第167話 おとなしくしている理由

〔~バアル視点~〕


 ガラガラガラガラガラガラ!!!!!


「で、急にどうしたのだか」


 夜が明けると、すぐさま檻が台車に乗せられて、昨日までとは違い、急速に走り出した。


「****!!!」

「******!!!!」

「***、******」

「******!!!!!!!!」


 台車を引いている数人の獣人が何やら口論している。


(本当、言葉が聞ければ、どれだけよかったか)


 今は様子を見てなんとなく察するしかない。


(急速に移動しているのは危険が迫っているから。食料が思いのほか少なかったから急ぐということもあるが、それなら朝食で豪勢に食うわけがない)


 獣人たちが遠慮なく食べていたことから食事にはとりあえず困ってはいないだろう。


 では急ぐのには他の理由がある。


(まぁ妥当なのが、外敵の存在。魔物の領域に入り込んでしまったら納得できる)


 魔物の領域とは一定勢力の魔物が住み着いている地域のことを指す。


 そしてその中に入り込んでしまえば、魔物の集団に囲まれて袋叩きにあう。統率の取れている魔物ほど危険なものは無い。


 かく言うゼブルス領にも何か所かそのような場所が存在している。もちろん例外を除いては立ち入り禁止地としてだ。


(そう考えると神樹ってチート染みた存在だな)


 エルフに最適な環境を用意することができて、株分けである聖樹を植えたらより範囲が広がる。


 それに領域には必ず上位種や変異種がいるから、下手な人員を送り込むと死ぬ可能性が高いので領主としては頭痛の種でもある。


 そして獣人が逃げるのにはもう一つ考えられる


 それが


「追手か」

「なっ!?それは本当か?」


 隣にいた男が声を聞いて声を上げる。


「ええ、こうして急ぐ理由はそれかもしれませ」

「おーーーーーーーーーーーーい!!!!!ここだーーーーーーーーーーーー!!!!!!たすけてくれーーーーーーー!!!!!」


 説明している最中に大声を上げて、男は居場所を伝えようとする。


「おーーーーーーい!!!!!!!!!」


(ばかだろ)


 逃げている最中にそれを邪魔しようとするとどうなるのか


「*****!!!!」

「************!!!!!!!!!!!!!!」

「なっ、おい!!やめ!?っ――――」


 台車の横にいる獣人は檻に獣化した手を入れて男の喉を切り裂く。


「******?」

「******、********」


 獣人は何事もないように並走していく。


(ダメだな、下手に騒げば即座に殺される。やっぱ機を待つしかないか)


 どこかから爆発音が聞こえてくる。


(爆発……追手の確率が増えたな)


 魔物が爆発を使うことはまずない、よって先ほどの爆発は魔法の可能性が出てくる。


 もちろん爆発を使う魔物もいるがそんな魔物はほぼ例外なく危険とされて即討伐対象されてる


 運悪く出現したばかりという可能性もあるが、結局は見つかりやすくなる。魔物であろうが人族であろうが大して変わりはない。


(さて、このまま逃げ切れられるかな)


 そう思っていると、もう一度爆発音が聞こえるのだが。


(??少し離れている?)


 その後も爆発音が続くのだが、少しずつ音の大きさが小さくなっていく。


「****?」

「*******」


 台車を押している獣人が何かを会話すると笑うのが見える。


(つまりは逃走成功か)


 そのまま揺られながらどこかに連れて行かれる。









 夜になり、追手を巻いた獣人が合流すると所々で喜びの声が上がる。


(奴隷で劣悪な環境でいたのにこの元気を持っているのか)


 何かしらの毛皮で出来た服を着ている救出部隊に獣人とは違い、合流した獣人の中には襤褸を着ている奴隷もいた。なのに追っ手を引きはがせるほど体力が回復しており、さらには戦闘跡らしき血しぶきがついている奴隷すらいる。少し前までは劣悪な環境にいたとは到底思えない。


 ジィーーーー


(またか)


 そんな獣人を観察している俺も、またあのハイエナの獣人に監視されている。


(毎度毎度何なんだよ)


 毎夜こう見られれば落ち着かない。


(にしても、本当にどうなるんのだろうな)


 他の檻の中には成人男性、身なりからそれなりの地位があると予想できる。


(蛮国とやり合っているクメニギスの重鎮を攫うのはリスクがあるけど理解はできる)


 人質にしてもいいし、単純に邪魔な存在を攫う。上を攫えば下は荒れていくから理解できる。


 もちろんリスクとしては、獣人がより危険と判断されて本腰入れて戦争に乗り出すかもしれない。だが既にお互い全力を出している状況ならその手も有効だ。


(そうなれば確実にエルフと同じような問題に発展するな、しかも獣人は恐れられてはいないから容易に戦争になりやすい、か)


 クメニギスが獣人を攫って奴隷にしている。それにエルフよりも脅威に思われていないのでそうなっても何もおかしくない。


(だからこその人員を絞ったともいえるか、女子供まで攫ったらどれほど風評被害が出るか……まぁ獣人が奴隷にされている時点でお互い様か)


 そう考えるとあいつらは攫われても文句は言えない。


 だが俺は?


