第141話 教育の重要性
この二年間でで変わった部分も多くある。
まずはカルスたちの配置が代わった。カルスはアルベールの執事見習いに、カリンはシルヴァの侍女見習いに。
そしてノエルはというと
「お待たせいたしました、昼食をお持ちいたしました」
ノエルがワゴンを引いて部屋に入ってくる。
「ありがとう」
「いえ、バアル様の専属侍女なのでこれくらいは当然です」
本人が言うように、俺の専属メイドとなっていた。
この二年でノエルも成長したのだが、いかんせんいまだに11、そこまで特徴的な部分は全くない。さらには性的な特徴がほぼなく、身長体格もカルスと同じ、知らない人が見えればカルスがかつらを被り女装している風にも見える。
「ねぇ、ノエル、私の分はあるの?」
「もちろんですクラリス様、リンさん、セレナさんの分もきちんと用意があります」
ワゴンを見ると4人分の食事分が並べられていた。
それから執務を行う机ではないほうに配膳を行うと全員が席に着く。
並べられたのは新鮮な野菜と肉を使ったボリューミーなサンドイッチだ。
「そういえばノエルも今年からは王都に行くのよね?」
「はい、今年からは私もお供させてもらいます」
セレナとノエルの会話の通り、今年からノエルも王都に連れていくことになっている。
「まぁ借家じゃなくなるとすれば、ゼブルス邸に寝泊まりするからな」
「でも向こうにもメイドとか執事がいるでしょう?」
「ああ、でもノエルである必要があるんだよ」
「光栄です」
ノエルを連れていく意味は大いにある、なにせほかのメイドでは
「それとだがネロも今回から連れていく」
「そうなの?」
「ああ、父上と話しあった結果そう決まった」
なんでも一度陛下と面会させてほしいと父上にお願いされた。
「里帰り?」
「みたいなものじゃない?」
セレナとクラリスは楽観的に考えているが、ネロが王都に行くのだ、それ相応の騒ぎが起こってもおかしくない。
(というか必ず起こる)
俺だったら安全な穴倉から出てきた獲物を放置なんてしない。
「あと三日で出発だからな、それまでに準備を済ませておけよ」
「「はい」」
「「は~い」」
王都まであと数日のある日。一通りの書類を処理すると、一つの手紙をもって父上の元に向かう。
「父上いいですか」
「うむ」
「???失礼します」
中に入るとやたらときりっとしている父上がいた。
「……どうしたのですか?何か悪いものでも食べましたか?」
「おぅい!?」
(あっいつもの父上に戻った)
あまりにも違和感がすごかったので思わず口に出してしまった。
「いやなに、私はいつもこんなだよ」
そういうが部屋の中を見渡して原因がわかった。
「兄さん!」
「兄様!」
父上の足元から、もっと言えば机の下から出てくる二人が見えた。
俺の場所までくるとひしっとしがみついてくる。
その行為に自然とほほが緩むのがわかり、そのまま二人を連れてソファに座る。
「二人ともいい子にしていたか?」
「「はい!」」
「ん、ん、それで、何の用だ、バアルよ」
癒しが取られ少し不機嫌そうになっている。
「……違和感があるので元に戻ってくれませんか?」
「元に戻る何を言っているのやら」
埒があかないので壁際で控えているカルスとカリンにルウィムを呼んでくるように指示する。
「それで、二人共、今日の授業はお休みかい?」
「「…………」」
二人は視線を逸らしながら離れようとするがすでに腕を掴んでいるので逃げることはできない。
「に、兄さん」
「そうだ、私は母様に用があったんだ」
「ぼ、僕も」
「ダメだよ、久しぶりに兄としてスキンシップを取らせてくれないか」
アルベールとシルヴァは抜け出そうとジタバタとするが放さない。
コンコン
「お呼びですか、バアル様」
扉の外でルウィムの声がする。
「入ってきていいよルウィム」
「失礼いたしま……………やはりですか」
扉を開き入ってきたルウィムは俺につかまれている二人を見てため息をつく。
「ルウィム、今日は二人の授業は休みか?」
ジタバタともがき何とか抜け出そうとする二人。
「いえ、本日もきちんとスケジュールが組まれています」
ルウィムの言葉通り、二人には初等部が始めるまでは恥ずかしくないように様々な教育や習い事をさせている。
俺の場合はすでに免除できるようにしていたが二人は毎日のように授業が存在している。
だが二人がここにいる。つまりはさぼっていたということになる。
「そういえばさっき、『やはり』と言っていたな、どういうことだ?」
この一言が気になるのでルウィムに尋ねる。
「一言で言いますとこの場所が二人の隠れ場所なのです」
ルウィムの説明だと二人は逃げ出すときは基本的にここに来るという。そして質が悪いのはこの父上だった。
