」
「ああ、報告ではそいつは地中から姿を現したんだよ」
話を聞くところによると突如として地面から出現したらしい。なので地上で見逃していたわけではないらしい。
「なるほど、で、戦闘はどうなったんだ?」
「一時的にレオンと一部の奴らが注意をひいている隙にルウが『母体』とどめを刺せたらしい」
「……その後に暴れだす『王』をレオンが傷を与えて何とか追い払ったと聞いている」
それゆえにレオンはここまでの重傷を負った訳だ。
「ほかのやつらは?」
レオンとともに『王』と戦った奴らもいるのなら同じような傷を負っているはずだと思い声を掛けるのだが。
「……」
「……」
二人の反応で察することができた。
「『王』に挑んだのは大体300人ほど、だと聞いている」
「……だけど、その300人はレオンを除いて全員が死んでいる」
この部分だけ見ればいい結果に思えるが、実際は普通の蠍にやられた連中もいることに加えて、彼らは精鋭らしく、思いのほか損失は大きいらしい。
「ぐ、おい、誰か、いるか?」
そんな話をしているとレオンが目を覚ました。
「ああ、いるさ」
「エナか……それでそっちの方はどうなった」
自身のことを聞く前にキクカ湖での戦闘を聞こうとする。
「終わったよ、しかも無傷でな」
「そうか…よかった……すぅ~~~」
こちらの答えを聞くと安堵し、すぐさま眠りにつく。
「自分の怪我の状態よりも現状確認か、まぁレオンらしい」
「……だな」
二人はそれをレオンらしさと捉えている。
「それで、レオンは寝たぞ、誰に話を聞く?」
「それはもう一人にだな」
そう言うとレオンとは違う部屋に移動する。
「おうおう、みじめな姿になったな、ルウ」
「グゥ!?黙れエナ」
なんと隣の部屋でルウが寝ていた。
こちらはレオンほどではないが胸に大きな切り傷を負っていた。
「さて、お疲れのところ悪いが話を聞かせてもらうぞ」
「俺は怪我人なんだが?」
「でも口は動くだろう?すべてを話してくれたらその傷を治してやるからさ」
「たく、わかったよ」
そう言うと話し出してくれる。
まず、レオンとルウは予定通り岩場に到着すると、探知が得意なルウの部隊が広範囲に散り、『母体』を捜索。
その後、2時間ほどで『母体』を発見。すぐさまレオンと精鋭のみを温存していたルウがその場に急行し、戦闘開始した。
「レオンの戦いぶりは本当にすごかったぜ」
ルウの言う限りでは、蠍の外骨格に誰も歯が立たなかった。
尻尾の毒針を受ければ、数分で死に至り、鋏に掴まれれば真っ二つになる。
もちろん脅威は『母体』だけではない、岩場の陰に潜んでいる蠍もだ。なにせ死角から毒針を打ち込まれるだけで戦闘には支障が出てしまう。ほかにも耐久力ある百足もいればそうやすやすと『母体』を攻撃できるわけがない。
だがそんな中レオンは、炎を纏うとそのまま敵陣に突撃を掛けたらしい。
「レオンの炎はそこら辺の獣の炎とは一味違うからな、魔蟲は近寄ることはできないのさ」
ルウの言葉でやや気になる部分があったがそのまま話を続けさせる。そしてレオンは『母体』と対面すると戦闘を始める。
「まずレオンは鋏の攻撃を止めると鋏を炎で使えなくさせたんだ」
まずレオンは炎を使い攻撃を行う。炎の攻撃では鋏は傷つけることはできなかったのだが、本当の目的は中の筋肉が変質させ動かすことができなくすることにあったらしい。
「その後も、もう片方の鋏を使えなくしてな、そのまま背中に飛び乗ると卵を潰しながら尻尾を引きちぎったのさ!!」
ルウの表情は尊敬の色が見え隠れしている。
そう言うのはいいから簡潔に語れと言いたいが、今のテンションではおそらく聞き入れてくれないだろう。
「それで?『王』の個体が現れたと聞いたが?」
「ああ、レオンの行動でほかのみんなも奮闘することになるんだが、『母体』まであと一歩というときに地面が揺れたんだ」
「それが『王』か?」
ルウは静かにうなづく。
「まず最初に奴は『母体』とレオンの間に体を入れて分断したんだ」
その後に『母体』とともに下がり始めて逃げようとし、それを阻止するためにレオンと精鋭と呼べる実力者達が『王』への攻撃し何とか『母体』から引き離した。
そのチャンスを逃さまいと手の空いている残りの戦士が『母体』に群がり、何とか仕留めた。だが、その間にレオンは重傷を負いそのほかは亡き者となったという。
「もちろん、重傷を負っても『母体』は『母体』だ、俺達の部隊も無傷では済まなかったさ」
巨躯を暴れさせるだけでも十分脅威になっていたそうだ。
「ちなみに被害は?」
「わからない、そこはムールにでも聞いてくれ」
どうやらムールが退却の指揮を執ったらしく、正確な数字は彼女が把握しているとのこと。
「もういいか?」
「ああ、怪我人なのに無理をさせたな、養生してくれ」
「ああ、わかっているよ」
そう言うとルウは目を瞑り、寝息を立てる。
「さて、じゃあムールに話を聞きに」
「レオン!!どこ!!」
診療所に件のムールの悲鳴が聞こえてくる。
「手間が省けたな」
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