(俺はグロウス王国から来た留学生、ゼブルス家の嫡男にして、イドラ商会会長、陛下から信望の熱い人物……かどうかは知らないが有益な使い道がある人物ではあるだろうな。問題は獣人が俺のことをどこまで知っているかだ)


 グロウス王国からの留学生と言うことで攫う線は薄い、なにせ争ってもないし、何よりグロウス王国は奴隷を禁止している……裏では一切ないとは言わないが。


 ではゼブルス家嫡男という観点からか?だがそれも微妙だ、ゼブルス家の縁者を攫う理由がない。あるとして食料が輸入できないようにするためのカードだが。そんなものクメニギスからしたら、ダメージなどない。


 ではイドラ商会会長?、これこそ意味が解らない。今回の襲撃に何のつながりもない。


 他にはあるとすればマナレイ学院に泥を塗るためとかだが、そんなの他の人を攫えている時点で全く意味がない。


(ほんとう……なんで攫われたのだか)


 この夜も頭を悩ませながら眠りに落ちる。










 それから何度も襲撃されては逃げて、襲撃されては逃げてを7日ほど繰り返す。


 そして広大な森を抜けて広大な荒野にたどり着く。


「ん?ここって」


 檻に入っている一人が周囲の様子を見て何やらつぶやく。


「なら、と言うことは」


 その人物はブツブツと何かを考え始める。


 俺も思考を巡らす。


(荒野が広がっているなら、クメニギスの土地で該当するのは西南部あたりか)


 クメニギスではノストニア程とは言わないが、国内全体がほどほどに緑が生い茂っている。


 なので荒野にが見えたということはクメニギスの国境が近づいている証拠だ。


(そしてそれは同時に蛮国に近づいているということ……まずいな)


 外を見ると、なぜだか昨晩からハイエナの獣人が同じ台車に乗りずっとこちらを監視している。


(とりあえず無視しよう…………だが国境付近になったということはより危険になるはずだ)


 グロウス王国もそうだが、各国の国境付近には防衛のための砦や城が建てられている。


 そこを普通に通過しようと考えればどれほど難しいか。


 ましてや今回は数百人の奴隷に加えて、俺達も攫われている。既に連絡が入っているなら外に向けてだけでなく内側にも注意を向けられているだろう。


(さて、どうしようか)


 騒ぎ立て、自らの居場所を知らせる。うん、あの男みたく殺されるだろう。


 ではじっとしているとする。見つける可能性に掛けることになるが、見つからない可能性も出てくる、メリットもデメリットも存在する。


 最後に自分の仕業だとわからないようにして騒ぐこと


(これが一番いいかな、出てきてくれないかイピリア)

『なんじゃ、いきなり呼び出しおって』


 実は数日前に判明したのだが、イピリアとの伝達はできるらしい。


(少し頼みがある、近くに落雷を落としてくれないか)


 厳重に警戒しているならある程度の落雷でも異変を察知してくれるだろう。


『ん?こやつらに直接じゃなくてか?まぁ良いぞ、だが、それだとお主の魔力を勝手に使うぞ?』


 今の会話でわかる通り、俺の魔力は使えないが、なぜだがイピリアは俺の魔力を使い、術を行使することが可能だった。


 どうやら敵が封じたのは俺の魔力操作能力だけだったらしい。


(ああ、だが枯渇症状が出るほどは吸うなよ)

『わかっておるわい、それじゃあ、!?』


 ピタ


 イピリアがいざことを起こそうとすると、俺の首筋に伸びた爪が当てられる。


(イピリア、お前の姿見えてないよな)

『当り前じゃ、こんな状況でお主以外に姿を見せるかい』

(見えないし、触れない、匂いもしない、こんな状況でどうやって認識したんだ、こいつは)


 灰色の髪からのぞける目は鋭く敵意を見せている。


「おけー、おけー、何もしないからその腕を下げてくれ」

「…………」


 柔らかい声色でそう言っても腕を下げようとしない。


(……イピリア、まだ休んでいてくれ)

『了解じゃ』


 イピリアが消えていくと、ようやく腕を下げてくれた。


(……参ったなこれは)


 何に反応しているのかわからないが、ろくに動けない。


『そう言えば、ひとつ疑問なんじゃが』


 ひょこっとイピリアが出てくるのだが、獣人は反応しない。


(エルフ見たく魔力を認識している訳じゃないのか……それでなんだ?)

『なんで大人しくしているんじゃ?儂が手伝えば逃げることは容易であろう?』


 確かに逃げることは容易にできる。


(じゃあ、イピリアは俺が魔力を扱えない理由は分かるか?)

『さぁの』

(もしこれが永遠に続くなら?俺は接近戦で大きなハンデを掛けることになるぞ?)

『であろうな、じゃが、儂がいれば近づく前に滅殺できるぞ』

(かもしれない、でもな、お前は雷の速度で俺を動かすことができるのか?)

『ぬぅ』

(このままユニークスキルを封じられれば俺が困る。だから今は大人しくしている)

『じゃが、先ほどは暴れようとしたではないか』

(アレは無事に俺が救助されつつ、獣人を捕らえて現状を聞き出せる可能性があったからだ)


 俺が無事に救助され、襲撃した獣人数人を拉致出来たら、あとは拷問なり自白剤使うなりで聞き出せばいい。言葉もクラリスに頼んで念話で通訳を頼めばなにも問題ない。


『まぁいいわい、じゃが宿主であるお主が死にそうになれば有無を言わさず出るからな』

(その時は頼む)


 ということで引き続き大人しくしておくことにした。

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