第六章 友好か敵対か

第118話 新たに始まる学園

 ガタゴトガタゴト


 冬に積もった雪は春の日差しに溶かされ、道には雪の名残惜しさの水たまりが車輪を濡らす。


 すっかり春になった、そんな道を一台の馬車が通っている。


「それにしても私まで入学する必要はあるの?」


 ゆすられる馬車の中には俺と同じ制服を着たクラリスがいる。


「この国の情報を集めるなら、王都の方が便利だぞ」


 今年度からクラリスも入学することになっている。ノストニア側からしたら情報を集めるのに好都合だし、貴族の子弟も交友関係を広げられるという点で一致し、入学することになった。ただ一年生は今更なので俺と同じく二年生からだ。


「まぁ俺や陛下からしたら監視しやすいから、学園に入学させるのは賛成だ」

「そうね、肩書だけとはいえ婚約者だから、夫候補のバアルについて行ってもなにもおかしくないわ」

「そこは情報収集って言っとけよ」


 クラリスとは婚約者という関係なのだが、そこに恋愛感情は一切存在しない。


 俺のとしてはノストニアとのつながりを示すために婚約を受け入れ。クラリスは兄である新しい森王『ルクレ・アルム・ノストニア』が人族との交友を望んでいることを形であらわすためだ。副目的に婚約者という肩書を使い王国に潜入、そして情報収集と人脈を広げること。そんな打算だけの関係だが俺たちはこの距離感が心地よかった。


「……本当に殺伐としていますね」


 隣でつぶやいたのは、セレナ・エレスティナ。俺と同様、転生者だ。


 それもセレナが知っている『ゲームの中の世界』とこの世界は酷似しているらしく、かなりの知識を保有しており、かなり重宝している。


「もっと、こう、学園って面白い場所なはずなのに………」

「平民クラスは貴族と関わりさえしなければ楽しい場所だろ?」

「そうですけど………」


 セレナは学園を神聖視しすぎている。


 第一子に近い貴族程、学園は厳格な学園生活を強いられる。


(生来の遊び人には地獄のような場所だろう)


 俺は前世の感覚もあるのでそこまで問題ではなかった。


本来・・なら多くの恋愛が成り立つ場なのに………」


 セレナのつぶやきは車輪が動く音でかき消されていく。









 王都に入るとクラリスを連れて城に呼び出される。


「そなたがノストニアの姫であるか?」

「はい、ノストニアの森王ルクレ・アルム・ノストニアの妹、リアナ・クラリス・ノストニアです」


 王座の間で俺たちは跪き、陛下と面会している。


「ふむ、そこのバアルと婚約したというのは真か?」

「はい、ただそこに政治的な理由が介在しているのもまた事実です」

「恋愛感情で結んだわけではないと?」

「その通りです」


 これには陛下も面を喰らっている。


 さすがにすこしは恋愛感情があると思っていたのだろう。


「では、つまらぬことを聞くが政治的な理由があればバアル以外とも婚姻を結ぶということか?」

「ごめんこうむります」


 考えるまでもなくクラリスは否と答える。


「私は政治的な理由が生じるのであればバアルと婚約するのを受け入れました、ですがバアル以外では政治的な理由があっても拒絶すると思います」

「………」


 この答によると案外気を許されているようだ。


「そうか」


 陛下はなぜだか嬉しそうな顔をする。


「ではお主は学園に入学することに相違ないか?」

「はい、こちらの国を経験してみようかと、それにバアルがいるのであれば下手なことをする人物は少ないと聞きますので」


 暗にこの国のことを完全に信用したわけではないと言っている。


 もちろんそのことは大臣たちにも伝わったが顔を顰めるだけで何も言わない。


「わかった、わが国で心地よく過ごせるよう手配しよう」

「ありがとうございます」


 これにて陛下との面会は終了した。













「で、呼び出されたのは本当にあれだけ?」


 城の廊下を歩きながらクラリスが問うてくる。


「まぁ、国として体裁というのがあるからな」


 クラリスと対面したのは、歓迎していると知らしめるためと報告通りの人物か確かめるためだ。


(なにせエルフはたった一人でも20人は余裕で殺せるだろうからな)


