第121話 彼の国の商人

 クラリスの模擬戦の後、オルドが押しかけてくることはなくなり、クラリスの心労はなくなっていた。俺たちは無事平穏な生活を過ごすことができていた。


 ただそれは学園内での話だった。










「何用だ、アルバ」


 学園が終わった後、久しぶりに魔導人形キラを操作し、アルバと面会していた。


「お久しぶりです、総督」


 夜月狼の隠れ家では、アルバが多くの書類を見ている。


 基本的にはすべての事務をアルバに任せており、俺は武力が必要な場合のみに動くことになっている。


 それでも去年の夏頃に王都内の反抗的な勢力はすべて排除したので、ほとんど動くことがなく、月一で報告を受ける程度だった。稀に外部の組織が侵入するが、そんなもの大きくなった夜月狼の力ですぐさま排除できた。


「それで今回は何があった」


 今回は何やら報告があるとアルバに呼び出されている。キラが呼び出されるということはそれなりに大きい事態が起こっていることを意味する。


「実は我らの領域に少し前からおかしな集団が出てきました」

「……同業者か?」

「いえ、違います」


 俺達の生業はみかじめ料、情報売買、貴族からの汚い依頼であった。そんな中、同業者じゃない奴らがちらほらと見かけられていと報告があったらしい。


「目的は分かるか?」

「わかりません、ただ、かなりの不自然だと報告が入っております」


 詳しく聞くと、どうやら護衛として登録している複数の店で似たような人物がある人物の情報を集めていたらしい。


「ちなみに、その人物とは?」

「キラ様もかかわりが深い人物ですよ」

「なに?」









「バアル・セラ・ゼブルスです」












 翌日、授業中に昨日のやり取りを思い出す。


『なぜ?』

『そこはわかりません、ただゼブルス家関係というよりもイドラ商会の会長ということで聞かれていたみたいです』


 ということでゼブルス関係ではなく、イドラ商会を標的にした組織だと推測できる。


(国内………じゃないな国外の組織だな)


 3年前の魔道具事件にて俺は陛下からお墨付きをもらった状態になっている。その状態なのに国内の貴族がわざわざ手を出してこないはず。だだ、ほんとうに馬鹿な貴族がやらかしていないことが条件だが。


 その点、国外の誰かが魔道具の詳細を知るために諜報員を放ったと考えればそこまでおかしい事じゃない。


(一応、確かめる必要があるな)