「お二人がかわいいのはわかりますが甘やかしすぎです。先生方は当然ながらこの部屋にも探しに来るのですが、御当主様が匿ってしまうため手が出せないわけです」
「へぇ~」
居心地が悪そうにしているのが三人いる。
「父上?」
「仕方ないじゃないか、アルベールとシルヴァも疲れているんだ、少しぐらいは休息は必要だろう?」
「それを母上の前で言えますか?」
そういうと父上の口が静かに閉ざされる。
「ルウィム、先生方をここに呼んでくれ」
「わかりました」
ルウィムは足早に部屋を出ていく。
「「…………兄様なんて嫌い」」
「嫌いで結構、それと父上、今後この部屋の前には見張りを立てようと思うのですがいかがですか?」
「いや、それは………」
二人を甘やかすことなどせずに厳しく接する。そして見張りだが、二人がこの部屋に侵入しないようにと父上をさぼらせないようにするための措置だ。
「兄さん………僕勉強したくない」
「私も!」
「私もだ!」
一人でっかいのが混じってるぞ、おい。
「今すぐ母上呼ぼうか?」
「「「……………」」」
禁断の一言で全員が黙る。母上は怒ると家族で一番怖い存在だ。
「まぁ二人がサボりたくなるのもわからなくはないが、そんな頻繁に休むのはさすがに許容できない」
「「??」」
「いいかい、頻繁に抜け出すことはやめて程よく抜け出すんだ」
それから二人にはすべての授業を全部受けるのではなく、わかっている授業の部分に関しては逃げるように勧める。
「要はわからない部分が少なくなればいいんだ、どうでもいいことを教える授業なんてすっぽかしても何も問題ないさ」
「お~い、バアル」
「もしくは一気に全部の項目を終えて父上に免除してもらえるようにするとかだな、おれもそうやっていたし」
「「へ~~」」
「まぁこれは難しいだろうからな、主要な部分の授業だけ出てそれ以外はサボるのが」
「あら~何を吹き込んでいるのかしらバアル?」
口を開いた状態で動きが止まる。それはまるで石化でもかかったかのように。
「というのは冗談で、勉強しないと立派な大人になれないぞ」
「そうよね~だ、か、ら、入って頂戴」
母上の声で扉の外から何人もの大人が入ってくる。数名がアルベールとシルヴァの教育係でほかはこの屋敷に出入りしている文官だった。
「さて、バアルちゃん、アルとシルは勉強があるから借りていくわね~。それとお仕事頑張ってね~」
そういうと母上は二人の手を取り部屋を出ていく。その時の二人のすがるような視線をどうにもできないのは歯がゆかった。
そして残された俺たちなのだが
「父上、これは当分休めそうにないですよ」
「はははははは」
部屋にいる文官全員がメートルほどの紙の束を持っていた。
「……………お、おわった」
全ての書類を片付けると窓から夕陽が見える。
「はぁ~本当に疲れた~~」
父上は机の上に倒れこんだ。たしかに母上が来てから休息をとらずに仕事を行ったが、俺は日常でも同じようなことをこなしているので苦ではない。
「ああ、そういえば」
最後の書類を終えると持ってきた書類が出てくる。
「重大な報告が一つあります」
「……聞こう」
父上の前に立つと書類片手に告げる。
「エルド殿下、イグニア殿下両方とも他国に援助を求め始めました」
最初の文を読み上げただけで父上の表情が引き締まる。
「援助の見返りは?」
当然ながら善意での援助など、この世界であり得るわけもなく見返りが必須となっている。
「関税の緩和から始まり、多少の土地の割譲となっていますが、今後、両者ともに拮抗を保つのならどれだけの代償が必要になるかは不明」
「ふむ、ちなみに情報の出どころは?」
「父上もご存じの
ここ数年でグロウス王国国内では魔道具が一般的に普及したため、どこでも通信を行うことができる。そして国内の配備が終われば次は他国へと広がり、より情報の扱いやすくなっていた。
(現地から情報を得られる、これで他国よりも情報を集めやすくなったな)
そうなればわざわざ、国境を渡り情報を届ける必要など皆無。相手側からしたら知られた瞬間に情報がこちらに伝わってしまう、情報を扱う者であればどれほどの脅威かは簡単に理解できるだろう。
「わかった、ほかには何かあるか?」
「いえ、重要だったのでこれだけ先に報告に上がりました」
下手をすれば売国という罪状が出てきそうなほどの情報なのだが。どうやら口約束らしく物的な証拠が集まることはまずないらしい。
そのほかにもある程度の書類のことを父上の耳に入れて今日の仕事は終了だ。
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