 実際、クラリスならこの城にある騎士団一つに大立ち回りぐらいできるだろう。実力者であれば数は減るだろうが、下手に入団したばかりの騎士だと、おそらくはあっけなくやられることだろう。


「それよりもいろいろな便宜を図ってもらえるようだからいいじゃないか」


 これでわがままが通りやすくなる。もちろんそれはクラリスをダシに使い俺も何かしらできるということだ。


「悪い顔しているわよ」


 クラリスに言われたので表情を意識する。


「そう言えば、外交目的の婚約は俺以外は否だって?」


 先ほどの件を持ち出すとクラリスは嫌な顔になる。


「そうね、そう言わなければ次々に人が殺到してくるでしょう?」

「否定はしない」


 クラリスがパーティーに出たら婚約者がいるにもかかわらず言い寄られるだろう。


(政治的、商売的、さらには外見にも魅せられるだろうな)


 今でこそ俺と同じ身長なのだが、いずれは大人になっていく。


 そこでふと疑問に思う。


「そう言えばエルフの成長はどうなっているんだ?」


 アルムは人間で言うと二十歳ほどの外見をしていた。クラリスも今は俺と同年代の姿をしている。


「いまさら?」


 そう言いながらもクラリスは説明してくれる。


「私たちは20歳になるまで人族と同じように成長するわ、その後は老化が200年まで起こらず、そこから緩やかに老けていくのよ」


 ちなみに老死するのは大体300年ほどだという。


(それは、イピリアなんて覚えてはいないだろうな)


 700年放置されたらさすがに覚えてないだろう。


 またふと疑問が浮かび上がる。


「そういえばクラリスの年齢を聞いていなかったな」


 クラリスが凍えそうな雰囲気を纏うが気にしない。


「デリカシーって言葉理解できる?」

「できている、ただ純粋に婚約者の年齢が気になっただけだ」

「なら直接言うわ、普通女性に年齢を聞く?」

「体裁をとるなら年齢ぐらいは知っておくべきだろう?」


 するとしぶしぶ教えてくれる。


「今年で16になるわね」

「へぇ、年上なのか」

「文句ある?」

「ないよ、ついでに聞くけどノストニアでは成人は何歳から?」


 これは知っておかなければいけない。


「ノストニアでは30から、こっちだと?」

「15だな」


 つまり、俺はクラリスがいることによりあと17年は言い訳が使えるようになったわけだ。


「変なことを考えていないでしょうね?」

「クラリスをダシにして、逃げる算段」


 ズム

「ぐっ」


 脇腹に手刀が突き刺さる。


「な、なにをする」

「私を囮に使おうと考えているからよ」

「お前だって、どうせ言い寄られた時に俺を言い訳に使うつもりだろう」


 使い、使われが俺たちの形だ、そこにケチを付けられる覚えはない。


「それでいうとアルムは何歳なんだ?」

「今年で55よ」


 意外に年をくって………いるのか?エルフの基準がどうかよくわからない。


 こうして無駄話をしながら王宮出ていく。











「へぇ~人族の学校ってこんな感じなんだ」


 クラリスは馬車の窓から初めての学園を眺めながらそうつぶやく。


「ほら行くぞ」

「どこに?」

「もちろん、入学式にだよ」


 俺はリン、クラリス、セレナを引き連れ、入学式が始まる。





 式が行われるのは講義室がある場所からやや離れた、専用の式場で行われている。


 一番下の新入生が座る部分、そしてそれを見渡せるように設置してある二階の椅子に俺たちは座る。


「それでは、このグロウス学園に恥じぬ生徒に――――――」


 壇上では学園長が長ったらしい挨拶を行っている。


(去年とほぼ同じじゃないか)