 脳内で影の騎士団に動いてもらう算段を付ける。














「ということで、最近イドラ商会から不審な報告がある。それを調べろ」

「し、調べろって言われましても」


 俺はリンを連れて影の騎士団の窓口場所でルナと面会している。


「あ?」

「ひっ、ですがそれだけの情報ですと」

「それをどうにかするのがお前たちだろう?」


 作り笑いをしてやるとルナの顔から血の気が引いてのが見える。


「せめてどんな経路で不審な報告があったかだけでも」

「それぐらいは教えておこう」


 放っている刺客からなぜだが裏の世界の店でよく俺の名前が出てくること、そしてそれがゼブルス家ではなくイドラ商会関連で辿ってきていることも伝える。


「さて、じゃあ動いてくれるかな」

「いえ、その、今は休暇なの「動くよな?」………はい」


 渋々とルナはフラフラと立ち上がり店の裏に戻っていく。


「若、もう少し優しくやったらどうです?」


 料理店の店主(影の騎士団関係者)であるザガがルナの後姿を見ながら言ってくる。


「これがお前たちの仕事だろう?」

「それを言われると反論できないですがね」

「それにアレは、いい加減な風に見えるが仕事は真面目にしているから重宝しているさ」


 変に踏み込んでこず、仕事をしてくれる。とても使い勝手のいい駒だ。


「このことは報告しても?」


 影の騎士団からしても俺は重要な魔道具を供給する重要人物だ。そんな人物の周りで何かが起こっているとなれば報告し、動くのだろう。


「ああ、自由にしろ」


 用が済んだので俺達も戻る。















「客人?」


 影の騎士団に例の件を依頼をしてから数日後、休日なので借家でのんびりしていると、来客が来ているとリンが告げる。


「誰だ?」

「わかりません、ただ紹介状をお持ちでした」

「とりあえず通せ」


 客人のために準備し終え、客室に向かうのだが。


「なんでお前もいる?」

「いいでしょ、仲間外れはよくないわ」


 いつの間にかクラリスが隣にいる。


「他言無用だ」

「もちろんよ」


 階段を降りると、歴史の教科書で見かけた漢服によく似た衣装の男がいた。


「初めまして、バアル様。私はロンラン商会のフォンレンと申します」


 挨拶してきた男性は黄褐色の肌をしている、前世でもなじみ深いアジア系の人物だった。


 眼は細く、大人にしては幼い顔つきをしている。またリン同様の黒髪は長く伸ばし、三つ編みにして後ろに流している。


「イドラ商会のバアル・セラ・ゼブルスだ、それで紹介状は?」

「こちらに」


 フォンレンが出してきた紹介状をリンが受け取り俺に渡す。


「………ウィンスラ子爵か」


 グロウス王国の最南部に位置する子爵領。


 この領地の海はちょうど暖流と寒流がぶつかる場所で魚が豊富に取れるのが特徴だ。この王都で使われている魚介の4割がこのウィンスラ子爵領の魚介を使用している。そのため子爵にもかかわらず伯爵に劣らないほどの資産を持っていると聞く。


「ちなみにだがウィンスラ子爵とはどのような経緯で知り合った?」

「実はわたくしめは船を使い他国へと渡り商いしております。そして際に数ある補給地としてウィンスラ子爵の港を使わせてもらっていまして、その伝手で」

「なるほどな」


 経路は把握した。そして本題に入る。


「それで俺に面会しに来た理由は?」

「実は以前、ウィンスラ子爵からイドラ製の魔道具を譲り受けたのですが、あまりにも良い物でしたのでできれば多く買い込みたいと思いまして」


 ニコニコしながらそう言うが、それだけなら別段面会する必要はない。


 なにせこういった取引は商店に行き話を付ければいいだけなのだから。


(これが仲介料が入っている場合ならわからなくもないがな)


 仲介料が入っている場合は大量に扱えば扱うほど出元から購入した方が利益が出やすい。だが、生産も販売もイドラ商会のみで行っているのでわざわざ面会するほどでもないはずだ。さらには王都への交易のついでに魔道具を買い込むのであれば手間もいくらか省ける。


(これが安くしてくれという値切り交渉なら話は分かるが)


「それならイドラ商会に直接掛け合ってくれ、俺はこう見えて多忙なんだ」


 とりあえず次に出てくる言葉を待つ。


「もちろん、バアル様の貴重な時間を割いてしまい申し訳なく思っております、ですが、わたくしめもそれ相応の理由がありまして面会させてもらいました」


 フォンレンは紹介状とは違う手紙を渡してくる。


「これは?」

「わが主からの書状です」


 乱雑に手紙を開く。


 ピクッ


 その様子から若干のイラつきがあることが見て取れた。


(乱雑な扱いが快く思わない人物からか)


「もう少し丁寧な扱いでお願いいたします」


 そうは言うがこれは相手の出方を知るためにわざと乱雑にしている。その甲斐あって、この行為がよく思わない人物からだと判明した。


 それにこの手紙は公文書の類じゃないため、このような扱いをしても文句を言われるいわれはない。それに急遽押し寄せてきたのはこの男の方、普通はしかるべき手順で交渉するべきだ。


「この書状は主がイドラ製の魔道具を褒め称えるものです」


 フォンレンの言う通り、内容は魔道具を褒め称える文が長々と書かれている。


 そして最後に書いた本人のサインには


『アジニア国第11代皇帝ユート・シェン・アジニア』


 と書かれていた。


「つまりお前は国の大使というわけか?」

「いえ、そのようなたいそうな役割ではありません、ただ陛下が魔道具に大いに魔道具に興味を持たれまして、なので製作者であるバアル様を国へご招待したいとゆう旨をお伝えしに来た次第です」


「………」


 考えをまとめる。


(興味を抱いた、それが便利さや手軽さといった性能面ならいい、こういう話は何度か来ていた……だがそうではないのではないのだとしたら)


 なにせ件の皇帝はジュウという物を作り出した張本人、転生者である可能性が高い。


 俺は書状をもう一度よく観察し、文章のふちを見る。


 そして気づく


(どう考えても、前世の文字だよな……)


 ふちの部分に文字が隠されていた。




『あなたは転生者なのか』

『Have you experienced reincarnation?』



 と。



(十中八九転生者だな…………)


 フォンレンは書状を読んでいる俺を観察している。


(何か反応があるのか確かめているのか……だったら)


「セレナ、この書状をもっていろ」

「はい」


 背後にいるセレナに開いたまま渡してやる。もちろんその二つの文がよく見える形でだ。


(さて反応は)


「え?」


 セレナの声を聞くと、フォンレンが鋭くセレナを見る。


「お嬢さん、どうかしましたか?」

「いえ、なんというか、その~」

「なにかその書状におかしい点がありますか?」


 フォンレンの反応で理解した。


 こいつの目的は招待することではない、こちらが転生者かどうかを見定めに来たのだろう。


 転生者という存在を知っているならこの反応に納得できるし、転生者という存在を知っていなくとも皇帝が書状に何かしらの仕掛けをしたことを教えられているのならその様子を報告するためだ。


「フォンレン、今話をしているのは俺だ」

「これは失礼しました、それで返事は」

「少なくとも協議しない限り返答はできない」

「では快い返事をお待ちしております」


 フォンレンはそういうが少しも残念そうにしていない。なにせ彼からしたら俺のそばに疑いが掛かったセレナがいることが知れたことだけで目的は満たしているのだろう。


「それで要件はこれで終わりか?」

「はい、ご多忙の中わたくしめのために時間を割いていただき誠にありがとうございます」


 そういい、丁寧な礼をしてからリンに先導されて退室していく。








 フォンレンがいなくなった客室で気を抜く。


「ふぅ~~」

「なんか変な客だったわね」


 となりで話を聞いていたクラリスがそう言う。


「まぁな………それとセレナ」

「なんですか~」


 堅苦しい場面は終わったと思っているのかソファーに寝転がっている。


「お前はこれから気をつけろよ」

「どうゆうこと!?」


 セレナは驚いた表情でこちらを見てくる。


「まぁ一言で言えばフォンレンは探りに来ていたんだよ」

「探りに?」


 セレナはわかっていない表情だ。


「お前はこの書状を見て、なにか思わなかったか?」

「……」

「文におかしな点がない、紙にも違和感はない、となるとほかの部分、おそらくこのふちの模様だろう」

「その通りです、けど」


 セレナは教えたそうにするがクラリスのほうを見る。


「クラリスなら問題ない」

「そう?じゃあ言うけど、このふちの部分に『あなたは転生者なのか』って書いてあるわよ」

「????」


 隣で話を聞いていたクラリスが頭に大量の疑問が浮かび上がっている。


人族ヒューマンはフェウス言語以外にも使っているの?」


 クラリスの言う、フェウス言語とは今使われている言語体系のことを指す。


 この言語の起源は昔この地域は一つの国だったらしく、その時に運用されていた言語がフェウス言語であったそうで、年月が経つと徐々に広まり、グロウス王国周辺ではフェウス言語が主流として用いられている。


 ゆえにグロウス王国やネンラール、クメニギスなどの国ではフェウス言語が使われている。


「とりあえず気にするな」


 クラリスにはそう説明する。もちろんセレナは不服そうだ。


「つまりは探りを入れてそれにセレナが引っかかったってことね」

「その通り」


 クラリスは何があったかを予想できたのだろう。


「相手側はあの文字を読める存在を探している、そしてその対象が今回は俺だった、だから接触して来た、けど」

「バアルではなくセレナがその存在だったのね」

「ああ」


 何のために近づいてきたのかわからない以上警戒することになる。


「たしかに気を付けておいた方がいいわね」

「どうしてですか?」

「だって相手が殺す目的で近づいてきていたらどうするの?バアルならその点は対策で来ているけど」


 ここまで言えばセレナでも言いたいことが理解できただろう。


「俺なら公爵家の人だからあらかじめ暗殺などの対策をしている。相手はそのことを知れば暗殺なんて手段には出づらいだろう、けど」

「セレナだったら平民で、バアル様に雇われている護衛の一人だから暗殺って手段に踏み出しやすいのよ」


 俺は様々な護衛がいるため、暗殺などには警戒しているが、セレナにそのような物は無い。それに俺を襲うふりをし、その実はセレナを狙っていた場合も十分あり得る。


「ど、どうしたら!?」

「とりあえず危険な場所には一人で出歩くな、襲われても身を守れるように鍛えろ、あとは相手が友好的に接してくれるのを祈っていろ、この三つだな」


 俺が言えるのはここまでだ。ほかには実費で護衛を雇うなどもあるが、その場合はむしろ俺のそばにいたほうが安全だろう。


「…………」


 もっと助言を欲しいと顔に書いてあるが、もうすでに言えることはない。

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