 幾つか違う部分もあるが大部分はそのまま利用されている。


(重要な部分だけ伝えてさっさと式を進めればいいのに)


 こういうのは様式美という奴なのだろう。だが長話を素直に受け入れようとは思えないが。


「では入学生代表アリオ・セラ・ブライアズ」

「はい」


 一人の生徒が壇上に上がっていく。


(ブライアズ、確か西の侯爵家だな)


 新入生では一番の家格だろう。


「我々は―――――」


 そこからアリオの演説が始まるが、それも当たり障りのない物ばかりで何を喋ったか覚えていない。


 そして式が終了すると解散となりそれぞれの講義室に戻っていく。









「なんだ?」


 新しい講義室に行くと隣からすごい熱い視線を送ってくる二人がいる。


「いや、そちらは誰かと思ってね」

「そうだ、紹介しろ」


 当然のごとく、エルドとイグニアだ。


「だと、紹介していいか?」

「勝手にすれば」

「と不愛想なのがこの度俺の婚約者になったクラリスだ」


 許可も取れたので、流れるように紹介してやる。


「初めまして私はエルドといいます」

「俺はイグニアだ」


 二人は切っ掛けができたので近づこうとするが。


「先に言っておくけど継承位争いには私は一切関与しないから」


 この一言で二人は動きを止める。


「バアル」

「お前、何を吹き込んだ」


 二人は攻めるような視線をこちらに送ってくる。


「以前も言いましたよね?ノストニアのつながりは陛下が最も力を入れている部分です。なので両殿下の争いに関与させるべきではないと思いましたゆえに」


 悔しそうな視線を向けてくる二人。


 もしここでノストニアの勢力を取り込めたのなら大きく前進できるのだから、気持ちは分からなくもない。だがそれでも関わらせることがグロウス王国にとって利にならない、むしろ害になる可能性すらあるため、二人を極力クラリスには近づけたくない。


「バアル様、いくら公爵家嫡男でも両殿下に無礼ではないのですか」

「そのとおりです」


 エルドとイグニアの取り巻きがそう詰め寄ってくる。


「そうですか、では婚約者として言いましょう、彼女はノストニアが友好のためと送り出してくれた姫なのです、その姫を勢力争いに参加させろと?」


 こういうと全員が口を閉じる。誰だってノストニアの機嫌を損ねたくはない。なにせいま陛下が力を入れている部分でもあるため、そこに口を出すということは陛下の意に反することと同義になってしまう。


「相変わらず口先だけは上手いわね」ボソッ


 クラリスが隣で何かを言っているが気にしない。


「では友人になるというのはだめですか?」


 イグニアの隣にいるユリアが友達になりたいと言って近づいてくる。


 もちろん、裏では親密になり、ある程度便宜を図ってもらいたいという意図も存在するがこういわれればこちらとしてもとやかくは言えなくなってしまう。


「いえ、そのようなことは全く。ただノストニアの姫という目的で近づいてほしくないだけですよ」


 俺もユリアに『勢力争いに巻き込まないのなら』という条件を付ける。ただそれがどれほどの効力を生むのかは未知数だ。


「ではよろしければ、殿方に案内できない部分は私が案内しましょう」

「それはリンに」

「もちろん基本はリンさんにお願いします、ですが貴族でないとわからない部分は私がお教えしますよ?」


 これには何も言えない、リンもセレナも共に貴族ではない。だから貴族が関わる部分に関することをあまり詳しくない。


 その点で責められればこちらとしても何も言えない。


「いいか、クラリス」

「問題ないわ」


 クラリスは面倒事が無ければ何でもいいと言った雰囲気を言う。


「ではよろしくね、クラリスさん」

「ええ」



 ユリアだけはうまくクラリスに近づくことができてしまった。

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